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5-045. 登頂の末に

「――魔法や錬金術など、エーテルに連なる知識に長けた人物であることは確かです」

「さっきの魔物を創ったのも先生(そいつ)なのか……?」


 〈バロック〉を操る真の黒幕。

 先生。イスタリ。

 ……人工的に生物を生み出すことすら驚きなのに、魔物まで創るなんて一体どんな人物なんだ。


「今までジルコ氏へお伝えしたことは、主への許されざる裏切りです。もはや私どもに閣下のお傍に居る資格はありません」

「これからどうするんです?」

「私どもは私どもなりに、イスタリを追い続ける所存です」

「そうですか……」


 彼らがいなくなれば、侯爵の身に危険が及ぶかもしれない。

 少なくとも俺があの人を保護することになれば、その身柄は王国軍に引き渡すことになる。

 それを覚悟した上でなお、自分の信念に殉ずる気か……。

 一見矛盾をはらんだこの選択も、ある意味で使用人の(かがみ)と言えるのかもしれない。


「俺達と協力しませんか。同じ敵を追うのなら味方は多い方がいい」

「大変ありがたい申し出ですが、一度でも剣を向けてしまった相手にこちらの都合で頼るのは恥の上塗りと存じます。何卒ご容赦ください」


 頑固だなぁこの人。

 そんなこといくらでも水に流すのに。


「この建物は、九階が実質的に最上階となっております。ご子息はそこに」

「侯爵も一緒に?」

「……そのはずです。我々は七階までしか上がることを許されておりませんでしたので、それ以上のことは」

「ありがとう」


 セバスとメイド達は立ち上がるや、無言のまま下りの階段へと向かった。

 俺達の前をセバスが通り過ぎた時――


「セバスよ。()があらば、再び全霊を尽くして死合おうぞ」


 ――ゾイサイトが(はなむけ)の言葉を送ったのが印象的だった。





 ◇





 その後、俺達は上階へと移動を始めた。


 六階は床が崩落して五階と繋がってしまっていたが、なんとか足場を確保して階段までたどり着くことができた。

 魔物をこの場に留めておいた方法については、仕掛けがあったとしても床が崩落した時にすべて瓦礫の下敷きになってしまっているだろうから諦めた。


 七階は壁の亀裂から差す光に加えて、ランプの灯りもあって見通しがよかった。

 不格好な机がまばらに並んでおり、うちいくつかには食べかけの食糧が盛られた皿が置かれている。

 まだ腐敗していないところを見ると、放置して間もないようだ。


「〈バロック〉の人達の食事かな?」

「だろうな。干し肉にパンにショートブレッドに……典型的な非常食だな」

「この階、綺麗だね。瓦礫は隅に寄せられているし、ゴミは袋に入れられて一ヵ所にまとめられてる」

「……まぁ、メイドがたくさん居たからな」


 八階(うえ)へ続く階段の手前には、大人が一人通れる程度の亀裂があった。

 そこから外を覗いてみると、海峡都市(ブリッジ)の迷路のような街並みが一望できた。

 真下には、ちょうど俺達の乗ってきた幌馬車も見える。

 ……高いな。

 地上から七階(この辺り)までの高さはすでに40m近い。

 もしもここから落ちたら、ペチャンコになるくらいじゃ済まないな。


「ジルコくん。危ないから早く戻ってきて」

「ああ」


 ネフラと隣り合って階段を登るうち、俺はひとつ気がかりなことを思い出した。


「侯爵邸から逃げる時、誰に捕まったんだ?」

「それは……わからない」

「なぜ?」

「後ろから突然叩かれたから」

「……後ろから?」

「ごめんなさい」

「謝ることないさ」


 俺の期待に沿えないとでも思ったのか、ネフラはしゅんとしてしまった。

 この子は責任感が強いんだよな。

 不測の事態をすべて自分で抱え込む必要なんてないのに。


「無事だったんだから、それでいいんだ」

「うん」


 彼女の頭を撫でてやると、暗かった表情に笑みが戻った。


「ところでジルコよ。こうなった以上、もはや遠慮することなどあるまいな?」

「ああ。だけど、もうしばらくは大人しくしていてくれよゾイサイト」

「わかっておるわ!」

「一応言っておくけど、ガブリエルは生け捕りだからな。殺すなよ!?」

「……」


 答えろよっ!


「ふんっ。生かすだの殺すだの、野蛮だこと」

「お前が言うかフローラ……」

「何か言いました!?」

「いえ、何も」


 フローラの視線が刺さってくる。

 なんだかんだこいつとゾイサイトは似た者同士だ。

 それなのに、どうして犬猿の仲なのか……。

 同族嫌悪ってやつかな?


「ねぇジルコ。セバスとの話だと侯爵は加害者とは言い難いようですけれど、捕まえたらどうするのですの?」

海峡都市(ブリッジ)の駐屯所に引き渡す。あとは兵士長が王都の協力者とうまくやってくれるさ」

「尋問なら先に私達でやってしまいましょう。私の看破の奇跡(トゥルー・スティクト)なら相手が嘘をついているかわかりますし」

「……まぁ、そうだな。聞き出せるところまでは」


 侯爵を引き渡した後、兵士長が俺達に情報共有しないってことはないだろうが、今後の方針のためにも〈バロック〉の情報はすぐに欲しい。

 あまり有意義な情報は手に入る気はしないが、侯爵を保護した後は尋問をさせてもらうことにするか。





 ◇





 八階に足を踏み入れて早々、俺は周囲を警戒した。

 灯りは階段の手前に火のついた燭台が置かれているだけで、奥は真っ暗だったからだ。

 またしても仕切りのない大部屋だが、山積みになった木箱が上階へ続く階段までの道を邪魔している。

 死角が多くてどこから敵が襲ってくるかわからないぞ。


「何も見えませんわ」

「気を付けろ。物陰に隠れて不意打ちされる恐れがある」

「物陰にって……私には真っ暗にしか見えませんわよ」

「……まぁそうか」


 俺は携帯リュックから何本か蝋燭を取り出し、マッチで火をつけて放り投げた。

 蝋燭は手前の木の破片に火をつけ、真っ暗だったフロアを照らし出した。


「なんですの? この荷物」

「火薬の臭いはしないから爆弾じゃないな。きっと武器の類を運び込んだんじゃないか」

「こんなにたくさん? 重みでよく塔が倒れませんわね」

「おい、油断するなって!」


 フローラが不用心に歩き出したので、俺はとっさに彼女の手を掴んだ。

 直後、俺は彼女に引っ張られて体が空中を一回転した。

 背中を打ち付けたのは――


「ぐわっ」


 ――積み上げられた木箱の山。

 俺はたちまち崩れ落ちてくる箱の下敷きにされた。


「何すんだっ!?」

「うん。特に罠ということはないようですわね」


 ……とんでもない奴。

 この女、この状況で俺を囮に使いやがった。


「フローラ、なんてことを! ジルコくん大丈夫!?」


 ネフラが血相を変えて俺の傍に駆け寄ってきた。

 この場で俺を心配してくれるのはこの子だけだな……。


「だ、大丈夫。それよりも物陰に敵が潜んでいないか注意――」

「きゃあああっ!!」


 突然、ネフラが悲鳴を上げて俺を突き飛ばした。

 なんでっ!?


「じ、ジルコくん、そ、それ……っ!」

「えっ」


 言いながら、ネフラが肩を指さす手振り(ジェスチャー)をしている。

 自分の肩に視線を落としてみると――


「うわっ!」


 ――俺の肩に人間の腕らしきものがもたれかかっていた。


 さすがに俺も驚いて、ネフラの隣へと跳んで戻った。

 間もなくして、割れた木箱の隙間からそれ(・・)がずるりと転がり落ちた。


「人間……の死体!?」

「しかも、まだ、子供の……」


 出てきたものが子供の死体だとわかって、俺は思わず顔をしかめた。

 ネフラなんてとっさに顔を覆うほどだ。


「これ、木棺ですわね――」


 フローラは顔色ひとつ変えずに積み上がった木箱を調べていた。

 蓋を開いて中を覗くや、にわかに眉をひそめる。


「――中身の様子と、外側に土がついているところから見て、墓地から掘り起こしてきたようですわ」

「墓地から!?」

「墓泥棒までして、こんなに遺体を集めてどうするつもりなのかしら?」

「魔物を飼っている塔に、子供の死体……。何がなんだかわからないが、吐き気を(もよお)す事態が起きているってことだけはわかる」


 俺は深い溜め息をついた後、銃を構えた。

 ネフラの表情からもすでに動揺は消えており、俺を見上げてこくりと頷く。

 今さらこんなことで怖気るような子じゃないよな。


「ゾイサイト、敵の気配は?」

「さっきから探っているが、わずかな衣擦れも息遣いも聞こえん。わしら以外、この階にはおらんな」

「よし。進むぞ、みんな!」


 念のため周辺への注意を怠ることなく、俺達は木棺に囲まれた道を進んだ。

 途中、肉の腐ったような悪臭が鼻をつく。

 ここにある木棺がいつ運び込まれたかは知らないが、それなりの日数が立っているということだ。


「こういう人の尊厳を踏みにじるような奴、俺は許しがたいんだ」

「……同意」

「神の名のもとに土へと返した者を辱める行為、許せませんわ」

「つまらん真似をする(やから)がいたものよ」


 各々が憤りを口にしながら、ついに九階へたどり着いた。





 ◇





 九階には天井がなかった。

 代わりに、麻布が空を覆い隠すように張られており、数ヵ所穴の開いたところから陽光が床に差している。

 おかげで目を凝らすまでもなく九階の状況を把握できた。


 隅に積み上げられた空の木棺。

 大部屋の中央に鎮座する巨大な卵の形状をしたガラスの水槽。

 それに手を触れながら俺達を見入るガブリエル。

 奴の周辺には、黒いローブの男達がとぐろを巻いている。

 そして、やや離れた場所にはプラチナム侯爵の姿が。

 ……雷震子の姿はどこにもない。


「約束の時間には早かったか?」


 俺が銃身を上げると、黒ローブの連中がガブリエルをかばうように射線上へと立ち塞がった。


「やれやれ。もっと時間を稼いでくれることを期待したのに、あなたの懐刀(ふところがたな)も大して役に立ちませんね? 侯爵閣下」


 息子の嫌味にも侯爵は無言のまま。

 彼はまるで罪人のような(うれ)い顔で俺達を見据えていた。

 その表情に、俺は自然と苛立ちが募ってくる。


「プラチナム侯爵。あなたは盗賊の犯罪に加担した疑いがあります。拘束した後、王国軍に身柄を引き渡しますのでそのつもりで」

「……」

「侯爵。あなたは闇の時代、命懸けで魔物の群れと戦い、何千、何万ものエル・ロワの民の命を救った英雄です」

「……」

「しかし英雄も一人の人間。世間的には国を救った傑物であっても、プライベートではそうもいかない難しさも察します」

「……」

「だからって、こんなふざけた野郎の言うなりになって俺をガッカリさせるなよ!!」


 俺は無礼を承知で侯爵を怒鳴りつけた。

 英雄への失望が俺の感情を高ぶらせたのか、息子への怒りが巡り巡って親に向けられたのか。

 どちらにせよ、俺ももう我慢の限界だ。


「息子は死んだと思ってください。あなたがいくら待ち望もうとも、何を犠牲にしようとも、もう彼は帰ってこないんです」


 その言葉で侯爵の顔色が変わった。

 彼は声を押し殺したまま涙を流すと、その場に両膝をついた。


「ガブリエル。もう父親を楽にさせてやれよ」

「セバスから何か吹き込まれたようだが、心配には及ばない。そこに居る男を父と思ったことは一度もない」

「ふざけるなっ! 家族の絆を利用して悪事の片棒を担がせる外道が!!」

「利用できるものは何でも利用しろというのが、先生の教えだからな」


 ……また先生、か。

 心酔しているのか、洗脳されているのか、とにかくガブリエルの頭の中ではその先生の言葉が最優先事項らしい。

 それならそれで別に構いやしない。

 元々話し合いで解決するなんて思っちゃいないんだ。


「全力戦闘! この場の敵を殲滅(せんめつ)するっ!!」


 俺の号令を受けて、ゾイサイトとフローラが床を蹴って飛び出した。


 当然、黒ローブ達も即座に反撃に転じる。

 奴らは人差し指で宙に弧を描き、一斉に魔法陣を描き出した。

 こいつら全員、宝飾付け爪(ジュエルネイル)魔導士(ウィザード)か!


 斬り撃ちのために引き金へと指を運ぼうとした瞬間――


「そう急くなよ」


 ――ガブリエルは不審な行動を見せた。

 首に下げていた歪んだ真珠(バロック)の首飾りを引き千切り、それを頭上高くに掲げたのだ。


「!?」


 くすみきった真珠は、太陽光に当たってすらわずかばかりも輝かない。

 何の脈絡もないこの奇行に何の意味がある?


「目覚ましの合図だよ」


 相次ぐ不明瞭な発言。

 惑わされるな。奴がこれ以上妙な動きを見せる前に撃て!

 そう決意した瞬間――


「ぐおっ!?」


 ――俺の目の前で、フローラが(・・・・・)ゾイサイトの脇腹に蹴りを見舞った。


「き、さま……っ」


 ゾイサイトは受け身を取ることもかなわず、勢いよく壁に突っ込んだ。

 そして――


「きゃああああ!!」


 ――ネフラの悲鳴が聞こえる中、野獣の巨体は塔の外へと放り出されていった。


「……ふぅっ。すっとしましたわ」

「なっ!?!?」


 困惑の極みに達した俺は、足を止めてフローラの背中を見つめるばかり。

 俺へと振り返った彼女は――


「ずっとこうしたいと思っていましたの」


 ――光芒(こうぼう)の中、かつて見たこともないほどに穏やかで涼しげな微笑を浮かべていた。

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