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5-043. 会心の一手

 銃口から射出された光線はガブリエルの鼻先を捉えた。

 奴が被っているプレイグマスクは鳥のクチバシのように鼻先が尖っている。

 光線はその鼻を貫き、勢い余ってガブリエルの顔からマスクを引き剥がした。


「邪魔するなジルコォ!」


 直後に響いたのはガブリエルの悔しがる声ではなく、ゾイサイトの怒声だった。

 どうせ一人で戦うつもりだったのだろうが、今回ばかりは相手が相手だけにそんな勝手は許さない。


「退け、ゾイサイト! そいつは俺が倒す!」

「ふざけるなっ!!」


 ゾイサイトは俺の静止を無視してガブリエルを追いかけた。

 体勢を崩している今のガブリエルに、ゾイサイトの拳を避ける余裕はない。

 しかし、ゾイサイトが拳を繰り出そうとした瞬間、二人の間に突風が吹き荒れた。


「ぬうっ!?」


 ガブリエルの持っていたランプが風に運ばれ、ゾイサイトの眼前を通り過ぎる。

 そのせいで彼は拳を振り損ねてしまった。

 一方、ガブリエルはまた別の風に乗って大部屋の奥まで飛んでいった。


「ちっ。逃がしたか」


 ゾイサイトは足を止めるや、悔しそうに手のひらに拳を叩きつけた。

 突然訪れた小休止の間に俺は彼の隣へと向かう。

 背後からネフラの足音がしっかりついてきていることも確認して。


「……やれやれ」


 ガブリエルは床に足をつけて小さく独り言ちた。

 奴は顔に手を当てているため、いまだその素顔はお目に掛かれない。


「またマスクを壊されたか。もう替え(スペア)は無いというのに……」


 言いながら、奴は手を下ろした。

 ゾイサイトが壁に開けてくれた穴のおかげで、今は大部屋にも光が差している。

 ガブリエルは今初めて俺の前に素顔をさらしたのだ。


「それがお前の素顔か」

「……」

「確かにあの人に――プラチナム侯爵に似ている。いや、そっくりだ」


 銀色の短い髪。

 彫りの深い顔。

 頬のこけた優男然とした風貌。

 年齢は俺と同じくらいといったところだろうか。

 その容姿は若かりし頃のプラチナム侯爵を思わせるが、決定的な違いがある。

 それは三白眼で俺を睨みつける敵意溢れた双眸(そうぼう)だ。


「素顔はティタニィトと呼ばれるようになって封印したつもりだった」

「誰も呼んでねぇよ」

「それをこの短期間で二度もさらすことになろうとは……」


 一度目は侯爵邸でゾイサイトに殴られた時か。

 その時は誰も奴の素顔を見てはいないと思うが、どうやらマスクを取るということ事態が奴にとって問題らしい。


「なかなか良い男じゃありませんの。仮面をしない方が往来を歩くのに良いのではなくて?」


 フローラが意地悪そうに言った。

 でもまぁ、確かに顔立ちの整った美男子には違いない。


「気安く言ってくれるなよ。顔を隠すことは先生への誓いでもあったんだ」

「知りませんわよ、あなたの先生なんて。そんなことより、整った顔ほど殴り潰した時の変わりようが面白いから、私には幸いでしたわね」


 フローラの狂暴性が言葉に表れているな。

 やる気になってくれるのはありがたいが、彼女にも奴の相手は譲りたくない。


「退いてくれフローラ。奴の相手は俺がする」

「あの男は教皇様を傷つけた悪魔どものリーダー! ならば、この私以外に奴を断罪する権利がある者などいませんわ!! あなたこそ引っ込んでなさいジルコッ」


 フローラがこめかみの血管をピクつかせながら凄んできた。

 本気で怒っている顔だな……。


「引っ込むのは貴様も同じだフローラ。奴はわしが()るっ!!」

「……ゾイサイト。今回ばかりは譲ることはできませんわよ」

「奴には借りがある。それを返さんことには無双師の名が廃るわ!」

「廃れて結構じゃありませんこと? 奴をぶち殺すのは私の使命ですわ!」


 ゾイサイトとフローラが睨み合いを始めてしまった。

 なんでここまで来てこうなるかなぁ、この二人は……。


「ふっ。各々一対一をご所望のようだが、まだ仕事が残っている手前それはできない相談だな」

「今さら逃げられると思っているのか!」


 思わず叫んでしまったが、ガブリエルはその気になれば空を飛べる。

 ゾイサイトが開けた壁の穴も奴の方が近いし、また空を飛んで逃げられたら敵わない。


「逸るなよジルコ・ブレドウィナー。勝負はしてやる。だが、今すぐではない」


 ガブリエルは再び足元から浮き上がった。

 何かを仕掛けてくるのがわかって身構えたが――


「今しばらくはあれ(・・)に相手をしてもらおう」


 ――意外なことに、奴は頭上に上げた指先を鳴らしただけだった。


 間もなくして天井に大きな亀裂が生じた。

 亀裂は瞬く間に拡がっていき、大きく裂けた天井から巨大な黒い塊が落っこちてくる。


「危ない!」


 その塊は余りに巨大。

 圧し潰されないように、俺は後ろにいたネフラを抱きかかえて即座に壁際へと跳んで逃げた。

 ゾイサイトとフローラも同じく。


「こ、こいつは……」


 床に落下してきたそれ(・・)は、全身を黒い炎に包まれていた。

 炎からは薄気味悪い触手を無数に伸ばし、ひっくり返った自分を立ち上がらせようと床を突いて支えにしている。

 それが六階に居ると言われていた魔物だとは疑いようがない。

 そして大きく俺の動揺を誘ったのは、それが俺にとって見覚えのある姿をしているためだった。


「錬金術の禁忌を冒して生み出した、人工生命体ナゾベームだ」

「ナゾ……ベーム……」

「ジルコ・ブレドウィナー。きみはこれに見覚えがあるんじゃないか?」

「ぐっ! こいつは……なんでこいつが……ここにいるっ!?」


 俺はドラゴグの地でこいつを見た。

 否。こいつと同じ姿をした魔物と戦った。

 そして確かに殺したはずだ。


 三本足で這うようにして蠢く巨大な怪物。

 胴体の下腹部――頭?――に眼球らしき器官を持ち、さらに耳と口のようなものまで持っている。

 胴体には短い手足。

 頭頂部――尻?――からはゾウの鼻、あるいはネズミの尻尾のような突起物が生えている。

 まるでネズミが逆さまになって長い鼻先で歩いているような、不気味な姿……。

 俺とクリスタが一緒に戦い、苦心の末に倒した魔物と瓜二つなのだ。


「きみがクリスタリオス・パープルオーブとこれの(・・・)実験体(・・・)を滅ぼしたことは知っている。これはその時のデータから再創造された発展型だよ」


 かつて倒したあれが実験体?

 こいつがその発展型?

 ガブリエルのやつ、何を言っているんだ。

 こんな魔物を……生物を……誰が創ったって言うんだ!?


「本来きみ達を殺させるために用意したものではないが、この際仕方ない。せいぜい時間稼ぎに使わせてもらうよ」

「何の時間稼ぎだっ!?」

「時がくればわかる。ちょうど(そこ)の穴から市街の方を見渡せるしな」

「……!?」


 ガブリエルは意味深なことを告げると、天井――床の落ちた六階――へと昇っていった。

 このまま行かせたくはないが、俺とガブリエルの間に遮蔽物のように魔物が転がっているせいで照準が定まらない。

 無理に撃ったところで確実に狙いは逸れてしまうだろう。


「ジルコ。貴様この魔物と()りあったことがあるのか?」

「クリスタリオスとって……どういうことですの!?」


 ゾイサイトとフローラが詰め寄ってくる。

 今はそんなことを説明している場合じゃないだろうっ!


 そうこうしているうちに魔物が身を起こした。

 その異様な姿は、まさしく俺の知るあの双頭の魔物――否。三匹の魔物のそれと同じだ。

 あれらは三匹いることでほぼ完璧な不死を保っていた。

 これがその発展型と言うのなら、単体であの不死性を誇るということなのか?


「ゾイサイト、フローラ、いったん下がれ!」

「何ですって!? このままあの男を逃がすつもりはありませんわよ!」

「こいつは知能が高く戦闘力も魔人(サーヴァント)並みだ! 宝飾武具を持たないお前には荷が重い!!」

「ぐぬぬ……っ」


 俺は腕に抱いたネフラをそのままフローラに投げ渡した。

 彼女は不満を露わにしながらも、ネフラを受け取るや後方へと飛び退いた。


「ゾイサイト、お前もだ!!」

「ジルコ……貴様、闇の時代に何を見てきた? 無手とはいえ、わしが魔物なんぞに後れを取るわけがあるまい!」


 ゾイサイトは下がるどころか、髪の毛を逆立たせて魔物に向かっていってしまう。

 確かにゾイサイトは特別(・・)だ。

 事実、彼なら宝飾武具を用いずとも無手で魔物を屠ることができる。

 なぜならこの男、両手足に宝石をいくつも埋め込んでいるのだ。

 おそらくは世界で唯一無二の素手で(・・・)魔物を(・・・)殺せる(・・・)人間。

 それが、ゾイサイトが闇の時代において無敵無敗を誇った真の理由でもある。

 宝石を体内に埋め込むなんて狂気の沙汰だけどな……。


「二度言わすな、マスターの命令に従えゾイサイト!!」

「……むぅ」


 俺の怒声を耳にして、ようやくゾイサイトが足を止めた。

 すぐ後方に魔物が触手を蠢かせているというのに、くるりと俺に振り返るや鋭い眼光で見据えてくる。

 今さらそんな目で臆するかよ。


「俺が信用に足る男だと思うなら、ここはいったん退いてくれ」

「つまらぬ真似はするまいな?」

「俺を誰だと思っているんだ。最強ギルド〈ジンカイト〉のマスターだぞ」

「……よかろう!」


 ゾイサイトは床を蹴り、壁際で待機するフローラ達の隣へと跳んだ。

 直後、魔物が間近にいる俺を獲物と定めて動き出す。


 その間も俺の視界には浮き上がっていくガブリエルの姿が映っていた。

 不意に、奴が視線を落として俺と目が合う。


「よぅく見ていろよガブリエル。お前が甘く見る男の本当の強さを」


 ミスリル銃(ザイングリッツァー)の装填口を開き、収めていた屑石(くずいし)と入れ替えに虹色に輝く宝石を押し込む。

 それはクロードから譲り受けた最高品質のダイヤモンドだ。

 ミスリル銃(ザイングリッツァー)と一級品のダイヤモンドとの組み合わせは、俺に勇者に匹敵する力を与えてくれる。

 復興の時代に入ってから初めて振るうその力……しかと目に焼き付けろ!


「斬り撃ち・舞撫極殲(ぶぶきょくせん)!!」


 グリップを握る右手を起点とし、左手で掴んだ銃身を傾けながら、引き金を引く。

 まずは標的のシルエットに沿って線を描き、あとは子供が落書きをするように光線を何往復もさせて内側を(・・・)塗り潰す(・・・・)

 時間にして七秒。たったそれだけの光線射出だったが――


「……ッッ」


 ――全身くまなく焼き刻まれた魔物は、断末魔を上げることすらかなわずに塵と化す。

 細切れにされた部位はバラバラに崩れ落ち、床に転がる前に霧散していく。

 数秒前までこの空間の大部分を占拠していた魔物の姿は、もうどこにもない。


 防御不可能、光速の斬撃貫通技の奥義。

 光線射出中の宝飾銃(ジュエルガン)を闇雲に動かすのは非常に危険だ。

 その危険を冒してなお、余りある常軌を逸した殺傷力。

 闇の時代、俺が魔人(サーヴァント)と真っ向勝負するために苦心して編み出した技は、今もまだ錆びついてはいなかった。


「なんという……」


 ガブリエルは五階と六階の狭間に浮かび上がったまま俺を見下ろしていた。

 ついさっきまで俺を見下す視線を送っていた男が一転、こちらの一手を目の当たりにして動揺を露わにしている。

 それがたまらなく心地いい。


「降りてこいよガブリエル。かつて魔王(クラウン)すら撃ち抜いた銃士(ガンナー)の絶技、とくと味わわせてやるぜ」

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