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5-031. 肖像画

 ジニアスと連れの女性を連れて休憩室へ向かおうとした時――


「お待ちを」


 ――モルダバが俺達を呼び止めた。


「何かな?」

「失礼ながら、我らは持ち場を離れるわけには参りません。執事かメイドにお申し付けいただけませんか?」


 ……くっ。

 この場を離れるチャンスだっていうのに余計なことを。

 小火(ぼや)の細工に失敗して、今夜は無難に警備をやりきる方向に切り替えたな。


「近くに居たのがきみ達だけだから声をかけたんだ」

「でしたら、場所をお教えします」

「僕は侯爵邸に初めて訪れたんだ。案内無しで、この広い屋敷を迷わずに休憩室までたどり着ける自信はないな」

「な、ならばやはり――」

「きみの言うこともわかるが、できる限り人目に触れないようにしたい。彼女に恥をかかせると後が怖いだろう?」

「うっ」

「さぁ、早く休憩室に案内したまえ。そこのきみでいい」


 ジニアスが俺を指さしてきた。

 モルダバもさすがに承諾するしかなく、俺に視線を送りながらあごをしゃくる。


「それでは参りましょう。こちらです」


 不満げなモルダバと心配そうなムアッカを残して、俺はジニアスと女性を連れて持ち場を離れた。

 休憩室は中央棟の舞踏場(ダンスホール)横にある通路の先にある。

 一見するとわかりにくいが、通路の手前には案内役のメイドが待機しているので、本来ならたどり着けない場所というほどでもない。

 やはり俺の手助けに来てくれたのだろう。


「お困りのようだったので。余計でしたか?」

「……」

「ああ。この女性のことはお気になさらず。しつこく絡んできたので薬を盛って酩酊状態にしたのです。今は何も聞こえていませんよ」

「……やり過ぎだよジニアス。でも助かった。ありがとう」

「ジルコさんの助けになれたのなら幸いです」


 俺は女性を気遣うふりをして、歩行速度を落とした。

 そして、彼女の頭を境にして小声でジニアスへと協力を仰ぐ。


「二階に上がりたいが、持ち場を離れるのが困難だ。なんとかできないか?」

「なるほど。確かに侯爵の不正の証拠(あなたの求めるもの)があるとしたら、二階のプライベートルームでしょうね」

「ネフラとフローラは?」

「お二人とも、パーティー会場で殿方に言い寄られて仕事になっていません。婦人方の心象も極めて悪く、少々悪い空気が流れていますね」

「……そうか。わかった」


 俺達は渡り廊下を通って中央棟に入るや、廊下に待機していたメイドを捕まえて酩酊中の女性を任せた。

 そして――


「他に僕にお手伝いできることは?」

「フローラに騒ぎを起こすよう伝えてほしい」

「承知しました」


 ――ジニアスに言伝(ことづて)を頼み、何食わぬ顔で舞踏場(ダンスホール)前を警備している衛兵の列に加わった。


「……」

「……」

「……お前、持ち場間違えてない?」

「……そうだな」

「早く戻れよ」

「……手が足りないかと」

「足りてるよ。勝手なことするとクビ切られるぞ」

「……それは怖いな」


 俺は衛兵に追い返される形でその場を離れることになった。

 このまま中央棟を出る前になんとか騒ぎを起こしてくれ、フローラ!

 そう願った矢先――


「キャーッ!」


 ――舞踏場(ダンスホール)で何かが起こった。

 ホールを覗くと男性貴族の集まる一角で口論している男女の姿が。

 一人はメイドで、もう一人は男性貴族だ。


「この方が私の体を触ったのですっ」

「彼女の勘違いだ! 俺はただ立っていただけで、彼女の方からぶつかってきたんだぞ!?」

「そんな酷い……。こんな大勢の男性に取り囲まれて怖がらない女なんていませんわ。身に危険を感じて後ずさっただけですのに、どさくさに紛れて……!」

「ちょっと待ってくれ。誤解も甚だしいぞっ!」


 騒いでいるのは亜麻色の髪をしたメイド――フローラだった。

 ジニアスから俺の言伝(ことづて)を聞いて、さっそく仕事をしてくれたようだ。

 でも、それにしてはあまりにも……否。何も言うまい。


「騒がしいな。一体どうしたのかね?」

「プラチナム卿! 俺は――わ、私は何もやましいことはありません!」

「落ち着きたまえよ。まずは双方から事情を聞こう」


 揉め事のさなか、プラチナム侯爵までやってきた。

 今や舞踏場(ダンスホール)にいるすべての人間の注目は彼らに集まっている。

 だが、まだあと一押し足りない。

 舞踏場(ダンスホール)付近の衛兵が持ち場を離れるような事態に発展してくれれば、自由に行動できるんだけど。


「いくら貴族とはいえ、立場を笠に着て女を自由にできるとお思いですか!?」

「な、なんだと! いくらなんでも無礼だぞ!!」

「女の気を引きたいのなら、お父上からの借り物の権威ではなく、ご自身の品性で勝負なさってはどうですの!」

「たかがメイド風情が俺を侮辱するかぁっ!!」


 貴族が剣の柄に手を掛けたところで、俺を除いた衛兵達が一斉に舞踏場(ダンスホール)へとなだれ込んだ。

 客人が腰に携えている剣はあくまでパーティー用の飾り物のはず。

 にもかかわらず、頭に血が上って抜刀するなんてあまりにも浅はかだ。

 周りからもくすくすと彼を嘲笑する同輩(どうはい)の姿が見られるし、フローラが上手いこと人選(・・)してくれたらしい。

 もっとも選ばれた彼には同情を禁じ得ないが……。


「落ち着けと言ったろう! それにきみも口を慎みたまえ、一介のメイドには過ぎた言葉だぞ!!」


 プラチナム侯爵が声を荒げている。

 騒ぎを起こせと頼んだ俺が言うのもなんだけど、フローラのやつ、ちょっとやり過ぎじゃないか?

 メイドの仕事は今日で解雇(クビ)になりそうだな。


 ふと、ホール内でたたずむジニアスと目が合った。

 彼は髪を掻き上げるしぐさをしながら、人差し指を天井に向けて動かした。

 今のうちに上へ、ということか。


 俺は舞踏場(ダンスホール)を離れて玄関口(エントランス)へと向かった。

 思った通り、舞踏場(ダンスホール)周辺の衛兵と使用人は先の騒ぎに注意が向いていて、誰も俺の行動を気にかけない。

 だが、二階にも衛兵は大勢いる。

 なんとか彼らの目を搔い潜って執務室や寝室など(プライベートルーム)に侵入したいが……。


「ジルコくん」

「!?」


 二階への階段を前に、突然話しかけられてびっくりした。

 誰かと思えば、フリル付きのメイド服に身を包んだネフラだった。


「私も行く」

「抜け出してこれたのか?」

「あの騒ぎのおかげで」

「そうか。でも……」

「プライベートルームに行くつもりなのでしょう? 二階を探るには私の力が必要。階段の下で待っていて」

「あっ。待てよ、ネフラ――」


 言うなり彼女は階段を登っていき、二階へと姿を消してしまった。

 直後、上階から悲鳴に似た声が聞こえてくる。


「誰かっ! 舞踏場(ダンスホール)で騒ぎが! 至急応援をお願いしますっ」

「なんだと!?」

「お客様が抜剣して大変なことに!」

「そんな馬鹿なことが……えぇい、急ぐぞっ」


 慌てて階段を下りてきたのは警備隊長とその班員達だった。

 俺は彼らを階段の陰に隠れてやり過ごし、すぐに二階へと上がった。


「上手くいったでしょう?」


 二階の広間では、ネフラがニコニコしながら俺を迎えてくれた。

 頭を撫でてやりたいところだけど、時間がないのでそれはまた今度。

 俺は彼女と共に最寄りのプライベートルーム――執務室がある廊下を走った。

 その時、前方の曲がり角から数人の足音が聞こえてくる。


「そこの部屋に隠れてっ」


 ネフラに言われて早々、俺は近くにあった部屋の扉を開いて中に隠れた。

 真っ暗な部屋の中で息を殺していると、扉越しにネフラと衛兵達の会話が聞こえてくる。


「おや。新しく入ったメイドの子だね。美しいなぁ~」

「警備中だぞ。浮かれた発言は慎め」

「ちょうどいいところに! 舞踏場(ダンスホール)で刀傷沙汰があって大変なんです。応援をお願いしますっ」

「「なんだってぇぇっ!?」」


 複数の人間が走り去る音が聞こえてくる。

 どうやら今度も上手くいったらしい。


「ジルコくん。もう大丈夫」


 ネフラの声が聞こえたのでドアノブを掴むと――


「ちょっと! 今の騒ぎはどういうこと!?」


 ――知らない女の声に、あわや扉を開ける直前に手元が硬直し、ドアノブを回すのを留まることができた。


「メイド長!?」

「あなた、ホールの配膳担当でしょう。どうしてこんな場所に……それより、さっき衛兵の方達に言っていたことは本当?」

「は、はい。今、下で大変なことに……」

「なんてこと! せっかくのパーティーだというのに……すぐに案内なさい!」

「えっ」

「早くなさい! いざとなったら高貴なる方々の盾となるのが侯爵家の使用人の務めですっ」

「は、はいっ!」


 パタパタとふたつの足音が遠ざかっていく。

 どうやらネフラはメイド長と一緒に階下へ戻っていってしまったらしい。


一階(した)のことは任せたぞネフラ」


 俺はそ~っと扉を開くと、廊下に誰もいないことを確認して部屋から出た。

 そして、足音を立てないように忍び足で執務室へと向かう。


 二階に上がったのは初めてなので、少々気が焦る。

 しかし、今朝の会議で警備隊長が開いていた見取り図を覗き見ていたため、執務室と寝室の場所だけは覚えている。

 どちらもちょうど舞踏場(ダンスホール)の真上にあたる位置にあった。

 いくつもある通路からその方向へ続く廊下を選んで走っていくと、入り口に豪勢な天使彫像が飾られた部屋が見えてきた。

 おそらくここが執務室だろう。

 部屋の前には誰もおらず、衛兵の巡回も来ていない。


「チャンスだ!」


 執務室のドアノブを回したところ、扉は施錠されていて開かなかった。

 ……そりゃそうだよな。

 いくら邸内とはいえ、執務室に鍵ひとつ掛かっていないなんてありえない。


 いつ廊下を衛兵や使用人が通るかわかったものじゃない。

 舞踏場(ダンスホール)の状況も気になるし、気ばかりが焦ってくる。

 施錠は単純なものだからドアノブをぶち壊せば開くだろう。

 とはいえ、できるだけ目立つ行為は避けたい。


「仕方ない。あの方法(・・・・)で行くか」


 俺はドアノブの前に屈みこんで、懐から取り出した針金を鍵穴へと突っ込んだ。

 今から使うのは、かつてジャスファから教えてもらった鍵開けの術。

 駐在所を出る前に念のため用意したものだが、本当にこんな泥棒みたいな真似をするはめになるとは……。


「……っ」


 ジャスファに実践してもらった時には数秒で開錠できたのに、実際やってみるとなかなか上手くいかない。

 あいつが慣れ過ぎていて手際がよかっただけなのか?

 教えてもらったコツをその通り実戦しているはずなんだけど……。


 なかなか開錠できずに額から汗が流れ落ちてきた頃、廊下の奥から足音が聞こえてきた。

 金属音のこすり合う音も聞こえてくることから衛兵に違いない。

 二階の巡回班がまた回ってきたのだ。


「くそっ。頼む、開いてくれ」


 神にも祈る気持ちで針金を左右に動かしていると、カチリと鍵穴から音がした。

 土壇場で鍵開け成功だ!


 俺は扉を開くや、転がり込むように執務室へと入った。

 その後、近づいてくる足音を気にかけながらそっと扉を閉め――


「階段広間の方が騒がしくないか?」

「一階で何かあったのかな」

「そっちはそっちの担当に任せればいい。俺達は二階の警備に集中だ」


 ――衛兵達の会話を盗み聞きながら、彼らが遠ざかるのを待った。


「……ふぅ」


 衛兵達の足音が消えたのを確認し、俺は執務室の探索を始めることにした。


 執務室は真っ暗だった。

 それもそのはず、この部屋には窓がない。

 窓からの侵入を防ぐためなのか、この部屋は屋敷の内側に作られているのだ。

 天井にはシャンデリア、床に置かれた机や棚といった家具は軒並み高級品。

 さらに、壁には高価な宝石が装飾された宝飾剣(ジュエルソード)宝飾盾(ジュエルシールド)が飾られている。

 ……俺とは住む世界が違うな。


「おっと。見惚れている場合じゃない」


 入り口脇の机には高級ランプがいくつも置かれていたので、そのうちのひとつを手に取って火をつける。

 俺は夜目が利くから暗闇での活動に問題はないが、物探しをする以上はさすがに灯りに頼らざるを得ない。

 とりあえず机から本棚まで気になるところを洗いざらい調べてみるか。


 ランプ片手に室内を眺めながら執務机へと近づいた時、後ろの壁に大きな額縁が掛かっていることに気が付いた。

 ランプを掲げて照らし出してみると、その額縁には肖像画が収められていた。

 その肖像画は家族を描いたもののようだ。


「もしかして、これが伝説の画家が描いたという絵?」


 もっと人目につく場所に飾られていると思ったのに、まさか執務室(こんな場所)にあるなんて。

 しかもこの肖像画、描かれているのは侯爵自身じゃないか。

 今より若いが間違いない。

 そして、侯爵の前で椅子に腰かけている美しい女性は……夫人か?

 さらに、侯爵の隣に立っている少年は……息子?


「銀髪……」


 薄暗い中ハッキリとは見えないが、その少年の髪は銀色に彩色されていた。

 そういえば侯爵も白髪のように見えて、銀髪に見えなくも――


「この少年……こいつ……もしや?」


 ――刹那、俺の中である人物(・・・・)とその絵の少年が重なった。


「親の心子知らずとはよく言ったものですな」

「!?」


 入り口の方から声が聞こえて、俺はとっさに振り返った。

 ランプの照らす先には――


「その絵の少年のことですよ」


 ――鋭い眼光を放つ執事が扉の前にたたずんでいた。


「なっ!?」


 セバスチャン・ゲオルギオス!

 一体いつの間に部屋の中に……!?

 俺が入室した時、部屋には絶対に誰もいなかった。

 たった今、音もなく入ってきたのか?

 俺にまったく気取られることもなく?


「私に子供はおりませんが、主人の子ともなれば放蕩息子でも可愛いもの」


 セバスは腰に携えたレイピアの柄に手を掛けながら、歩き始めた。


「しかし、昨今の放蕩ぶりは目に余る」


 彼が鞘から剣を抜き放つや、ランプの灯りに反射して剣身が銀色に輝く。


「それでも父は子に無償の愛を注ぐ。見返りなどないとわかった上で、自らのすべてを捨てる覚悟で」


 俺はランプを執務机へと置き、遅まきながら剣の柄に手を掛けた。


「愛とは素晴らしくもあり、残酷でもある。そう思わざるを得ません」


 セバスから圧し潰されんばかりの敵意がぶつかってくる。

 否。これは明確な殺意……だ。


「細かな事情は存じません。しかし、あなたに主人のプライベートを覗き見る権利はない」

「……その通りです。だとしたら?」


 返答もなしにセバスが飛び上がった。

 その瞬間、突如として天井のシャンデリアが落ちてきた。


「!!」


 シャンデリアが砕け散るさなか。

 無数の破片に紛れて、黒い影が俺の背後へと回り込んできた。

 振り返り様に剣を構えた直後、剣身をレイピアの刃先が貫き――


「排除いたします」


 ――冷たい声と共に、俺の首筋を剣閃がかすめた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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