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5-024. 潜入、海峡都市

 王都の街路を乗合馬車に揺られてしばらく。

 南門前広場へ到着して馬車から降りるや、フード付きの黒いローブを羽織った人間が近づいてきた。

 てっきり〈バロック〉の刺客かと思ったが、それはフローラだった。

 どうしてそんな恰好をしているのか問いただすと、〈バロック〉の監視から少しでも逃れるためだという。

 しかも、俺達の分のマントまで用意してくれていた。

 確かに顔を隠して行動するのが無難だと思うが、それならそれで事前に話しておいてくれよ。

 危うく仲間に銃口を向けるところだったんだぞ?


「まったく……紛らわしい恰好しやがって」

「な、なんでそんなに怒っているんですの!?」


 フローラから不満そうな視線を向けられながらも、俺は受け取ったマントを羽織った。

 防刃コートの上からさらにマントを羽織るのは違和感があるが、仕方ない。


「……で、例の馬車(・・・・)はもう来ているのか?」

「ええ。すでに路地裏の方に来てもらっていますわ」


 俺達が監獄から出ていることは絶対に〈バロック〉に知られてはならない。

 どこに奴らの息のかかった人間がいるかわからない以上、必要以上に目立たず海峡都市(ブリッジ)へと向かう必要がある。

 そのため、囚人護送馬車に紛れて王都を出発することになったのだ。


「そろそろ行きますわよ!」


 フローラの案内のもと、俺達は路地へと入った。

 薄暗い路地の先では、車体にエル・ロワ王国軍の紋章が描かれた護送馬車が待機していた。

 御者台に座っている王国兵の顔には見覚えがある。

 ……そうだ、監獄の牢から俺を出した看守だ。


「……また会ったな」

「そうだな。あんたには迷惑かもしれないが、もう少し世話になるよ」

「上からの命令だ。馴れ合う気はない」

「そうかい」


 彼は眉間にしわを寄せたまま、指先で(後ろ)入れ(乗れ)と指示する。


 護送馬車といっても、帝都の装甲馬車に比べれば酷くお粗末なものだ。

 旧式の四輪車(ワゴン)の上に(ほろ)代わりに鉄板を張り巡らせて、その内側に檻を運び入れただけの簡易的な構造になっている。


「思ったより小さいな。俺やデュプーリクはともかく、大柄なゾイサイトまで乗れるのか?」

「窮屈でも入ってもらいますわ。ちなみに、私とネフラは御者台で助手役ですの」

「それ、二人も必要か?」


 ネフラとフローラに見送られて、俺達は檻の中へ。

 予想通り収容人数は少ない――と言うか、檻がふたつしかなかった。

 検討するまでもなく、ひとつにはゾイサイト、もうひとつには俺とデュプーリクが入ることになった。

 ……不本意だが仕方あるまい。


「これから表通りに出て他の護送馬車と合流しますわ! 私達のことを知っているのは、御者の彼と、護衛してくれる魔導士隊(ウィザーズ)の隊長さんだけなので、くれぐれも怪しまれるような真似は慎むように!」


 フローラに言われるなんて複雑な気分だ。

 それに俺やデュプーリクはまだしも、ゾイサイトがこんな退屈な状態を何日も我慢できるのか非常に不安だ。

 気になってゾイサイトの入っている檻を見てみると、彼は目を閉じて胡坐(あぐら)をかいたまま微動だにしない。

 暴れたり酒を飲む姿しか見ないので、大人しいゾイサイトは非常に新鮮に映る。


「……見ているな、ジルコ」

「えっ」


 ゾイサイトは目を閉じている。

 仮に開けていたとしても、俺ほど夜目の利かない彼の目がこの暗闇に慣れるのはまだまだ先のはず。

 なのに、どうして俺が見ていることがわかったんだ?


「貴様の邪魔くさい意識が向いているのを感じるわ。瞑想の邪魔をするならば、眠ってもらうぞ?」

「ご、ごめんっ」


 俺はすぐにゾイサイトから視線を切った。

 こんなことであいつに殴られるなんて冗談じゃない。

 もうあいつの様子をうかがうのはやめよう……。


 ……少しして、檻が揺れ始めた。

 中から外の様子は見れないが、どうやら馬車が動き出したようだ。


「……」

「……」

「……何かしゃべれよ、ジルコ」

「何を」


 真っ暗な檻の中、キョロキョロして落ち着かないデュプーリクが見える。

 夜目の利かないこいつに俺の姿は見えていないだろうが、こっちはなまじ見えている分、落ち着きのない振る舞いが気になって仕方がない。


「少しは落ち着けよ」

「野郎と同じ檻に入れられたら困惑するのは当然だろ」

「俺だって同じだ」

「せっかくなら、ネフラちゃんかフローラさんと相席したかったなぁ~」

「馬鹿なこと言うな」

「冗談じゃないぜ?」

「殴るぞ」


 こいつの女好きも相変わらずだな……。

 だが、ネフラとは許さんからな。


「しかし、王都の看守長や魔導士隊(ウィザーズ)の隊長とお近づきになれるなんて俺はついてる」

「なんでだよ」

「いつか王都に栄転した時、色々融通利かせてもらえるだろ」

「そういうものかね……」


 デュプーリクのやつ、てっきり正義感で海峡都市(ブリッジ)からの伝令役を買って出たのかと思ったら、出世欲のためだったのか?

 こいつのことを少し見直したんだけど、早計だったかな……。


「デュプーリク。海峡都市(ブリッジ)まで、どのくらいかかると思う?」

「そうだなぁ……。プリンシファ方面の街道を南下して、途中で東に迂回路を取って、グランソルト海沿岸を北上するから――」


 デュプーリクは顎に手を当てて考えている。


「――ざっくり十二日ってところかな」

「拷問だな」





 ◇





 王都を発ってから数日。

 俺達の護送馬車は、プリンシファへ向かう街道の途中で他の馬車の列からこっそり離脱し、単独で東への迂回路を走っていた。

 〈バロック〉からの刺客も現れることがなかったため、元々プリンシファへの囚人護送の任務についていたちょび髭隊長とはすでに別行動となっている。

 別れ際、ネフラが彼から受け取った伝言は――


『万が一にも今回の海峡都市(ブリッジ)潜入が失敗した時には、自死してでも我ら(・・)との関りを漏らさぬよう厳守せよ!』


 ――とのことだ。

 看守長やちょび髭隊長からすれば、そう釘を刺してくるのも当然か。

 今回の件が明るみになれば、(手打ちとはいえ)囚人の脱獄を幇助(ほうじょ)した罪で二人とも投獄されるからな。


 そして、王都を出て十二日目の早朝。

 デュプーリクの予想通りの日数で、俺達の馬車は海峡都市(ブリッジ)へと到着した。

 グランソルト海の沿岸を長時間走ってきたので、馬車には塩の臭いが染み込んで取れなくなってしまっている。

 鉄板に囲われた俺達はまだマシだが、御者台にいる連中はさぞ辛いだろう。


「……馬車が停まったな」

「しっ! 静かに。外で話し声が聞こえる。たぶん関所だ」


 デュプーリクの言う通り、関所で兵士に止められているらしい。

 御者を務める看守の男が長いこと話し込んでいるが、大丈夫なのか?


「心配するなよ。兵士長が話を通してくれているから、関所の検問はパスさ」

「マジか? 兵士長もずいぶん危ない橋を渡るな」

「あの人、あれでも佐官だぜ? 海峡都市(ブリッジ)の王国兵を統括してるんだから護送馬車の偽装くらい朝飯前さ」

「……この件がバレたら、あの人の首も飛ぶな」


 協力してくれた三人の軍人の未来のためにも、失敗できないな……。

 嫌なプレッシャーが掛かってきたぞ。





 ◇





 その後、護送馬車のゴール地点――海峡都市(ブリッジ)の監獄へと到着した。

 当然ながら、俺達は監獄に入る前に馬車から降りることとなった。

 別れ際、御者を務めてくれた看守の男に礼を言うと――


「仕事だ。礼を言われる理由はない」


 ――そっけなく言うや、彼は眉間にしわを寄せたまま監獄の門をくぐって行ってしまった。


「なぁネフラ。道中、あいつと何か話したか?」

「何も。あの人、話しかけても二つ返事ばかりで会話にならないから」


 ……すっげぇ仕事人間。

 ネフラやフローラみたいな美人が御者台に同席していたら、男なら下心を出して話しかけようものだが……稀有な人間もいたものだ。


「ようやく戦場に着いたな!」


 ゾイサイトが柔軟体操をしながら、ハキハキとしゃべり始めた。

 この男はずっと瞑想ばかりしていて、休憩や野宿の時くらいしか動いている姿を見なかったからな……。


「よし。さっそく突入するとしよう! 侯爵とやらの家はどこだ!?」


 ……脳筋具合は相変わらずのご様子。


「待ちなさいゾイサイト。それはさすがに早計ですわ!」

「ならばどうすると言うのだ? まさか礼儀正しく正面玄関から訪ねるなどと言うのではあるまいなぁっ!?」

「違いますわ! 敵陣に攻め込むのはまだ先です!!」

「馬鹿なことを言うな! わしは侯爵邸強襲(そのため)にずっと狭い場所で己の闘気を練ってきたのだぞ!? まだ大人しくしていろと言うのかぁっ!!」

「ですから、私達が最初にするべきは情報収集。いきなり攻め込む前に、侯爵の身辺を洗う必要がありますの――」


 フローラが冷静で助かった。

 彼女の言う通り、まずは侯爵のことを調べて、彼がクロかシロかを判断しなければならない。

 そのためには、兵士長と合流して情報共有をする必要があるな。


「――そのためには、侯爵邸の執事かメイドを締め上げて情報を……」

「待て待て待て待てっ!!」

「なんですのジルコ。私、何か間違ったこと言いまして?」

「間違ったことも何も、それが聖職者(クレリック)の言うことかっ」


 フローラもやっぱり脳筋だった……。

 俺は助けを求める意味でネフラへと目配せした。

 彼女はこくりと頷くや、フローラとゾイサイトに説明を始める。


「相手は仮にも強大な権力を持つ侯爵。ただやっつけるだけではダメ。完全に相手を屈服させるためにも、法的にも逃げようがない情報を得た上で攻めるべき」

「「なるほど」」

「そのためにも、まずは彼の悪事の証拠を掴むことが先決。途中、刺客に襲われることも踏まえて二人の力が必要」

「任せろ!」「任せて!」

「そして、すべてを滞りなく遂行するためにはリーダーが不可欠。私はジルコくんが適任だと思う。だから彼に従ってほしい」

「そこが気に食わんな」「それは納得いきませんわ」

「証拠さえ得られたなら大義名分はこちらにある。戦い方は二人に任せる」

「よかろう!!」「いいですわ!!」


 脳筋二人を言いくるめたネフラが、俺にウインクしてくる。

 この子がいてくれて助かった……。


「ま、まずは情報収集だが、海峡都市(ここ)には〈(あけ)鎌鼬(かまいたち)〉も滞在している。彼らは以前から〈バロック〉を調べていたし、ぜひとも協力したい」

「まぁよかろう」

「それと王国軍の兵士長とも接触して、これまでの情報を共有しようと思う」

「面倒なことは任せますわ」


 ……なんでこんな偉そうなの、この二人?


「とにかく俺達は侯爵に潜入を知られないためにも、隠密裏に動く必要がある。くれぐれも勝手な行動は慎んでくれよ。ゾイサイト、フローラ?」

「言われるまでもない」「ジルコのくせに……」


 さっきから返事が重なって聞こえるけど、案外似た者同士だよなこの二人。

 こいつらの手綱を操るのは骨が折れそうだなぁ。


「よし。まずは兵士長と合流するか……デュプーリク?」

「任せてくれ。兵士長のもとへ案内するぜ!」


 デュプーリクが白い歯を見せながら親指を立てた。

 そのアピールの先は、ネフラとフローラだったようだが――


「やかましい! 貴様はさっさと案内すればよいのだっ!!」

「ひいぃっ! ご、ごめんなさいっ」


 ――ゾイサイトに怒鳴られて縮こまってしまった。


 デュプーリク……。

 今思い出したが、こいつも帝都では俺に散々迷惑をかけてくれたよな。

 トラブルメーカーが同時に三人も。

 俺は無事に侯爵の正体を暴けるのだろうか……。

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