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5-027. 潜入、プラチナム侯爵邸①

 プラチナム侯爵邸では、近々催されるパーティーのためにメイド募集が行われている。

 ネフラとフローラにはメイドとして侯爵邸に潜入してもらい、侯爵が〈バロック〉もしくは〈ハイエナ〉と繋がりがある証拠を探してもらう。

 商人ギルドのゴールドマン親子と話して、そう決まったのだが……。


「ジルコくん。きっと上手くやるから、心配しないで待っていて」


 ネフラのやる気に満ちた顔が誇らしい。

 しかし、その隣に居る――


「まぁ、私にとっても交友を拡げることになって好都合ですわね」


 ――(よこしま)な笑みを浮かべる自称聖女の存在が不安で仕方ない。


「フローラは貴族のパーティーに参加し慣れているものね」

「ええ。かねてより帝国貴族の方々とも親睦を深めたいと思っていたところですし、私にしてみれば渡りに船ですわ」


 得意げな顔をしてコーフィーをすするフローラ。

 今回は来賓ではなく、使用人という立場での潜入だとわかっているのか?


「急ではあるが、面談用に彼女達の身分を用意しなければなるまいな」

「それは僕が対応しましょう。変装も必要でしょうから、ウィッグも用意させます。本物の髪の毛で作られた品がちょうど余っておりますので」

「そうか。それではジニアスに任せるとしよう」

「承知しました」


 今の親子の会話で、商人ギルドの闇の一端を垣間見た気がする。

 錬金術師学会(アカデミア)の奇人のために死体を用意するくらいだから、暗部がない方がおかしいんだけどな。

 まぁ、そこにはあえて触れまい。


「……あの、ゴールドマンさん」

「何かね?」

「やっぱり俺もパーティーに参加したいのですが」


 ネフラは上手くやるだろうが、フローラが一緒だとどうしても不安を拭えない。

 もしも侯爵がクロで、潜入中に彼女達の正体が露見すれば命に関わる。

 ネフラに危険な真似をさせて、俺だけただ待つだけなんてごめんだ。


「今回のパーティーは男女の見合いを兼ねたものなのだ。それゆえに、海峡都市(ブリッジ)有力者の長男長女しか参加が認められないのだよ」

「婚活ってことですか?」

「そんなところだな」


 ジニアスの付き人として。

 あるいはジニアスに成り代わって。

 ……というのは無理そうだな。


「執事の募集はしてないんですかね?」

「していないな。雇用側から需要があるのはメイドだけだ」

「ですよね……」


 こりゃダメだ。

 俺は参加を諦めて、ネフラとフローラに任せるしかないか……。


「手がないわけではありませんよジルコさん――」


 諦めかけた俺にジニアスが話しかけてきた。


「――侯爵邸の警備には、商人ギルドの送り込んだ間者(スパイ)が混じっています。その人物に成り代わればジルコさんも潜入は可能ですよ」

「本当かっ!?」

「彼は背丈もジルコさんと同じくらいですし、顔も似ています。ウィッグを使えば化けられないことはないでしょう。いかがです?」

「頼むっ!!」


 他に選択肢はない。

 俺は二つ返事でジニアスに答えた。


「ソーダ・ソードミーか。言われてみれば、ジルコくんはそっくりだな」

「でしょう。ジルコさんと違って彼は寡黙な人ですが、潜入に当たってそれは好都合ですし」


 ゴールドマンが同意したところを見ると、本当に似ているんだろうな。

 フローラじゃないが、これは渡りに船だ。

 侯爵邸に間者(スパイ)を送り込んでいるなんてどこかの地下組織みたいだが、さすがは商人ギルドといったところか。

 独自の(・・・)情報網(・・・)とやらの凄さがうかがえる。


「では、ジルコさんは僕についてきてください。新たに提供したい武装もありますし。女性陣のことは信用できる女中に話を通しておきます」


 ジニアスの言葉をきっかけとして、その場はお開きとなった。

 商人ギルドの人間でこの密会について知っているのは、ゴールドマン親子に、この場にいた付き人の数人、そしてジニアスの信頼する女中の少数となる。

 フローラの看破の奇跡でも彼らの発言に嘘は無かったというし、あとは侯爵邸への潜入に全力を注げばいい。


「待てジルコ。わしは何をすればよい?」


 応接室を出ようとした俺の肩をゾイサイトが掴んできた。

 いかにも退屈そうにしている楕円形の目が、多少の苛立ちをたたえながら俺を見下ろしてくる。

 はっきり言って今回はゾイサイトの出番はない。

 しかし、王都からずっと付き合ってもらったゾイサイトに出番無しと言うのはちょっと気が引ける……と言うか、ぶん殴られそうで怖い。

 どうしたものかと思っていると。


「では、ゾイサイトさんは万が一に備えて、商人ギルドで待機してもらうのはいかがでしょう」

「わしに置物になれと言うのか?」

「まさか! もしも侯爵邸に異変があれば、ジルコさん達を助けに行く必要があるでしょう? そんな大役が務まるのはあなただけです」

「ふむ。ならばよかろう」


 渋っていたものの、ゾイサイトも納得した様子だ。

 俺の立場としてはそんな事態にならないことを願うけど……。


「あのぅ、俺はどうすれば……?」


 ……あ。

 すっかり存在を忘れていたよ、デュプーリク。


「お前はゾイサイトのフォローだな」

「……うぃす」





 ◇





 プラチナム侯爵邸でのパーティーは二日後。

 それまで俺達は別行動となった。

 ゾイサイトとデュプーリクは商人ギルドに残って緊急時に備える。

 ネフラとフローラは準備でき次第メイド募集の面談。

 俺は新たな武装を提供された後、変装してソーダ・ソードミーとの接触。

 ……という具合だ。


「ジルコさん、赤い髪なかなか似合っていますよ。ソーダにそっくりです」


 時計塔の裏口から出る際、ジニアスが顔を近づけながら言ってきた。


「近いよ!」

「それは失礼しました。しかし想像以上にソーダに似せることができました。よほど親しい仲でなければ、偽物と見極めるのは困難でしょうね」

「あそう……」


 ジニアスがやたらニコニコしながら俺を見入ってくる。

 俺はソーダという男に似せて赤髪のウィッグをつけ、衣服も衛兵用の軽鎧へと着替えていた。

 初めてウィッグという物をつけたが、大丈夫なのかこれ?

 髪留めで地毛に繋いでいるとはいえ、動いていて頭からずり落ちないか心配になるんだけど。


「ミスリル銃と改造コルク銃、それと短剣は我々が預かります」

「ああ。頼む」

「ソーダは剣士(フェンサー)なので、衛兵としての役割は剣を使った近接戦となりますが大丈夫ですか?」

「問題ない。多少は剣も扱える」

「では、剣は入れ替わりの際にソーダから受け取ってください」


 剣を扱えると言っても、真っ当な剣士(フェンサー)には遠く及ばない。

 万が一、会場で正体がバレたらと思うと心もとないな。


「ところで、入れ替わりのタイミングはどうやって作るんだ?」

「そのことですが、ソーダにはすでに連絡を取ってあります」

「仕事が早いな」

「今夜の巡回警備の際に交代場所を指示しているので、入れ替わりは滞りなく済むでしょう」

「そんな連絡どうやってしたんだ?」

「時間もありませんし、彼を斡旋(あっせん)した傭兵ギルドを装って、侯爵邸の駐在所へ伝書鳩を送りました」

「それ大丈夫なのか?」

「心配いりません。指示は我々の間でしか伝わらない符牒(ふちょう)で忍ばせてありますし、盗み見たとしても任期更新の連絡としか思いませんよ」

「本当、用意周到だな」

「あの侯爵閣下が相手ですからね」


 ジニアスの言う通り、相手は五英傑の一人プラチナム侯爵だ。

 準備をし過ぎて無駄ということはあり得ない。


海峡都市(ブリッジ)の王国軍にも目立った動きはありませんし、あなた達が監獄から出た事実は漏れていないはずです。今なら侯爵にも隙があるでしょう」

「ルリ達が悪目立ちしてくれたのも幸いしたかもな」

「ええ。あなたは本当にいい仲間をお持ちだ」

「手綱を握るのも大変だけど」


 笑顔のジニアスに見送られて、俺は独り侯爵邸へと向かった。

 変装しているせいか、どうも街路ですれ違う他人の目すら気になってしまう。

 誰も俺のことなど見ていないとわかっていても、だ。

 侯爵邸でもこんな感じで目立たずに行動できればいいんだけど……。





 ◇





 俺は(くだん)の場所へたどり着くや、物陰に隠れて息を潜めた。

 ここからは、背の高い壁の向こうに侯爵邸の屋敷がよく見える。

 衛兵達の巡回路――ここはその一角なのだ。


 さっきから何組も衛兵グループが巡回しているのを見るが、いまだに俺そっくりの人物は見られない。

 ジニアスの情報が確かなら、そろそろソーダが現れてもいい頃なのだが。


「ん?」


 新たに三人組の衛兵を視認するや、そのうちの一人がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 それは長身の男性で、髪の毛の色は赤。

 この男がソーダ・ソードミーに違いない。

 俺は路地に引っ込んで、ソーダがやってくるのを待った。


 ……しばらくして。

 薄暗い表通りからランプの灯りが近づいてくる。

 俺は警戒を怠らずに、路地へと入ってくる人影に声をかけた。


「ソーダ・ソードミーだな?」

「……」


 人影は立ち止まり、物陰に身を隠している俺へとランプを向けてきた。

 ランプのおかげでソーダの顔がよく見える。

 なるほど、確かに俺にそっくりだ。


「きみが手紙にあった人物か?」

「そうだ」


 ソーダの問いに答えるや、俺はランプの灯りに身を晒した。

 俺の顔を見てソーダがギョッとする。

 自分そっくりの顔をした俺を見て、さすがに驚いたみたいだ。


「……本当にそっくりだね。その髪は染めたのかい?」

「あんたには協力感謝する」

「彼の命の恩人ということであれば、私に断る理由はないよ」

「ありがとう」


 俺はソーダから剣を受け取るや、腰へと帯剣した。

 受け取った剣はロングソードの類で、重量は軽く、刃こぼれひとつないセントチタニウム製のものだった。

 こんな高価な武器を衛兵に貸与するなんて、さすが侯爵だ。


「私は普段あまり口を開かない。黙っていれば偽物だとは気付かれないだろうけど、閣下は優れた観察眼の持ち主だ。あの方には近づかない方がいい」

「わかっている。俺も顔を合わせたことがあるしな」

「幸運を」


 ソーダと握手を交わした後、最後にランプを受け取って路地を出た。

 街路の方では、俺を睨みながら二人の衛兵が待機している。

 一人は、片手にランプを携えて槍を抱えている小柄な男。

 もう一人は、雷管式ライフル銃(ファイアジャベリン)を背負った大柄な男。

 彼らと合流すると――


「な。やっぱり気のせいだっただろ?」


 ――小柄な男が話しかけてきた。

 後ろの大男を含めて、俺が入れ替わったことには気づいていない様子だ。


「ああ」

「パーティーが目前だから気を張るのもわかるけど、あんま頑張り過ぎんなよ」

「そういうわけにもいかないだろう」

「真面目だねぇソーダくんは。さっさと部屋に戻って寝たいぜ俺は」


 槍男はやる気のなさを隠すこともせず、堂々と言ってのけた。

 一方で、銃男の方は彼をたしなめるような態度を見せる。


「おめぇ愚痴ばっかだな。さっさと巡回を再開しねぇと後ろの班に追いつかれっぞ」

「へいへい。わかってますよー」


 促される形で、槍男はランプを突き出して歩き始めた。

 俺は銃男と共にその後に続く。

 巡回を再開したものの、槍男はまだまだしゃべり足りないらしい。


「明後日のパーティーは、東方領域(イーストリージョン)の帝国貴族のご子息ご息女がたくさん来るんだってよ」

「だっから私語は慎めって」


 俺としては槍男の話を聞きたいから止めないでほしい。

 こんな愚痴でも、何かしら侯爵の情報を聞けるかもしれないからな。


「想像できるか? 税金使って豪勢な食事を用意するくせに、来賓どもは異性と良い仲になるためにくっちゃべるだけなんだぜ」

「若い貴族が集まるパーティーって、どこも同じって聞くぞ」

「あ~あ。俺も貴族の息子に生まれたかったなぁ」


 ……本当にただの愚痴だな。


「そういや、閣下は今回もあの席(・・・)用意すんのかなぁ?」

「毎回空席のテーブルのこっか? そうなんでねぇのか」

「あの席、会場でも一番いい場所だよな。メイドに聞いたんだけど、名札に書いてある名前も毎回同じらしいぜ。どんな人物なのかねぇ」

「オラ達が知る必要のねぇこっだ」

「閣下の招待を毎回無視する奴だぜ。気にならないのかよ?」


 気になる。俺は気になるぞ。

 ここで(ソーダ)がその席について尋ねても怪しまれたりしないよな?


「その名札に書かれた名前、知っているのか?」

「なんだよソーダ。興味なさそうにしてたくせに」

「知っているのか?」

「ん~。確か……ガブリエル、だったかな」


 初めて聞く名前だ。

 俺に心当たりはないが、侯爵にとって所縁(ゆかり)ある人物なのだろうか。

 その時、俺は直感的にその名前を調べるべきだと思った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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