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5-037. 光の追撃

 雷管式ライフル銃(ファイアジャベリン)の発砲音が侯爵邸の庭へと響く。

 命中精度に難のある銃だが、集団で狙いを定めて一斉射撃すればそんな弱点は関係ない。

 普通なら銃士(ガンナー)の一団に取り囲まれた時点でアウトなのだが――


「わはははははっ」


 ――この男は普通じゃないんだよな。


「なんだこいつ! 弾を跳ね返すぞ!?」

「どうして銃が効かないんだっ!!」


 一斉射撃の中、ゾイサイトは避けるどころか銃を構える衛兵達の列へと突っ込んでいく。

 雷管式ライフル銃(ファイアジャベリン)程度の銃撃なら、この男は難なく跳ね返してしまうのだ。

 しかしこいつの肩に担がれている俺からすれば、いつ尻に弾を浴びるか冷や汗ものだ。


「さっきから蚊の刺すような攻撃ばかりしおって! エルフどもの毒矢の方がよっぽど気が利いているぞ!?」


 ゾイサイトが衛兵達の列に突っ込み、彼らの戦線は崩壊した。

 一人の衛兵の片足を掴むや、タオルでも振り回すかのように大人一人を軽々とぶん回し、近場の者達を次々と薙ぎ倒していく。

 もはや銃を向けて反撃しようなどという意思を見せる者は皆無。

 剣や槍などの前衛クラスの武装を持つ者も野獣の気迫に臆し、一人また一人と逃げ出していった。


「しょせんは小金目当ての職業兵士か。つまらん」


 ゾイサイトはガッカリした様子で掴んでいた衛兵の足を離した。

 ……可哀そうに。

 この兵士、もう両足で立つことはできないだろうな。


「と、とにかく道は開けた。早く侯爵邸から脱出してくれっ」

「貴様、わしに担がれているだけの分際で偉そうに指図するな!」


 その通りなので返す言葉もない……。


「ジルコ、旦那! 衛兵どもが戦意を失ってるうちに、さっさとトンズラしちまいましょう!」


 俺達の横を通り過ぎ、真っ先に正門へと走っていったのはデュプーリクだった。

 ちゃっかりしているなと思いつつも、その意見には同意する。


「ゾイサイト!」

「わかっておるわ。耳元でギャーギャーわめくな」


 デュプーリクの後を追ってゾイサイトが走り出した。

 正門付近まで逃れていた衛兵達は、ゾイサイトが近づくや慌てて逃げていく。

 もう衛兵(彼ら)に戦意は残っていないようだ。


 ゾイサイトとデュプーリクが並んで正門のアーチをくぐろうとした時。

 突然、俺の視界にまばゆい光が届いた。

 その光は上空より差しているようで――


「何だ?」


 ――空を見上げた瞬間、俺は全身が硬直した。

 夜空から一筋の光が俺達のもとまで降り注いできたのだ。

 その光は正門へ突き刺さると、マッチ棒に火をつけるかのように地面をこすりながらこちらへ向かってきた。

 まるで天から伸びる光の剣だ。


「なんじゃこりゃあ!?」

「逃げろ、ゾ――」


 俺が言い終える間もなく、ゾイサイトは地面を蹴って庭を転がった。

 デュプーリクも同様。

 間一髪、俺達は地面を焼きながら迫ってくる光の剣――のような攻撃――を躱すことができたが、それはそのまま庭を走って侯爵邸の屋敷を斬り裂いてしまった。

 直後、光は闇に溶け込むように消え去った。


「な、なんだよ今のは!?」

「ほぉう。空からの不意打ちとは……新手の魔導士(ウィザード)か?」


 動揺するデュプーリクに、どこか嬉しそうな顔を見せるゾイサイト。

 一方、俺は光をたどって夜空を見上げていた。

 月明かりが照らす中、空には大きな影が飛び回っているのが見える。


「どうやら魔導士(ウィザード)じゃないらしい」


 俺にはその影に見覚えがあった。

 そして、たった今目にした光の剣――のような攻撃――も、考えてみれば俺には何ら珍しいものじゃなかった。


「あれはワイバーンだ。操っているのは……雷震子!」

「ライシンシ? そいつは確か、前に貴様が倒した(やから)ではないのか」

「倒したよ。でも死体は確認できなかった」

「つまり貴様が殺し損ねたせいで、今も空をのうのうと飛び回っているということか」

「……面目ない」


 図星だけにゾイサイトの皮肉に反論できない。

 前の戦いでワイバーンが墜落した時、雷震子も運命を共にしていてくれればと思っていたが、そう甘くはなかったようだ。

 しかも奴はあろうことか……。


「それにあの野郎――じゃなかった、あの女、どこで手に入れたのか宝飾銃(ジュエルガン)を使っていやがる!」

「確かか? その銃は貴様の持つ一丁しか存在せぬのではなかったか」

「試作品を含めると二丁だけど、あの光は宝飾銃(ジュエルガン)の光線に違いない!」


 再びワイバーンから光が放たれた。

 二射目も明らかに俺達を狙ってきており、跳んで躱したゾイサイトの後を光線が追いかけてくる。

 さっき屋敷を斬った光線といい、雷震子の持つ宝飾銃(ジュエルガン)斬り打ち(・・・・)まで使える完成度の代物らしい。

 ワイバーンに乗って射撃できる点から、俺のミスリル銃(ザイングリッツァー)と同じようにライフルサイズなのだろう。

 親方以外にそんな物を作れる職人が存在するなんて、にわかに信じがたい。


「すぐに侯爵邸から離れるんだ! 人気のある通りに入れば奴も撃ってはこれないはず」

「指図するなと言っておろうがっ!」


 ゾイサイトに耳元で怒鳴られた。

 と同時に、彼は光線が消えた直後に正門を抜けて通りを走り出した。


「ちょ、待ってくれよ旦那ぁ~!」


 後ろからデュプーリクがついてくる。

 だが、その声はどんどん後方へと遅れていった。

 ゾイサイトの足が速過ぎるんだ。


「仕方あるまい。そのライシンシとやらは次の機会に撃ち落としてくれる!」

「できるだけ人の少ない道を選んでくれ!」

「ああ!? 何を言うか!?」

「だってお前……」


 夜とはいえ、通りにはまだまだ人気が多い。

 そんなところを血だらけの大男が走れば騒ぎが起きないわけはなく――


「キャー!」

「怪物! 怪物だぁー!!」

「助けて殺されるっ」

「ぎゃあああーー!!」


 ――このような混乱が起きることは火を見るよりも明らかだった。


「ちっ。やかましい連中よ!」

「こんな騒ぎの中、商人ギルドの連中と接触できないだろう!?」

「ぬぅ~。これだからパーティー行動は好かんのだ!」


 今、俺のことを遠回しに足手まといって言ったよな?

 そんなんだから闇の時代、誰ともパーティーを組んでもらえずにずっとソロだったんだぞ!

 ……とは言えない。


「ん?」「え?」


 突如、上空から不意打ちの光線が届いた。

 それは進行方向の遥か前方へと突き刺さり、即座に俺達へと向かってきた。


「避けろゾイサイト!」

「屈辱っ!!」


 ゾイサイトが身を躱したことで光線を回避することはできた。

 しかし、光線は攻撃対象を外したにも関わらず通りを焼き続け、道沿いに並ぶ屋台や荷馬車まで斬り裂いていった。

 危うく通行人が巻き込まれるところだ。


「馬鹿な! 何考えているんだ!?」

「何も考えていないのだろう」


 光線はしばらく通りを焼き払って掻き消えた。

 間もなくして、上空を滑空するワイバーンから新たに光線が放たれた。

 しかも、今度は通りを激走するゾイサイトを背後から追うようにして迫ってくる。

 まさか人が行き交う場所にまで光線を撃ち込んでくるとは……。


「雷震子……なんてめちゃくちゃしやがる!」

「わしらを仕留めるにはまたとない好機じゃからなぁ。通りすがりの人間に手心を加えるつもりなど微塵もあるまい!」


 光線はゾイサイトの速度にも平然とついてくる。

 上空からの射撃、加えて宝飾銃(ジュエルガン)から放たれる光線の速度は本物の光と変わりない。

 まともに走って逃げきるなんて不可能だ。


「路地裏へ逃げ込めないか!?」

「この迷路のような都でうかつな道を選べば、それこそ逃げ場がなくなるわ!」


 くそっ。ゾイサイトの言う通りだ。

 でも、だからといってこのまま市民を巻き添えに逃げ続けるわけにも……。


「!?」


 その時、俺達を追っていた光線が消えた。

 おそらく媒介にしていた宝石を使い潰してしまったのだろう。

 雷震子が使っている武器が宝飾銃(ジュエルガン)なら、弱点もミスリル銃(ザイングリッツァー)と同じはず。

 装填口から宝石の残骸を取り出し、新たな宝石()を入れ直すまで四、五秒は掛かるだろう。

 せめてその隙に身を隠せれば……。


「なっ!?」


 そう思った矢先、新たに光線が降ってきた。

 その光線はあわやゾイサイトの足元をかすめるところだったが、野獣の勘と瞬発力でなんとか躱しきってくれた。


「大丈夫かゾイサイト!?」

「無用な心配よ!」


 余裕ぶっているが、ゾイサイトは息を切らし始めていた。

 顔から流れる汗の量も明らかに増している。

 全身傷だらけの上、一撃必殺の光線に追い回されてはいくらゾイサイトでも心身ともにキツイだろう。

 俺も担がれているだけじゃなく、状況を好転させる方法を考えないと……。


 敵の宝飾銃(ジュエルガン)は俺の物と仕組みが違う可能性がある。

 宝飾銃(ジュエルガン)である以上、宝石()を手動で入れ替えることには変わりないはず。

 回転式拳銃(リボルバー)のように次弾を自動的に装填できる仕組み?

 斬り撃ちを放っても宝石が潰れない調整が可能?

 さすがに二丁以上宝飾銃(ジュエルガン)を所持しているってことはないよな……?


「ちっ。奴め、もはや見境なしよ!」


 通りを曲がっても、遮蔽物に隠れても、ワイバーンから俺達の姿は丸見え。

 敵は斬り撃ちでゾイサイトの周囲を攻撃し続け、街にはかなりの被害が出てしまっている。

 しかも、光線が消えた一秒後には次の光線が放たれるのだから、こちらとしては対策の立てようがない。


「ジルコォ! 何か打つ手はないかぁっ!!」

「でかい鏡でもあれば……」

「馬鹿が、そんな物どこにあるっ」


 俺の鏡光反射撃(ブリューナク)の原理がそうであるように、でかい鏡でもあれば太陽光を反射させる要領で光線から身を守れる。

 だけど、街中で鏡なんて都合よく見つかるわけもない。

 鏡の短剣(ミラーダガー)も置いてきちまったし、自力でなんとかしないことにはジリ貧だぞ!?


 直後、ゾイサイトの前方に光線が落ちた。

 その光線はすれ違いざま、子供が落書きするように地面を激しく動き回り、標的を捉えようとしつこくつきまとってくる。

 だが、ゾイサイトは背後から襲いくる光線をことごとく躱してみせた。

 ……この男の人間離れした身体能力には平伏する。


「うおっ!」


 光線をやり過ごしたのも束の間、突然ゾイサイトの動きが止まった。


「どうした!?」 

「問題ないわっ」


 視線を下ろすと、ゾイサイトの片足が地面にめり込んでいた。

 先ほど躱した光線の破壊痕を踏んだことで、床石が割れて足を取られたようだ。

 ひやりとしたが、次の光線が迫ってくる時にはゾイサイトは足を引き抜いて逃走を再開していた。


「このままだと外壁にぶつかってしまうぞ! この際、塩湖に飛び込むか!?」

「こんな傷だらけでそんなことしたらショック死しちまうよ!」


 海峡都市(ブリッジ)巨大な塩湖(グランソルト海)の上に建設されたいわば吊り橋の都だ。

 南か北の最端まで行けば、もちろんその先に地面はない。

 外壁の向こうには広大な塩湖が広がるのみなのだ。

 しかも、その湖面までの距離は100m近い。

 規格外の耐久力を誇るゾイサイトならまだしも、俺が飛び降りたら湖面にぶつかった瞬間に死んでしまう。


「ならば反撃を考えるべきではないか。どこぞの屋根にでも上れば、あれを撃ち落とすこともできんこともない!」

「あのワイバーンをそう簡単に撃ち落とせるとは……」

「時計塔ならば高さは同じ。ここからも近いぞ!」

「ダメだ! 万が一にでも時計塔を倒壊させられたら、取り返しのつかない大惨事になる!!」

「ぬうぅ~。これ以上わしに敵前逃亡の恥の上塗りをしろと言うかっ」

「今は逃げるしか……って、待てよ?」


 ……閃いた。

 逃げ込む場所は俺達の足元にすでにあったんだ。


「ゾイサイト! 全力で地面を殴れ!!」

「貴様、正気か!?」

「いいから早くしろっ」

「うぬぬ。わけのわからん命令をしおって!」


 塩湖の上に建造されたとはいえ、海峡都市(ブリッジ)橋げた(地下)には一級の建築士達が設計した下水用の地下水路が存在する。

 ゾイサイトのパワーなら、一番上の足場を砕いて水路を露出させられるはず。

 あとは水路に逃げ込めば空からの射撃は不可能だ。


「ジルコォ! しっかり掴まっておれよっ」


 光線が止んだ一瞬。

 足を止めたゾイサイトは剛腕を振り下ろした。

 刹那に爆散する足場の石床。

 砕け散る石床の底には、思った通り真っ暗闇の地下水路が現れた。


「これは……地下水路か!」

「地上よりも暗くて不衛生だけど、道は俺が指示できる!」

「よかろう!!」


 苔むした地下に着地するや、ゾイサイトは月の光が届かない暗闇へと飛び込んだ。

 下水だけあって酷い臭いだ。

 傷にも障るし、できるだけ早く地上に戻りたい。

 だが、こんな場所に飛び込んだ甲斐あって、ぴたりと追撃が止んだ。


「これなら逃げきれる。奴の持つ宝飾銃(ジュエルガン)の出力だと、水路まで貫通するほどの威力が出せないんだ」

「鼻が曲がりそうだ。適当に走ってさっさと地上(うえ)に上がるぞ!」


 ゾイサイトの言うことには同意する。

 さっさと商人ギルドに戻って、傷の治療をした上で風呂に入りたい。

 ……侯爵邸での反省はその後だ。

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