5-025. 協力者達との接触
俺達はデュプーリクの案内のもと、海峡都市の王国兵駐屯所へ向かっていた。
できるだけ人目を避けるために大通りではなく路地裏を通っているが、全員がフード付きマントを羽織っているため、逆に悪目立ちしているような気がする。
「ジルコくん。路地ですれ違う人達が変な目で私達を見てる」
「……こんな格好した集団を見れば怪しく思うよな」
狭い路地を誰かとすれ違うたびに緊張が走る。
海峡都市には〈バロック〉のアジトがあるかもしれない、いわば敵陣。
いつ敵の襲撃があるとも知れないため一瞬も気を緩められないのだ。
「ここがいいな――」
デュプーリクが路地裏にある狭い空き地の前で足を止めたので、俺達も彼にならって立ち止まる。
「――兵士長を連れてくる。ここで待っていてくれ」
「なぜわしらを駐屯所まで連れて行かん?」
不満げな様子でゾイサイトが問いただした。
「あんた達が王都の監獄から釈放されている事実は、一部の人間にしか知られていないんすよ。全員で駐屯所に押しかけるわけには行かないでしょ」
「ふむ。信用ならない者にわしらの存在を知られるのを避けるため、か」
「海峡都市の王国兵で確実に信用できるのは兵士長だけ。あの人に状況を説明して、ここに来てもらうんです」
「……そもそも貴様こそ信用に足るのか?」
ゾイサイトが前傾姿勢になって、デュプーリクに詰め寄る。
俺は慌てて二人の間に割り込んだ。
「待てゾイサイト! デュプーリクがシロであることは、とっくにフローラの看破の奇跡で判明しているんだ!」
「ふん。その奇跡とやらもどれだけ当てになることやら」
ゾイサイトは気を静めて、フローラを一瞥する。
その視線にムッとした様子のフローラだが、さすがの彼女もゾイサイト相手に食って掛かることはしなかった。
「デュプーリク、頼む」
「ああ。すぐ戻る」
デュプーリクは路地を出るや、周囲を警戒しながら通りを駆けて行った。
通りを歩いている人間に不自然な動きをする者はいない。
とりあえず現状は〈バロック〉の監視はないと考えてよさそうだ。
「ちっ」
ゾイサイトが舌打ちをするのが聞こえた。
少し前から彼が苛立っているのが気に掛かる。
「どうかしたのかゾイサイト」
「……敵と味方が判然とせんのは気に食わん」
「〈バロック〉の間者のことを言っているのか?」
「おうよ。味方のふりをして喉元を狙ってくる輩の性根からして、わしは虫が好かんのだ」
ゾイサイトは良くも悪くも直情的な性格だ。
それゆえに、隠れ潜んで計略を用いてくる連中がやりにくいのだろう。
しかも〈バロック〉は間者だけでなく、記憶操作を行ってまで駒をこしらえてくる恐るべき組織だ。
兵士長だって、フローラの看破の奇跡で本心を調べない限りは信用できない。
「フローラ」
「皆まで言うなですわ!」
ぶっきらぼうな返答だが、彼女もやるべきことはわかっている。
これからは出会う相手すべてに看破の奇跡を使っていかないと、安心して話すこともできやしない。
今回、フローラがいて本当に助かるな。
「フローラがいてくれて幸いだな。お礼と言っちゃなんだけど、王都に戻ったら礼拝に付き添わせてくれ」
「あなた馬鹿じゃないの。こういう時ばかり白々しいことを言わないでくださる?」
……真っ向から叩き斬られた。
たまに褒めるとこれだよ!
◇
15分ほどして、デュプーリクが戻ってきた。
後ろからは平服を来た男性がついてきているが――
「待たせてすまないな〈ジンカイト〉の諸君」
――それは兵士長だった。
王国兵の鎧を脱いでいるから一瞬誰だかわからなかったが、この顔は確かに兵士長で間違いない。
彼がこんな格好をしているのは、仲間に悟られぬよう駐屯所を抜け出してきたためだろう。
「お久しぶりです、兵士長」
「無事に合流できてよかったよ。王都で投獄されたと聞いて心配していたが……」
「向こうの協力者のおかげでなんとか」
「道端で立ち話もなんだ。空き地で話の続きをさせてくれ」
「ええ。ただ、その前に――」
俺はフローラに呼びかけ、さっそく看破の奇跡を使った上で兵士長が味方かどうかの確認を行った。
結果はシロ。兵士長も味方であることがわかった。
「筋肉だけの誰かさんよりも、私の方がよほど役に立ちますわよねぇ~」
フローラが俺だけに聞こえるように言うものだから、苦笑いするしかなかった。
ゾイサイトに聞かれたらぶっ飛ばされるぞ。
◇
俺は兵士長に必要な情報を伝えた――
ギルドへの〈ハイエナ〉の襲撃。
軍将の独断による魔導士隊の襲撃。
監獄へと投獄された俺達と看守長の結託。
――海峡都市に到着するまでの一連の経緯を。
「……それは大変だったな」
「受け身じゃ危ういことがわかったので、俺達も打って出ます」
「それでプラチナム侯爵の内偵に協力してくれるというわけだな。感謝する」
「あなたは何が根拠で侯爵に疑いを?」
「それなのだが――」
兵士長の話を要約するとこうだ。
彼は業務の一環で、海峡都市への入場者履歴を調べていた。
その際、街で宝石強盗事件が起こる前後に必ずプラチナム侯爵名義で発行された通行証が使われていることに気が付いた。
その時点では特に疑念も持たなかったが、ドラゴグから〈ハイエナ〉の似顔絵が届いた際、検問で同じ顔を見たという兵達の証言が上がってきて状況が変わる。
後日、その兵達は謎の変死を遂げた。
そこに至って、ようやく兵士長は侯爵への疑念を持ったのだという。
「――侯爵クラスの発行した通行証を持つ者は素性の詮索をされない。まさかあの方が犯罪者の手引きをしているなどとは思わないからな」
「通行証を使っていた者達について、詳しい情報は?」
「兵士の証言によれば、毎回ほとんど六人組での入場だったそうだ」
リーダーを含めて〈ハイエナ〉は全部で六人。
人数は一致するな。
「入管書類には宝石商とあった。商人の兄妹に護衛の傭兵が四人。銀髪の兄に金髪の妹で、ぜんぜん似ていない兄妹だったと報告にあったな」
「銀髪の……兄……」
銀髪の男なんて俺の知る〈ハイエナ〉にはいない。
だが、奴らの中でまだ首から上をお目にかかっていない者が一人だけいる。
プレイグマスクを被って素顔を隠していたクチバシ男だ。
「そいつがクチバシ男に違いない!」
「書類にはシルバ・フェイカーと書かれていたが、まぁ偽名だろう」
宝石強盗が宝石商として都に出入りしていたなんて、ふざけてやがる。
おそらく金髪の妹というのはキャスリーンのことだろう。
四人の傭兵は他のメンバーで間違いない。
「クチバシ男――自称シルバを捕まえれば、その書類も証拠になる。すぐに入管書類からそれらを引き上げてもらえますか」
「残念だが、そいつらの入管書類はすでに紛失していた。過去の分すべて、な」
「……先を越されたかっ」
「軍内部にも〈バロック〉の間者がいるという証左だな」
検問した兵士だけでなく、書類までも消しているなんて。
あまりの手際の良さに寒気がする。
「プラチナム侯爵はガードが固くて外から見ている分には粗がない。身辺を探ろうにも、王国兵である私ではどうしても警戒されてしまう」
「それはすでに顔を合わせている俺達も同じですよ」
「しかし、きみは商人ギルドの幹部と親しいのだろう?」
「? 商人ギルドがどうして出てくるんです」
「数日後、侯爵邸で都の有力者を招いてのパーティーが催される。商人ギルドのお偉方にも招待状が届くはずだ」
「……俺達にそのパーティーへ忍び込めと?」
「侯爵の屋敷でなら、〈バロック〉や〈ハイエナ〉との関りを示す何かが見つかるかもしれない」
……なるほどな。
兵士長は俺達が商人ギルドと関りがあることを知っている。
だから内偵の協力を持ちかけてきたのか。
「わかりました。やってみます」
「改めて感謝する。侯爵に賊との繋がりが認められれば、すぐに拘留できるように私も各所に手を回しておこう」
「……うかつに動いて奴らに目を付けられないでくださいよ?」
「そんなヘマはしない。慎重を期するつもりだ」
「では、俺達は商人ギルドに当たってみます」
「頼む」
兵士長は俺と握手を交わした後、デュプーリクへ向き直った。
「デュプーリク。お前は鎧を脱いで、一市民の協力者として彼らを手伝え」
「えっ。鎧まで脱ぐ必要あります?」
「ブレストアーマーを着ていたら王国兵だとわかってしまうだろう。それに民間人としての方が動きやすいはずだ」
「そ、そうっすね……」
「心配するな。殉職した時には賞恤金くらいは用意してやる」
「それ、今言います?」
王国軍は思いのほか手厚いじゃないか。
冒険者は殉職したって誰も金なんて払ってくれないのに。
◇
兵士長と別れた俺達は、海峡都市の中央区域を走る目抜き通り――塩の道を商人ギルド目指して歩いていた。
この通りの活気に満ち溢れた騒々しさは相変わらずだ。
すれ違う人々の誰かが〈バロック〉の刺客かもしれないと思ってしまうのは、少々過敏だろうか。
「ジルコくん。時計塔が見えてきた」
「ああ。久しぶりだな」
見上げるほどに高い時計塔の建物。
その足元に商人ギルド本部はある。
訪れるのはおよそ一ヵ月半ぶりだろうか。
「商人ギルドの受付嬢って可愛いってよく聞くな。紹介してくれよ、ジルコ!」
「俺達はナンパしに来たんじゃないんだぞ、デュプーリク」
相変わらず呑気な奴。
命懸けってこと、わかっているのかね?
「そちらのマントの御仁、もしやジルコさんでは?」
「えっ」
「やっぱりジルコさん!」
聞き覚えのある声に振り替えると、商人ギルドから見知った顔が近づいてきた。
ジニアス・ゴールドマン――商人ギルドの次期幹部だ。
「王都で監獄に囚われているとばかり! 一体どうして海峡都市に!?」
「ちょっと色々あってな――」
ジニアスが王都から去ってからも本当に色々あったからな。
とても簡単には説明できない。
「――他の商人達に悟られないようにゴールドマンさんと面会したいんだけど、できるかな?」
「構いませんよ。あなたは僕の命の恩人ですし、ぜひ協力させてください」
ジニアスが眩しいほどの笑顔で答えてくれた。
「正面からでは人目につきます。裏口からご案内しましょう」
即座に機転を利かせてくれるとは、さすが次期幹部と言うべきか。
ギルドに顔を出す前にジニアスと会えるなんて、俺は運がいい。
「ジルコッ!」
ジニアスについていこうとする俺に、フローラが声をかけてきた。
しかも、何やら慌てている様子だ。
「どうしたフローラ?」
「あなた、とんでもない男と知り合いなのですわね!?」
フローラが頬に汗を伝わせているのが目に入った。
彼女らしからぬ緊張。
まさか看破の奇跡でジニアスの言動に不審な点があったとでも?
だとしたら、ジニアスは〈バロック〉の……!?
「ジルコ、その男を今すぐ――」
「待てフローラ! この場ではまずいっ」
「――私に紹介しなさいっ」
「……はい?」
今なんて言ったんだ、この女?
「だから、ジニアス様をすぐに私に紹介するのです!」
「な、なんで……?」
「だってこのお方、世界有数の宝石を取り扱う宝石商だとうかがってますわよ?」
「宝石ぃ!?」
何を言っているんだ、この女?
「ああ。あなたはジエル教の聖職者の方ですね。もしや噂に名高いフローラ様でしょうか?」
「そうですわ。私こそが〈博愛と慈愛の聖女〉と謳われるフローラ・ヴェヌス!!」
それ、自称だろう。
そもそも誰も謳っていないから!
「教皇庁の高貴なる方々は、我が商人ギルド宝石部門のお得意様。フローラ様に相応しい宝石をご覧いれましょう!」
「ええ、ぜひぜひ! ぜひとも私に見合う宝石を見繕ってくださいなっ」
……よくわからないけど、意気投合したようで何より。
しかしフローラのやつ、すっかり任務を忘れていないか?
「フローラ。俺達は隠密裏に行動しなければならないこと、忘れるなよ」
「わかってますわっ。いちいちうるさい男!」
不意にフローラが俺を突き飛ばした。
掌底がみぞおちに入って吐きそうになるのと同時に、足元がふわりと浮き上がる感覚に肝が冷えた。
直後、岩のように硬い何かに頭をぶつけて、あわや意識が飛びそうになる。
……ゾイサイトの胸板だ。
「フローラ。貴様、キャアキャアはしゃぎおって!」
「わ、私は新しい宝石が手に入りそうで、少々気分が盛り上がっただけですわっ!」
「……ネフラ、こいつら、止めて、くれ……っ」
呼吸がままならないせいで、まともに声も出せない。
俺の手に余る怪物達。
敵を探る前に、こいつらを操る術を見つける方が先決だな……。




