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5-032. 音速のゲオルグ

 間一髪。まさに薄皮一枚だった。

 とっさに身を捻ったことで、かろうじて喉を貫かれることだけは避けられた。

 しかし、相手はかつて戦神とまで恐れられた剣士(フェンサー)

 初撃の刺突を回避したところで、それで終わるわけはなかった。

 即座に刃を寝かせて、俺の首筋へと横薙ぎを振るってくる。


「くっ!」


 それもなんとか紙一重で回避。

 だが、刃は俺の後頭部をかすめてウィッグを切り裂いてしまった。

 バラバラに舞い落ちる赤髪の偽毛、そして俺本来の髪を見ても、セバスは顔色ひとつ変えない。


「やはりジルコ氏ご本人でしたか」


 バレていたのか……。

 そんな予感はしていたけど、今の今までは確信がなかったから放置していたというところか。

 きっとパーティーが始まってからずっと俺を監視していたのだろう。

 でなければ、これほどタイミングよく俺の前に現れるわけがない。


 セバスがレイピアを構え直すのを見て、俺は持っていた剣を彼に向かって投げつけた。

 すでに剣身の半分は折れて使い物にならない代物だ。

 捨てるのに惜しくはない。


「無駄です」


 セバスがレイピアを縦に一薙ぎした瞬間、俺の投げた剣は刃から柄まで綺麗に左右へと分かれてしまった。

 それはもうあまりにも鮮やかに……もはや職人芸だ。

 だけど俺だって破れかぶれに投げつけたわけじゃない。

 俺の目的は、壁に掛かっている宝飾剣(ジュエルソード)宝飾盾(ジュエルシールド)

 セバスの気を一瞬でも引くことで、それらの武装を手にすることだった。


「よし、こい!」


 目的の剣と盾を壁飾りから剥ぎ取るや、俺はセバスへと向き直った。

 新しい武装が手に入ったことで少しは安堵したものの、俺が剣術でセバスに敵うはずがない。

 手元にミスリル銃(ザイングリッツァー)がない以上、この男とまともにやり合うのは無理だ。

 なんとか部屋を脱出して、ネフラ達と合流しなければ……。

 そう思った矢先、セバスが一足飛びで俺との距離を詰めてきた。


「うわっ!」


 あまりに速い。

 目では追いかけることができても、体がついてこない。

 俺が盾を突き出して防御に徹した瞬間、セバスがレイピアを振り下ろした。

 その一閃を浴びた盾には何の衝撃も走らなかった。

 それなのに――


「……なっ」


 ――盾はパカッと中央から二つに分かれた。


「盾の構え方がなっておりませんな」

「ぐふっ!」


 セバスは皮肉を言うのと同時に、俺の腹へと強烈な蹴りをかましてきた。

 吹き飛ばされた俺は壁に背中を打ち付け、胃の中のものを吐き出しそうになる。

 直後、執務机の方から届いていたランプの灯りが影に隠れた。


「うわあぁっ!!」


 あわやのところで床を転がり、セバスの刺突を回避。

 否。躱しきれずに肩の肉片をわずかに持っていかれた。


「くそっ」


 振り向きざまに宝飾剣(ジュエルソード)を斬り上げるも、すでにその場にセバスの姿はない。

 奴は音もなく俺の背面へと回り込み、躊躇(ちゅうちょ)なく首筋へとレイピアを振り下ろしてきた。

 剣を引いてギリギリ受け止めることはできたが、そのまま鍔迫(つばぜ)り合いの形に陥ってしまう。


「ぐぐっ……」


 俺の腕力では到底セバスのそれに敵うわけもなく……。


「ぐぎぎぎぎっ」


 軽々とレイピアを押し込まれてしまう。

 しかも、宝飾剣(ジュエルソード)の刃にレイピアの刃が食い込み始めて、いつ剣身を割いて俺の頭に届くかわからない。


「剣の使い方もなっていません」

「ぐっ」

「残念です。本気のジルコ氏を知らないまま終わらせてしまうのは」

「だ、ま、れっ」


 俺はセバスのみぞおちへと全霊の蹴りを見舞ってやった。

 さっきの意趣返しだ。

 胃の中のものを吐き出しな!


「……へっ?」


 まったく微動だにしない。

 それどころか、俺自身の足の裏が痛くなる始末。

 テールコートの下に鎖帷子(くさりかたびら)でも着ているのか?

 否。ただの腹筋……か?


「少々、脚力も足りないようですな」

「化け物かよ!」

「誉め言葉と受け取りましょう」


 一気にセバスから掛かるプレッシャーが増した。


「うおおっ……!?」


 片足を上げてバランスを崩したこともあり、俺は背中から壁に叩きつけられてしまった。

 抵抗しようにも、両手はレイピアを受け止めるのに精一杯。

 そのレイピアもあと5cmも押し込まれれば俺の額に届いてしまう。


「あなたはここまで。詳しい話は下におられる相棒殿から聞きましょう!」

「なにぃ!?」


 ネフラの笑顔が俺の脳裏をよぎった。

 俺を()った後は、ネフラを的にかけるっていうことか。

 許さねぇぞ、そんなこと!!


「うっおおおおおっ……!!」


 ……ダメだ。

 どうやってもレイピアを押し戻すことができない。

 逆に、俺の額と刃の距離が縮まっていくばかりだ。

 力では絶対にセバスには敵わない。

 ならば()り方を変えるまで。

 幸い背中は壁に押し付けられているので、ある程度足の自由は利く。

 俺は足元に落ちている割られた盾の片割れへと足を滑らせた。

 そして、盾の端につま先を引っ掛け――


「!? 今さら何を……」


 ――警戒するセバスを無視して、執務机に向かって蹴り飛ばした。

 飛んでいった盾は上手い具合に机の上のランプにぶつかり、室内を照らしていた灯りを消すことに成功した。

 室内が真っ暗になったことで、セバスの意識は俺から離れた。

 その隙をついて、セバスの顎めがけて渾身の肘打ち(エルボー)を放つ。


「うぐっ」


 わずかなうめき声と共にセバスの体が傾いた。

 俺はセバスを押し退けるや、すれ違いざまに宝飾剣(ジュエルソード)を手放して部屋の中央へと跳んだ。

 暗闇への同化――隠形術でひとまず身を隠す。


「……お見事。完全に気配が消えている」


 セバスは顎に肘打ち(エルボー)を受けたにもかかわらず、まったくダメージのない様子。

 しかし、闇に閉ざされた室内で俺を見失ったことは十分に痛手のはずだ。


「……」

「……」


 お互い口を閉じ、手も足も微動だにしない。

 うかつに動けば音で位置を晒してしまうので、汗を拭うこともはばかられる。

 だが、この暗闇で相手の姿が見えているのは夜目の利く俺だけ(・・・)だ。

 今この瞬間は俺に分がある。


「……」

「……」


 とはいえ、銃がない以上こちらから仕掛けても勝ち目はない。

 わずかな時間でもいいから、奴を転倒させるなりして廊下に出る時間が欲しい。


 俺は床に刺さるシャンデリアの破片をそっと手に取り、適当な方向へと放り投げた。

 破片が壁に当たると、セバスは音のした方へと目を向けた。

 しかし、その音が罠だということも十分に理解しているのだろう。

 奴の目は暗闇の中をキョロキョロと行き来している。

 俺が見えていないことは確かだが、逆にその照準が一点に定まった時ほど怖いことはない。


「……」

「……」


 こりゃダメだ。

 セバスの意識はどうやら入り口側に多く割かれている様子。

 俺が何を考えているかもお見通しのようだ。

 このままお互いをけん制し合っていても、俺の不利になるだけだな。


 こうなったら別の方法でこの場を切り抜けるしかない。

 逃げようとしている俺を逃がすまいとしているセバスの裏をかき、この場で奴を仕留める。

 俺にはもう武器はないが、武器に(・・・)できる物(・・・・)ならまだある。


「……」


 俺が床を一歩動いた瞬間。


「そこかっ!」


 セバスが爆発するかのような勢いで俺へと突撃してきた。

 音を出さないよう十分に注意していたつもりだが、奴の集中力を甘く見ていた。

 セバスの繰り出す突きの鋭さは凄まじく、躱しきれずに軽鎧の胸当てをこそぎ取られた。

 さらに間髪入れず、俺が飛び退いた先へとレイピアを薙ぎ払ってくる。

 今度は肩当てを剥ぎ取られた。

 防具が無ければ確実に首筋を斬り裂かれていたところだ。


「逃がしませんぞ!」


 暗闇の中、セバスのレイピアが俺の後を追いかけてくる。

 完全に見えていないことが幸いして、なんとか躱せているが……次第に無理な姿勢で攻撃を躱さざるを得ない状況に追い込まれ始めた。


「……ちぃ!」


 壁へと追い詰められれば、ギリギリで攻撃を躱して今度は真逆の壁へ追い立てられる。

 何度攻撃を躱してもセバスの猛攻から抜け出せない。

 俺の姿は目に見えていないはずなのに、奴の剣は的確に俺の輪郭を捉えてくる。

 かろうじて直撃を躱せているだけで、こちらの痛手は増すばかりだ。


「血が香る。これで暗闇も意味をなしませんな」

「……!」


 セバスの攻撃で俺の体はあちこち血だらけになっている。

 今や血の臭いが俺の居場所を奴に教えてしまっているわけだ。


「お命ちょうだいする!!」


 またも壁際へと追い詰められた。

 しかし、すでに反撃の準備(・・・・・)は整っている。

 セバスが斬りかかってくるタイミングに合わせて、俺は右腕を力いっぱい振り上げた。


「なっ!」


 刹那、暗闇にピンと張ったワイヤーがセバスの足へと掛かった。

 さすがのセバスも不意に足を取られてはなす術もなく、床に両手両足をついて動きを止める。


 何も無策で部屋の中を逃げ回っていたわけじゃない。

 暗闇に乗じて、床に落ちたシャンデリアへとワイヤーを絡みつけていたのだ。

 さすがのセバスも、俺がワイヤー仕込みの手袋をつけていたことは想定していなかったようだな。


「くらえぇぇっ!!」


 俺は四つん這いとなったセバスの顔面に全身全霊の膝蹴りをくれてやった。


「ぶがぁっ」


 暗闇で見にくいが、弓なりに反り返った奴の顔面から大量の血が飛び散るのがわかる。

 いくらなんでもこれでダメージがないなんてあり得ない。

 体勢を立て直す前に、ワイヤーでがんじがらめにしてやる!


「!?」


 ……と思いきや、突然指先に伝わるワイヤーの重さが消えた。

 ピンと張っていたはずのワイヤーがたわみ、俺の元へと跳ね返ってきたのだ。

 今の一瞬でワイヤーを斬られた!?


「マジかよ」


 セバスは背後に宙返りして着地するや、レイピアを水平に構えて前屈みの姿勢を取った。

 思わぬ反撃を受けて動揺するかと思ったが、そんなことはなかった。

 むしろ、揺るぎない殺意を向けられて圧倒されてしまう。


「けぇあああぁぁぁっ!!」


 奇声を発しながらセバスが飛び込んでくる。

 その攻撃から逃れようとした際、俺の腰に何かがぶつかった。

 それは執務室に入った直後に目にした、高級ランプがいくつも置かれている机だった。

 一か八か、俺はランプを掴んでセバスめがけて放り投げた。


「無駄なことを!」


 自分へ迫る異物に気付いたセバスは、即座にランプを斬り捨ててしまう。

 しかし、今度ばかりはそれが災いした。

 割れた油壺から、大量の油がセバスの頭へと振りかかったのだ。


「ぬぅっ!? これは……油?」


 続けざま、俺は右手左手で順々にランプを投げつけていく。

 いずれもセバス自身にぶつかる前に、レイピアで斬り伏せられたものの――


「くっ。何が狙いか!」


 ――奴の全身には十分に油の臭いが行き渡っていた。


「すまないが地獄だぜ」


 俺はぼそりと言うなり、机から最後に手に取った火打石をセバスへと投擲した。

 セバスが火打石を剣先で弾いた瞬間、まばゆい火花が散る。


「うおおおっ!!」


 それは瞬く間にレイピアの剣身から持ち主の手へと移り、腕、肩を上り、ついには胴体へと火をつけた。


「ぐああああっ」


 暗闇の中、セバスの全身を赤い炎が覆っていく。

 さすが高級ランプの油は質が違う。

 しかし――


「ぬううぅ……」


 ――目の前の男も、並みの強者とは質が違った。


「……ぅうおおおっ!!」


 セバスは自身を駒のように高速回転させると、燃え上がっていた炎を消し去ってしまった。


「伝説になるわけだ……」


 俺の前にいるのは、伝説の男〈音速のゲオルグ〉その人なのだ。

 老いたとしても、小細工を使って倒せる相手じゃなかった。


「さぁ、終わらせましょうぞっ!!」


 しかし、セバスが改めてレイピアを構えた時、俺はある意味で勝ちを確信した。

 油はセバスから後ろにも方々(ほうぼう)に散っていた。

 さらに火のついた奴が回転した余波で、火の粉は部屋中に飛び散ることに。

 結果として、後方に置かれた執務机、さらにはその周辺の床にも火が燃え移っていたのだ。


「いいのかい、あれ?」


 俺がセバスの後ろを指さすまでもなく、奴は背後の異変に振り返っていた。


「なんだとぉ~~っ!!」


 わずか数秒で炎は勢いづいていた。

 執務机とその周辺の床を燃やす炎は、今まさに壁に掛かる肖像画へと燃え移らんとしている。

 俺の目論見通り、セバスはすぐに執務机へ向かって走り出した。


 最初で最後の決定的な隙。

 俺はすぐに奴の背中を追いかけた。

 剣を失ったものの、それを納める鞘はずっと腰に携えたままだ。

 俺はとっさに鞘を掴んで、剣の代わりに振りかぶった。


「ぬううぅ~~~」


 セバスのうなり声を聞いて、俺は背後からの不意打ちに気付かれたものと思った。

 しかし、それは間違いだった。

 奴は上半身を大きく捻ると、床を蹴って飛び上がった。


「はぁぁぁぁっ!!」


 セバスは空中で目にも止まらぬ速さで回転し、その回転に巻き込まれるようにして室内を風が渦巻いた。

 なぜこんな風が起こるのかと困惑した矢先――


「えぇっ!?」


 ――執務室の四隅の床が楕円形に亀裂が入るのが見えた。

 否。亀裂どころじゃない。

 これは……まさか……信じられない。

 回転で生じた風圧を斬撃のように飛ばして、執務室の床を叩き斬ったらしい。


 間もなくして、俺は足元に嫌な浮遊感を覚えた。

 天井が離れていく。

 足元から明かりが生じて、真っ暗だった執務室に光が差していく。

 否。くり抜かれた執務室の床が階下へと落ちているのだ。


「うっそだろう……!?」


 執務室の真下は舞踏場(ダンスホール)

 まさに今、パーティー会場は最高潮の盛り上がりを見せていた。

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