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5-017. 落ち着かないギルド

 ゴールドヴィアでリッソコーラ卿を見送った後、俺はネフラを連れてギルドへと戻ってきた。

 ギルドでは旅支度を整えたタイガが庭先で待ち構えていた。

 その表情から、彼が何を言いたいのかすぐにわかった。


「行くのか」

「もう俺にできることはあるまい」

「〈ハイエナ〉のリーダーはまだ捕まえていないぞ」

「フローラが応援に来るのなら、俺がいなくとも戦力に支障はないだろう」

「……だとしても、お前だってクチバシ男には借りがあるじゃないか」

「俺にはそれよりも大事な役目がある」


 タイガが何の感慨もなく言うものだから、俺は苛立ちを覚えた。

 今回どさくさでパーティーを組むことになったものの、ともに〈ハイエナ〉と戦った以上、最後まで付き合ってくれるものと思っていた。

 最後とは奴らのリーダーであるクチバシ男を捕まえるまでだ。

 だが、俺の期待はあっさりと裏切られた。

 否。始めからそんな期待をすることが間違いだったのだろう。

 なぜなら、タイガにとって何よりも優先されるのはルリなのだから。


「ルリ姫のお守りがそんなに大事か?」

「ジルコくん!」


 とっさに皮肉を口にした俺を、隣にいたネフラが小突く。

 ……気まずい雰囲気になってしまった。


「今更それを言うか」

「そう……だな」

「ルリとトリフェンは今、海峡都市(ブリッジ)に滞在している。俺もすぐに合流するが、どうしても我々の手を借りたい時は駅逓館(えきていかん)に鳩を飛ばせ」

海峡都市(ブリッジ)に? 〈バロック〉の手がかりでもあるのか?」

「いや。先日の捕り物でルリの衣服がダメになってしまってな。そのため海峡都市(ブリッジ)で衣装屋を営んでいる彼女の知人を訪ねている」


 海峡都市(ブリッジ)の衣装屋……ルリの知人……?

 ふと思い当たる節があったので考えてみると――そうだ、思い出した。

 塩の道(ソルトロード)の商店街に、シキというアマクニの女性が開いている装束店があったっけ。

 ルリはその店を訪ねて海峡都市(ブリッジ)へ向かったのか。


「……わかった。ルリ姫には〈バロック〉の件であまり無茶するなと伝えておいてくれ。それとしばらくギルドは閉鎖することもな」

「承知した」


 タイガはその一言を残して、早々に門扉をくぐって去って行ってしまった。

 一夜限りとはいえ、命を懸けて一緒に戦った仲間なのに実にそっけない。

 淡泊なタイガらしいといえばらしいが……。


「ジルコくん。ギルドを閉鎖するにしても、今後どうするの?」

「もちろん〈ハイエナ〉のリーダーを捕らえる。あいつを野放しにしていたら、腰を据えてギルドの復興に取り組めないからな」

「〈ハイエナ〉を全員捕らえられれば、アンの容態も良くなるかな」

「なるさ。不安の種をすべて消してしまえば、アンだってきっと良くなる」


 俺がアンにできる償いなんて、それくらいしかないしな……。

 なんとしても〈ハイエナ〉を全員捕らえなければ。


 それと、閉鎖する前にギルドをある程度直しておかないと。

 内装はともかく、ぶち抜かれた壁だけはなんとかしないとギルドマスターに顔向けできない。

 それに最強のギルドともあろう〈ジンカイト〉が、いつまでもこんな無様な姿を衆目にさらしておくわけにもいかないし。

 修理代は高くつくが、取り急ぎ大工に修繕依頼しないとな。


「ところでゾイサイトは……?」


 庭にゾイサイトの姿が見えないので、俺は嫌な予感がしていた。

 そっとギルドの中を覗いてみると――


「むぅ。戻ったかジルコォ! 少しは酒の相手をせんかぁっ!!」


 ――案の定、ボロボロの酒場で酒をたらふく飲んでいた。

 しかも、よりによって〈ハイエナ〉から送られてきた睡眠薬入りの酒を、だ。


「おい! なんてもん飲んでんだよ!?」

「ヴェルフェゴールだが?」

「それは睡眠薬入りだろうが! すぐに処分するから――」

「処分!? 多少毒が入っていようと、酒を飲まずに棄てるなど愚者の所業よっ!!」

「そ、そんなこと言っても……」

「酒を粗末に扱う者など信用ならん! ()ねいっ、わしだけですべて飲み干してやるわっ!!」


 ゾイサイトの毛が逆立っていくのを見て、俺は慌てて外へ出た。

 酔いが進んでいて、もう話をまともに聞いてくれそうもない。

 これから大工を呼んで屋内の修理をしてもらおうって時に、野獣をこの場に放置しておくわけにはいかない。

 なんとかして庭に誘い出さないと……。


 その後、ネフラと苦心してなんとかゾイサイトを庭に誘い出すことができた。

 だいぶ酒が入ったのか、ずいぶん上機嫌になっている。


「空の下で飲む酒も乙なものよな!」

「……そうだな。遠慮なく飲んでくれ。寝るのも(ここ)でな」


 しばらくして、ゾイサイトは庭に突っ伏して大きないびきをかき始めた。

 これでしばらく大人しくしていてくれるだろう……。





 ◇





 それからすぐ、大工に建物の修繕依頼を出した。

 〈ジンカイト〉が襲撃に遭った事実はすでに街に知れ渡っていたようで、大工も依頼が来るものと待っていたらしい。

 驚くほど早く話がまとまると、大工の一団がギルドにやってきてテキパキと修繕作業を進めてくれた。

 彼らは庭で寝ている大男に驚きながらも、日が暮れる頃にはほとんど元通りの状態へと戻してくれた。

 金は掛かったが、これでギルドマスターにも顔向けできる。

 そう。金は……掛かったが……。


「ジルコくん。お金足りた?」

「まぁ、なんとかな……」


 修復されたばかりの酒場でギルドの帳簿を覗き込んでいると、突然入り口の扉が蹴り開けられた。

 直してもらったばかりの扉になんてことを! と思った矢先――


「ジルコ! この不敬者ぉぉっ!!」

「ふ、フローラァッ!?」

「我が師を危険な目に遭わせておいて賊にまんまと逃げられるとは、何たる無様! 何たる醜態! 万死に値しますわっ!!」


 ――フローラがズカズカと入ってくるや、俺の胸倉を掴み上げた。


「おわわっ! ま、待て、落ち着けフローラ!」

「落ち着けですってぇぇぇ!? リッソコーラ様は私の育ての親も同然! そんな大切な方を危険にさらしたあなたに言われたくありませんわぁぁっ!!」

「ちょ、ま……っ」


 ……意識が、遠く……っ。


「フローラやめて! ジルコくんが死んじゃうっ」

「ふんっ!」


 ネフラの必死の呼びかけで我に返ったのか、フローラが唐突に手を離した。

 おかけで、俺は床に尻もちをつく無様をさらすはめになった。


「げほっ! げほっ!」

「本来ならば相応の制裁を加えているところですけれど、幸いリッソコーラ様は無事。しかも、私にあなたの力になるようにとおっしゃいましたの。だから(くだん)のクチバシ男とやらをぶち殺すまでは生かしておいてあげますわっ!!」

「け、結局殺す気かっ!?」

「言葉の綾ですわよ。それまでは死ぬ気で働いてもらいますからね!?」

「わ、わかった……」


 フローラが殺意剥き出しの顔で凄んでくるので、俺は冷汗が止まらない。

 卿に万が一のことがあったら、間違いなく俺はこの女に殺されていただろうな。


「ふんっ。私としたことが、アルカンから休みなく走ってきて汗を掻いてしまいましたわ。浴場を使わせてもらいますわよ!」

「お前、アルカンから走ってきたのか!?」

「私、アルカンで聖歌隊の歌会に参列していましたの。それなのに伝書鳩の定期報告にとんでもない通知があったものだから、居ても立っても居られなくなって走ってきたのですわっ!」

「……ど、どうぞ遠慮なく。ネフラ、タオルを出してやってくれ」


 ネフラが興奮するフローラをなだめながら脱衣所へと案内していく。

 俺はフローラの姿が視界から消えて、ようやく安堵することができた。

 アルカンから王都まで走ってくるとか化け物かよ?

 王都(ここ)からどれだけ離れていると思っているんだ……。


「あんなのに解雇通告を突きつけた日には、どうなるんだ?」


 想像しただけで恐ろしい。

 というか、それは何もフローラだけじゃない。

 窓の外――庭で倒れて寝ている大男についても、いずれ解雇通告しなければならないのだ。

 フローラにゾイサイト。

 常識が通用しないこの二人を相手に解雇通告しなければならないなんて、俺は生きて達成できるのか?


「ジルコくん、今日も一日お疲れ様」

「……ああ。ネフラだけだよ、俺に優しくしてくれるのは」

「そんなこと……あるかも、ね」


 脱衣所から戻ってきたネフラは、屈託のない笑みを浮かべながら俺の隣に腰を下ろした。

 ……本当に可愛い。天使だ。


「ギルド管理局には、明日付けで一ヵ月ほどギルドを閉鎖する話をしてきた。来月まで――できれば今月中に、クチバシ男の行方を掴んで捕らえよう」

「うん。私、最後まで協力するから」


 ネフラの碧眼(ブルーアイ)は、眼鏡越しに美しい輝きをたたえている。

 宝石のようなこの目を見るたびに俺は心が安らぐ。

 ずっと見つめていたいが、こっ恥ずかしくてそうもいかない。

 俺が目を逸らして話題を変えようとした時――


「邪魔するぜ!」


 ――聞き覚えのある声が入り口の方から聞こえてきた。


「よう。大変だったらしいなぁ!」

「お、お前!?」


 まさかの顔(・・・・・)がそこにあった。


「ネフラちゃんは相変わらず可愛いねぇ!」

「……あなた、どうして?」


 俺もネフラも驚きが隠せない。

 同時に、警戒せざるを得ない相手だった。


「デュプーリク! なんでお前がここにいる!?」


 俺達の前に現れたのは、デュプーリク・サントリナ。

 エル・ロワ王国軍海峡都市(ブリッジ)駐屯兵として、共にドラゴグで〈ハイエナ〉の追跡調査の斥候(せっこう)を務めた人物だ。

 そして、同僚のキャッタン・カトレーアは〈バロック〉の間者(スパイ)だった。


「動くな!」


 俺はすぐさまミスリル銃(ザイングリッツァー)を構え、デュプーリクへと銃口を向けた。

 同時に、ネフラは視線を窓の外へ向けて伏兵を警戒する。

 ……どうやらこの場にはこいつ一人しかいないらしい。


「おいおい! 友達(ダチ)にいきなり銃口を突きつけんなよ!」

友達(ダチ)ぃ!?」

「そうだろ? 俺たちゃ、共に帝都で賊を相手に戦った戦友じゃないか」

「……その戦友の一人は突然裏切ったけどな」

「キャッタンのことだな」

「お前があいつと同じ〈バロック〉の間者(スパイ)じゃない証拠はない」


 俺がそこまで言うと、デュプーリクは肩をすくませて空いている椅子へと腰かけた。

 次いで、背負っていた雷管式ライフル銃(ファイアジャベリン)をテーブルの上へと置く。


「その件なら兵士長から聞かされて、寝耳に水だったよ。キャッタンがまさか例の組織のネズミだったなんてな」

「お前も奴らの一味じゃないのか」

「エル・ロワ王国のしがない一兵卒と言っても信じられねぇか?」

「……今や王国兵だって信用できない。特に王都の外の連中は」

「心外だなぁ――」


 デュプーリクはポリポリと頬をかいた後、真顔になって続けた。


「――だが〈バロック〉は俺も許せねぇよ。キャッタンは俺にとって妹みたいな存在だった。洗脳したのか騙したのか知らないが、それが王国兵(仲間)を殺した凶悪犯として手配されちまったんだ。俺としても、あいつを止めてやりたいんだ」

「ちょっと待て。キャッタンが手配されたって? あいつ、生きているのか?」

「ああ。帝都でお前に返り討ちにあった後、通報を受けて駆け付けた王国兵を攻撃したんだと。死者多数、大惨事さ」

「キャッタンのことで兵士長と連絡は取ったけど、そこまでの騒ぎになっていたとは聞いていなかったな……」

「兵士長も部外者に恥を知られたくなかったんだろ」


 キャッタンが生きている。

 となれば、あいつも俺の命を狙ってくるんじゃ……?

 キャスリーンに加えてワイバーン女、さらにキャッタン。

 さらに言えばジャスファも俺に報復を考えているだろうし、なんで俺は女にばかり命を狙われるんだ……。


 その時――


「ぎゃあああー---っ!!」


 ――脱衣所から。否。浴場の方からフローラの悲鳴が聞こえてきた。


「な、なんだ!?」


 驚いて廊下に視線を戻した瞬間。

 なんと素っ裸のフローラが、廊下の壁をぶち破って酒場まで飛び出してきた。


「ふ、フローラァッ!?」


 一体何がどうなっているのか……。

 顔を真っ青にしたフローラが、床を這いながら俺の足にすがりついてきた。

 口を魚のようにパクパクさせながら何か言おうとしているようだが、声を出せないほど動揺しているらしい。

 というか、俺も裸の女にすがりつかれて声が出ない。


「かかか、か……」

「か?」

「鏡に突然文字がぁぁぁぁ~~~っ!!」

「へ?」


 鏡に文字?

 鏡って……浴場に備え付けられている鏡のことか?


「フローラ、落ち着け。とりあえず――」

「ジルコ、その美女は誰だよ!? しかも裸……しかも超美人!!」


 デュプーリクがフローラに近づいた時、彼女も奴の存在に気が付いた。

 刹那、さらなる悲鳴が上がる。


「きゃああああ!! 覗き痴漢変態~~~~っ!!」

「ぶごぁっ!!」


 フローラの拳が高速でデュプーリクの顔面に突き刺さり、せっかく直したばかりの壁を奴の体がぶち抜いて庭へと飛んでいった。

 ……それを見た俺は、力なくその場に尻をついた。


「あっ。鏡に文字って……もしかしてリヒトハイムで使われている鏡を使った連絡手段のことかも」


 ネフラが閃いたと言わんばかりの顔を俺に向けてくる。

 とりあえず、俺を捕まえて離さない裸の女を引き剥がしてくれないかな。

 俺は壁の修繕費をどうするか考えるから、さ……。

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