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5-038. 手紙

 俺が目を覚ました時、視線の先には見知らぬ天井があった。

 開かれた窓からは太陽光が差し、小鳥のさえずりまで聞こえてくる。


 ……ここはどこだ?

 なぜ俺はベッドに寝ているんだ?

 ゾイサイトに担がれたまま、真っ暗な地下水路を走っていたはずだけど。


「ようやく目を覚ましましたのね」


 聞き覚えのある声がしたと思ったら、突然頭をはたかれた。


「手間をかけさせないでくれますこと?」


 視線を動かすと、視界にフローラの顔が映り込んだ。

 彼女はいつものローブ姿に戻っており、変装用のウィッグもメイド服も身に着けていなかった。

 ムスッとした顔で俺を覗き込む彼女は明らかにご機嫌斜めだ。


「……フローラ?」

「見てわかりませんの。傷口から頭にばい菌でも入ったのではなくて?」


 この毒舌は間違いなくフローラだな。

 ということは、俺は地下水路を走っている最中に意識を失ってしまったのか。


「ここは?」

「ジニアス様のご厚意で提供された仮宿ですわ。そんなことも覚えていないなんて、死にかけて記憶障害でも起こしたのかしら」

「……今思い出したよ」


 ここは商人ギルドが提供してくれた隠れ家らしい。

 侯爵邸への潜入を実行する前、作戦が失敗した場合に備えて、俺達が一時的に身を隠す場所が必要だろうとジニアスが手配してくれていたのだった。


「おや。目を覚ましたのですね、ジルコさん」


 部屋のドアが開いてジニアスが入ってきた。


「ジニアス……」

「まったく心配しましたよ。深夜、血だらけのゾイサイトさんが意識不明のジルコさんを抱えて突然現れたんですから」

「ゾイサイトは?」

「隣の部屋でぐっすり眠っておられますよ。よほど疲労が溜まっていたのでしょう」


 ゾイサイトが無事と聞いてホッとした。

 あいつもなんだかんだセバスとの戦いで重症だったからな。

 地下水路で気絶した俺を抱えてここまで走らせるなんて、悪いことをしたな……。


「それではジニアス様。私は教会の動きを探ってきますわ」

「お願いします、フローラさん。くれぐれも用心してください」


 フローラは俺に一瞥くれた後、鼻を鳴らして部屋から出て行ってしまった。

 今の二人の会話から、現状は俺達に芳しくない状況だとわかった。


「今、どんな状況なんだ?」

「実は――」


 俺達が侯爵邸から脱出した後のことをジニアスが説明してくれた。

 それによると、昨晩の騒ぎで侯爵邸からプラチナム侯爵が姿を消してしまい、彼の側近達が血眼になってその行方を追っているとのことだ。

 騒ぎの元凶が俺達であることはまだ知られていないらしく、手配書のようなものは回っていないという。

 あの人には、俺やゾイサイトが〈ジンカイト〉の冒険者だとバレていた。

 なのに、どうして危険分子である俺達を手配もせずに自由にしているんだ?

 そもそも侯爵を連れ去ることは失敗したのだから、彼が消息不明というのもおかしな話じゃないか。


「――昨晩のパーティーに参加した貴族達は、順々に王国兵の事情聴取を受けていますよ。僕もついさっき聴取を終えて戻ってきたばかりなんです」

「大丈夫だったのか?」

「ええ。商人ギルドには一切疑いはかかっていません。それどころか、侯爵閣下が行方をくらましたことで王国軍はだいぶ混乱していますね」

「混乱? 実質、海峡都市(ここ)の軍は侯爵の支配下にあるんだよな?」

「はい。子飼いの軍幹部が身銭を切ってまで商人ギルド(我々)や情報屋に情報提供を呼びかけてきたので、閣下が消えたのは本当のようです」


 軍が統制を取れていないとなると、プラチナム侯爵はただ安全のために身を隠したわけじゃなさそうだな。

 思い当たるのは、息子のティタニィト・ガブリエル・プラチナムの存在か。

 奴が父親を連れ出したなんてことは考えられるか……?

 あの二人、どういうわけか険悪だった。

 俺は侯爵が〈ハイエナ〉や〈バロック〉の黒幕のような立場にあるものと考えていたが、もしかして違うのか……。


「閣下と共に姿を消した者は他にもいます」

「誰だ?」

「秘書官兼執事長であるゲオルギオス殿と、一部のメイド達も一緒に姿を消しているようです」

「セバスにメイド達もか……」


 侯爵の懐刀(ふところがたな)であるセバスが行動を共にするのはわかる。

 しかし、メイド達も一緒に姿を消しているのは気に掛かるな。

 会場(あの場)に居たメイドのほとんどは武装していたし、あの動きはにわか仕込みのものじゃなかった。

 護衛に雇っている衛兵がたくさんいるのに、メイドにまで武装させているなんて普通じゃないよな。

 あの女達は結局何者だったんだ?


「軍の内情については、デュプーリクさんに駐屯所に戻ってもらい、内偵を進めることになりました。彼もついさっき仮宿(ここ)を出ていかれましたよ」


 ……あ。

 すっかり忘れていたけど、デュプーリクのやつも無事だったのか。

 なんだかんだあいつにも助けられたから、例のひとつでも言ってやりたかったな。

 ……そうだ!

 そんなことよりもネフラはどこだ?


「ジニアス。ネフラはどうしているんだ?」

「ネフラさんは……」

「おい。なんだよ、その顔は……」


 ジニアスの顔が曇ったのを見て、俺は身を起こしてその胸倉を掴み上げた。 

 彼は俺から顔を逸らして唇を噛んでいる。

 ……その様子が俺に大きな不安を与えてくる。


「ネフラはどこだ!?」

「ネフラさんは……まだここに来ていません」

「なんだと!?」


 ネフラもこの仮宿の住所は教えられている。

 なのに、あの騒動の後ここに現れないなんてあり得ない。

 まさかネフラの身に何かあったのか……!?


「今朝までに商人ギルドも情報を集めていたのですが、王国兵からも、侯爵邸に残った衛兵や使用人からも、賊を捕らえたという話は聞けませんでした」

「なら、ネフラはどこに行ったって言うんだ!?」

「わかりません。すみません……」

「……いや。悪かった」


 何をやっているんだ、俺は。

 ジニアスを責めても何の意味もないじゃないか。


 ……待てよ。

 思い返せば、侯爵邸での騒ぎでフローラはネフラが逃げるのを見送っていた。

 彼女に聞けば何かわかるかもしれない。


「フローラに話を聞きたいっ」

「大丈夫ですか? 顔色が悪いですし、まだ少し休んでいた方が」

「……大丈夫だ」


 俺はベッドから立ち上がるや、急いで居間へと移ってフローラを捜したが――


「フローラッ!」

「目が覚めたのか、ブレドウィナーくん」


 ――そこで目が合ったのは、ソーダ・ソードミーだった。

 商人ギルドから侯爵邸に間者(スパイ)として送り込まれていた、顔立ちが俺にそっくりな男。

 彼もこの仮宿に来ていたのか。


「フローラは――金髪の女聖職者(クレリック)は?」

「フローラ嬢なら、すでにここを発った」

「なんだって!?」

「ジニアス様から聞いていないか? フローラ嬢は教会の動きを探る役目を負ってくれていると」

「くそっ。遅かったか……!」


 苛立って傍の机を蹴り上げた俺を、ソーダが怪訝(けげん)な表情で見入ってくる。


「彼女が心配なのはわかるが、落ち着いたらどうだ」

「俺が心配しているのはフローラじゃなくてネフラの方だっ」

「ああ。ここに現れていないもう一人の女性のことか」

「……」

「恋人なのか?」

「……別にそういうんじゃ」

「わかるよ。愛する人と離れ離れになる寂しさは」

「だからっ」


 ……落ち着け、俺。

 ソーダと言いあっても何の意味もない。

 それよりも、すぐにフローラの後を追って状況を確認しないと。


「ジニアス、俺の武装と荷物は持ってきてくれているのか?」

「はい。隣の部屋に置いてあります」


 俺の寝ていた部屋からジニアスが出てくるなり、彼はすぐ隣にあるもうひとつのドアを指さした。

 そのドアの向こうからは、大きないびきが聞こえてきていた。

 この声はゾイサイトだな。


「ただ問題なのは、ゾイサイトさんがそれらの入ったリュックを枕にしてしまっているということでして……」

「マジか」

「マジです。ジルコさんにお任せします」


 苦笑いするジニアスを見て、俺は肩を落とした。





 ◇





 その後、慎重に慎重を期した結果、なんとかゾイサイトを起こさずにリュックを回収することができた。


 冒険者スタイルに服装を戻し、仕掛け手袋を右手にはめ、さらにミスリル銃(ザイングリッツァー)とコルク銃をそれぞれホルスターに収めた。

 そして、防刃コートの裏に備え付けてある鞘へは鏡の短剣(ミラーダガー)一振りを。

 武装を身にまとうと落ち着くのは、冒険者としての(さが)だろうか。


「ジルコさん。これからどうするのですか?」

「ネフラを捜す」

「侯爵の足取りが掴めない以上、しばらく身を隠した方がいいですよ」

「わかっているさ。でも、あの子を放ってはおけない」

「そうですか……わかりました」


 ジニアスは懐から小さな皮袋を出すと、俺に差し出してきた。


「これは?」

「最近開発されたばかりの新回復剤――ポーショングミです。飴玉程度のサイズですが、回復量はポーションと遜色ない品です」

「そんなものを譲ってくれるのか?」

「ええ。ただし試作品なので味はしないし、噛み心地も理想とは程遠いですけどね」

「何から何まで世話を掛けるな」

「いいえ。これも投資の一環ですから」

「投資?」

「我々が〈ジンカイト〉に肩入れするのは、後の利益のためです。ですから、借りを作ったなどと思わなくて結構ですよ」


 ニコリと笑うジニアスの顔には一切の打算が感じられない。

 恩人への謝礼か、友人への(はなむけ)か……。

 彼がどう思おうとも、こちらとしては借りを作るばかりでバツが悪い。


「友人からの厚意として受け取っておくよ」

「それで構いません」

「何かわかったら連絡してくれ。連絡方法は――」

駅逓館(えきていかん)の連絡掲示板を使いましょう。進展があれば、相談事は都度この仮宿で」

「わかった」


 会話を切り上げて玄関ドアの取っ手に触れた瞬間――


「うわっ!?」


 ――突然、ドアの表面から刃物の切っ先が飛び出してきた。


「ジニアス様、私の後ろに!」

「まさか敵にこの場所が!?」


 即座に臨戦態勢を取るソーダと、その背後に隠れるジニアス。

 一方、俺はミスリル銃(ザイングリッツァー)を構えて外にいる敵に向かって引き金を引いた。

 光線の威力でドアがバラバラに吹き飛ぶ中、その向こう側には――


「……誰もいない」


 ――敵らしき人物の姿はなかった。


「逃げたのでしょうか……」

「たぶん。でも、ヒットアンドウェイにしてはずいぶん中途半端だな」


 建物の外――路地の周辺に人の気配がないことを確認した俺は、ドアの残骸を除けて板に突き刺さった刃物を探した。

 見つかったのは鉄の矢じりが備え付けられた矢だった。

 矢じりの先には羊皮紙が貫かれているが、これはもしや……。


「どうやら敵からのお手紙の用だな」

「手紙? その羊皮紙がですか」


 羊皮紙を広げてみると、ごく短いメッセージが書かれていた。

 その内容は、俺の殺意がすこぶる高まるようなものだった。


「ジルコさん、手紙にはなんと?」

「……ふざけやがって」


――火竜の手綱に告ぐ。


  女を返してほしくば、


  今夜十二時、


  竜の落ちた時計塔へ来たれ。


  一人で来ること。


  武装は許可する。


  クチバシ男より――


「すぐに動きを見せなかったのは、準備を整えるためだったわけか」


 俺は無意識のうちに羊皮紙を握り潰してしまっていた。

 脳裏に現れるガブリエルのふざけたマスク面に、(はらわた)が煮えくり返るような気分に駆られる。

 これほどの焦燥感と怒気を覚えたのは初めてかもしれない。


決着(ケリ)をつけてやる。ガブリエル……!!」

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