5-021. VS謎の魔導士部隊
前方で赤い魔法陣が展開し、まばゆい光が輝く。
直後、幾本もの炎の槍が馬車に乗る俺達へ目がけて飛んできた。
まともに食らえば即死は免れない。
しかし――
「ネフラ!」
――俺の呼びかけと同時に、御者台に座るネフラがミスリルカバーの本を開いた。
その瞬間、炎の槍はすべて渦を巻くようにして本の中へと吸い込まれていく。
さすがは対魔法無敵の事象抑留。
熱殺火槍の多段攻撃もあっさり無効化してくれた。
これで敵の戦意が削がれていれば楽なのだが――
「奴ら、まったくビビっちゃいないな」
――どうやら一山いくらの賊とは違うらしい。
「描けぇーーっ!!」
リーダーらしき男の号令を受けて、魔導士達が一斉に魔法陣を描き始める。
街路にずらりと一列に並んで魔法陣を描く光景は壮観だが、呑気にそれを眺めてはいられない。
連中はグループごとに同調魔法を用いているため、魔法陣の描画がやたらと早い。
こちらに直接魔法が届かない以上、第二波は街路沿いの民家を巻き込んでの大規模魔法となる可能性も考えられる。
破壊の余波で大量の瓦礫でも飛ばされれば、ネフラの魔法では防げない。
このまま次の魔法を使われるのは厄介だ。
こうなれば、的を増やして少しでも連中の思惑を掻き乱したい。
「ゾイサイト、フローラ! 散開して奴らを挟撃しろ!!」
「その必要があるか? 貴様がいつもので一薙ぎすれば済む話ではないか!」
「ジルコのくせに命令するなですわっ!」
……散々な言われよう。
手綱を握っている俺にどうやって銃を使えって言うんだ。
それにジルコのくせにって……俺はこれでも次期ギルドマスターなんだぞ。
「ギルドマスター命令だ!」
「あなた、まだギルドマスターじゃないでしょう!」
「マスター代理! の命令だ! さっさとしろっ!!」
「ジルコのくせにっ!!」
直後、馬車が左右に大きく揺れた。
フローラが荷台を蹴って馬車を降りた衝撃のようだが、その勢いが俺に対する苛立ちを表しているのがわかりやすい。
「ふん。つまらん真似はするなよ!」
次いで、ゾイサイトも荷台を蹴って街路へと飛び降りた。
彼は着地するや、早々に荷馬車の横を併走している。
反対側を見るとフローラも同様だ。
二人揃って呆れた身体能力……味方の俺から見てもこいつらは化け物だ。
敵からすれば、その恐ろしさは一層際立つだろう。
「覚悟しろ、貴様らっ!!」
「〈バロック〉の一味は皆殺しですわっ!!」
二人は馬車から離れ、街路沿いに並ぶ民家の壁面を走りながら屋根まで登って行った。
しかも馬車と併走しながら速度を落とさずに、だ。
そんなことをやってのけるなんて、彼らの身体能力あっての芸当だろう。
とにかくこれで的は三ヵ所に増えた。
魔導士達にとって、どれかひとつでも近寄らせれば詰みかねない状況を作ることはできたが、果たしてどう動く?
「右翼は二時、左翼は十時の方向へ! 撃てぇーーっ!!」
リーダーの号令が飛んだ直後、魔導士達は左右に分かれてそれぞれゾイサイトとフローラへ魔法を放った。
多人数による熱殺火槍の一斉顕現。
まるで流星群のような炎の猛威が二人に向かっていくさなか――
「貴様の相手は吾輩だ!」
――馬車の前方に、銀色のマントをはためかせた長身の男が立ち塞がった。
白金こしらえの宝飾杖を構えるちょび髭金髪の優男。
先ほど魔導士達を指揮していたリーダーだ。
言うが早いか、奴は土色のエーテル光を輝かせながら魔法陣を描き始めている。
「あいつ、まさか――」
この地形と状況から、優男がどんな魔法で馬車を迎撃しようとしているのかはおおよそ検討がつく。
「――ネフラ、手綱を代われ!」
「了解!」
ネフラは何も聞かずに本を閉じると、俺から手綱を受け取った。
俺は馬の操作を彼女に任せるや、魔封帯の入った木箱を抱えて激しく揺れる御者台に立ち上がる。
「今だ!!」
「はいっ!」
俺の合図でネフラが手綱を引いた。
敵のリーダーが魔法陣を完成させたのは、それとほぼ同時のこと。
馬車が勢いを殺し始めた時、前方正面の路上には巨大な壁が突き出した。
土属性体系の魔法――土壌衝壁だ。
周辺地下の砂や土を一ヵ所に集めて壁を作り出す単純な魔法だが、馬車の進路を塞ぐのにこれほど有用な術はない。
間一髪、馬車は石壁の手前で停止し、俺は御者台を跳ねて壁に足を掛けた。
凹凸の著しい石壁を登るのは容易い。
そのまま壁を飛び越えるや、空中でミスリル銃を構えながら標的を見定める。
「おのれ小癪なっ!」
優男が再び魔法陣を描き始めた。
とっさに描いたにしては、全身を隠すように魔法陣が覆っている。
どうやら俺のミスリル銃のことを知っていて、魔法陣を盾に光線を防御する考えのようだ。
だが、何も敵の思う通りに行動する必要はない。
俺は着地して早々、ミスリル銃をホルスターに戻した。
代わりに、持っていた木箱から手頃な長さの魔封帯を取り出す。
「武器を納めるとは何の真似だ!?」
赤く輝く魔法陣の奥から、優男の声が聞こえてくる。
と同時に、周囲から豪快な破壊音と爆発音まで。
……ゾイサイトとフローラがまた無茶をしているに違いない。
「お前達〈バロック〉が俺をどう思っているかは知らないが、銃士だからって何も銃を撃つばかりじゃないんだぜ」
「何を言っている!?」
俺は魔封帯の両端を結んで、ちょうどよさそうな輪っかを作った。
そして、それをふわりと空中へ投げ飛ばす。
魔封帯の輪は魔法陣の上を飛び越え、奥へと落ちていった。
「なっ!!」
魔法陣の奥から聞こえる驚きの声。
直後、完成直前だった魔法陣が掻き消えていく。
霧散するエーテル光の隙間から見えたのは、魔封帯の輪が頭にハマっている優男の姿だった。
「なぜ魔法陣が消えるっ……!?」
優男は宝飾杖で何度も空中に弧を描くが、何も起きない。
魔法効果を著しく妨げるアンチエーテル鋼――それを素材に作られた魔封帯に触れているのだから当然だ。
だが、奴は自分の頭にすっぽりハマっているのが魔封帯などとは夢にも思わないだろう。
俺は焦る優男に向けて、ミスリル銃の引き金を引いた。
「ぎゃわっ!」
銃口から射出された光線が足を貫き、優男は情けない声を上げて尻もちをついた。
奴は混乱しているようで、距離を詰める俺にいつまでも杖を振り続けている。
それからその額に銃口を突きつけるまで、一秒と掛からなかった。
「詰みだ。部下どもを大人しくさせろ!」
俺がそう口にした時、周りには夜の静寂が戻っていた。
街路を見渡してみると――
「大人しく? そんな必要はありませんわよ」
「なんとたわい無い。接近戦の対策もしておらん魔導士など、恐れるに足らんわ!」
――フローラとゾイサイトの周りに魔導士達が倒れていた。
全員、口から吐血していて、街の中とは思えない凄惨な光景が広がっている。
……まさか本当に皆殺しになんてしていないよな?
「くっ。殺せ!」
銃口を突きつけられている優男が、顔を歪ませながら叫んだ。
「だが、これで終わりだと思うな。我々を倒したところで、貴様らの悪事はすでに王国中枢も把握しているのだからな!!」
「はぁ?」
「帝国のようにはいかん、と言っているのだ!」
「何を言っているんだ?」
優男は両手を上げて降伏のポーズを取っているものの、その表情からはいまだ衰えない敵意が伝わってくる。
だが、言っているセリフが少々おかしい。
「天下の〈ジンカイト〉も地に落ちたものよ! 薄ら寒い悪行ばかり聞こえる地下組織と手を組むなどとっ!!」
「……あれ?」
「恥を知れっ! 吾輩を殺しても後を継ぐ勇士はエル・ロワには絶えんぞ!!」
「……ちょっと待って。あれ?」
……あれあれ?
こいつ何を言っているんだ?
〈ジンカイト〉が地下組織と手を組むとか、どういうことだ?
「じ、ジルコくん……」
俺の背中にネフラの震える声が届いた。
恐る恐る振り返ると――
「この人達のローブにある紋章、エル・ロワ王国軍のものなんだけれど……」
――ネフラの滅多に見せない青ざめた顔があった。
「なぁんだ。こいつらどこかで見た装いだと思ったら、魔導士隊じゃありませんの」
「は!? おま、フローラ、わかっていたのか!?」
「今そのことに気づいたのですわ。月明かりがあるとはいえ、暗がりで連中の姿なんてよく見えませんでしたし」
フローラが踏みつけているローブの切れ端には、確かに見慣れたエル・ロワ王国軍の紋章があった。
となると、こいつらは〈バロック〉の差し向けた刺客じゃなくて王国軍?
そう認識した途端、俺は自分で血の気が引いていくのがわかった。
……ヤバい。
ギルドに奇襲をかけてきたものだから、てっきり〈バロック〉の刺客だとばかり思っていたのに、まさか王国軍の兵隊だったなんて!
「覚悟はできている! さぁ、殺せぇぇぇっ!!」
優男の絶叫が夜の王都に轟く。
さすがにこの異常事態に住民達も気が付いたのだろう。
街路を挟んだ民家の窓が開き、小さくざわめきが起こり始めている。
「なぜ一思いに殺さんっ!? 拷問しても吾輩は何も吐かんぞぉぉぉっ!!」
今後の対処を想像して頭痛がしている今の俺には、こいつの甲高い声は毒だ……。
「よかろう! ならば殺してくれるわっ!!」
「どわあああぁぁっ!!」
ゾイサイトが近づくや、優男は顔面蒼白になって悲鳴を上げた。
さっきまでの威勢はどこへやら。
軍人の覚悟も、本物の野獣を前にして空しく霧散してしまったか……。
王国軍の貴重な戦力である魔導士隊を壊滅。
しかも、複数名を殺害。
知らなかったとはいえ、これって正当防衛で済む話なのか?
「情けない声を出すな! 貴様、それでも男かっ!!」
……過剰防衛。
「しかし、軍の主力ともてはやされた魔導士隊も大したことありませんのねぇ。こんな程度で王都の防衛が勤まるのか甚だ疑問ですわ!」
……誹謗中傷。
「ジルコくん。とりあえずフローラに彼らの治療を……」
ネフラが泣きそうな顔で俺の袖を掴んできた。
可愛い。
だけど、今はそんな感慨にふけっている場合じゃない。
「そうだな。治療だな。だが、その前に――」
俺は大きく深呼吸をした後、両膝と額を地面にこすりつけて叫んだ。
「――すみませんでしたぁぁぁっ!!!!」
アマクニに伝わる二大謝罪のひとつ――ドゲザを完璧にこなして。