5-040. 突撃or潜入?
俺はゾイサイトとフローラと共に、〈バベルの塔〉のある北端区画へと向かっていた。
海峡都市の中央区画からどのくらい離れただろう。
粗雑で狭い通りが増えてきた辺りから、道ですれ違う人種が偏ってきているのを感じた。
巡回中の王国兵。
荷馬車で倉庫街を行き来する商人。
その指示で荷物運びに従事するゴブリンやリザード。
特に注意するべきなのが、一見して理由ありだとわからせる人相の悪い連中だ。
「叩けば埃が出そうな輩ばかり目につきますわね」
「フローラ。面倒事は避けたいからあまり顔を見せるな。できるだけ声を出すのも避けてくれ」
「やれやれ。この私が顔を隠さないといけないだなんて、不愉快ですこと」
フローラには頭からローブを羽織ってもらっている。
素性を隠すためというよりは、女性とわかれば後先考えずに絡んでくる厄介者を避けるための措置だ。
黙ってさえいれば、フローラは美人だと誰もが思うだろう。
ゆえに無法者が多い場所では、できるだけ女であることを隠してもらった方が無用なトラブルに巻き込まれずに済む。
「ふん。どいつもこいつもシケたツラばかりで覇気がないのぉ」
「ゾイサイト。念のため俺達を監視している人間がいないか警戒してくれ」
「そいつは難儀だな。ここらの連中、わしらに意識を向けておる者が多すぎて奴らの仲間か判断つかんわ」
ゾイサイトの言う通り、俺達は色んな人間から見られていた。
すれ違う者がこっそり視線を向けてきたり、建物の窓から覗き見ていたり……よそ者である俺達をこの街の人達も警戒しているわけか。
この中に〈バロック〉に関わる者がいないことを願うしかないな。
「あ。もしやあれが例の時計塔――〈バベルの塔〉ですの?」
フローラの言葉に釣られて前方に向き直ると、立ち並ぶ建物の向こう側に歪な塔のようなものが見えてきた。
確かに中央区画の時計塔を思わせる四角く背の高い建物だ。
40mほどの高さはあるだろうか。
しかし、どこにも時計の文字盤らしきものは見られない。
それどころか、あちこち風化して穴や亀裂が生じており、最上部においては内部が剥き出しのまま厚い布に覆われているだけだった。
心なしか傾いているように見えるし、あれじゃいつ倒壊してもおかしくない。
「建造途中で放棄された結果があれか……」
位置関係的にも外から潮風が吹き付けているだろうし、よくぞ数十年間も倒れずにいたものだと思う。
「そろそろ倉庫街を出るな」
「今どこですの?」
「えぇと。一番外側の倉庫街だから、第二十九区画かな。隣の小区画への道はこの先――」
俺が地図を片手に現在位置を確認していると、前方に見える塔の遥か上空に黒い影がチラついた。
ハッとして目を凝らすと、その影はワイバーンに違いなかった。
時折、山脈から迷い出てきたワイバーンが都市上空に目撃されることはあるが、どうやらこのワイバーンははぐれじゃない。
なぜなら、俺の目はワイバーンの背中に騎乗者らしき人影を捉えていたからだ。
「ワイバーンに人が乗っていた。おそらく雷震子だ」
ワイバーンは塔の上空を旋回した後、最上部へと降りて行って姿を消した。
これで〈バロック〉の連中が――少なくとも雷震子があの塔に居ることは確定と言える。
「今のが見えましたの?」
「ああ。一度間近で姿を見ているし、間違いない」
「はぁ~。よくぞまぁあんなのが見えるものですわね。私には点にしか見えませんでしたわよ……」
「俺は目がいいからな」
怪物揃いのギルドメンバーに得意顔できるのはめったにないから、こういう時はちょっと嬉しい。
それを言葉にすると殴られるから言わないけど。
「よし! すでに中に敵がいるというのなら、こそこそする必要はないなっ」
「ちょっと待ったぁ!」
ゾイサイトが先陣切って走り出しそうになったので、慌てて目の前に立ち塞がった。
「善は急げよ。もはやチンタラする理由もあるまい」
「待てって! 真っ向から突撃したら相手の思う壺だぞ!」
「今なら敵も準備が整っておらんだろう。叩くなら今ではないか?」
「それは……」
……迷う。
敵が時間指定をしてきたのは、おそらく俺達に何らかの罠を仕掛けるためだ。
ならば、今から乗り込めば敵も準備不足で制圧も楽になるのではないか?
でも、ネフラが敵の手中にある事実は変わらない。
彼女の喉元にナイフでも突きつけられたら、その時点でアウトだ。
「ちっ。人質救出など煩わしい。ネフラめ、つまらぬドジを踏みおって!」
「はぁー。こういう隠密作戦って私向きじゃありませんのよねぇー」
……罠以前に、俺はこの二人の手綱を握れるのか不安になってきた。
◇
倉庫街の端まで来て、いよいよ〈バベルの塔〉の全貌が視界に収まる距離まで近づいてきた。
塔のある小区画は捨てられた区画だけあって、建造途中の時計塔の他に建物のない更地だった。
しかし、それは俺達にとって大きな問題となる。
「まずいな。ここから塔までおよそ700m……途中に障害物がない」
「? それって必要ですの?」
「身を隠しながら近づくことができないんだ。塔から外を監視している奴がいたら簡単に見つかっちまう」
「私とゾイサイトなら、20秒もあればここから塔に飛び込めますわよ」
700mの距離を20秒……?
こいつらの脚力はどうなっているんだ。
「そ、そういう問題じゃなくてだな……」
この女、敵陣にネフラが囚われていることを忘れているのか?
どんなに早く塔にたどり着こうが、ネフラが敵の手中にある以上いつ脅しに使われるかわからないんだぞ。
「そうだ! 小区画にも地下水路が通っているのでしょう。地下からあの塔には入れませんの?」
「ジニアスがそんな話をしていたけど、詳細を聞かなかったからどこに入り口があるのかわからない」
「あなた、本当にネフラを助ける気がありますの?」
「ぐっ……」
正面突破を提案する脳筋女には言われたくない。
「さっさと決めろジルコ。わしは今にも暴れたいところを貴様の顔を立てて抑えているのだぞ」
「次期ギルドマスターなら、さぞや的確な作戦を立ててくれますわよねぇ?」
ゾイサイトとフローラに睨まれて、俺の額から自然と汗が流れ落ちる。
この二人、俺が妙案を思いつかなければ正面突破を強行するつもりだ……。
さすがにそれだけは避けたい。
避けたいけど――
「ぐ……うぅ」
――妙案が思い浮かばない。
商人ギルドと別行動にしたのはまずかったか?
せめて水路の入り口だけでも聞いておけば……否。それだと万が一間者がいた場合にこちらの行動が漏れる可能性も……。
俺が二人の視線に気圧され始めた時だった。
「――んなに多く必要だったのかね?」
「余計なことぁ考えずに仕事を進めましょうや」
倉庫街の通りをゆっくり幌馬車が走ってくる。
俺達はとっさに物陰に隠れ、息を潜めた。
「しかし、この量の火薬だぜ?」
「デズ。この世界で長生きするにゃ、余計なことは考えないことだよ」
間一髪、気付かれなかったようだ。
御者台に座る二人の男は変わりなく会話を続けている。
しかしこいつら、こんな街外れに何を運んできたんだ?
……って、ちょっと待てよ。
この二人の顔、見覚えがある。声もだ。
「入手経路さえわかれば、俺達だけでも大儲けできるのになぁ」
「だから欲張り過ぎると長生きできないって」
間違いない。
御者台で話しているのは〈ハイエナ〉のメンバーの二人だ。
名前は、小さい方が暗殺者のユージーン、大きい方が槍術士のデズモンド。
まさかこんなところで再会することになるなんて。
「何にせよ、リーダーの命令は絶対――」
馬車が俺達の前を通り抜け、二人から完全に俺達が死角になった瞬間。
俺は手首を上げて、拘束を意味する手振りを仲間達に送った。
直後――
「うおっ」
「な、なんだぁっ!?」
――俺が通りに飛び出すよりも早く、ゾイサイトが荷台を掴んで幌馬車の動きを封じた。
わずかな時間、馬とゾイサイトで荷台の引っ張り合いが起こったが、すぐに馬の方が力負けして座り込んでしまった。
御者台の二人が後方の様子をうかがった時には――
「がっ」
「ぐえっ」
――飛び出してきたフローラの手刀と膝蹴りを食らい、ユージーンとデズモンドは揃って地面に転げ落ちた。
過去に俺が手を焼いた相手を、不意打ちとはいえ一撃で倒すとは……。
嫉妬以前に背筋が凍るな。
「こいつらを知ってますの、ジルコ?」
「〈ハイエナ〉のメンバーだ。王都で追撃した時には逃げられた奴らだな」
そこまで言って、ゾイサイトが指を鳴らしながら二人に近づくのに気付いた。
あの時この二人を逃がしたのはゾイサイトだったが、まさか怒りに我を忘れてとどめを刺すつもりじゃないだろうな!?
「待て待て待て、待てってば!」
「なんじゃジルコォ!?」
「この二人は貴重な情報源だ! 殺しちゃダメだっ」
「殺す? 何を言うか。わしはこいつらを縛ろうとしただけだ」
「……あそう」
だったら、そんな紛らわしい挙動をしないでくれよ。
◇
「……んん?」
「はっ。お、オイラは一体……?」
縄で縛ってから間もなく、〈ハイエナ〉の二人は目を覚ました。
「よぉ。久しぶりだなお二人さん」
「……えっ。えっえっ?」
「はっ!? じ、ジルコ・ブレドウィナー!?」
「ついでにもう一人にも挨拶してやってくれよ。知らない仲じゃないだろう」
俺が隣に立つゾイサイトに向けて顎をしゃくると、彼を目にした途端に二人から血の気が引いた。
「また会えるとは思ってもいなかったぞ、貴様ら」
「ぞ、ぞぞぞ、ゾイサイト・ピズリィッ」
「ひぃっ! な、ど、なんで、どうしてここにぃっ!?」
よほど驚いたのか、二人は揃って転倒してしまった。
懸命にその場から逃げようとするも、二人の手足は縄で縛られているから芋虫のように地を這うことしかできない。
確か前にも一度こんなことがあったな……。
「逃がすわけなかろう」
「ぎゃっ!」
ゾイサイトが地面を這うデズモンドの背中を押さえつける。
逃げられないと悟ったのか、デズモンドはガクリとうなだれてしまった。
ユージーンも観念し、もはや諦めの表情で俺達を見上げている。
「は、はは。旦那方にまたお会いできるなんてねぇ……っ」
「ユージン、俺の質問に答えろ。お前達、あの塔に向かうつもりだったのか?」
「そ、そうですよ」
「何を運んでいた?」
「それは……」
ゾイサイトが幌馬車の布を破ると、荷台には木箱がいくつも積み込まれているのがわかった。
俺は荷台に飛び乗って木箱の蓋を引き剥がした。
すると……。
「うっ!?」
凄まじく濃い火薬の臭いが鼻先をついた。
木箱の中には、手のひらに乗る程度の粘土の塊が布に巻かれて収められていた。
しかも、その数は二十個ほど。
隣の木箱の蓋を開けても、同じ物が同じ数だけ入っていた。
「これはまさか……爆弾か!?」
木箱から粘土の塊を取り上げ、荷台から降りるやユージーンの顔にそれを押し付ける。
「ちょ、旦那! 無茶はよしてくださいよっ」
「答えろ! これは爆弾だろう。こんなものをどうするつもりだ!?」
「そいつぁ~ドラゴグで開発された震天雷って炸裂爆弾ですよ」
「そんなものをどうして大量に?」
「リーダーから、夜まで時計塔に仕掛けろって命令でしてね」
驚いた。
おそらくこの爆弾は、俺達を確実に仕留めるためにガブリエルが用意させたものだろう。
例えばこれを一階に仕掛けて爆発させれば、支柱も石壁も吹っ飛んで一瞬で塔は倒壊する。
そんなことになれば塔のどこに居たとしても死は免れない。
……指定の時間より早く動いて正解だったか。
「ジルコ」
「えっ」
フローラがニコリと笑いながら〈バベルの塔〉を指さした。
「敵の企みは潰えましたわ。突撃しましょう♪」
「ふむ。ついでにその饅頭のような爆弾を、クチバシ男の口に突っ込んでやろうではないか!」
大量の爆弾がすぐ隣にあるのに、なんでこの二人はこんなに楽しそうなんだ?




