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5-004. 女難の相

「別に女のことなんて考えていませんから」

「そうなの? だけど女難の相が出てるのは事実だから気をつけなよ」


 女難の相だって?

 ……過去を振り返るとぞっとしないな。


「ザナイト教授。宴会にはまだ早いですから酒もほどほどに」

「そんな切ないこと言うなよ! ほら、ジルコくんも飲みなっ」


 ザナイト教授が強引にワインボトルを突きつけてきた。

 危うくボトルの先っぽを口に突っ込まれて、歯を折られるところだ。

 酔うといきなり乱暴になるなこの人!


「申し訳ないジルコ殿。宴の席でドラゴグ(向こう)の話題など野暮でしたな」

「いえ……」

「この巡り合わせも神のお導き。新たな友との宴、楽しまねば罪というもの」

「はぁ」


 そう言うや、リッソコーラ卿がジニアスからヴェルフェゴールのボトルを受け取って栓を開ける。

 思いのほか宴会に乗り気なんだな。


「お前達もこちらに来て飲みなさい」

「え!? しかし……」

「いいから」

「そ、それでは失礼して……」


 リッソコーラ卿が壁際に立つ神聖騎士団(ホーリーナイツ)の二人を呼びつけた。

 いくら何でも護衛に酒を飲ませるなんて問題では……?


 最初は戸惑っていた二人だったが、結局テーブルの上に置かれていたジョッキを手に取り、リッソコーラ卿の前にひざまずいた。

 卿は二人のジョッキになみなみと酒を注いでいく。


「ありがたく頂戴(ちょうだい)いたします」

猊下(げいか)から酒を注いでいただけるなど恐悦至極」

「この場は無礼講です。楽になさい」

「「はい」」


 騎士達は隣のテーブルの椅子に腰掛けると、やや強張った顔で酒をあおいだ。

 枢機卿(すうききょう)に飲めと言われれば固辞はできないか。


「いいですね! きみ達も突っ立ってないでこちらへどうぞ」

「えっ」

「我々もですか?」

「いいんすかね……」


 ジニアスもまた、護衛として連れてきていた傭兵三人に酒を勧め始めた。

 傭兵達(彼ら)も最初こそ悩んでいたが、結局――


「……では、我々もお言葉に甘えて」


 ――雇い主の押しに負けて、近くのテーブルへと着いた。

 ジニアスは彼らを激励しながら、ジョッキへと酒を注いでいく。


「なんだ。よその護衛のみんなはお酒を飲むんだね。だったら私の連れも酒に付き合わせないと罪だよな?」


 周りの様子を見ていたザナイト教授が言った。

 彼女はさっそく護衛のエルフ達に手招きすると、空いているテーブルへ座るように命じる。


「ザナイト様。警備の都合もありますので、お酒は断固お断りします」

「ご自分のお立場をわかっておっしゃっていますか?」


 おっ。この二人は頑として職務を(まっと)うするつもりらしい。 

 先に酒を飲んだ二組の立場がないな。


「なんだよ、付き合い悪いなぁ。これならどうだっ」


 ザナイト教授が懐から大きな宝石を取り出した。

 何をする気かと思えば、それを持って空中へと弧を描き始める。

 エーテル光――まさか魔法を?

 一体何のために……!?


抜魂人形操グールズ・マリオネイター!!」


 ザナイト教授の描いた魔法陣が白く輝いた直後。


「ほら。二人ともそっちの席に座って、私からありがたいお酒を(たまわ)りなよ」

「……かしこまりました。ザナイト様」

「……ご厚意感謝いたします。ザナイト様」


 え。えっ。えっ!?

 エルフの護衛が二人とも、さっきまでと真逆のことを言い始めたぞ。

 しかも、まるで魂が抜けたかのような虚ろな表情になっている。


「ザナイト教授! 一体何をしたんです!?」

「んん~? この子達の聞き分けが悪いから、ちょっと魂を抜いて何でも言うこと聞く人形になってもらったのさ」

「人形!?」

「今なら服を脱げと言えば素っ裸になってくれるよ。試してみる?」

「いやいやいや! ダメだろっ!!」


 酔っているせいなのか、まさかここまでするとは……。

 しかも身内の護衛とは言え、女性を相手になんて魔法を使うんだ!


「ほらほら! これはいい酒だぞ~」

「「ありがとうございます」」


 ザナイト教授がへらへらしながら護衛の女性達に酒を注いでいく。


「ジルコさん。みんな準備ができたようですし、そろそろ乾杯といきましょう」


 ジニアスが俺に乾杯を促してきた。

 ザナイト教授も席へと戻り、リッソコーラ卿と一緒に俺を見つめている。

 アン達がまだ料理を作っている最中なのに、この三人はすっかり宴会気分になっているな。

 もう酒を断れる空気じゃないぞ。


「わかりましたよ……」


 俺は渋々席に戻ると、手に持っていたヴェルフェゴールの栓を開けて、テーブルの上にあるジョッキへと酒を注いだ。

 ほのかに甘い葡萄(ぶどう)の香りが鼻をつく。

 さすが高級酒。俺が普段飲んでいる安物とは香りからして違う。


「僕達四人の出会いを祝って――」

「ジルコくんの任務達成を祝して――」

「ジルコ殿の輝かしき未来を願って――」

「……か、乾杯」

「「「――乾杯っ!!」」」


 音頭の後、四つのジョッキがぶつかった。





 ◇





 窓の外はすでに日が暮れていて真っ暗だった。

 その一方、ギルド内はネフラがランプに火をつけて回ってくれたので、昼のように明るい。

 彼女は今、カウンター席で本を開いている。

 すでに調理の手伝いは終えて、アンが盛り付けをしているところらしい。


「――で、ターレント坊やがネズミに驚いてひっくり返ったんだ。それで左目を傷つけちゃってねぇ」

「初耳ですよ。父の目の傷はその時のものだったんですか」


 客人達は、今はジニアスの父親の話題で盛り上がっている。

 ザナイト教授はゴールドマンとも古い知り合いのようだ。


「ザナイト様は昔のことをよく覚えていらっしゃる」

「十代の頃のリッソはやんちゃだったよね。人間、変われば変わるものだ」

「いやはやお恥ずかしい。私の幼少期のことは忘れてほしいですな」

「リッソもずいぶんジジくさいことを言うようになったねぇ。まったく時の経つのの早いこと!」


 ザナイト教授がバンバンとリッソコーラ卿の背中を叩いている。

 枢機卿(すうききょう)の背中を叩くなど、ジエル教が国教のエル・ロワでは考えられないことだ。

 二人は顔を合わせるのが数十年ぶりらしいので、昔話で盛り上がるのは不思議なことではないが、それにしたってすごい光景だと思う。

 この場にジエル教至上主義のフローラが居なくてよかった。


 他のテーブルに目をやると、酔いの回った護衛達の姿が見られた。

 寝入っている者、笑い上戸に陥っている者、主人の愚痴をこぼす者など、もはや護衛などできる状態じゃない。

 この有り様では、俺は(・・)ますます(・・・・)飲む(・・)わけには(・・・・)いかなくなったな。


「お待たせしました。豚肉と白リンゴのリゾット、アンモーラスペシャルで~す」


 アンが料理を盛った皿をワゴンに積んで厨房から出てきた。

 リンゴの甘い香りがふわりと酒場に立ち込める。


「ほぉ。リンゴのリゾットとは。しかも豚肉を合わせてあるのですな」

「この芳醇な香り。調味料はどこのものを?」

「これはお酒との相性も良さそうだね!」


 客人達の評価も上々で、アンは照れ笑いを浮かべながら皿を配膳していく。

 俺の前にも皿が置かれたが、リンゴをふんだんに使った料理は匂いからして甘ったるくて辟易する。

 アンには悪いが、とても食指が動かない。


「アン! わしはリンゴなどいらんぞ!?」

「ちょっと待ってて! あなたには特製肉料理を用意してあるからっ」

「ふん。酒も一緒に持てぃっ!」

「はいはい」


 ゾイサイトはカウンター席で酒をあおりながら、配膳中のアンを急かしている。

 机の上には空になったワインボトルが何本も置かれているのに、まだ腹に入るのかと驚いてしまう。


 その時、ギルドの扉が再び開いた。

 酒場へと入ってきたのは、片手にランプを持った黄色と黄褐色の体毛に包まれた大柄な人物――


「騒がしいな」


 ――〈(あけ)鎌鼬(かまいたち)〉のタイガだった。

 いつも一緒に行動しているルリ達の姿はない。


「お帰りタイガ。今日は一人なのか」

「……ああ」

「色々あって宴の最中なんだ。お前もテーブルに着けよ」

「結構。用件だけ伝えさせてもらう」


 言うが早いか、タイガは俺の隣まで歩いてくるや、身を屈めて耳打ちしてきた。


「ジャスファがギルドマスターのもとから逃げ出した」

「え? えぇっ!?」


 ジャスファが逃げた!?

 ギルドマスターのもとからっ!?


「マジかよ! 何やってんだあの人は!!」

「俺達にも責はある。ギルドマスターに〈バロック〉のアジト制圧に協力を要請した際、ジャスファも作戦に加わったのだ。結果、俺達全員が出し抜かれた」

「……」

「あの女が自由の身になった今、お前の身が危ういと思ってな。王都に戻っていると聞いたので直接伝えに来た」

「ありがたい情報だよ」


 女難の相が出ていると言われたばかりで、こんな話を聞かされるとは。

 ジャスファを解雇したことで、俺はあの女に憎まれている。

 確実に俺の命を狙ってくるぞ……!


「わざわざすまなかったな。連絡なら伝書鳩でもよかったのに」

「お互いすでに〈バロック〉に睨まれている身だ。うかつな連絡手段で敵に情報が洩れる愚は避けたい」


 そうか。確かにタイガの言う通りだ。

 伝書鳩では、宛先に届く前に鳩が捕らえられてしまう可能性だってある。

 実際、俺達は帝都から脱出する際に〈バロック〉の獣使い(テイマー)に襲われたわけだし、連絡手段に伝書鳩を頼るのは危険だな。


「ところで、この騒ぎはなんなのだ?」

「これはその……成り行きで仕方なく……」

「お前は自分の立場をわかっているのか。酒にうつつを抜かしている場合か?」

「の、飲んでないよっ」


 そう。俺は飲んでいない。

 客人との最初の乾杯で口に酒を含んだものの、彼らに悟られないようにこっそりとジョッキに戻したからだ。

 汚い話だが、角が立たないようにするにはそうする他なかった。


「……ならいい。これから招かれざる客の出迎えもあることだしな」

「何のことだ」

「勘が鈍ったなジルコ。外の気配に気づいていないか」

「外?」


 俺が窓の外へと目を向けた瞬間――


「!?」


 ――入り口の扉が蹴破られ、窓が割れ、黒い影がいくつもギルドへと飛び込んできた。

 それは黒い外套に身を包み、黒塗りの仮面で顔を隠した五人の招かれざる客。


「やっと会えたなジルコ、このクズ野郎!」


 そのうちの一人――聞き覚えのある女の声で、いきなり罵倒された。

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