5-011. 追撃戦 空襲警報!②
ワイバーンの背中からだと、夜空の星々がいっそう近くに感じる。
地上からおよそ100mほどの高度だろうか。
月の光に照らされた平原は遥か遠くまで一望することができ、タイガ達の乗る馬車も〈ハイエナ〉の乗る馬車もすぐ下に見つけられた。
「汚い足で相棒の背中に立つんじゃねぇ! 叩き落とすぞ、こらぁ!!」
ワイバーンの騎乗者からの宣戦布告だ。
しかし、ワイバーンをして相棒とは。
「お前、獣使いなのか精霊奏者なのかハッキリしてくれ」
「オレは銃士だ!!」
「あそう……」
……この女のクラスなんてなんでもいいや。
肝心なのは、早急にワイバーンを撃墜すること。
しかし、簡単にいきそうもない。
滑空するワイバーンの背には凄まじい風圧がかかっている。
前屈みになって両足へと重心を置くことで、ようやく張り付いていられるくらいだ。
一瞬でも気を抜けば、すぐに空中へと投げ出されてしまう。
「一応聞いておくけど、お前〈ハイエナ〉の仲間だな!?」
「言うかよ馬鹿がっ」
ゴーグル女が片手を手綱から離し、空へと掲げた。
すると、彼女の周りに浮かんでいた数十丁の雷管式ライフル銃の銃口が一斉に俺へと向いた。
「うおおっ!?」
ワイバーンの上、五十以上の銃口に取り囲まれては逃げ場がない。
このまま引き金を引かれたらヤバい!
「脳漿、臓物、ぶちまけろっ!!」
言うが早いか、一斉に引き金が引かれた。
鼓膜が破れんばかりに大量の発砲音が響き渡る中――
「そう易々とやられてやるかよっ」
――俺はとっさにワイバーンの背を転がり、横腹へと吊り下がった。
手袋から伸びるワイヤーがギシギシと軋んでいる。
千切れやしないだろうなと肝を冷やしながらも、なんとか蜂の巣になることだけは避けられた。
ワイヤーを尻尾に巻き付けていなければ、今の一斉射撃から逃れる術はなかっただろう。
「ちぃっ! 相棒の尻尾を傷つけやがってぇぇ~~!!」
ゴーグル女の苛立つ声が聞こえてくる。
ワイヤーを手繰って背面へ戻ろうとすると、いくつもの雷管式ライフル銃が俺の頭上へと滑ってきた。
その数は七丁。すべての銃口が俺に向けられている。
どうやら術者の意思でワイバーンの周囲に銃を移動、展開させることができるらしい。
銃の操作だけに風の精霊を使うなんて、まったくおかしな精霊奏者がいたものだ。
ガチリ、という重い音が鳴った瞬間。
俺はワイバーンの横腹を蹴り上げ、空中へと飛び上がった。
あわや後方へ吹き飛ばされそうになったが、なんとか弾丸を躱して背中へと着地することができた。
「今度はこっちの番だ!」
ゴーグル女へ向けてミスリル銃の引き金を引こうという時、今度は横から強風に煽られた。
風の精霊魔法による攻撃かと思ったが、どうやら違う。
飛翔するワイバーンが横方向へと傾き始めたのだ。
風の流れが変わり、俺の足はたちまち背面から浮き上がる。
「うわわっ」
とっさに身を屈めたことで、なんとか振り落とされる危機は脱した。
だが、ワイバーンの背に張り付いたままでは撃ってくれと言っているようなもの。
……しかし、一呼吸置いても追撃の銃声は聞こえない。
「ちぃっ。いつまで張り付いてんだ!」
ゴーグル女の苛立った声。
……なるほど。
射角を誤ればワイバーン自体を撃ってしまうから、伏せている俺をうかつに撃てないみたいだ。
この隙に反撃を――
「えっ」
――と思った矢先、雷管式ライフル銃が這いつくばる俺の顔の高さまで降りてきた。
……そりゃそうするよな。
いくら旧式のライフル銃でも至近距離で顔面に受けたら即死は免れない。
引き金が引かれる直前、俺はワイバーンの背から跳ね上がって再び空中へと逃れた。
弾は避けられたものの、またもや風に煽られて落ちそうになる。
「危ねぇっ!!」
慌てて靴底をワイバーンの背面の凹凸へと引っ掛け、なんとか留まる。
……この浮遊感、生きた心地がしない。
「ちょこまかとぉぉっ!!」
息つく暇もなく、雷管式ライフル銃の円陣が俺を取り囲んで一斉射撃を始めた。
なんとか初撃を躱してワイバーンの側面へと逃げおおせたものの、銃の群れは俺を追いかけて発砲を続けてくる。
しかし、弾丸は風圧に押されてすべて俺から外れていった。
魔法効果のないただの銃弾は通常の物理現象から逸脱はできない。
ゴーグル女の采配ミスだな。
「ギャアアアァァッ」
突然、ワイバーンが鳴きながら身をよじらせた。
尻尾に食い込むワイヤーの痛みに悶えているのだろう。
「くそ野郎! いつまでもうざってぇ奴っ!!」
ゴーグル女が叫ぶや、急激にワイバーンの体が傾いていく。
おいおい。まさか――
「落ちろってんだよ!!」
――ワイバーンがひっくり返った!
さっきまで夜空が頭上高くにあったのに、今の俺は薄暗い平原を見上げている状態だ。
不快な浮遊感が全身を襲う。
直後、俺の顔はワイバーンの背に打ち付けられていた。
天地が逆さまになったと思ったら、次の瞬間には元通り。
それが繰り返されている。
何が起こっているのかを俺が理解したのは、周りの景色が回転していることに気づいてからだった。
ワイバーンは空中で旋回していたのだ。
「ヒャッハァァーッ!! 回って落ちてぶっ潰れろぉぉ~~っ!!」
楽しそうな騎乗者の声。
その一方で、俺はさっきからずっと肝が冷えっぱなしだ。
ワイバーンの背中にある凹凸が深くて命拾いした。
かろうじてそれにしがみつくことで、俺の体はなんとか振り落とされずに済んでいる。
しかし、このままでは引き剝がされるのも時間の問題。
ワイバーンが旋回を終えた時――ゴーグル女が銃の照準を合わせる瞬間までが、俺に残された反撃のチャンスだ。
「ぐうぅっ。早く止まってくれぇ……!」
両手の指先が痺れてきた。
この風圧の中、しがみついていられる限界も近い。
ミスリル銃は取り落とさないように腹の下でワイバーンに押し付けているが、銃身の突起に肉が食い込んで苦しくなってきた。
そろそろ旋回を止めてくれないと厳しいぞ……。
俺の願いが通じたのか、次第に旋回速度が遅くなってきた。
上下の景色がようやくまともに見えるようになってくると――
「脳みそ派手にぶちまけろや!!」
――俺の額に雷管式ライフル銃の銃口が押し付けられた。
そして、ワイバーンが元の水平飛行に戻った瞬間。
銃の引き金が引かれるよりも早く横へと転がり、発砲を躱すのと同時にミスリル銃を手に取って光線を放った。
「ぎゃっ!」
光線はわずかに標的から逸れ、ゴーグル女の肩をかすめた。
だが、その効果は十分だった。
周囲に浮かぶ雷管式ライフル銃が動きを止めた俺に発砲してこない。
思わぬ反撃を受けて術者が動揺したため、風の精霊への命令が途切れたのだ。
ここで追い打ちを掛ければ勝負を決められる!
「も一発――」
ゴーグル女に狙いを定めて、まさに引き金を引こうとした瞬間。
「――ぐはっ!?」
突然、俺の背中を何か巨大な塊が殴りつけた。
背骨が軋み、内臓が破裂したかと思うほどの激痛が全身を駆け巡る。
呼吸もままならず、俺の体はバウンドしてワイバーンの背から離れてしまった。
しかし、空中に放り出されたことで何が俺を打ったのかがハッキリした。
「ぐふっ。ワイバーンの尻尾、かよ……っ」
視界に映るのは、急速に遠ざかっていくワイバーンの姿。
その尻尾には俺が巻き付けたワイヤーが食い込み、青い血を流していた。
間もなく、尻尾から伸びるワイヤーがピンと張り――
「ぐわっ」
――俺の右手が引っ張られた。
腕が引っこ抜けるかと思うほどの勢いで、俺の体は飛翔するワイバーンに空中をけん引されていく。
手袋は肉に食い込んでしまって外すこともできない。
「ぐぐっ。これじゃ狙いも定まらねぇ……っ」
ミスリル銃は左腕に抱え込む形でまだ手元に残っている。
しかし、とても反撃に使えそうもない。
これ以上こんな状態が続けば、最悪の事態になるのは火を見るよりも明らか。
……俺は決断せざるをえなかった。
自由の利く左手でミスリル銃のグリップを握る。
風圧にブレる銃口の向きをなんとか調整し、右手にはめた手袋――その先に伸びるワイヤーへと狙いをつけた。
引き金を引いた瞬間にワイヤーは断ち切れ、俺は慣性に則って地上へと落ち始めた。
およそ100mの高度からの落下――
「ワイバーンが……!?」
――そんな俺が目にしたのは、星空へ向かって急上昇するワイバーンだった。
もしやタイガ達への追撃を諦めたのかと思ったが、それは間違いだ。
奴はしっかりと俺との決着をつける気なのだ。
なぜなら、ワイバーンは空に大きく弧を描いた後、俺に向かって急降下してきたのだから。
「利き手はダメージが大きくてミスリル銃を扱えない! 空に投げ出された状態じゃ回避も無理! どうする!?」
騎乗者に目を凝らすと、勝利を確信した歪んだ笑みをたたえていた。
奴の背後では雷管式ライフル銃が二重、三重の円陣を成しており、そのすべてに再装填が済んでいる様子。
あとは動けない俺に狙いを定めて一斉射撃。
それで俺の体はバラバラになって大地へ降り注ぐはめになる。
……だが、そんな末路を受け入れるほど諦めがよくないんだ、俺は!
「世界最強ギルドの銃士を……舐めるなよ!!」
俺は左手に握ったミスリル銃を手放した。
空中に放り出されたミスリル銃の代わりに、左足のホルスターに収まっているコルク銃へと手を伸ばす。
最後に俺ができることは、コルク銃であそこを狙い撃つこと。
「……まだ遠い」
地上まであとどのくらいだろうか。
気にはなるが、視線を標的から外すわけにはいかない。
「―――ヒャッハァァァー-ッ!!」
耳元で鳴り続ける風切り音の他に、ゴーグル女の甲高い声が聞こえてきた。
「……もう少し」
目算で俺とワイバーンとの距離は30mを切った。
さらに近づいてくる。
ゴーグル女の周囲に浮かぶ雷管式ライフル銃の円陣が、揃って俺へと狙いを定めた。
射撃の命中精度が高い距離まで達したのだ。
そして、それは俺も同様。
「今だ!」
コルク銃の引き金を引き、コルク栓に擬態した鉛玉を発射した。
狙撃箇所は騎乗者ではなく、再装填用の弾薬をたらふく貯め込んでいる場所――
「バラバラに吹っ飛んじまえぇぇ---っ!!」
――ゴーグル女の背中に積み上がった鞄だ。
「どうかな。死ぬのは――」
撃ち上がったコルク栓はワイバーンの顔を横切り。
「――お前の方かもしれないぜ?」
さらにゴーグル女の脇をすり抜け、標的へと達した。
刹那、鞄に開いた穴から赤い火花が散る。
「あぁん?」
奴が顔を傾けるのと同時に、ワイバーンの背中で大爆発が起こった。
ワイバーンは首と足と翼と尻尾が四散し。
騎乗者は爆発の渦に飲まれ。
爆風に煽られた俺は、地上への落下速度をさらに早めた。
「俺はここまで、か……。あとは頼んだぜ。タイガ、ゾイサイ――」
地上を見下ろした時、目に映った光景に俺は引きつってしまった。
大きく街道から逸れて走り続ける馬車。
そのボロボロになった荷台の上で、両腕を広げながら俺を仰ぎ見ている大男。
「――トォォッッ!?」
幸か不幸か。
俺はむさいクマ族の大男、ゾイサイトの胸に着弾した。
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