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5-048. 虚像 ジルコVSフローラ③

「ジルコ様。最期に言い残すことはありますか?」

「もうお前と話すことはない」

「あらそうですか。ならば――」


 フローラがゆっくりと前傾姿勢に構えていく。

 両手を前方に突き出し、拳を当てるというよりも掴みかかることを想定しているように見える。

 さらに彼女の全身をまばゆい光が覆っていく。

 魔効失効の奇跡(アンチ・マギアー)も発動し、準備は万全といったところか。


「――これにてお終いっ!!」


 正面からフローラの突進。

 光線を撃ったところでダメージは期待できないが、それはやり方次第。

 フローラが足の裏を地面につける瞬間。

 その一瞬に合わせて、俺は引き金を引いた。

 光線は奴の着地と同時に足元の床石を砕き、それに足を取られてつんのめる。


「こ、小細工をぉっ!」


 フローラはとっさに両腕で顔をかばい、床に肘を突き立てた。

 顔面を打ち付けるようなことはなかったが、それによって俺はその視界から逃れることができた。

 次に俺がするべきことは、ネフラを抱えて奴の死角へ避難することだ。


 大部屋にはもう数ヵ所ほど木棺が積み上げられた場所がある。

 俺はもっとも間近に積み上げられていた木棺群の裏へと飛び込んだ。


「ジル、コ、く……」

「あと少しだけ我慢してくれ。すぐに終わらせるから」


 ネフラは意識もうろうとしている様子。

 致命傷ではないが、顔をこうまで傷つけられては女性としては辛いところか。

 幸いポーショングミは無事だから、戦いが終わったらすべてネフラに食べさせてやろう。


 その場にはちょうど空の木棺が並べられていた。

 木の葉を隠すなら森の中というし、ネフラにはしばらく木棺(この中)に隠れていてもらうのがいい。


「俺を信じて待っていてくれるな?」

「ん」


 ネフラが小さく頷いた。

 そして、彼女は震える手で数枚の紙切れを差し出してきた。

 サイズと材質から判断するに、ミスリルカバーの本から切り取ったページか。


「わた……の……効果……ある……から……」


 ネフラの伝えたいことはおおむね察しがつく。

 事象抑留(オーバーイーター)は遠隔でもその効果を発動させることができる。

 言い換えれば、設置型の魔法としても効果を発揮できるということ。

 ネフラが傍に居てくれれば、そもそも俺に魔封帯なんて物は必要なかったのだ。


「ありがとう。必ず役立てる」


 俺は紙を受け取るや、空の木棺にネフラを寝かせて蓋を閉めた。

 目の前に積み上げられた木棺が雪崩のように崩れてきたのは、その時だった。


「よ~も~や~逃げませんよねぇ、ジルコ様ぁっ!?」


 崩れた木棺の山に人影が立っている。

 ……フローラだ。


「こそこそ隠れてみっともない! ……ネフラ様はどこです?」


 答える義務はない。

 それよりも、フローラの体を覆う魔効失効の奇跡(アンチ・マギアー)のおかげで、真っ暗だった大部屋が薄暗闇程度の明るさになっている。

 居場所をさらす覚悟で常にその状態を維持しているということは、ミスリル銃(ザイングリッツァー)の狙撃を警戒しているということ。

 ベストのタイミングで魔効失効の奇跡(アンチ・マギアー)を解かせられれば、奴を即死……そこまでは無理でも宝石を破壊することは可能だ。


「階段の方に足音は向かっていません。となると、もしや棺の中に隠した?」


 フローラと違ってペルソナ(こいつ)は勘が働くな。

 しかし、ネフラの隠れている棺は崩れた木棺の下敷きになっているから見つかる心配はない。


「……まぁいいです。どうせすべてが終われば、時計塔はこの辺りの区画もろとも倒壊して塩湖に沈むことになるでしょうから」


 フローラと視線が交差する反面、俺はミスリル銃(ザイングリッツァー)の装填口を開いて宝石を入れ替えていた。

 奴を倒すには半端な宝石ではらちが明かない。

 魔人(サーヴァント)を滅することができるくらい強力な宝石を使う必要がある。


「その宝石! なんて大きさ――いえ、なんという見事な輝き!!」

「……」

「まさかそれを私に使おうと?」

「……」

「愚かなお方。それほどの宝石を戦いで消耗しようだなんて、ジエル教徒の風上にもおけない愚劣な判断です!」

「……」

「口が利けないというのなら、それも結構!!」


 フローラがゴチャゴチャ言うのもわかる。

 今、俺が装填口に収めたのはザナイト教授からもらったファンシービビッドオレンジのダイヤモンドだ。

 この宝石の大きさ、内包されたエーテル量なら、魔人(サーヴァント)が数体相手でも造作もなく滅ぼせる。


「宝石を使い潰す前に、その首ねじ切ってあげます!」


 フローラが棺を蹴って飛び掛かってきた。

 なんて浅慮な――否。傲慢か。


「舐めたな。俺を」

 

 俺はミスリル銃(ザイングリッツァー)のグリップを両手でめいっぱい握り、体を捻って大きく振りかぶった。


「何をっ!?」


 空中でフローラが怪訝(けげん)な表情を見せる。

 俺の行動が予測できなかったか?

 猛獣に追い詰められた人間が世界で一番硬い棒切れを持っていたら、することはひとつだろう。


「まさ――」


 俺は全霊を込めたフルスイングをフローラの顔面へと見舞った。


「――がぼぁっ!!」


 振り切った銃身はフローラの鼻を叩き潰し、顎を砕いた。

 ……その確信がある会心の一振りだった。


 魔効失効の奇跡(アンチ・マギアー)が無敵なのは魔法や光線に対してのみ。

 純粋な物理攻撃を跳ね返すような効果はない。

 さらに言えば、フローラ自身の頑強さは目を見張るものではあるが、この銃はミスリル製だ。

 非力な銃士(ガンナー)の俺でも、一点集中で振り抜けば相当な破壊力になる。

 たった今、まさにそれが証明された。


「~~~~っ!!」


 フローラは床に落ちてバウンドした後、木棺の山へと突っ込んだ。


「がっは……っ」


 まばゆい光を放つ顔から赤い血が噴き出ている。

 口から? 鼻から? どちらからもか。

 さすがのフローラもミスリルが相手では分が悪かったな。

 しかし、その血も数秒と掛からずに止まってしまった。

 ……早くも癒しの奇跡(ヒアルス・ペイン)で治癒したか。


「か、顔っを、よくっもっ」


 別人格でも顔を傷つけられて怒るのは相変わらず。

 しかし、今の奴は動きが鈍い。

 たたみかけるなら今が好機だ。


 俺は奴が身を起こすよりも早く引き金を引き、その顔面に煌めく橙色の光線を撃ち込んだ。


「がかっ、あがぁっ!!」


 狙いはピンポイントで口の中。

 魔効失効の奇跡(アンチ・マギアー)が光線を無効化するのは事実だが、衝突した瞬間の反発力までは無視できないことは斬り撃ちの時に証明済み。

 直接ダメージがなくても、こうして一ヵ所を撃ち続けていれば顔面に放水されるくらいの圧を掛けることはできるだろう。


「がっ、ごのっ、あがっ」


 案の定、フローラは首から上に光線の反発を受けて立ち上がれないでいる。

 さっきの殴打で鼻からは大量の鼻血が出ているから、今この瞬間は息ができない状態のはず。

 癒しの奇跡(ヒアルス・ペイン)で鼻の傷は消えているだろうが、呼吸口を塞ぐ鼻血まではそうはいかないのだから。


「ぐくっ」


 フローラが顔を真横へ傾けた。

 それによって、光線は頬を滑って背後の木棺を貫いていく。

 だが、俺の姿を視界から外してしまうことは奴にとって致命的な隙となる。


 引き金から指を離した直後、代わりに防刃コートの内側に仕込んだ鏡の短剣(ミラーダガー)を手に取った。

 そして、即座にそれをフローラの首筋めがけて投擲する。


「ごふっ!!」


 鏡の短剣(ミラーダガー)は狙い通りの位置へと突き刺さった。

 奴はすぐさま首から短剣を引き抜こうとするが――


「え”っ!?」


 ――魔効失効の奇跡(アンチ・マギアー)の光が短剣に吸い込まれるようにして消えていく。

 否。短剣ではなく、その刃に貫かれている紙切れに。


「こ、これはぁ……そんなぁっ!!」


 状況を認識したフローラは、慌てた様子で首から短剣を引き抜いた。

 傷口から盛大に血が噴き出していく。

 間もなくして、奴は自分で作った血だまりへと倒れ込んだ。


「あぐっ……き、傷……早く……治……」


 短剣と共に事象抑留(オーバーイーター)の込められた紙を放り投げた瞬間、フローラの宝石が光を取り戻していく。

 せっかく与えたダメージを治癒されると厄介だ。

 すぐに引き金を引いたものの――


「遅い!」


 ――撃つのがコンマ一秒遅かった。

 宝石を狙ったはずが、その射線は奴が突き出した手のひらに遮られてしまった。

 光線を受け止めている手のひらからは徐々に魔効失効の奇跡(アンチ・マギアー)の光が拡がっていく。

 ……これ以上はエーテルの無駄だな。


 引き金を離して光線が止むと、フローラの胸元の宝石がまばゆく輝いた。


「今ここにあなたを侮っていたことを謝罪しましょう! そして――」


 フローラが体が一回り近く大きくなっていく。

 腕や足の筋肉が隆起しているのだろう。

 あれは肉体強化の奇跡――研磨の奇跡(グライン・フォース)に違いない。


「――私の全身全霊を(もっ)て、あなたを殺します!!」


 フローラが床を蹴った瞬間、床石が崩れて跳ね上がった。

 同時に、奴の体が消えたように感じるほどの速度で俺の元へと向かってくる。


「!!」


 ……速過ぎる。

 俺が身構えた時には、すでにフローラは俺の懐に潜り込んでいた。


「これで最期」


 フローラの殺意のこもった眼差しを受けて、俺はとっさに身を硬直させた。

 もはや身を躱すのは不可能。

 ならば、なんとか奴の攻撃に耐えきるしかない。

 かろうじて顔前にミスリル銃(ザイングリッツァー)を掲げるのが間に合った瞬間――


「死ねぇっ!!」


 ――首から下、複数箇所ほぼ同時に重い衝撃が走った。

 どうやらフローラの連打を浴びたらしい。

 首から上は銃身が代わりに受け止めてくれたので無事だったが、胸と腹は拳の跡が窪みとして残るほどに強く打たれた。

 防刃コートに仕込んだ鉄は紙のようにひしゃげ、まったく役に立たない。


「ぐっうっ……っ」


 ゾンビポーションを使っている身とはいえ、今この瞬間に俺は自分の体が限界を超えたことを察した。


「まだ立っていられるなんて、ここまでタフでしたかジルコ様?」

「……っ!!」


 銃を構えようにも全身の反応が鈍い。

 ゾンビポーションの効果で痛みはないが、そのせいで冷静に自分の体の損傷を把握できてしまう。

 今の連打で肋骨も胸骨もイカれた。

 喉の奥に込み上げてきた鉄の味から察するに、内臓も無事じゃなさそうだ。


「吹けば倒れそうな相手でも、私は吹いたりなんてしませんよ!」


 フローラが跳び上がった。

 めくれるほどまでスカートをはためかせて、一体何をするのかと思えば……。


「圧し潰すまで!!」


 奴は空中で体を一回転させた後、ミスリル銃(ザイングリッツァー)の上から回し蹴りを放ってきた。

 俺の腕力ではとても受け止めることのできない一撃。

 銃身越しに顔面へと蹴りを食らって、俺は後方へとすっ飛ばされてしまった。

 一瞬後には天井と床が目まぐるしく回転し――


「ぐあぁぁぁっ」


 ――壁へと衝突してようやく止まった。

 しかも、俺がぶつかった衝撃で壁が崩れ、天井まで拡がる大きな穴ができあがってしまった。

 崩れ落ちる壁に寄りかかっていたら一緒に塔から落ちていたところだ。


「いい眺めでしょう」

「なんだって?」


 フローラが満面の笑みで俺にほほ笑みかけてくる。


「見たことあります? 高いところから落としたトマトがどうなるか」

「……悪趣味だ」

「ですね。でも、これからその答えがわかります――」


 そして、両手を前に構えたまま一直線に走ってきた。


「――あなたもゾイサイトのように空を飛んで逝きなさい!!」


 俺を壁の外へ突き出すつもりか。

 だが、痛みを感じない今の俺には冷静にこの危機に対処する余力がある。


 フローラは気付いていないが、俺の右手から伸びるワイヤーはミスリル銃(ザイングリッツァー)と繋がっている。

 今の俺にできることは、全力でそのワイヤーを引いて銃を手繰り寄せることのみ。

 最後の悪あがき――狙うは背後からの奇襲だ。

 意識が俺に向いているフローラにとって、それは致命的な隙となるはず。


「うおおぉぉぉっ!!」

「死ねぇぇぇぇっ!!」


 フローラがあと一歩で俺と接触しようという瞬間。

 ミスリル銃(ザイングリッツァー)の銃身が、間一髪のところで奴の後頭部を捉えた。


「な”っ!?」


 意識外からの痛烈な不意打ち。

 ……だというのに、フローラは昏倒するどころか足を踏ん張って堪え凌いでいる。

 あれでダメージがないのか……?


「く……っ」

「?」


 否。フローラは虚ろな目で天井を仰ぎ、立ったまま両膝を笑わせている。

 脳震盪(のうしんとう)でも起こしたのか、意識が定まっていない様子だ。

 ……怪物ではあるが、フローラも無敵じゃない。


「今のお前は吹けば倒れそうな有り様だな」


 俺の言葉が聞こえたからか、フローラは視線を俺に戻して両手で首を絞めてきた。

 しかし、その握力はらしくもなく(・・・・・・)弱々しい。


「答えはお前自身で確かめろっ!!」


 フローラの細い両足――それでも硬くて重い――を持ち上げ、俺はその体を虚空へと放り投げた。

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