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5-018. 東からの警告

 エルフの国(リヒトハイム)には、古来から鏡を通して遠方の人物と連絡を取り合う鏡面通信という魔法があるそうだ。

 それは、特定の座標間を結ぶようにして流れるエーテルを通じて声明(メッセージ)を送るというもので、本国から離れた際にエルフが使う手段だという。

 今回、ギルドの浴場にある鏡へと現れた文字も、どこからか送られてきたものに違いない――と、ネフラは説明してくれた。


「なるほど。エルフにはそんな連絡手段があったのか。伝書鳩よりよっぽど早くて効率的だな」

「でも、通信する座標()にも鏡やそれに類するものが必要。それに、文字を送ってきた相手は〈ジンカイト〉の間取りを知っているということになるけれど……」


 ネフラはそう言いながら、俺に不安そうな眼差しを向けてくる。

 鏡文字の送り主に〈ジンカイト〉の情報が筒抜けになっているという不安は確かにある。

 だが、とりあえずは送られてきた文字を読まないことには始まらない。


「……ところでフローラ」

「なんですの」

「いいかげん俺から離れろ。それと服を着ろっ!」


 フローラはバツの悪そうな顔で俺から離れると、素っ裸のまま自分でぶち抜いた壁をまたいで浴場まで戻っていった。

 俺も彼女の後ろをついていくが、新しい壁の穴や廊下に散らばる破片を見て深い溜め息をつかずにはいられなかった。

 修繕費をまかなうには、銀行で頭を下げるしかなさそうだ。


「ジルコくん。デュプーリクは……」

「あ。放っておくわけにもいかないか」


 逆方向――庭側の壁に空いた穴へと振り向くや、俺はまたひとつ溜め息をついた。





 ◇





 庭に転がっていたデュプーリクは鼻血のせいで顔面血まみれだったものの、命に別状はなく気を失っているだけだった。

 俺は顔の血を拭ってやった後、同じく庭で眠っているゾイサイトの隣に並べて寝かせてやった。

 その様子を見ていたネフラが不思議そうな顔をしていたが、何のことはない。

 デュプーリクに対するただの嫌がらせだ。


 その後、ネフラを連れてフローラの待つ浴場へと向かった。

 浴場に入って目にしたのは、食い入るように鏡を見つめているフローラの姿だった。

 しかも、裸に法衣一枚だけ羽織っただけの姿だ。

 ちゃんと服を着てもらわないと、目のやり場に困るじゃないか……。


「鏡に変化は?」

「ありませんわ。私が見た時と同じ文字が浮かんだままですの」

「で、なんて書いてあるんだ?」

「……自分で読めばいいですわよ!」


 フローラがナイフのように鋭い眼差しを向けてきた。

 そういえば、フローラは簡単な文字の読み書きしかできなかったな。

 俺の発言が皮肉だとでも思ったのだろうか。


「どれどれ。内容は――」


 フローラを押しのけて鏡を覗いてみると、鏡面に映る文字は反転していた。

 まさしく紙に書いた文字を鏡に映し出した時と同じ状態だ。

 鏡面通信は便利な反面、融通は利かないらしい。

 映し出された文字を頭の中で反転しながら読んでいくと、文章中に〈グレイプヴァイン〉の文字があった。

 これはペンティやゴブリン仮面が所属している情報屋グループの名称だ。

 いつぞやペンティが伝書鳩より安全な連絡方法があるようなことを言っていたが、どうやらそれがこの鏡面通信のことらしい。


「――〈グレイプヴァイン〉より光の剣士へ。当方に(くだん)の六匹の飼い主についての情報あり。至急返信を求む、か」


 ところどころ俺とネフラにしかわからない符牒(ふちょう)が織り交ぜられている。

 (くだん)の六匹というのは〈ハイエナ〉を差し、飼い主というのは奴らを操る黒幕の暗喩(あんゆ)だろう。

 しかし、光の剣士っていうのはなんだ?

 まさか俺が宝飾銃(ジュエルガン)で光線を撃ち出す様子から連想したのか?

 なんだかこの表現は恥ずかしいな。


「光の剣士って誰のことですの? 〈ジンカイト〉にそんな技を持つ剣士(フェンサー)なんていましたかしら」


 俺が気にした個所をさっそくフローラがつついてきた。


「いや、これは別に剣士(フェンサー)のことを指しているわけじゃ……」

「じゃあ、誰のことですの?」

「……俺だよ」

「? なぜ剣士(フェンサー)でもないあなたを指して光の剣士?」


 言わせる気か、恥ずかしいっ!

 ここは何とかごまかしたいところだが、フローラ(この女)の気を逸らすなら……。


「ねぇ、なぜですの?」

「……フローラ、お前さ」

「はい?」

「鏡に文字が浮かんだくらいで、どうしてあんなに慌てて飛び出してきたんだ?」

「べ! 別にいいじゃないですのそんなことっ!!」

「お前、いい年してまだ幽霊とかお化けとか苦手なんぶほぁっ!!」


 しゃべっている途中でフローラにぶん殴られた。

 あわや鏡に顔を突っ込む寸前、ネフラに腕を引っ張られて最悪の事態だけは避けることができたが、なんでいつも口より先に手が動くんだこいつは!


「何か言いたいことでも?」

「……いえ、何もないです」


 これ以上殴られるのも嫌なので、俺は話題を戻すことにした。

 幸いフローラも光の剣士うんぬんのことは頭から抜け落ちたみたいだし、このまま返信まで話を進めてしまおう。


「ネフラ。鏡面通信ってどうやって返信するのかわかるか?」

「もちろん」


 ネフラはニコリと笑うや、細い指先を鏡へと触れた。

 彼女はスラスラと紙に文字を書くように鏡面をなぞっていく。

 すると、白く輝くエーテル光が文字のように浮かび上がり始めた。


「とりあえず先方に、連絡を確認した――ジルコ()ネフラ、と返す」

「頼む」


 ネフラが指を離すや、鏡面に水の波紋のようなものが起こった。

 これで先方への返信は完了したらしい。


「ペンティがギルドの間取りを知っていたのは、事前に調べていたのかな」

「そんなところじゃないか。間取りくらいなら大工ギルドに接触すれば調べられるだろうし」

「……」

「何か気になることでもあるのか?」


 ネフラが顎に手を当てて何やら考え込んでいる。

 通信相手がペンティなら危険はないと思うが、彼女には何か気にかかることがあるのだろうか。


「……ううん。なんでもない」


 ネフラが口元を緩めた直後、鏡に新しい文字が浮かび上がった。


「もう返信が来たのか。早いもんだな」


 新たな文章を読んで早々、俺は額から汗が落ちるのを感じた。

 ペンティからの返信は俺にとって非常に困惑する内容だったのだ。


「ジルコ! 今度はなんて書いてあるんですの!?」

「……帝都の駅逓館(えきていかん)における伝書鳩の運翔履歴を調べたところ、キャッタン・カトレーアの名義で海峡都市(ブリッジ)のプラチナム侯爵邸へ何度も鳩が飛んでいる記録あり」

「プラチナム侯爵のご邸宅に伝書鳩? このキャッタンというのは何者ですの?」


 俺はフローラを無視して、ネフラと顔を見合わせた。

 彼女もその情報の意味するところを察したようで、また不安そうな表情を見せる。


 キャッタンが〈バロック〉の一味であることは、帝都で俺達の命を狙ってきたことからも明白。

 そんな彼女が、ドラゴグでの斥候任務に直接かかわりのないプラチナム侯爵へ連絡を取っているのは不自然だ。

 しかも、王国軍の名義ではなく個人名義で。

 さらに言うなら、侯爵貴族に対して一介の王国兵が伝書鳩を飛ばしたところで、取り次いでもらえるわけがない。

 にも関わらず、キャッタンが個人名義で侯爵に鳩を送ったということは、個人的に連絡する必要があったため……と解釈できる。

 それの意味するところは――


「キャッタンは俺達の動向を逐一報告していたんだ。俺の行く先で刺客が都合よく現れたのはそういうことか……!」


 ――それ以外に考えられない。


「でもジルコくん。侯爵は一度〈ハイエナ〉と関りがあると疑われて調査された。結局それは無実だと判明したはずだけど」

「いいや。こうは考えられないか?――」


 バラバラだったピースが頭の中で次々と嚙み合っていく。

 ある人物を中心に今までの出来事を考えると、驚くほどしっくりいく仮説が出来上がるのだ。


「――過去、ドラゴグ軍は帝国貴族を疑って問題を起こした。だからこそ、今回〈ハイエナ〉の飼い主として疑われたプラチナム侯爵に対しては慎重に調査を進めたはずだ。その過程で無実の証拠が出たのなら、軍は疑惑の一覧(リスト)から真っ先に侯爵の名を外すだろう」

「それってつまり、侯爵が疑われてから嫌疑が晴れるまですべて予定調和だったということ?」

「彼はエル・ロワにもドラゴグにも影響力を持つ貴族だぜ。だからこそ国境である海峡都市(ブリッジ)を統括する地位を手に入れたんだ。帝国貴族に影響力を持つ彼なら、自分に都合のいい情報を捏造することだって不可能じゃない」

「確かに……。仮に侯爵に疑惑が再燃したとしても、一度嫌疑が晴れた者を改めて疑うなんて帝国軍は体裁を気にしてやりたがらないでしょうし」


 話をするうちにネフラの顔が曇っていく。

 俺も口に出すことで、自分の中の疑惑がより強固になっていくのを感じる。

 プラチナム侯爵に対する疑いは、もはや〈ハイエナ〉に関することだけでは収まらない。


「おまけに、侯爵は教皇領とも親交が深い。いつぞやの目的地なき放浪者(ストレンジャー)を俺達にけしかけたのも……」

「そんな! それって……それってさらに言うなら――」

「英雄不要論の提唱者がプラチナム侯爵じゃないかって疑惑に至るのも、当然の帰結だよな?」


 その時、浴場にパチパチという音が聞こえてきた。

 誰かが手を叩いている音だ。

 俺が浴場に空いた壁の穴へと目を向けると、そこには――


「お見事。どうやら俺達よりもあんたらの方が真相に近いようだな」


 ――鼻に詰め物をしたデュプーリクが寄りかかっていた。


「デュプーリク。お前、わざわざ海峡都市(ブリッジ)から何をしに来たんだ。まさか……」

「そのまさかだ。俺と兵士長もプラチナム侯爵に疑惑を向けてる。俺が秘密裏に王都までやってきたのも、お前達に侯爵内偵の協力を頼みにきたからさ」


 海峡都市(ブリッジ)の王国兵が侯爵の内偵だって!?

 彼らにとって、侯爵は軍将と同等かそれ以上の存在だ。

 そんな相手を独自に内偵しているのか……?


「あの方が黒幕だとしたら、止めることができるのはお前達〈ジンカイト〉しかいねぇんだ。協力してくれ。頼む……!」


 デュプーリクがらしくなく(・・・・・)切実な表情で訴えてくる。

 俺はネフラと顔を見合わせるや、自然と頷きあっていた。

 このまま相手の動きを待つばかりではジリ貧だ。

 糸口が見つかったのなら、こちらから攻めない手はない!


「いいタイミングだよ、デュプーリク! 海峡都市(ブリッジ)にはちょうど〈(あけ)鎌鼬(かまいたち)〉もいる。さらにゾイサイトとフローラが加わってくれれば、実に〈ジンカイト〉の二分の一の戦力が揃うことになる。〈バロック〉なんて敵じゃない!!」


 俺の発言は決して自惚れじゃない。

 闇の時代、人智を超えた化け物どもを相手にしてきた世界最強ギルドのメンバーが半分も揃えば、同じ人間の組織に負けるはずがないのは自明の理。


「ううぅぅ~~~」


 急にフローラがうめきだした。

 敵が明確になり、彼女なりに気が高ぶっているのだろうか。


「なぁ。お前もそう思うだろうフローラ!?」

「私を無視して、話を勝手に進めるんじゃないですのっ!!」


 いきなり激昂したフローラにぶん殴られた俺は、デュプーリクを巻き込んでそのまま庭先まですっ飛ばされた。

 意識が途絶える直前に俺が見たのは、夜空に横切る一筋の流れ星。


 ……あの暴力女、絶対に解雇(クビ)にしてやる!

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