5-020. 思わぬ届け物
「みんな大丈夫か!?」
煙が立ち込める屋内を見回すと――
「な、なんとか」
「いきなりこんな大仰な不意打ちとは、許せませんわ!!」
「ぬうぅ。つまらん真似をしおる!!」
「……し、死ぬところだったぜ」
――全員無傷であることが確認できた。
「〈ハイエナ〉が失敗したから、別動隊をけしかけてきたってところか」
ギルドの屋根を貫いてぽっかりと空いた穴を見上げる。
すると、夜空に浮かぶ丸い月をハエのようなものが横切っているのが見えた。
否。あんな大きなハエはいない。
あれは魔法で空を飛び回っている人間だ。
しかも、一人や二人ではない様子。
「ジルコくん。あれは――」
「ああ。どうやら今度の敵は魔導士だ」
敵が使っているのは、前にクリスタも使っていた風の魔法――飛翔戯遊だろう。
あの魔法を修めているとなると、かなり熟達した魔導士だと考えられる。
経験不足の魔導士であっても、操る魔法次第で一流の冒険者すら一撃で殺せるほどに魔法とは驚異だ。
そんな奴らが何人もいるとなると〈ハイエナ〉より苦戦するのは必至か。
「急いで建物の外へ出るんだ!」
俺の号令と共にその場の全員が動き出す。
ゾイサイトとフローラは目にも止まらぬ速さで庭へと飛び出し、その後を俺とネフラとデュプーリクが続く。
庭に出てから空を見上げると、総勢七人の魔導士が飛んでいる姿が見えた。
……この数の魔導士を相手にするのはキツイな。
「俺とデュプーリクが狙撃、ネフラは魔法を防いでくれ! ゾイサイトとフローラは――」
俺が指示するさなか、ゾイサイトとフローラは庭に散らばるギルドの残骸へと手を突っ込んでいる。
こいつら、人の話も聞かずに何をやっているんだ?
「頭の上をちょろちょろと鬱陶しいハエどもが」
「この私を見下ろすなんて、なんて無礼な連中なのかしら!」
ゾイサイトとフローラが残骸から手を抜いた時、それぞれ手にしていたものは砕けたドアの金具や窓枠の破片だった。
二人はほぼ同時に投球の姿勢を取るや、空を飛び回る魔導士達へとそれらを投げつけた。
凄まじい風切り音が伸びていく先で、鈍い音がふたつ聞こえる。
「ふんっ。注意が足らんわ」
「ざまぁみろですわっ!!」
空にあった七つの影のうち、ふたつが民家の屋根へと落ちていく。
屋根に落ちたその二人はピクリとも動かない。
というか、首から上がえげつないことになっている様子が、夜目の利く俺の目にはしっかりと見えてしまった。
「あと五匹。フローラ、わしの真似をするつもりなら外すなよ?」
「はぁっ!? 誰が誰の真似をするですってぇ!?」
言いながら、二人は周りの瓦礫の山から手頃な残骸を探し始める。
「なぁジルコ。俺達って必要かぁ?」
「……」
デュプーリクは雷管式ライフル銃を空に向けたまま、引きつった顔で問いかけてきた。
俺はもう閉口するしかない。
「くたばれっ!」
「死ねぇっ!!」
風を切る音が聞こえた直後、再び夜空でふたつの影が弾けた。
影が落ちた民家の庭からは悲鳴が上がる。
こんな夜中に空から人が降ってきたらそりゃ驚くよな……。
「おい二人とも! なるべく下に落ちないようにやってくれよっ」
言い終えた後に、意味不明なことを言っている自分に気が付いた。
……落ち着け、俺。
「ジルコォ! 吠えとる暇があったら、貴様もあれを撃たんかっ!!」
言いながら、ゾイサイトが三投目を投げた。
その弾は魔法陣を描いていた一人を撃ち抜き、エーテル光を夜空に散らせる。
「そうですわ! 私達ばかりに働かせるなんて、次期ギルドマスターはよほど怠け者なのですわねぇ!!」
さらにフローラも豪快な一投。
これも魔導士を魔法陣ごと撃ち抜いた。
庭に出て一分もしないうちに、敵が七人から一人になってしまった……。
「なぁジルコ!」
「言うなっ」
仲間が頼もしすぎて、デュプーリクにまともな返答をすることもできない。
俺の立場って一体……。
「あっ! 逃げていきますわ!!」
四投目を身構えたフローラが悔しそうな顔をして言った。
夜空を見上げると、一人だけ残った魔導士が空を旋回して遠ざかり始めている。
どうやら分が悪いと悟ったらしい。
だが、この状況を仲間に報告されるのは厄介だ。
どうにか捕らえることはできないだろうか。
「あいつを捕らえる! 追うぞ、みんな!!」
そもそもギルドを物理的に半壊させられているのだ。
このまま逃げられては、ますます次期ギルドマスターである俺の立場がない。
それに〈バロック〉の刺客である魔導士を捕まえることは、俺達にかなりのメリットがあるはず。
あれほどの魔法の使い手なら、今までの記憶操作に関与している可能性だってあるからだ。
「どこかに馬車はないか!?」
いつも夜中に襲ってきやがって!
〈ハイエナ〉の時はたまたまギルドの前を馬車が通りかかってくれたが、さすがにそんなことが何度も続くわけはない。
……と思って街路に飛び出したら、あわや荷馬車に轢かれかけた。
「ジルコくん、大丈夫!?」
「あ、ああ……」
尻もちをついた俺のもとに、ネフラが慌てた様子で駆けてくる。
……うかつだった。
彼女にこんな恥ずかしいところを見せてしまうとは。
その後ろからノシノシと現れたのは、ゾイサイトだった。
「ほぉ、駅逓館の郵便馬車か! これは都合がよい」
「ちょ、待てゾイサイト! まずは事情を説明してから――」
慌てて止めようとする俺を無視して、ゾイサイトは急停止した荷馬車へと近づいていく。
つい先日も強引に馬車を借りたばかりなのに、また同じことをしでかすのはさすがにまずいぞ!
ゾイサイトに追いすがろうとした時、俺の視界に意外な人物の姿が映った。
「ジル坊! こりゃ一体何の騒ぎだ!?」
「親方!?」
御者台から目を丸くした親方が降りてきた。
「ど、どうしてここに?」
「ギルドが襲撃されたって連絡を受けたんだ! 途中、ギルドに届け物があるっていうこの子に拾ってもらったんだが――」
「どうもっす!」
親方の話を遮って挨拶してきたのは、隣に座るセリアンの少年だった。
その特徴的な耳から一目でウサギ族だとわかる。
ついこの間、ギルドに北方産白糖リンゴを届けてくれた人物だ。
「いてくれてよかったっす! 実は急遽〈ジンカイト〉さんにお届けに上がりたい荷物があったんすよ~」
「急遽? ……いや、今はそれどころじゃないんだ!」
「へ?」
「見てわかれっ」
俺は少年から手綱を奪うと、彼を抱き上げて街路へと下ろした。
「事情を説明しないかジル坊!」
「また敵襲だ! 親方はギルドを頼む!!」
「ギルドを? ……な、なんだありゃ!? どうなってる!?」
親方は門扉の先に目を向けた途端、血相を変えた。
たった一日で変貌を遂げたギルドを見て、さぞ驚いたことだろう。
「どうやら連中、手段を選ばなくなったらしい! 親方はアンと奥さんを連れて、急いで別の場所に隠れてくれ!!」
「急いでったって……教皇庁から看護師が来てくれたばかりだぞ?」
「他にもピドナ婆さんや工房の元鍛冶師達とか、〈ジンカイト〉に所縁のある人達に危険を知らせてくれ!」
「そんな大事になっているのか!?」
俺は親方にこくりと頷くと、手綱を握って御者台へと座った。
「あーっ! 荷物を何するんすか!?」
ゾイサイトとフローラが荷台に飛び乗るや、突然の少年の悲鳴。
荷台いっぱいに積まれていた荷袋を二人が街路へ投げ捨て始めたからか。
「小僧。馬車は使わせてもらうぞ!!」
「正義のために使われるのですから、誇りに思いなさい!」
なんて言い草。
絶対訴えられるよ、これ……。
俺は御者台にネフラが座るのを待って、馬を走らせた。
街路の遥か先――その空には、米粒のように小さい魔導士が飛んで逃げている。
俺の目が捉えた以上、もう逃がさないぞ!
「――ってくれ~~! 俺を忘れてるぞジルコォ~~!!」
風切り音に交じって俺に呼びかける声が聞こえてきた。
……この声はデュプーリクか!
「待ちやがれ馬鹿野郎~~~!!」
ドタバタしていたものだから、あいつを乗せるのをすっかり忘れていた。
だが、今さら馬車を止めるわけにはいかない。
俺はさらに馬を加速させると、薄暗い街路を突っ走った。
「……ジルコくん。いいの?」
「今馬車を止めたら魔導士を見失う! このまま突っ走る!!」
「サブマスターさん。もうちょっと丁寧に扱ってくださいよ~」
「今は緊急事態だ! 仕方ないだろうっ」
「ウチも馬車が不足してるんすよ!」
「ちゃんと返すから愚痴ならあとで――って、えぇっ!?」
いつの間にか会話の相手がネフラから別の人物に変わっていた。
声をたどって振り向いてみると、なんと荷台にセリアンの少年がしがみついているじゃないか。
「ど、どうもっす!」
「馬鹿、なんでついてきた!?」
「いやぁ。荷物を届けるのが遅れた言い訳をっすね」
「いらないっての!」
「あと、受け取りのサインをお願いしたいんすけど」
「走行中に文字なんて書けるかっ」
少年は懐から紙と羽ペンを取り出して、俺に差し出してくる。
両手が手綱で塞がっているのにそんなもの受け取れるわけがない。
わかっていてやっているのなら、酷い嫌がらせだが――
「サインは私が」
――隣に座るネフラが代わりに受け取ってくれた。
「ダメっすよお姉さん! サインはギルドマスターかサブマスターに書いてもらわないと」
「大丈夫。私はジルコくんそっくりの筆跡にできるから」
「はぁ。まぁ、あとで問題にならなければそれでもいいっす」
ネフラの発言に多少気がかりな点はあるものの、これで少年も馬車から降りてくれるだろう。
「ちなみに荷物はこれっす――」
少年は揺れる荷台の中、御者台の背もたれに木箱を押し付けてきた。
この木箱だけはゾイサイト達に投げ捨てられなかったようだ。
「――実はこれ、ウチの手違いで仕分けされずに一ヵ月半くらい倉庫の奥に置かれたままだったんすよ。ごめんなさいっ」
……なるほど。
こんな遅くにわざわざ運んできたのは、そういう事情があるからか。
手紙以外にも物流の一端を担う駅逓館では、荷物が指定通り届かないことで客からのクレームも多いらしいからな。
「サインこれでいい?」
「あっ。お姉さんありがとうっす!」
ネフラからサインの書かれた紙を受け取った少年は、トン、と荷台を蹴って危なげなく街路に着地してしまった。
駅逓館の職員にしては大した身のこなしだ。
その直後――
「あとで駅逓館から損害を請求するっすからね~!」
――耳を塞ぎたくなる言葉が聞こえてきた。
「ジルコくん! これって……」
ネフラが箱を開けて驚いているので、俺も中身を覗いてみた。
箱の中には黒い帯のようなものが何本か入っている。
どこかで見たような気もするが……。
「なんだろう。ネフラ、誰からの荷物だ?」
「差出人の名前は無し」
「匿名かよ。どこぞの後援者からかな?」
「宛名には、〈ジンカイト〉のカスへ……って書かれてる」
カスだって?
俺はそれを聞いて差出人にピンときた。
「あの野郎……!」
思わず口元がにやけてしまう。
そんな俺の横っ面をネフラが不思議そうに眺めている。
「誰からかわかったの?」
「ああ。お前も送られてきた品物を見れば、察しがつくと思うぜ」
箱の中に入っている黒い帯の正体は魔封帯だ。
かつて勇者の聖剣を封印していた魔道具――その残骸。
そんな物を俺に送ってくるなんて、あいつしかいない。
それに、魔封帯を見た俺は今まで謎だったもうひとつの疑問も解けた。
クリスタが自分史で視た、俺が彼女を倒したという未来の可能性。
その話を聞いた時、俺はどうやって彼女を倒すことができたのかと思ったが、魔封帯が手元にあったとしたらありえない未来でないとわかる。
ただ、実際にはこの品が俺に届かなかったことで、未来が変わってしまったというわけか。
「……だけど、それは新しい未来に繋がったかもな」
「ジルコくん?」
「ネフラ。この先どんな魔導士や精霊奏者が俺達の前に立ち塞がろうと、もう負けることはありえないぜ!」
「???」
今俺達が追いかけている魔導士も。
今後戦うであろう精霊奏者のクチバシ男も。
魔封帯さえあればなんとかなる。
それに、俺の隣にはネフラもいるしな。
「ネフラ。防御については任せるからな」
「……? ……も、もちろんっ」
ネフラが頷くのと同時に、前方が明るくなってきた。
まだ外郭門は遠い。
それなのに、こんな夜間にこれだけ灯りをつけている場所が王都にあるか?
……いや、ない!
「あの灯りはエーテル光だ!!」
俺達の馬車が向かう先には、街路に一列に並んだ何人もの魔導士の姿があった。
奴らは何グループにも分かれて、一斉に同調魔法の魔法陣を描いている。
眩しいほどの灯りはそれが原因だった。
「ネフラは敵魔法に備えろ! ゾイサイト、フローラは攻撃準備!!」
馬はどんどん加速していく。
「突撃する! 〈ジンカイト〉の力を見せてやれ!!」