5-013. 追撃戦 VSハイエナ②
「くそっ」
クライヴがジニアスを人質にしているせいで、うかつに動けなくなった。
こうなる前に仕掛けたかったのだが、まんまと後手に回ってしまった。
「……ったた。なんて無茶すんのよ、この野郎っ」
「くそがっ。ろくな目に遭わねぇ」
客車の中からキャスリーンとウッドが這い出てきた。
「アンはこっちじゃなかったのか……」
馬車に乗っていた〈ハイエナ〉は、クライヴ、キャスリーン、ウッドの三人。
人質は、ジニアス一人だけだった。
アンやリッソコーラ卿が乗せられていたのは、もう一両の方だったらしい。
そっちはゾイサイトが上手くやってくれることを願うほかない。
「ブレドウィナー、てめぇはこの場でぶっ殺す!!」
「こいつを殺るのはあたしだって言ったでしょ!」
ウッドは両手に構えた回転式拳銃の銃口を俺へと向ける。
キャスリーンも宝飾杖を手に、いつでも魔法陣を描けるよう身構えている。
クライヴにはジニアスを人質に取られているし、せっかく追いついたのに状況としては最悪だ。
「人質を盾にして卑怯だって? 結構結構! あんたを殺せるなら、ぜんぜん恥とは思わないから!」
「……話し合いで解決は無理か」
「当たり前でしょ! 妙な真似したらこいつの首を掻っ切るからね!!」
キャスリーンは気絶しているジニアスの頭を宝飾杖で叩き始めた。
人質は丁重に扱えよな……。
「とりあえず銃を下ろせや。いや、こっちへ投げてよこせ!」
ウッドが俺から武器を取り上げようと無茶な要求をしてきた。
普通なら突っぱねるところだが、ジニアスの身柄を抑えられている以上、逆らうことはできない。
俺が渋っていると、クライヴがジニアスの首筋へとナイフの腹を当てた。
「くっ」
「どうした、人質を見捨てる気か!?」
さらにウッドが、ジニアスのこめかみへと銃口を当てて脅しをかけてくる。
ここで銃を手放せば俺は殺され、ジニアスは連れ去られてしまう。
かと言って、攻撃を仕掛けようものならジニアスはたちまち殺されるだろう。
これじゃ八方塞がりだ。
「……っ」
「てめぇはもう詰んでるんだよ、ブレドウィナー!」
……まだだ。
奴らの緊張が少しずつ緩んできたのを感じる。
圧倒的に優位な状況で、いつでも俺を殺せるという余裕がそうさせているのだろう。
もっと油断を誘って、なんとかこの状況を打破できないものか……?
敵はちょうど三人とも隣り合っている。
しかも、ジニアスは背の高いクライヴが抱えてくれている。
斬り撃ちの一薙ぎで奴らを一度に行動不能にすることは十分可能だ。
馬車を斬り撃ちした時に砕けた宝石はすでに入れ替えてあるから、引き金を引く隙さえあればこの状況を覆すことはできる。
だが、三人の視線は俺の一挙手一投足を完璧に監視している。
隙は……無い。
「いつまでモタモタしてんのさ!? 天下の〈ジンカイト〉様なら、ここは自分を犠牲に人質を助ける場面だろっ」
キャスリーンに煽られて、俺は突拍子もないことを思いついた。
彼女は勇者のファンだったな。
帝都では、その心境を利用して情報を引き出すことができた。
今回もそれを利用することはできないだろうか。
「キャスリーン。お前、勇者の秘密を知りたくないか?」
「は?」
「世間に出回っていない勇者の情報は色々あるんだ」
「むぐ……っ」
「それを教えてやるから、ジニアスを解放してくれないか」
「アホかっ!! あんた自分の立場わかってんの!?」
……ですよね。
「ごめん。今の話は無かったことに……」
「言えよ」
「へ?」
「その知られてない勇者様の秘密、全部この場で暴露しろよっ!!」
……それは知りたいんだな。
もしかして交換条件として成立した?
「話してやるよ。だけどジニアスの安全が保障されてからだ」
「ふざけんなっ! 交渉できる立場だと思ってんの!?」
キャスリーンはジニアスの髪を乱暴に引っ張り、俺をけん制してきた。
さすがに交渉の余地はないか……。
「キャス、そんなくだらねぇことを話してる場合かよ!」
「く、くだらないですってぇ!?」
「くだらねぇよ! 任務の報酬に、お前は顔の傷を消してもらう約束をしてるだろうが! そっちの方が大事じゃねぇのか!?」
「それは……そうだけど……」
「勇者の情報なら他の奴からでも聞ける! 今は任務を――あの野郎をぶっ殺すのが最優先だ!!」
ウッドの横槍が入ってキャスは落ち着きを取り戻してしまった。
彼女に迷いが生じたと思ったけど、結局ダメだったか。
……しかし、ウッドのやつ気になることを言ったな。
顔の傷を消してもらう約束って、キャスリーンの酷い傷跡を綺麗さっぱり元通りにするってことだよな。
すでに癒えてしまった古傷を無くすなんて、並みの癒し手にはできない芸当だぞ。
〈バロック〉にはそんな真似ができる聖職者の当てがあるのか?
「悪かったわよ。やっぱり今すぐあいつは殺すっ」
「それでいいんだよ!」
キャスリーンの杖とウッドの銃が、再び俺へと向けられた。
この警戒された中、口八丁で油断を誘うのは土台無理な話だったか。
……こうなればヤケだ。
無駄だとわかっていても、やれるだけのことはやってやる!
「おい、ウッド!」
「てめぇが俺を愛称で呼ぶんじゃねぇ。呼ぶならシャーウッドと呼べ!」
……今更お前の名前なんて知ってもなぁ。
「聞けよシャーウッド」
「時間稼ぎのつもりか? あの虎野郎が助けに来ることでも期待してんのか!?」
「そんな都合よく助けが来たら苦労しないさ――」
仲間に頼ってばかりはいられない。
俺の何を犠牲にしてでも、人質を――ジニアスを助け出してみせる。
そのための手段は選ばない。
「――お前、一対一で俺との決着をつけたいとは思わないか」
「……あぁ!?」
「帝都で決闘の真似事はしたが……あれはお前の実力じゃないよな?」
「ぐぬっ。てめぇ……っ」
ウッドの顔が見る見るうちに紅潮していく。
「ちょっとウッド! まさかあんな挑発に乗らないわよね!?」
「あ、当たり前だろうが! あんなのは、奴が助かりたい一心で適当なことをほざいてるだけだっ」
……ご名答。
だが、お前にとっては捨て置けない誘いに聞こえているんじゃないのか。
男なら、過去に何度も敗北した相手を乗り越えたいと思うのが自然だ。
俺がクロードに対してそう思っていたように……お前もこんな形で俺を仕留めることには抵抗があるんじゃないか?
「シャーウッド。それがお前の本音なのか」
「て、てめえ……っ」
「俺とお前の最後の決闘をしよう。小細工なしの決闘を」
「あぁっ!?」
「俺はこのミスリル銃だけ、お前はその二丁の回転式拳銃だけで、他の武装は一切使わない。お互い銃士としてのプライドを賭けた完全な銃試合だ」
「……!!」
シャーウッドはどこか青臭い部分を残した男だ。
しかも盗賊とはいえ、銃士としての自負心も強い。
帝都でも奴の方から銃試合を挑んできたわけだし、俺への敵愾心をもう少し煽ってやれば誘いに乗ってきてくれそうだ。
「ウッド、正気なの!?」
「……悪いなキャス。こんな形であいつと決着をつけちまうのは、俺の心にしこりが残る。やっぱダメだわ」
「はあぁぁっ!?」
シャーウッドはキャスリーンの杖を下ろさせると、前に出て俺と向かい合った。
どうやらこちらの誘いに乗ってくれたようだ。
「で、賭けの品は?」
「俺からは、俺自身の命とミスリル銃を賭ける」
「なら、こっちが賭けるのは――」
「ジニアスだ」
「俺が負けたら、あいつを無傷で返せってことか」
「ああ。その一方で、お前達三人の身柄は要求しない。ジニアスを解放してくれれば、どこへ消えようと自由だ」
「そりゃお前、ずいぶん理不尽な賭けじゃねぇか」
「この状況で決闘を受けてもらうなら、そのくらいの譲歩は必要だろう」
「……まぁな」
納得したシャーウッドの横腹を、キャスリーンが殴りつけた。
咳き込む奴にキャスリーンが突っかかっていく。
「勝手に決めないでよ! あんた何考えてんの!?」
「別れる時、リーダーが言っただろ。こっちの馬車は俺が指揮れって」
「だからって相手の誘いに乗って決闘とか、馬鹿じゃないの!? 何か魂胆があってあんなこと言ってんのよ!」
「あいつは腐っても〈ジンカイト〉の――世界最強の銃士だぜ。そんな男が決闘を口にした以上、同じ銃士として受けないわけにはいかねぇのさ」
「あんたねぇ!」
「心配すんな。男の戦いに野暮はねぇ。そうだろ、ブレドウィナー!?」
……耳が痛いな。
だが、あいつはすっかり決闘に乗り気だ。
俺は一瞥してきたシャーウッドに頷いて応えた。
「……男って本当に馬鹿ね!」
「悪いなキャス。俺の最後の我儘ってことで許してくれ」
「勝手にしなさいよ! でも、負けたら承知しないんだからね!?」
「了解」
キャスリーンは頬を膨らませたまま後ずさった。
完全に納得していない様子だが、これ以上口論してもシャーウッドが譲らないとわかったのだろう。
「クライヴ。仮に俺が負けても余計な真似はするなよ」
「ホ、ホントニ、イイ、ノカ?」
「いいんだよ。どうせ任務は成功したようなもんだしな」
「ワカッタ……」
クライヴはジニアスからナイフを離した。
こんな追い詰められた状況でも、粘ればなんとかなるもんだな……。
「ブレドウィナー。てめぇの誘いに乗ってやるよ」
「感謝する」
「だが、ひとつだけ訂正を要求するぜ」
「何をだ?」
「ただの銃試合じゃねぇ。どうせこれが最後なんだ。どっちかが死ぬまで続ける死合といこうぜ」
……死合ね。
シャーウッドのやつ、どうやら本気だな。
俺としては願ったり叶ったりだ。
「わかった。だけど俺が勝った時は必ずジニアスを解放しろよ」
「当たり前だ。男に二言はねぇ!」
そう言うや、シャーウッドは振り返ってクライヴとキャスリーンを見やった。
二人は渋々ながらも頷く。
……まぁ、仮に俺が決闘に勝ったところで、キャスリーンもクライヴも約束を反故にするだろうけどな。
「キャス。開始の合図はお前に頼むぜ」
「ったく……死んでも勝ちなさいよ。ウッド!」
◇
その後、俺とシャーウッドは街道沿いの平坦な原っぱに場所を移し、10mほど離れて互いに向かい合った。
星明りで周囲を見渡せる上、障害物もない開けた場所だ。
まさに銃士としての勘や腕がものをいう決闘となるだろう。
「やってやる、やってやるぞ……! 俺だって〈ジンカイト〉に劣らねぇ修羅場を潜り抜けてきたんだ。やってやるぜぇぇ!!」
「修羅場、ね……」
そんな言葉を使って粋がっている人間を見ると、侮蔑的な感情が抑えがたくなってくる。
人間相手に悪事を働いてきた奴に本当の修羅場などわかるものか。
そんなことを思っていると、押し込めていた負の感情がチリチリと俺の内側から燃え滾ってくるのを感じた。
「あんた達、準備はいいわね!?」
街道の方からキャスリーンが声をかけてきた。
彼女は杖で魔法陣を描いており、間もなくそれは完成する。
一方、クライヴは客車の傍に立ち、中を監視していた。
客車には後ろ手に縛られたジニアスが押し込まれているのだ。
「いつでもいいぜ!」
「……俺もだ」
俺達二人が返答するのに合わせて、キャスリーンが魔法陣を完成させた。
「始めぇぇっ!」
彼女の声とともに、星空に向かって熱殺火槍が放たれる。
試合開始の合図だ。
「やってやるぞブレドウィナァァーーッ!!」
シャーウッドは二丁の回転式拳銃を構えたまま横へと走った。
俺もすぐに動いたが、最短距離で奴を追うようなことはしなかった。
あえて間合いを保ちながら、シャーウッドの対角線上を走る。
そして、ある地点にたどり着くや――
「決闘を受けてくれて感謝するよ、シャーウッド」
――軸足を回転させながら、ミスリル銃の引き金を引いた。
銃口から射出された光線は薄暗い闇を払いながら、シャーウッドとは逆方向へと弧を描いていく。
俺の狙いはシャーウッドなんかじゃない――
「はぁっ!?」「!?」
――戦いを見守るキャスリーンとクライヴの二人だ。
「斬り撃ち・火平線!!」
俺は軸足を回転させながら、銃身を左から右へと振り抜いた。
直後、無防備だったキャスリーンとクライヴを長大な光の剣が薙ぎ払った。
「ブレドウィナー、てめぇぇ~~っ!!」
仲間が不意打ちされたのを目にしたシャーウッドは、怒りに我を忘れて闇雲に突っ込んでくる。
俺は軸足の回転を緩めず、そのまま一回転して奴も火平線へと巻き込んだ。