5-044. 討つべき敵は
ガブリエルは空中に静止したまま俺を見下ろしている。
降りてくる気はないのか?
まさか手駒がやられてお手上げだなんてオチはないだろう。
「……大した威力だな。まさかそこまでの力を秘めているとは思わなかった」
ずいぶんとミスリル銃を評価してくれたものだ。
「奪っておけばよかったと心から思うよ。過去に三回もそのチャンスはあったというのに」
「なら今から俺と一対一で戦え! 勝てば俺の命もミスリル銃もくれてやる!!」
「大層な自信だな。そこまで言えるのも納得だが」
……降りてこない。
どうやら俺との勝負を受ける気はないようだ。
「ジルコ。なぜ撃たん?」
「そうですわよ。勝負したいのなら、さっさと仕掛ければよろしいのでなくて!?」
後ろからゾイサイトとフローラのヤジが飛んできた。
そりゃそうなんだけど、決闘を申し込んでおいて一方的に仕掛けるのはちょっとな……。
それに正面から撃っても奴は精霊魔法で躱してしまうだろう。
「二言はない。先ほど言った通り勝負はしてやる。だが、今すぐではない」
「またそれか! 一体何を企んでいるんだ!?」
「新しい秩序を作るための前準備だよ」
「なんだと!?」
「もっとも我々に与しないお前には関りのないことだがな」
そう言うなり、ガブリエルは六階の床へと上って見えなくなってしまった。
「待て!」
「お前達にはまた別の駒に相手をしてもらう」
「雷震子か!?」
「彼女は今回、戦闘の任はない。脱出の際の足になってもらうだけだ」
「じゃあ誰が相手をするって言うんだ!」
ガブリエルの気配が遠ざかっていくのを感じる。
階段へ駆け寄ろうとしたところ――
「うおっ!?」
――踏み出した足の手前に剣が突き刺さった。
その剣は明らかに上から投げ落とされたものだ。
「誰だ!」
見上げた先には、六階から俺を見下ろすメイドの姿があった。
彼女の顔には見覚えがある。
侯爵邸で俺を襲撃してきた武装メイドの一人だ。
彼女以外にも、次々と武器を手にしたメイド達が姿を現していく。
「あんた達もやっぱりこの塔にいたのか」
メイドの数は続々と増えていった。
みんな揃って七階にでも潜んでいたのだろうか、最終的にその数は十四人にまで達した。
しかし、その表情は一様に暗い。
まるで葬式に参列する者達を見ているかのようだ。
「何なんだこの女子どもは」
「侯爵邸のメイド達ですわ。なぜここに……」
ゾイサイトとフローラも不思議がっている。
「ジルコくん。あの人達、何か様子がおかしい」
寄り添ってきたネフラが不安げな顔で訴えてくる。
半日足らずとはいえ、一緒に働いた彼女達を心配してのことだろう。
相変わらず優しいなネフラは。
その時、メイド達の列が分かれた。
現れたのは――
「またお会いしましたな」
――セバスチャン・ゲオルギオス。
彼もまた、隣に並ぶメイド達と同じく暗い表情を浮かべている。
「セバス。次の相手はあなたなのか?」
「……そう命じられました」
「プラチナム侯爵にか?」
「……」
答えないということは、侯爵以外の人間に命令されているのか。
それが不本意であんな表情をしているとも考えられるが、この短い間に侯爵や彼らに一体何があったんだ?
「あなたがここに居るということは、侯爵もこの塔にいるんだな?」
「……」
「なぜ答えない」
「……」
セバスは答えぬまま六階から五階へと飛び降りてきた。
着地して早々、彼は鞘に納めていたレイピアを抜く。
「気が進まないって顔をしているが……」
「ええ。今こうして剣を抜くのは不本意です」
セバスの発言を裏付けるかのように、今の彼からは闘志や敵意といったものがまるで感じられない。
仕方なしに剣を抜いたといった様子だ。
「つまらぬな!」
背後からゾイサイトの怒声が聞こえた。
「セバスよ。貴様、抜きたくもない剣を何故に抜く?」
「……」
「剣士としての誇りを捨てたか。今の腑抜けた貴様など十秒で殺せるわ!!」
「……そうでしょうな」
なんて気の抜けた声。
あれだけ脅威を感じたセバスとはまるで別人のようだ。
「しかし我が主の命ならば、従者として従わざるを得ませぬ」
「そんな気構えで今の俺の相手をするつもりか、セバス」
「非礼は承知の上。いざ……」
セバスに退く気はないようだ。
ならば、戦いには応じなければならないな。
俺はミスリル銃の装填口からダイヤモンドを取り出し、懐の宝石袋から屑石を取り出して入れ替えた。
「宝飾銃とやらは、輝きの強い宝石ほど強力だと聞き及んでおりますが……」
「ゾイサイトじゃないが、今のあなたはこれで十分だ。でないと殺しちまう」
「殺すに値しないというわけですか」
「今のあなたはね」
この落胆たるや言葉では言い表せない。
どうせ戦うのなら、全力のあなたと戦いたかった……。
「いつでも来い」
「……」
「来ないのか?」
「……」
セバスはレイピアを抜いたまま微動だにしない。
攻撃的な気配がない以上、俺も銃口を向けるに向けられなかった。
「セバス様、もうやめましょう。彼には私達の揺蕩う気持ちが見透かされています」
六階から見下ろしていたメイドの一人が唐突に口を開いた。
「もはや我らに存在価値はありません。セバス様もわかっておいででしょう」
「……そうだな」
「ならばいっそ、彼に託しては……?」
「しかし彼らが敵ということには――」
「敵の敵は味方、という言葉もございます」
「……」
メイドとセバスの問答が続く。
会話から察するに、主のことで思い悩んでいるように見受けられるが……。
彼らの主はプラチナム侯爵じゃないのか?
「セバスさん、剣を納めてください」
今度は俺の横にいたネフラが彼らの会話に加わった。
彼女の目は強い意思でセバスに訴えかけている。
「迷いがあるなら戦ってはいけません。きっと後悔するに違いありませんから」
「……後悔、ですか」
「あなた方は、あなた方の正しいと思うことに殉ずるべきです。迷いのうちに行う選択は避けなければ」
まるで真っ当な聖職者の説法だ。
どこぞの自称聖女よりもネフラの方がよっぽど聖女だし、やっぱり女神だな。
セバスはしばし沈黙するや、静かにレイピアを鞘へと納めた。
「確かに私は――私達は今、大いなる迷いを抱えております」
そう言うなり、セバスは俺の前に片膝をついて頭を垂れた。
想定外のことに俺は面食らってしまった。
「ジルコ氏。どうか我が主を――旦那様をお救い下さいませぬか」
「えぇっ!? 旦那様って……プラチナム侯爵のこと!? ……だよな?」
今度はメイド達が六階から次々と飛び降りてくる。
しかも、全員がセバスと同じく俺に向かって膝をつく。
まさかの事態に俺は困惑を隠しきれず、隣のネフラの表情をうかがった。
すると、彼女も困惑した面持ちで彼らを見入っていた。
「突然このような申し出に驚きでしょう」
「しかし、抜き差しならぬ事情があるのです」
「ジルコ様。何卒、我らの願いを聞き届けくださいまし」
メイド達が潤んだ瞳で訴えかけてくる。
十四人の熱い視線を向けられて、俺は圧倒されるばかり。
「もしも良いように計らってくだされば、私どもの体を捧げることも厭いません」
「えっ!」
メイドの一人の言葉に反応した瞬間、隣から脇腹を小突かれた。
「我が主、プラチナム侯爵閣下は――」
セバスが語らい始めた。
「――今や、ご子息であらせられるガブリエル様の傀儡」
「どういうことだ?」
「閣下はご子息を一度失われております。もちろん死別という意味ではなく、その絆を……とでも申しましょうか」
「仲違い、ということ?」
「左様です。奥方様を病で亡くされた後、閣下とご子息の間には様々な誤解から深い溝ができてしまわれました。以来、ご子息は屋敷から姿を消し、裏社会の人間と関わるように……」
父親と息子の軋轢。
それがあることは、侯爵邸での二人の会話から察することはできた。
しかし、まさか息子の盗賊生活が父親との不仲から始まったなんて驚きだ。
かつてこんなグレ方をした侯爵令息なんていないだろうよ。
「それでも閣下はご子息との関係修復に尽力して参りました。お部屋は当時のまま、パーティーを開く度にご子息専用のテーブルまで用意し、屋敷へ戻ることをひたすら待ち続けていたのです」
「でも戻ってはこなかった……?」
「左様です。屋敷へ訪れるのは、あくまで仕事として――ティタニィトとしてでした」
「父親からするとやるせないな」
「それでもご子息からの希望とあらば、例え法に抵触することでも支援されてきました」
侯爵名義で度々通行証を発行していたのはそういうわけか。
息子が盗賊を手引きするとわかった上で、そんな真似をしていたんだな。
あの人は息子にそこまで執着を……?
否。息子だから、家族だから、そこまでするんだ。
俺にはその気持ちがわかる気がする。
俺の父さんも、家族のために死すら厭わず働き続けたのを知っているから。
「それだけではありません。閣下はご子息に裏社会での権勢を与えるために、自らの組織すらお与えになりました」
「まさか……!?」
「それが〈バロック〉です」
侯爵が〈バロック〉のトップ!!
それなりの地位に就いているとは予測していたが、まさかボスだったのか。
しかし組織まで譲っちまうなんて、いくらなんでもやり過ぎだろう!
「伝え聞くに〈バロック〉は非人道的な組織じゃないか。息子のご機嫌取りのためにそんなものまで継がせたってのか!?」
「〈バロック〉とは元々、闇の時代に乱れた人心を是正するため閣下が創られた秘密結社なのです。闇の時代の終焉が見えてきて解散したはずが――」
「息子を新たなボスとして復活したわけか」
「はい」
侯爵には、そこまでせざるを得ないほど息子への負い目があったのか。
俺までやるせなくなってくる。
「あれ? ということは、〈バロック〉が非人道的な組織になったのは息子が継いでからなのか?」
「左様です。しかし、閣下の築き上げた組織力を真に求めたのはご子息ではありません」
「どういうこと?」
「ご子息が先生と呼び慕う人物。それこそがすべての黒幕。今に至るご子息の堕落の元凶!!」
セバスの顔が怒りの形相に歪んだ。
唇を噛み切り、殺意すら燃やすその眼光に、俺は以前のセバスに抱いた脅威を再び感じ取ることができた。
「ご子息はその者の言うなりに〈バロック〉を動かし、目を覆いたくなるような悪行を冒してきました。もはや万死に値します。しかし、それでも閣下は――」
「もういいよ」
俺は居た堪れなくなってセバスの話に割り込んだ。
始まりは母の死。
それが家族の軋轢を生み、悪に堕ちた息子。
その息子のために、悪へと加担する父親。
そして、息子を操る黒幕――先生と呼ばれる人物。
地下組織を動かして数々の非道を指示しているのも。
アンの心を深く傷つけたのも。
侯爵でもガブリエルでもなく、その先生なのか。
ならば俺が本当に討つべき敵は……。
「あなたは侯爵を息子の呪縛から解放させたいんだな」
「はい」
「そのために、俺にガブリエルを殺せと……?」
「……っ」
セバスは床につく拳を震わせている。
「もはやご子息は黒幕を討たねば止まりません。しかし、黒幕は決して人前に姿を現さず、その素性を掴むこともかないませんでした。閣下を解放するためには、ご子息を討つほかないでしょう」
「でも、息子の死を望む父親がいるのかな」
「それは……っ」
「まぁ、俺のやることは変わらないよ。今度こそガブリエルと決着をつける。黒幕のことも白状させてやるさ」
「黒幕について聞き出せたあとは……」
「〈バロック〉を叩き潰す。それをガブリエルが邪魔するのなら……その時こそは、な」
真の黒幕――先生は、おそらく吐き気を催すほどの邪悪な人物。
そいつの情報を得るための足掛かりがガブリエルならば、俺はどんな手段を用いても奴から情報を引き出してみせる。
俺やネフラ、そしてアン達の身を護るためにも、なんとしても黒幕にたどり着かなければならないのだから。
「黒幕について何かわかっていることはないんですか? 例えば名前とか」
「偽名の可能性が高いですが、名前はわかっております」
「教えてください」
「その者の名は、イスタリ――」
セバスの口から出た名前は、俺の記憶に新しいものだった。
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