5-029. 盗賊同盟
「仲間にしてくれって言う前に、言うことがあるんじゃねぇか?」
「……そうだな」
モルダバは槍を俺の首に突きつけたまま、動きを見せない。
俺に銃口を向けているムアッカも同様だ。
仲間になりたいと言ったところで、二人を信用させることができなければ事態は変わらないだろう。
納得させる事実を話す必要がある。
「……俺は〈ハイエナ〉の一員だ」
俺が口にした言葉に、モルダバもムアッカも顔色を変えた。
「モルダバ。こいつ危険だ、すぐに殺そう」
「ちょ! 待て待てっ!!」
ムアッカが銃口を額に押し付けてきたので、俺は慌てた。
もしかして事実の選択をミスったか……!?
「落ち着けよムアッカ。まだ引き金を引くには早い」
「だども……っ」
「話の続きだ。続きを話せソーダ」
モルダバが止めてくれたおかげで、俺の頭が吹き飛ぶことはなかった。
このまま話を続けても大丈夫そうだが、ムアッカの過剰な反応から察するに、あまり好意的に受け止められることはなさそうだな……。
「俺はプラチナム侯爵の子飼いである盗賊団〈ハイエナ〉の一員だ。名前は……シャーウッド」
「そうか。で、シャーウッド。何が目的だ?」
「……」
「もう一度聞く。目的は?」
これから俺が話すことはデタラメだ。
もしもこいつらが〈ハイエナ〉と通じていたら、殺してくれと言うようなもの。
あるいは、侯爵と通じていても同じだろう。
嘘を誠として押し通すためにも、全身全霊で臨むほかないな。
「侯爵への復讐だ」
「……飼い主の手を噛むってのか?」
「そうだ。俺達は奴に捨て石に使われた。無茶な命令を下されて、仲間のほとんどは監獄行きだ。そのうちの一人は女だったが――」
キャスリーン……ダシに使ってごめん。
「――監獄に入れられて、めちゃくちゃにされちまった」
「それ、お前の女か?」
「……ああ」
自分でも顔が曇っているのがわかる。
目的のために他人の不幸を利用するなんて、俺はろくでなしだな。
だが、ここで引くわけにはいかないんだ。
「こんな奴の言うこと信用すんのかっ!?」
「〈ハイエナ〉に銃士がいることは聞いている。王都で何人か一緒に捕まって、そのうちの一人が女の魔導士だってこともな」
「嘘はついてねってことか?」
「〈ハイエナ〉の関係者であることは間違いなさそうだ」
軍関係者でしか知り得ないであろう情報を、なぜこの二人が知っている?
どこかから情報が洩れているのか……?
「詳しいじゃないか。世間的にはまだ広まっていない話のはずだが」
「いい仕事する情報屋が知り合いにいてね。裏社会にはその手の話は割と早く流れるのはてめぇも知ってんだろ?」
「まぁな」
「だが、ひとつ解せない。てめぇが捕まった〈ハイエナ〉なら、どうやって監獄を抜け出したんだ?」
……まぁ、疑問に思うところだよな。
ここは虚実織り交ぜてなんとか切り抜けたいが。
「王都のお偉いさんと取引したんだ。飼い主を売る代わりに自由を買った」
「……」
「侯爵が飼い主だと知って、連中は大いに驚いていたぜ」
「入れ替わる前のあの男は何者なんだ? 本物のソーダはどこにいる?」
「ソーダは俺の表向きの名前だ。任務中はあいつが表で俺の代わりを務めていた」
「だからか。あいつが嫌に距離を取っていた理由は」
よくもまぁスラスラとこんなデタラメを言えたもんだ。
我ながら驚いてしまう。
だが、思いのほか効果はあったようだ。
「納得してもらえたか?」
「俺は聖職者みたいな奇跡は使えねぇからな。全部を真に受けることはできねぇが、敵にはならなそうだと理解した」
「俺の目的は侯爵への復讐だ。具体的には、あの男の名前か財力に傷がつけばいいと思っている。あんた達が奴の宝を狙っているなら協力する」
「侯爵の宝については何も知らないのか?」
「知らない」
モルダバは少し考える顔を見せたが、すぐに俺の喉元から槍を離した。
「銃を下ろしてやれムアッカ。こいつは敵じゃねぇよ」
「……わかった」
渋々ながらムアッカも銃を下ろしてくれた。
とりあえず危機は脱することができたな。
「これで俺とあんた達は本当の仲間ってことでいいんだよな?」
「宝を見つけるまでの間はな」
「その宝ってどんなものなんだ。貴金属か宝石か、それとも武具の類か?」
「絵だ」
「絵……?」
「厳密には、ドラゴグ帝国の伝説の画家が生涯最後に描いたという、ある家族の肖像画だ」
肖像画……。
そんなものが宝石類より高価な宝だっていうのか?
「どのくらいの価値があるんだ」
「絵画には詳しくないから何とも言えないが、少し前に海峡都市で開催されたオークションで同じ画家の作品が180万グロウで落札されたらしい」
「ひゃ、180万っ!?」
それって俺が参加したグランソルトオークションでか?
あの時は目当ての宝石の落札ばかり考えていて、それ以外の出品はほとんど気にも留めていなかった。
思い返せば、帝都で競売品を取り返した際に額縁があったような気も……。
「それだけの画家が最後に描いた絵だ。もっと価値が出ると思わないか?」
「……確かにな」
「情報屋によれば、画家は寿命いくばくもない時期に描いたその絵を侯爵へ贈呈したらしい」
「どうしてそんなことを?」
「侯爵が画家の後援者だったそうだから、その礼も兼ねてじゃねぇかな。まぁそういう背景はどうでもいいさ」
ということは、侯爵自身がその絵を宝物と認識していない可能性もあるな。
世間的にはとんでもない価値があるとしても、友人から贈られた記念品みたいなものだろうし。
「その絵はどこに?」
「別邸はすでに調べたが見つからなかった。本邸のどこかにあるはずなんだ」
「すでにって……盗みに入ってか?」
「あのなぁ。盗賊っていったって、直接盗みに入ってばかりじゃないんだぜ。下見だってするし、必要以上に時間も掛ける」
「あっ。それで衛兵をやっているわけか!」
「ご明察」
なるほどな。
貴族の家に盗みに入るなら、目当ての物がどこにあるのか確かめることが先決。
衛兵ならば邸内を歩き回ってもおかしくはないし、働き次第で別邸の衛兵が本邸へと回されることもあるだろう。
「考えたな」
「伊達に盗みで食っちゃいねぇのさ」
……自慢できることじゃないぞ。
「だけど屋敷の警備に回してもらえない限り、探しようがなくないか」
「それなんだけどな。俺達と替え玉ソーダの頑張りで、明日からはめでたく屋敷の警備に決まってる!」
「マジか!?」
「マジだ。しかも明日はパーティー当日! 本邸の警備はパーティー会場のある一階に注力するから、侯爵のプライベートルームがある二階は手薄になる」
「隠されていなきゃいいけどな……」
「貴族の本質は見栄の張り合いだぜ? 価値ある絵画なら必ず人の目が触れる場所に飾るはずだ。もしかしたらパーティー会場に飾られているかもな」
モルダバの言う通りだ。
貴族は馬車に代表されるように、所有物の奢侈を競う傾向がある。
それはプラチナム侯爵だって変わりないはず。
「パーティー当日は頃合いを見計らって持ち場を離れ、三人別々に邸内を探ることにしようぜ」
「俺も異存はない」
とは言え、俺と彼らの目的は違う。
二人は絵画目的で人目のつく場所を探すだろうが、俺は侯爵が隠しているはずのものを探そうとしているんだ。
二階のプライベートルーム探索は譲れない。
「で、誰がどこを探索するかだが――」
「二階の探索は俺が引き受けよう」
「俺は一階から当たるつもりだったし、構わないぜ」
「わかった」
「ムアッカ。お前もそれでいいだろ?」
モルダバに尋ねられたムアッカは無言で頷いた。
俺へと向ける鋭い視線からして、どうやらムアッカは〈ハイエナ〉にかなり悪い印象を抱いているようだ。
主義の違いだろうか。
同じ盗賊として〈ハイエナ〉のやり方が気に食わない、とかの。
「当日は絵画の場所の確認までだ。見つかることがあれば、翌日以降に警備の隙をついて盗み出す。同盟を結んだ以上、お互いそれまで勝手なことはなしだぜ」
「もちろんだ」
モルダバは踵を返すと、鎧戸を締め始めた。
「何やっているんだ?」
「少し長く話し過ぎた。もうすぐ今日の巡回の時間だぜ」
「もうそんな時間か」
机の置き時計を見ると、すでに時刻は八時を回っていた。
巡回現場への集合時刻まで30分を切っている。
「今日の外周警備と外郭警備は無難にこなそうぜ。本番は明日だからな」
「そうだな」
当日はメイドに扮したネフラとフローラも探索の手伝いをしてくれるはずだし、なんとしても侯爵のプライベートルーム――執務室や寝室が該当するだろう――に入り込み、〈ハイエナ〉や〈バロック〉との繋がりを見つけなければ。
アンのような犠牲者をこれ以上生まないためにも。
アンの傷ついた心の報復のためにも。
必ず悪事の証拠を掴んでやるぞ、プラチナム侯爵……!
◇
その日の午後。
俺達は外周警備を終えて、敷地内へと移り外郭の警備へと当たった。
敷地を囲っている高い壁に不審な細工がされていないか、壁添いの庭に異常がないかを確認するのが役目なのだが、外周警備に比べるとずいぶんと気が楽だ。
俺の注意は目下、遠目に見える本邸ばかりに向けられている。
「おっ。見ろよ閣下だ。公務からお戻りのようだぜ」
モルダバとムアッカが足を止めて敬礼の姿勢を取ったので、俺も彼らにならう。
正門の先には豪勢な馬車が停まっていた。
扉が開いて中からプラチナム侯爵が降りてくるや、馬車の周りで待機していた身辺警護達が一斉に彼を取り囲む。
しかも、護衛の一人にはあの〈音速のゲオルグ〉ことセバスチャン・ゲオルギオスの姿もあった。
侯爵が門扉をくぐって庭へと入ってくる。
俺は彼らと目を合わせないように努めたが――
「ん」
――俺達の前を通りかかった時に侯爵が足を止めた。
しかも俺へと視線を送りながら、だ。
……バレたかな?
「な、何か?」
「いや……。知り合いに似た顔を見つけると、つい足を止めてしまうな」
「はっ」
「少し前にも同じことをしてしまったが、気にしないでくれ。他意はない」
「はっ」
「警備を続けたまえ」
「はっ!」
わずかな会話を終えると、侯爵は護衛に囲われて屋敷へと入って行った。
話しぶりからして、以前にもソーダを俺と間違えたらしい。
バレたかと思って肝を冷やしたぜ……。
「俺、閣下の声を初めて聞いたよ」
「オラも。思ってた通りの渋い声だ」
完全に衛兵として溶け込んでいるこの二人を俺も見習わないとな。
その時、屋敷の裏から庭園へと歩いてくるメイド達の姿が見えた。
貫禄のあるメイドが二人の若いメイドに何か説明している様子。
最近のメイド募集で新しく雇われたメイド達だろうかと思っていると――
「あっ」
――その二人はどちらも俺がよ~く知っている顔だった。
ネフラにフローラ。
メイド服を着て庭園に居るということは、二人とも無事に合格したのだろう。
「ヒュー♪ こりゃまた可愛い子達が入ったなぁ。どっちも超好みだぜ」
「オラは黒髪の小さい子が好みだな。守ってやりたくなる」
「おい。仕事をサボっていると警備隊長にどやされるぞ!」
俺は彼女達に注目する二人の背中を突き飛ばして、強引に仕事へと戻した。
フローラはまだしも、ネフラにまで下心が見え見えの視線を向けられるのは我慢ならない。
俺の声に気付いたのか、ネフラがチラリとこちらを向いた。
彼女はエメラルドグリーンの髪が真っ黒となり、髪形も変わっていた。
俺と同じようにウィッグをつけたのだろう。
それはエルフ特有のとんがり耳を隠すことにも一役買っている様子。
彼女の着るメイド服は他のメイド達と何ら変わらないものだけど、俺にはとても眩しく映った。
「可愛い」
「ああ? 何か言ったかソーダ?」
「な、なんでもない……っ」
ネフラは俺に向かって小さくほほ笑んでくれた。
その行為が俺に頑張れと言ってくれているように感じる。
……頑張ろう。
俺は気を取り直して警備に集中した。
そして日付が変わり、いよいよ侯爵邸のパーティーが始まる。




