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5-041. 混乱の塔へ

 ガタガタと揺れる幌馬車。

 俺は荷台から御者台に座るデズモンドに銃口を向けていた。


「いいな? 少しでも妙な真似をしたら背中から撃ち抜くぞ」

「わ、わかってるよ……」


 倉庫街で偶然からデズモンドとユージーンに遭遇した俺達は、彼らを脅して馬車に潜む形で〈バベルの塔〉への侵入を試みることになった。

 幌で覆われた馬車の中に居れば塔からの監視にも見つからないし、何よりも連中の仲間である〈ハイエナ〉の馬車なら疑われる心配もないだろう。


 一緒に荷台に乗っているユージーンは、美女(フローラ)野獣(ゾイサイト)に挟まれて落ち着きのない様子だ。

 俺は銃を構えたままユージーンの尋問を始めた。


「ユージーン。お前達はガブリエルから爆弾の運搬を頼まれただけなのか?」

「ガブリエルって誰です」

「〈ハイエナ〉のリーダーのことだ。あのマスク被ってる奴」

「ティタニィトのことですかい。ガブリエルってのはあの人の本名か……」


 リーダーの素性は仲間にも秘密だったみたいだ。

 まぁ、侯爵の息子が盗賊家業に身をやつしているなんて、さすがに口外はできないか。


「で、返答は?」

「……そうですよ。リーダーの命で、海峡都市(ブリッジ)の闇市で取引をしてきたんでさ」

「取引相手は?」

「タンザニカ王国の鉱山公社ですよ。言っときますが、盗みじゃなく正当なルートでの取引ですからね」

「盗賊の口からそう言われても説得力ないなぁ」


 その時、フローラが荷台の積み荷を物色し始めた。

 彼女は積み荷に添えられていた紙を手に取ると、紙面を一瞥した後、俺に渡してきた。

 それは鉱山公社との正式な売買契約書のようだった。


「盗賊の割には堅い商売もするようですわね」

「確かに。まさかこんなことまで〈ハイエナ〉の仕事だなんてな」


 署名欄には、プラチナムではなくイスタリ(・・・・)の名でサインされている。

 ……イスタリって誰だ?

 〈ハイエナ〉の黒幕はプラチナム侯爵のはずだから、俺はてっきりその名が書かれていると思ったけど。


「お前達の飼い主はプラチナム侯爵だよな?」

「プラチナム侯爵? どうしてそんな大物が出てくるんです」


 ……そういえば〈ハイエナ〉の連中は記憶操作を受けているんだった。

 黒幕に関わることを聞いても無駄か?


「もしかしてこのイスタリっていうのが、お前達の黒幕なのか?」

「書類のサインは、オイラが命じられたままに代筆しただけです。イスタリが誰かなんて知りやせんよ」


 完全に使い走りだな。

 末端はいつでも切り捨てられるように情報が制限されているのだろう。

 記憶操作の件もあるし、これ以上実のある情報は聞けそうにない。


「フローラ。イスタリについて思い当たることはないか? エル・ロワかドラゴグの貴族なんじゃないかと思うんだけど」

「イスタリなんて聞いたことのない名前ですわ」

「でも、こんな危なっかしい取引を成立させられる人物だぞ。何者だ?」


 通常、売買契約書には署名した人物が属する組織の印章(スタンプ)も押されるはずだが、それもない。

 何の後ろ盾もない個人がこんな危険物の取引ができるのか?

 ……考え過ぎか。

 プラチナム侯爵が偽名としてイスタリを名乗っているのかもしれない。


「あらかじめ言っておくが、俺達はこれから塔に乗り込んでお前達のリーダーを捕える。黒幕も一緒のはずだから、合わせて拘束する」

「そんな簡単にいきますかね。あの塔、得体の知れない連中が隠れてますぜ」

「知っていることを全部話せ。そうすれば、俺達が塔に乗り込んだ後は好きにしてもらって構わない。襲ってきたら叩き潰すけどな」

「それが本当なら――」


 ユージーンから得られた情報は次の通り。

 〈ハイエナ〉の指揮権はティタニィト(ガブリエル)にあり、ユージーンとデズモンドは彼の命令で動いていること。

 〈バベルの塔〉に爆弾を持ち込んだ後、一階の周囲と低階層に仕掛ける手はずであったこと。

 塔には黒いローブに身を包んだ怪しい連中が大勢潜んでいること。

 そして、その連中が共通して歪んだ真珠(バロック)の首飾りをつけていたこと。


「……やっぱり行きつく先は〈バロック〉だったか」


 俺はフローラに視線を送った。

 彼女には看破の奇跡でユージーンの発言の真贋を見分けてもらっていたのだ。


「嘘はついていませんわ」


 どうやらユージーンは観念して事実のみを述べている。


「お前達、今日中に海峡都市(ブリッジ)を離れるんだな。直にエル・ロワにもドラゴグにもお前達の居場所はなくなる」

「オイラ達は頼るあてもない根無し草のはぐれ者ですぜ。どこへ行けと?」

「自由になったらそれを探せよ。お前達を縛る鎖は俺がぶち壊してやるから」

「……」


 ルリから教わったアマクニの古い言葉に、敵に塩を送るというものがある。

 今まさに俺がしようとしていることだな。

 もっとも、余計な敵を作りたくないという打算もあるんだけど。


「塔を登るなら気を付けるといい。あそこには魔物がいますぜ」

「魔物? それって何かの比喩じゃなく……」

「旦那方ならよ~く知ってる奴らですよ」


 それを聞いて、俺はフローラ達と顔を見合わせた。

 塔に――否。この都に魔物がいるだって?

 にわかには信じがたい。


「どういうことだ。本当に魔物がいたら、街がこんな静かなわけないじゃないか」

「詳しい事情は知りやせん。でも、短い間だけど確かに見たんすよ。あれは……あの真っ黒い炎に燃えたような触手は魔物のそれとしか……」

「触手を見たのか」

「小さい奴でしたが、間違いありやせん」


 改めてフローラに視線を向けると、彼女はこくりと頷いた。

 今の発言も嘘ではないということか。

 一体どういうことなんだ?

 こんな大きな都に、魔物が人を襲わずじっとしているなんて考えられない。

 その魔物にもガブリエルが関わっているのか?

 あるいは、プラチナム侯爵が何かを企んでいる?

 ……次々と問題が山積みになっていくな。


「円状に宝石類を設置して魔物を閉じ込める魔封陣という結界もありますわ。小さい魔物なら、それで一ヵ所に留めておくことも可能だと思いますの」

「小さい魔物なら等級の低い冒険者でも滅ぼすことは難しくない。なんでそんなものをいつまでも生かしておくんだ?」

「知りませんわよ。そのガブリエルという男に聞いてみたらどうですの」

「そうするほかないな」


 〈バロック〉の件にしても。

 侯爵の件にしても。

 その魔物の件にしてもそう。

 裏で色々糸を引いているらしいガブリエルに直接問いただすしかない。


 ……ちょうど馬車も止まった。

 外では馬車に近づいてくる足音が聞こえてくる。


「黒いローブの男が二人近づいてくるぞ」


 幌の隙間から外の様子をうかがっていたゾイサイトが言った。

 ユージーンの言っていた怪しい連中――おそらく〈バロック〉の構成員だな。


「デズモンド!」

「わかってる。……約束は守れよ」


 布切れ一枚を隔てた御者台から、デズモンドの声が聞こえてくる。

 約束というのは、事後に俺達が関知しない件のことだろう。


「連れはどうした?」

「荷台で品物の整理中だ」

「そうか。今すぐ爆弾の設置を進めろ」

「俺達二人でか?」

「そうだ。まずは塔の外周からだ。それが終わったら一階の支柱から順に設置していってもらう」

「上階にはあれ(・・)がいるだろ。そいつのいる階にまで上がるのはごめんだぜ」

「四階の支柱まででいい。仕事が済んだら指定の宿に戻って大人しくしていろ。追って指示を出す」

「リーダーはどうした?」

「お前達のリーダーからの命令だ」


 それだけ言うと、足音が去っていった。


「……ちっ」


 御者台からデズモンドの舌打ちが聞こえてきた。

 リーダーではなく別の人間に指示されたことが気に入らなかったのだろう。

 今の〈ハイエナ〉の指示系統がどうなっているのかわからないが、二人が雑用を押し付けられていることから察するに(ここ)での立場はあまり良くはないらしい。


「ブレドウィナー、聞け。これから馬車を塔の横につける――」


 デズモンドがしゃべりながら馬車を動かし始めた。


「――塔の入り口は正面一ヵ所。見張りが入り口付近に四人、奥に三人。魔物は六階にいて、五階の階段下まで触手を伸ばしている。リーダーはさらに上層階にいて、俺達はずっと姿を見ていない」

「六階に魔物が居ついているなら、どうやって七階に上がるんだ?」

「リーダーが空を飛べるのは知ってるだろ。黒ローブの連中にも何人か空飛ぶ魔法を使える奴がいて、上と下の連絡はそいつらが行っているんだ」

「なるほど」

「こんな雑用ばかりやらされちゃ、リーダーにはもう付き合っていられねぇ。俺とユージーンは爆弾を仕掛けるふりをしながら頃合いを見て逃げる。あとは勝手にしやがれ」


 デズモンドが言い終えたのは、馬車が停まるのと同時だった。


「そこの男、嘘は言っていませんでしたわ」

「よし。行こう」


 フローラの確認も取れたので、あとは塔の中に乗り込むだけだ。

 ネフラが人質に取られている以上、俺達の侵入に気付かれるわけにはいかない。

 くれぐれも敵に勘付かれないよう慎重に動かなければ。


「そろそろわしは勝手にさせてもらうぞ」

「おい、何を言っているんだ!


 ……やっぱり俺を困らせるのはゾイサイトか。

 隠密行動はこの男がもっとも苦手とするところ。

 どうやって説得すればいいのやら。


「案ずるな。何も正面から殴り込むつもりはない」

「じゃあどうするつもりだよ!?」

「ジルコ。貴様、常識に捉われ過ぎではないか?」


 そう言うと、ゾイサイトは荷台から降りていってしまった。

 ただでさでかい図体しているんだから、少しは注意を払ってくれよ……。


 仕方なく俺もゾイサイトの後を追って荷台から降りた。

 しかし、すでにそこにはゾイサイトの姿がない。


「あいつ、どこに!?」

「ここだ!」


 姿の無いゾイサイトの声が上から聞こえた。

 不審に思って塔の上を見上げてみると、ゾイサイトが壁に張り付いていた。


「外ならば警戒もなかろう。空飛ぶ連絡係とやらも、四六時中外を飛び回っているわけでもあるまいからな」


 否。張り付いているわけじゃない。

 指先で壁に穴を開けて、それを支えに直角に等しい壁をよじ登っているのだ。

 器用というか、無茶というか、ゾイサイトらしい荒業ではある。


「……呆れた。あんな馬鹿な真似ができるのは、世界広しと言えどもあの野獣くらいですわね」


 荷台から降りてきたフローラの第一声がそれだった。

 デズモンドとユージーンに至っては、壁を登っていくゾイサイトを見上げて口を開けたまま唖然としている。


「と、とりあえずあれならすぐに気付かれることはないと思う。ここはあいつの好きにさせよう」

「はぁ。あの野獣、もう少しスマートに物事を進めることを知らないのかしら」


 お前が言うかフローラ?

 ……とは言えない。


 〈バベルの塔〉は目算で全高40mほど。

 ゾイサイトなら途中で落ちることもなく頂上か、あるいは途中の穴から内部に入ることができるだろう。

 だが、ゾイサイトだけ先行させるのは危険だ。

 俺とフローラは黒ローブの連中に気付かれないようにして、一階から地道に登っていく必要がある。

 途中には魔物のいる階もあるし、なかなかしんどいがやるしかない。


「フローラ。わかっていると思うが、くれぐれも敵に姿を見られるなよ」

「こそこそ隠れて行かずとも、もっと簡単な方法がありますわよ」

「え?」

「ちょっとここで待っていなさい」


 フローラは傍に落ちていた小石をいくつか拾い上げると、それを抱えたまま塔の入り口まで駆けて行ってしまった。

 慌てて止めようとした時には、すでに彼女は入り口の方に石を投げ飛ばした後だった。


 一人、二人、三人、四人――続けざまに投擲される小石の先では、グシャグシャと嫌な音が鳴り響いている。

 入り口の見張りが全員倒れると、彼女は塔の中に飛び込んでいった。

 そして七度目(・・・)の嫌な音が聞こえた後、フローラが俺の方に向き直って手招きしてきた。

 ……こいつもめちゃくちゃしやがる。


「恐ろしいねぇ~。あれが絶世の美女と評判高いフローラ女史の本性ですかい」

「あんた、あんなのと一緒に居てよく生き残れたな」

「……まったくだ」


 ユージーンとデズモンドの忌憚(きたん)のない意見に、自然と頷いてしまった自分が悲しい。

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