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5-014. 追撃戦 その果て

「がはぁっ!」


 横薙ぎに走る光線が触れた時、シャーウッドは肉が焼け鮮血が散った。

 体が真っ二つにならなかったのは、抑え目な威力の宝石をセットしていたためだ。

 振り返れば、キャスリーンもクライヴも大怪我に悶えている。

 これでこの場の〈ハイエナ〉は全員行動不能にすることができた。


「て、めぇ、ブレド、ウィナッ」


 地面に倒れ伏しながら、シャーウッドが俺に蔑みの目を向けている。

 決闘を台無しにされたのだ。

 俺を恨む気持ちもわかる。


「すまなかったな。俺は……何を犠牲にしてもジニアスを助けなければならなかったんだ」

「こ、の、くそ、野郎……っ。目的のために、銃士(ガンナー)のプライドを……男の誇りを……捨てやがったのかっ」


 そう言われるとズシンとくる。

 罪悪感が湧いてきて、戦いに勝ったのにまったく気分が晴れない。

 俺だってこんな真似は不本意だったんだ。

 人質さえいなければ、どんな不利な状況だろうときっと決闘を受けていた。

 ……否。そんな言い訳、何の意味もないな。


 シャーウッドが地面に転がる回転式拳銃(リボルバー)へと手を伸ばしたので、俺は二丁とも取り上げて携帯リュックへと納めた。

 奴の手に届きうる場所に、こんな物騒な物は置いておけない。


「そのまま大人しくしていろ。死ぬより監獄行きの方がマシだろう」

「……!」


 今にも罵詈雑言を吐き出しそうなシャーウッドを置いて、次にキャスリーンの元へと向かった。


「うぐ……ぐ……」


 キャスリーンもまた、体に重度の火傷を負っていた。

 仰向けに倒れたまま絶え絶えに息をしている。

 瀕死の重傷とまではいかないが、光線が当たった個所の衣服が焼け落ち、その下の肌も著しく焼けただれていた。

 ボロボロになった彼女を見て、改めて罪悪感が押し寄せてくる。


「……心配するなキャスリーン。死ぬほどの怪我じゃない」

「ははっ」


 突然笑い声をあげたので、俺は驚いて彼女を見入ってしまった。

 その顔は確かに微笑んでいた。

 そして、目には大粒の涙まで……。


「笑うしかないわよ。こんな……こんな大きな傷作ってくれちゃってさぁ」

「そ、それは……」

「あんたのこと、ますます憎くなっちゃった。どうしてくれんのよ」

「え?」

「もうあんたのことしか考えられない。寝ても覚めても、あんたを殺したいって気持ちしか湧いてこない。あたしの人生、もうめちゃくちゃ」

「……」

「どうしてくれんのよっ!! ……げほっ、げほっ」


 咳き込んだキャスリーンは、俺から目を逸らして黙り込む。

 もう俺の顔なんて見たくもないということだろう。


 俺は彼女の傍に落ちていた宝飾杖(ジュエルワンド)を見つけ、拾い上げて携帯リュックへと押し込んだ。

 念のために彼女が他に宝石類を持っていないか調べたが、杞憂(きゆう)だった。


「……何よ。こんな姿のあたしを犯すの? もう……好きにしなさいよ」

「そんなことするかよ」


 俺はバツが悪くなってすぐに彼女から離れた。

 最後に、近くに倒れているクライヴへと視線を移すと――


「グウゥ……」


 ――他の二人と同様、地面に倒れたまま激痛に悶えていた。

 動ける状態ではなさそうだが、クライヴは非常にタフな男だ。

 しっかりと縄で縛っておいた方がいいな。


「キャス……キャス……ッ」


 縄で縛っている最中、うわ言のようにキャスリーンの名を呼び始めた。

 不意に、以前にもこの男がキャスリーンの名を連呼していたことを思い出した。

 クライヴにとって彼女はよほど大事な存在らしい。


「キャスリーンは無事だ。安心しろ」

「ウゥ……」


 耳元で彼女の無事を伝えてやると、クライヴはぐったりと脱力した。

 これで〈ハイエナ〉は全員、戦闘不能を確認した。

 あとは客車に放り込まれているジニアスを解放するだけだ。

 冷や冷やした追撃戦だったが、ようやく一息つける。


 客車の中を覗いてみると、ジニアスがすやすやと寝息を立てていた。

 猿轡(さるぐつわ)をされた上で、床に固定された椅子に縛り付けられている。

 すぐに猿轡(さるぐつわ)を外して縄を解いてやったが、当人はなかなか目を覚まさない。

 何度か顔を引っぱたいて、ジニアスはようやく目を開けた。


「おや、ジルコさん? んん、ここは……どこですか?」


 ジニアスが目をこすりながら客車の中を見渡している。

 そういえばこいつ、さらわれてから今までずっと眠っていたんだったな……。

 こっちの気も知らないで呑気なものだ。

 俺が事の次第を一部始終伝えると、ジニアスは動揺する様子もなく冷静に事態を把握したようだった。


「……そうですか。あの葡萄酒(ワイン)は〈ハイエナ〉の罠でしたか」

「別の馬車にアンとリッソコーラ卿が乗せられているはずだ。そっちはゾイサイトが追っているから心配ないだろう」


 懸念があるとすれば、あいつが無茶をし過ぎて〈ハイエナ〉を皆殺しにしてしまうかもしれないということくらいか。


「とりあえず賊の動きは封じた。あいつらを連れて王都に戻ろう」

「そうですね。しかし、客車がこうもボロボロでは、あの三人を連れ帰るのも一苦労では」

「俺の馬と、この馬車の馬、二頭いれば十分だ」

「はぁ。しかし、気絶した彼らを乗せて王都まで走れますか?」

「勘違いするなよ。俺とお前は徒歩で、奴らを馬に乗せて引いていくんだ」

「えっ! こ、ここから王都までですか!?」

「温室育ちのお坊ちゃんにはきついか?」

「……やれやれ。わかりました、従いますよ」


 ジニアスは少々渋ったが、結局は俺の提案に折れた。

 さらわれて迷惑をかけたという負い目があるからだろう。


「しかしジルコさん、これはまたずいぶんと酷い有り様ですね。いくら犯罪者でも、女性の扱いは少々行き過ぎでは……?」


 ジニアスは客車から出るや、倒れている〈ハイエナ〉達の状態を見て顔をひきつらせた。

 誰のせいでここまでするはめになったと思っているんだ……。


「さっさと行くぞ! 街道伝いに戻れば、途中でゾイサイトと合流できるかもしれない」

「承知しました。命の恩人の命令ならば、いかようにでも」


 ジニアスが急に顔を近づけてきて、にこりと笑った。

 ……この距離感の近さはなんなんだ。


「それにしても、ミスリル銃(ザイングリッツァー)の威力は凄まじいですね。敵の隙をついたとはいえ、三人まとめて一撃とは」

「褒めたところで一丁しかないミスリル銃(ザイングリッツァー)は譲らないぞ」

「その件はお構いなく。前にもお話した通り、ブラドさんと満足いく契約を結べましたから」


 それって宝飾銃(ジュエルガン)の独占発注の件か。

 ああ……それを言われて、親方の機嫌を損ねたことを思い出してしまった。

 親方にはアンがさらわれた失態についても弁明しないといけないし、一発二発殴られる覚悟をしないとな……。





 ◇





 俺とジニアスが馬を引きながら街道を歩いていると、太陽が地平線から顔を出し始めた。

 平原が照らされていく中、俺は街道の先に馬車が一両停まっているのを見た。


「あれは〈ハイエナ〉が乗っていたもう一両の馬車だ!」

「え? 馬車?」

「街道の先に停まっているだろう。ゾイサイトと……タイガの姿もある!」

「はぁ。ジルコさん、よくあんな遠くのものが見えますね」


 常人のジニアスには見えなくて当然だろう。

 馬車があるのは、ざっと500mは離れた距離だからな。


 ……程なくして、俺達はゾイサイトとタイガと合流した。





 ◇





「遅いぞジルコォ!」

「日の出とともに出発するつもりだったが、そちらも無事に人質を救出できたようだな」


 ゾイサイトとタイガがいつもと変わらぬ態度で出迎えてくれた。

 その様子から、ゾイサイトの方も人質を無事に助けられたことは明白だ。


「アンは客車の中にいるのか? 怪我とかしてなかったか?」

「……」


 アンについて確認するや、ゾイサイトもタイガも口をつぐんでしまった。

 まさか何かあったのか……!?


「アン!?」

「ジルコ殿。無事で何より」


 思わずアンの名前を口走ったところ、客車のドアを開けてリッソコーラ卿が出てきた。


「リッソコーラ卿! アンは無事ですか!?」


 卿は顔色ひとつ変えず、詰め寄る俺の肩にそっと手を置いた。


「落ち着きたまえ。アンモーラ嬢はここにはいない」

「!? ……どういうことだゾイサイトォッ!!」


 想定外の事態に、俺はゾイサイトを睨みつけて怒鳴ってしまった。

 当のゾイサイトは、腕を組んだまま鼻を鳴らしている。


「……その様子だと、きみが追いかけた馬車にも彼女の姿はなかったようだね」

「どういうことですか?」

「私の乗せられた馬車にアンモーラ嬢は乗っていなかったのだよ。おそらく王都を出る前からね」

「そんな!」


 まさかの事態だ。

 まさか……まさかアンがさらわれたままだなんて……!


「くそっ! 親方になんて言えばいいんだ!?」


 焦燥が再び俺の体を巡り始めた。

 こんなことなら、呑気に街道を歩いてくるんじゃなかった!


「落ち着かんかジルコ! わしが追いかけた馬車には、仮面の男の姿もなかった。奴は仲間を囮にして、まんまと逃げおおせたのだ!!」

「〈ハイエナ〉は王都を出る際、二組に分かれていたのだろう。俺達が追えなかったもう一組――プレイグマスクの男がアンを連れているはずだ」


 タイガの言う通り、俺達が王都の東門で〈ハイエナ〉の馬車を見つけるまでには若干の時間差があった。

 その間に、奴らは馬車で王都の外へ逃げる二班と、王都内に潜伏するもう一班に別れたというわけか。

 まんまとしてやられた!


「今から戻っても奴が王都に残っている保障はないが……」

「……わかってる。すぐに王都へ戻ろう!」

「そっちの馬に乗せている連中は客車に押し込め。全員、馬で駆ければ日が昇るまでには王都に着く」

「客車にはまだ余裕があるのか? ゾイサイトの方で捕らえた〈ハイエナ〉は何人だったんだ」


 俺が尋ねると、ゾイサイトは急に機嫌を悪くしてそっぽを向いてしまった。

 不思議に思っていると、タイガが溜め息をつきながら俺とゾイサイトの間に割って入ってきた。


「言ってやるな。猿も木から落ちるというものだ」

「えっ。まさかゾイサイト……〈ハイエナ〉に逃げられたのか!?」


 直後、ゾイサイトの三白眼に睨まれて体がすくんでしまった。


「ま、まぁ、俺に言えたことじゃないし、な……」

「ふんっ!!」


 ゾイサイトは苛立った様子で街道を歩いて行ってしまう。

 あいつらしくもない煮え切らない態度だ。


「妙だな。クチバシ男がいなかったのなら、相手はユージーンと槍使いだろう。あいつから逃げられるような手練れじゃないはずだけど」

「それは――」

「私の責任だ」


 タイガの言葉を遮って、リッソコーラ卿が口を開いた。


「ゾイサイト殿と〈ハイエナ〉の交戦中、目を覚ましたばかりで状況が飲み込めなかった私は、うっかり客車から出てしまったのだ。そして人質として使われ、賊に逃げられてしまった」

「そういうことか」

「うかつだった。ゾイサイト殿の経歴に傷をつけてしまい、申し訳ない」

「事情は理解しました。気を落とさないでくださいリッソコーラ卿」


 さすがのゾイサイトも人質を取られては仕方がない。

 俺も人質の無事を最優先に考えろと言った手前、賊を逃がしたことは追及しにくいし。


「ゾイサイト殿には、あとで改めて詫びねばなるまい」

「言葉よりも物資で誠意を見せてくれればいい。ゾイサイトもそう言うでしょう」


 タイガがさらりと凄いことを言う。

 救出の功労者とはいえ、よく枢機卿(すうききょう)に対してそんな強気に出られるものだ。

 ゴブリン仮面の報告書には、タイガの不愛想かつ不敬な態度が貴族や聖職者(クレリック)の不興を買っているとあったが、確かにその通りだな。


「ところでタイガ」

「なんだ」

「さっき言っていたプレイグマスクの男って、クチバシ男のことだよな?」

「そうだ」

「プレイグマスクって何だ?」


 疑問に思ったことを尋ねると、またリッソコーラ卿が横から割り込んできた。


「プレイグとは疫病のことですな。かつてアムアシア大陸を恐るべき疫病が襲った時、医者達がこぞってつけたマスクをそう呼ぶとか」

「へぇ。あのクチバシみたいな形のマスクにそんな由来が」

「今の時代には骨董品。そんな物で顔を隠しているとは、一体何者なのか……」


 〈ハイエナ〉のリーダー。

 いまだに顔も名前もわからないが、奴だけ他のメンバーと比べて格が違うことは明らかだ。

 アンを助けるためには、奴の打倒は避けては通れない壁だな。

 待っていろよアン。

 俺が必ずあの男から助け出してやるからな。

 そう固く誓いながら、王都へ向けて街道に馬車を走らせた。


 ……しかし。

 王都に戻って早々、俺の誓いはあっさりと霧散してしまった。

 ギルドを覗くと、ネフラと共にせっせと掃除に励んでいるアンの姿を見つけたからだ。

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