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5-016. うつろう記憶

 それからギルドはちょっとした騒ぎになった。

 タイガが王国軍の分隊を連れて戻ってきたと思ったら、なんと軍の諜報部隊の人間まで一緒だった。

 彼らは教会に行こうとする俺を捕まえて無理やり応接室へ押し込むや、尋問を始めやがったのだ。

 おかげで右腕の激痛にいよいよ我慢ならなくなってきた。

 しかも、俺についた尋問官は空気が読めない野郎で、痛みにあえぐ俺の都合などお構いなしに事の次第を根掘り葉掘り訊いてくる。


「賊の数は六人で間違いないんだな?」

「……そう言っているだろ! リーダーを覗いた〈ハイエナ〉の五名に、ワイバーンに乗って襲撃してきた女の六人だ!」

「その女は〈ハイエナ〉のメンバーではないのか?」

「違う。きっと〈バロック〉からの応援だ」

「ふむ……。逃げた二人は仮面をつけていたのだろう。きみが海峡都市(ブリッジ)や帝都で交戦した〈ハイエナ〉と別人の可能性はないのか?」

「ないよ。声も体格も武器も同じだった……」

「それを証明できるか?」

「そこまで疑うなら、聖職者(クレリック)でも連れてきて看破の奇跡を使ってくれ……」

「汗だくだな。何かごまかしていることがあるんじゃなかろうな?」

「……こっちは怪我してんだよっ」


 脂汗が止まらない。

 すぐ終わるって言うから付き合ってんのに、もう三十分以上も部屋に閉じ込められているぞ。

 タイガとゾイサイトは俺に説明を丸投げして酒場でくつろいでいるし、さらわれた客人達は隣の応接室で楽しそうに話している声が壁越しに聞こえてくる。

 なんで俺だけこんな損な役回りなんだ?


「……なぁ。そろそろ解放してくれよ」

「もう少しだ」

「何度目だよそれ……! 利き腕に後遺症でも残ったらどうしてくれるんだっ」

「隣の部屋に最高の癒し手(ヒーラー)がいるだろう。千切れた腕だって元通りくっつけることができるお方が」

「ぐぬぬっ」


 こいつ、リッソコーラ卿がいるからこんな呑気に聴取しているのか!

 枢機卿(すうききょう)に奇跡を頼むなんて(おそ)れ多いから、帰路に治療を頼まなかったのに……!


「顔色が悪いな」

「当たり前だっ!」


 ……いかん。

 急に声を張り上げたので、気分が悪くなってきた。


「……まぁいい。とりあえず必要な聴取は終わった。感謝する」

「そう、です、かよ……っ」


 俺が椅子に尻をつけたまま立ち上がれないことを察したのか、尋問官らは俺に肩を貸して隣の部屋へと引きずっていった。

 ドアを開けて部屋の中を覗くと、リッソコーラ卿、ザナイト教授、ジニアスの三人が女性の尋問官を交えて楽しそうに話をしていた。

 しかも、室内にはコーフィーの匂いが漂っている。

 これが上級国民と冒険者の扱いの差か……。

 まったく報われないな。





 ◇





「――これで大丈夫だろう」

「ありがとうございます。リッソコーラ卿」

「なぁに。命の恩人の頼みとあらば、奇跡のひとつやふたつすぐに起こそう」


 リッソコーラ卿は、俺の右腕をほんの数分足らずで治療してくれた。

 さすがは教皇庁屈指の高位聖職者(ハイクレリック)だ。

 俺は額の汗が引いていくのを感じ、ホッと安堵した。

 次に、部屋の中にいる尋問官を睨みつける。


「……さて。我々はそろそろ戻ることにしよう」

「こっちは当事者なんだ! 王国軍(あんた達)の知っている〈バロック〉の情報、俺達にも提供してもらおうか!!」

「ふむ。海峡都市(ブリッジ)の件で〈ジンカイト〉とは協力体制を築いているし……まぁ、尋問で得た情報くらいなら共有しても構わんか」


 なんでそんなに上から目線なんだ……。


「では、私の方から」


 打って変わって、女性の尋問官が温和な態度で話を始めた。


「まずは〈ハイエナ〉について整理しましょう。彼らは確認できるだけで六人構成の盗賊団。ここ数ヵ月、グランソルト海周辺の都市部に現れては貴族宅や博物館を襲撃し、宝石類を強奪しています。奪った宝石類は協力者を介して、裏社会の非合法組織――すなわち〈バロック〉に渡っているものと考えられます」


 俺にしてみれば今更な情報だな。

 でもここで話の腰を折るのは角が立つので、黙って聞いていよう。


「その〈バロック〉は〈ハイエナ〉以外にも子飼いの盗賊団がおり、それぞれのグループでエル・ロワからドラゴグにかけて同様の犯罪を繰り返しています。しかも、各盗賊団には何らかの魔法による記憶操作が行われており、拘束しても組織や協力者に関する情報が漏れないようにされています」


 改めて考えると、記憶操作とは恐ろしいな。

 どこまで自由に操作できるのかはわからないが、捨て駒前提で盗賊団を動かしていることが容易に想像できる。

 しかも、当人の認識だと嘘では(・・・)ないから(・・・・)尋問の際に看破の奇跡を使える聖職者(クレリック)がいても真贋を見抜けない。


「〈ハイエナ〉は一度ドラゴグで拘束されていますが、その時の尋問でも有益な情報は得られませんでした。彼らもまた記憶操作を受けており、肝心なことは何も知らず、ようやく引き出した情報も意図的に混乱を招くよう仕組まれていました」

「どういうことだ?」

「雇い主の情報を得られたのですが、それは記憶改ざんされた偽情報(フェイク)だったんです」

「その雇い主って?」

「えぇと、それは――」


 彼女が隣に立つ男性尋問官を一瞥する。

 言っていいのかうかがいを立てているのだろう。

 尋問官がこくりと頷くと、彼女は続きを話し始めた。


「――海峡都市(ブリッジ)のプラチナム侯爵です」

「えぇっ!?」

「もちろん事実無根でした。すぐにエル・ロワとドラゴグが共同で調べましたが、早々に疑惑は晴れたと報告されています」


 闇の時代、エル・ロワを政治と軍事の両面から支えた五英傑。

 その一人であるプラチナム侯爵が、裏社会の人間とつるんで悪さをするなんてことがあり得るだろうか。

 すでに彼らは、富も名声も地位も権力も十分過ぎるほど持っているのだ。

 今更、宝石類を搔き集めたり、裏社会の情勢に関わったりして得があるとは思えない。

 むしろリスクしかないだろう。


「プラチナム侯爵の名前が上がるなんて驚いたな」

「侯爵も迷惑だったでしょうね。彼は海峡都市(ブリッジ)を統括する立場ですから、ドラゴグの信用を損ねると色々大変ですもの」

「どうして侯爵に疑いを向けたんだろうな。ただの嫌がらせにしては……」

「ここだけの話、少し前にドラゴグ軍は似たような経緯で帝国貴族を追及したことがあったんです。その時にずいぶん無茶な尋問をして問題になったとか。なので、私達はドラゴグの信用を失墜させる目的があったのではないかと――」


 そこまで言ったところで、彼女は隣の尋問官に止められた。

 まぁ、推測の域を出ない話を続けても意味はないわな。


「……コホンッ。結局のところ〈ハイエナ〉と〈バロック〉の繋がりは証明できていないんですよ。元々両者を結びつける根拠は、歪んだ真珠(バロック)の首飾りを身に着けた怪しい人間と賊に接触があったという証言だけですから」

「なんだ。それじゃ〈バロック〉について何もわかっていないんじゃないか」

「残念ながら否定できませんね。先日も〈ジンカイト〉の冒険者パーティーが〈バロック〉のアジトを制圧しましたが、拘束できたのは末端の人間ばかりでしたし、なかなか組織の中枢に近づくことができないんです」


 今のは〈朱の鎌鼬(ルリ達)〉のことだな。

 あの三人が追っても尻尾を掴ませないなんて、〈バロック〉はよほど隠ぺいが巧みなようだ。

 あるいは、様々な組織に潜り込んでいる間者(スパイ)の働きなのかも。


「そうだ。俺が撃墜したワイバーンの女! あいつから何か新しい情報を引き出せるんじゃないか!?」

「ああ、報告にあった雷震子(らいしんし)ですね」

「ライシンシ?」

「ええ。最近になって名前が売れ始めた裏社会の掃除屋です。大量の重火器を装備して根こそぎ標的を破壊するスタイルだとか」

「ずいぶん皮肉のきいた掃除屋だな。で、そいつの調べは進んでいるのか?」

「レッドゲイルさんから話を聞いて、現地には別の班を向かわせました。しかし、ワイバーンの死骸は確認できたものの騎乗者の姿はなし、と先ほど連絡が」


 ……マジかよ。

 雷震子(あいつ)まだ生きているのか。

 ということは、俺の命を狙う(やから)が増えたってことじゃないか。

 しかもまた女……ますます女難が祟ってきた気がする。


雷震子(らいしんし)はあまりに神出鬼没なので、同じ名を名乗る人物が複数いるのかと思われていましたが、大型ワイバーンを飼い慣らしていたのなら各地に現れる説明がつきますね」

「そんなにあちこち出没していたのか」

「最近では、グロリア火山付近のフットヒルズや、ドラゴグの帝都監獄(竜の胃袋)で破壊活動を行った記録があります」

「監獄はわかるけど、どうしてあんな辺境の町に?」

「さぁ……」


 雷震子(らいしんし)が〈ハイエナ〉の収容されていた監獄を襲ったことからも、あの女が〈バロック〉の一味である可能性は高い。

 でも、フットヒルズには何の目的で現れたのだろう……?


「話は以上だ――」


 唐突に男性の尋問官が割り込んできた。


「――客人方は王国軍(我々)が護衛についた上で安全にお帰り願う。きみ達もそれで問題あるまい?」

「ああ」


 王国軍が彼らの面倒を見てくれるのなら、俺としても言うことはない。

 建物をボロボロにされてギルドの閉鎖を決めたばかりだし、新たな襲撃にも備えなければならないのだ。

 今はとても部外者の面倒まで見ていられない。


 尋問官達との話を終えて、ずっと黙っていたリッソコーラ卿が口を開いた。


「その〈バロック〉なる組織、かなり危険ですな。教皇領でも注意を呼びかけるようにしましょう。つい最近、我々も似た手口(・・・・)で痛い目に遭ったばかりですから」


 クロードのことか……。

 その件のこととなると、俺も耳が痛いな。


「ジルコ殿。今回はゆっくり話もできなかったが、〈バロック〉の件が落ち着いた時に改めて宴を催しましょうぞ」

「はい。ぜひとも」

「最後に、ブラド殿に礼だけでも述べて帰りたいのだが。彼には勇者の聖剣アルマスレイブリンガーを修復してもらった恩もあるからね」

「わかりました。親方の家には俺が――」


 途中まで言いかけたところで、尋問官のチクチクした視線を感じた。


「――諜報部隊(彼ら)と一緒にご案内します」

「すまないね」


 それからすぐ、俺達はリッソコーラ卿と共に親方の家へ向かうことになった。

 ギルドをタイガとゾイサイトに任せて、いざ出発しようとした時――


「短い間だったけど楽しかったよジルコくん。達者でね!」

「ジルコさん、今回はお世話になりました。この恩は必ずお返しします」


 ――ザナイト教授とジニアスから別れの挨拶を受けた。





 ◇





 ゴールドヴィア七番地――名のある鍛冶師達が居を構える工房街。

 その華やかな街の一角に鬼才ブラドの家はあった。

 扉をノックしてすぐ、家の中から暗い顔をしたネフラが出てきたので、俺は状況を察した。


「アンの調子、良くないのか?」


 ネフラは無言で頷いた。

 心の傷とやらは、俺が想像した以上によろしくない状態らしい。


 ネフラの横から屋内の様子が目に映った。

 アンが椅子に座ったまま、生気のない表情でぼーっと窓の外を眺めている。

 その傍には眉をひそめた親方と、今にも泣きそうな表情を浮かべた奥さんの姿がある。

 ……俺はその光景を目にして、胸が締め付けられるような思いだった。


「今は少し落ち着いたけど、あまり人と話せる状態じゃないの」

「そうみたいだな……」

「しばらくは誰とも会わせたくないってブラドさんが……」


 ネフラは俺の後ろにいるリッソコーラ卿をチラリと見やりながら言った。

 彼もその視線を受けて事態を察したのだろう。

 何も言わずにネフラへと笑いかけて(きびす)を返した。

 その背中についていく護衛と尋問官達にならって、俺も彼らを追いかけた。


「リッソコーラ卿。わざわざ足を運んでもらったのにすみません」

「何を謝ることがあるのかね? 謝罪すべきはむしろこちらだよ。彼女がこんなことになったのは、もとを正せば私のせいなのだ」

「それは……そうですけど」


 あっ。つい肯定してしまった。


「早急に、ジエル教から看護に秀でた者を派遣しよう。心の傷を癒す奇跡はないが、言葉で傷を和らげることはできるだろうから」

「……助かります。お願いします」


 心の傷は消しようがなく、アンを長く苦しめることになるかもしれない。

 できることなら彼女の記憶から事件のことを消し去りたいが……。

 そこまで考えて、俺はその考えを頭から振り払った。

 人の記憶に。

 人の心に。

 他人が手を加えるなんて、あってはならないことだから。

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