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5-026. 時計塔の冒険

 時計塔の裏手には広い搬入口があった。

 多くの荷馬車が停まっている隣を、人目に触れないようにこっそりと中へ――


「ゾイサイト! もうちょっと屈んでくれよっ」

「……気に入らん」


 ――というのもなかなか難しい。

 身の丈2m以上ある上に肩幅も広いゾイサイトにとって、狭いところをこそこそ移動するという行為はこれ以上ないストレスだっただろう。

 よくぞ文句を一言二言漏らすだけで我慢してくれたと思う。


 時計塔に入るや、ジニアスは通路の壁に巧みに隠された隠し扉を開いて、俺達をその先の真っ暗な通路へと招き入れた。

 大人が一人通れるくらいの狭くて飾り毛のない通路だ。

 おそらく緊急時の脱出用に使うための通路なのだろう。


「確かこの辺に……」


 ジニアスが暗い通路の壁をまさぐる。

 彼が手に取ったのは壁の突起に掛け置かれていたランプだった。

 ランプに火がつくと、暗闇が照らされて通路が露わになる。


「さぁ、この先です。参りましょう」

部外者(俺達)にこんなものを見せていいのか?」

「あまりよくないですね。ですので、ご内密に願います」


 ニコリと笑いかけてくるジニアスに、俺は苦笑いで返した。


「かび臭~い。ここを通るのですの~?」


 フローラの不満げな声が聞こえてきたが、無視しよう。


「ところでゾイサイト。通れそうか?」

「……際どいがなんとかな」


 最後に通路に入ったゾイサイトが、窮屈そうに身を屈ませている。

 彼が前に進むたび、頭が天井を、両肩が壁をこするので、途中で詰まったりしないか不安になった。

 体がでか過ぎるのも考えものだな。


 それからしばらく迷路のような入り組んだ通路を進み、袋小路に突き当たった。

 一見ただの行き止まりに見えるが、ジニアスが特定の場所を何度か小突くと、機械音が響き始めて壁が上へとせり上がっていく。

 まるで落とし格子だ。


「先へ進みましょう。もう少しです」

「さすが時計塔。色んな仕掛け(ギミック)が目白押しだな」

「この時計塔の建設には、ドラゴグの伝説のカラクリ技師が関わったそうですよ。所有者である我々も知らないような仕掛けがまだまだ隠されているともっぱらの噂です」

「……楽しそうだ」


 ジニアスの話を聞いているうちに、高揚感が増していく。

 昔、冒険者は古代人の遺した迷宮(ダンジョン)に入り込んでは、宝物を求めて命懸けの探検を繰り広げたという。

 こんな場所で仕掛けやらカラクリやらと聞くと、おとぎ話でしか知らない古の冒険者になった気分だ。


「もちろん遊び心のある仕掛けですよ。死傷するような罠なんてありません」

「そりゃそうだ」


 ジニアスは俺の心中を察したのかどうなのか、悪戯っぽい笑みを浮かべながらランプ片手に俺達を先導していく。

 彼のあとをついていくと、再び行き止まりに突き当たった。

 否。壁にはハシゴが立て掛けてあり、天井の細い切れ目からはわずかな灯りが漏れている。

 きっと天井が隠し扉になっていて、どこかの部屋にでも通じているのだろう。


「失礼ながら、僕が先に行かせていただきます」


 ジニアスは俺にランプを預けると、ハシゴを登って行った。

 そして、天井をコツコツコツと一定間隔に叩き始める。

 少し間を置いてから、天井の向こう側からコツコツコツと返事があった。


「大丈夫です。どうぞ」


 ジニアスは俺達を一瞥すると、天井の扉を開いてハシゴを登って行った。


「よし。俺達も――」

「私が先ですわっ!」


 俺はハシゴに手を掛けて早々、フローラに突き飛ばされて壁に頭を打ってしまった。

 ……自称聖女め。少しは慎みを覚えろ!


「ネフラ! 次はあなたよ。早く登ってきなさいっ」


 隠し扉の向こうからフローラが呼びかけてくる。

 天井の上では、フローラ以外の足音や衣擦れが聞こえている。

 やはりどこかの部屋に通じていて、そこには商人ギルドの人間が待っているようだ。


「……ジルコくん。少し離れててくれない」

「え? なんで?」

「いいからっ」


 今度はネフラにまで突き飛ばされてしまい、俺は困惑した。

 少し顔を赤くしていたように見えたが、ランプのせいじゃないよな……?

 俺は少し離れた位置でネフラがハシゴを登っていく姿を見届けた。

 ……その間に、俺はあぁ(・・)そういう(・・・・)こと(・・)か、と納得した。


 いよいよ俺の番になった時、ずっと静かにしているゾイサイトが気になって後ろに振り返ってみた。

 すると――


「ジルコ。手を貸せ」

「……」


 ――ゾイサイトの巨体が通路にハマっていて、身動きできない状態になっていた。





 ◇





 隠し通路は応接室へと繋がっていた。

 なんとかゾイサイトを引っ張り上げた後、俺はようやく応接室のソファーで身を休ませることができた。


「久しぶりだなジルコくん。ちょっとした冒険気分を味わってもらえたかね」

「……はい」


 俺の対面のソファーに腰かけているのは、商人ギルド幹部のゴールドマン。

 彼は先にソファーへと腰を下ろした三人――ネフラ・フローラ・ジニアス共に、俺が苦心してゾイサイトを引っ張り上げる様子を楽しんでいたようだ。


「コーフィーはいかがかね。今朝方、アヴァリスから届いたばかりの新しい豆だ」

「……ぜひ。ゾイサイトの分も一緒に」


 むすっとした表情で床の上に胡坐(あぐら)をかいているゾイサイトが、なんだかほほ笑ましい。


「きみが頑張っている間、詳しい事情はネフラくんから聞いた」

「そうですか」

「きみには息子を救ってくれた恩がある。さらに言えば、ブラド氏との宝飾銃(ジュエルガン)の独占発注契約を結ぶきっかけを作ってくれたことには感謝のしようもない」


 ……後者は不本意だよ。

 ましてや、今の親方は仕事をしている精神的余裕なんてない。


「さて。時は金なり――早々に本題へと移ろうか」


 ゴールドマンが指を鳴らすと、傍に立っていた付き人が羊皮紙を机の上に広げた。

 それは海峡都市(ブリッジ)全域が描かれた地図だった。

 地図の各所には赤いインクでマルがいくつか描かれている。

 しかし、そのうち三分の二ほどマルの上からバツが描き足されているな。

 しかもエル・ロワ側――西方領域(ウエストリージョン)に多い。


「……これは?」

「ここ半年で我々が掴んだ非合法組織の潜伏先だ」

「えっ。これ全部!?」


 非合法組織――とくれば〈バロック〉か?

 赤いマルがつけられた位置に潜伏先が――アジトがあるということか!


「見ての通り、そのうち三分の二はすでに壊滅されている」

「えぇっ!?」


 壊滅された?

 一体誰が?


「きみの仲間は無謀過ぎるな。それ以上に無茶に過ぎる」

「……? あっ」


 俺の脳裏に三人の冒険者の顔が思い浮かんだ。

 ルリ、タイガ、トリフェン――〈(あけ)鎌鼬(かまいたち)〉だ。


「ルリくん、といったかね。アマクニの生き残りの女性」

「は、はい」

「二週間ほど前のことだ。〈バロック〉なる組織の打倒に協力してほしいと、私のもとに直談判をしにきてね――」


 顔を合わせた時からゴールドマンは機嫌が悪そうにしていた。

 息子の命の恩人を前に妙だなとは思っていたが、まさか……。


「――あまりに突然かつ強引な来訪だったので、受付でひと悶着あってね。彼女とその相棒の少年が暴れてくれたおかげで、せっかく雇った傭兵が医療院行き。おまけに、いくつかの商談がご破算になったよ」

「そ、それは……申し訳ないことを……」


 ゴールドマンの視線が痛い。

 ルリのやつ、俺の目の届かないところでめちゃくちゃやりやがって!

 タイガが合流する前のことのようだから、傍にあいつの無茶を止める奴が一人もいなかったんだ……!


「まぁそれはいい。人々の希望である〈ジンカイト〉の一員の無茶ならば、多少のことは大目に見よう」

「ありがとうございます……」


 応接室には重い空気が流れていた。

 俺はもっと前向きな話をしにきたはずなのに、なんでこの場にいない人間のせいで怒られているような状況になっているんだ?


「で、だ。彼女の要望は〈バロック〉の情報をよこせというものだった」

「……やっぱり」

「私も宝石類の違法収集を続ける連中がいることは把握していた。商人ギルドとしては黙って見過ごすわけにはいくまいと、独自の情報網から調査を行っていたのだ。ルリくんにはその情報を提供し、早急にお帰り願ったわけだが」

「本当、ご迷惑おかけしました」

「一週間も経たないうちに、西方領域(ウエストリージョン)にあるすべてのアジトへと乗り込んで壊滅させてしまったのだ」

「えぇっ!?」


 俺が到着する前に〈バロック〉のアジトをこんなに壊滅させたってのか!?

 ルリとトリフェンの二人だけで……。


「先週には仲間が一人合流した様子。三人揃って海峡門の通行許可を求めに、再びギルドに現れたよ」

「そ、それでルリ達は……」

「これ以上、冒険者に勝手な真似をされると困る。冒険者ギルドも通さずに暴れ回ってくれたおかげで、情報が錯綜して王国軍も混乱しているからな。望み通り通行許可証をくれてやったよ」

「も、申し訳ありませんでした……っ」


 三人揃って……ということは、ルリ、タイガ、トリフェンは一緒にいるのか。

 しかも、海峡門を通って今は東方領域(ドラゴグ側)に?

 海峡都市(ブリッジ)までくればあの三人の協力を得られると思ったのに、いきなり計算違いじゃないか……。


東方領域(イーストリージョン)はドラゴグの領域だ。向こうは先日の帝都襲撃が尾を引いて、かなり帝国兵の目が厳しくなっているそうだから、下手をすると投獄されるかもしれんな」

「……ですね」


 今の帝国ならマジでそんなこともあり得る。

 だが、今はあいつらの心配をしている場合じゃない。


西方領域(ウエストリージョン)にはもう〈バロック〉のアジトはないのですか?」

「わからんよ。我らに調査可能だったのは、商人に偽装していた連中の拠点だけだ。ルリくん達が東方領域(イーストリージョン)に移動したのも、本丸(・・)に当たらなかったからだろう」

「ということは、西方領域(こっち側)に〈バロック〉の本拠地が――言い換えれば、黒幕が潜んでいる可能性は十分あるってことですよね?」

「……君達は、それがプラチナム侯爵だと言うのだろう」


 すでにネフラからその話を聞いてくれていたか。

 なら話は早い。


「俺達は侯爵に強い疑念を持っています。彼を内偵するために、数日後に行われる侯爵邸のパーティーに忍び込むことに協力してほしいんです」

「これは難儀な頼み事だな」

「あなた方なら侯爵からの招待状も届いているでしょう。どうか協力してください!」

「五英傑に数えられるほどの英雄にあらぬ疑いを掛けたとなれば、商人ギルドの信用も失墜する――」


 相手が相手だけに、さすがにすぐ首を縦には振ってくれないか。

 だけど多くの犠牲を出してきた以上、こっちだってもう後に引けないんだ。

 こうなれば拝み倒せるまで粘ってやるぞ。


「――だが、きみには多大な恩がある。無下(むげ)にするわけにはいかないな」

「それじゃあっ」

「とは言っても、我々にできる限りの協力をするだけだ。いくらなんでも侯爵に真っ向から喧嘩を売るわけにはいかん」

「ですよね……」


 ゴールドマンは俺から視線を切るや、同じくソファーに座っているネフラとフローラを見入った。


「……?」

「なんですの?」


 二人とも不思議そうな顔をしている。

 話の最中、なぜ彼が自分達に視線を送ってきているのかわからないのだろう。

 ……俺もわからない。


「きみ達二人ならば大丈夫だな」

「どういうことです、ゴールドマンさん?」

「ジルコくん。きみは色々な意味で仲間に恵まれているな」

「はい?」


 その言葉の真意が掴めない俺は、ますます困惑した。


「ジニアス。説明してあげなさい」

「承知しました」


 ゴールドマンの代わりにジニアスが説明を始める。


「実は、侯爵のパーティーに招待されたのは僕だけなのです。そのため、僕以外の者をパーティーに同行させることは難しくて」

「そうなのか……。でもそれじゃあ、どうしようも……」

「ですが、そのパーティーはドラゴグの慰労を兼ねたものでしてね。東方領域(イーストリージョン)から、帝国貴族を多く招待しているのです」

「……何が言いたいんだ?」

「結果、思いのほかパーティーの規模が大きくなるそうで。侯爵邸は急遽メイドの増員に追われています」

「メイド? 増員? ということは――」


 そこまで言われて、ようやくこの親子が言いたいことを察することができた。


「――ネフラとフローラに、メイドとして侯爵邸に潜入してもらうってことか!」

「その通りです」


 応接室にいる男達の視線を一身に受けて、ネフラもフローラも硬直した。


 俺はネフラのメイド姿を想像して――


「可愛い」


 ――思わず口走ってしまった。

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