5-002. 三人の来客
突然の客人に俺は驚きを隠せなかった。
ギルドの庭先で出迎えてくれたのは、まさかの三人――
商人ギルドのジニアス・ゴールドマン。
彼はギルド幹部ターレント・ゴールドマンの息子で、次期幹部と目される人物。
海峡都市の競売を取り仕切っていた彼には、若返りの秘薬の件でずいぶんと世話になった。
教皇庁枢機卿の一角、リッソコーラ卿。
次期教皇とも言われる高潔な人物で、過去に色々取り計らってくれた恩がある。
エルフの国リヒトハイムからやってきたザナイト教授。
実年齢四百歳以上で、霊性生命神秘学の権威……らしい。
彼女にはエルフの至宝――湖の乙女の聖冠の奪還を頼まれていたことをたった今思い出した。
――いずれも各方面の重鎮だ。
「三人ともお知り合いで?」
「私はリッソとは昔馴染みだけど、ジニアスくんとは初顔合わせだね。でも、三人揃ってきみの話題で盛り上がったよ」
ザナイト教授がたわわな胸を揺らしながら俺のもとへ駆け寄ってきた。
それにしても枢機卿を愛称呼びとは……。
さっき親し気に話していた様子から察するに、教皇様と同様リッソコーラ卿も子供の頃から知っていたという感じか。
教皇庁に顔が広いんだな、この人。
「いつぞやの約束の件、父に代わって僕が果たしにきました――」
続いて、ジニアスが口元を緩めながら話しかけてくる。
「――競売品奪還の任務も無事果たされたことで、父も喜んでいますよ」
「そりゃどうも。だけど手紙に書いた通り、約束の試作宝飾銃は帝都でのドサクサで無くなっちまったんだ。こっちの都合で悪いが、別の代案を考えさせてほしい」
「その必要はありません。すでに話は通しましたから」
「話? 誰と? 何を?」
「さきほど工房をお訪ねして、ブラドさんと直接交渉しました。我々に宝飾銃の独占発注権をいただけないか、と」
「親方と!? 独占発注とはまた……」
「宝飾銃はまさに最強の兵器。それはあなたの活躍が証明しています。商人ギルドとしても喉から手が出るほど欲しい商材なのです」
……ジニアスめ。抜け目のない男だ。
俺の居ない間に親方とそんな交渉をしていたのか。
確かに商人ギルドにとって宝飾銃はぜひとも囲っておきたい品物だろう。
だが、それだけに宝飾銃の流通は各国の軍事バランスを著しく崩しかねない危険がある。
それを親方が許すだろうか?
「あの人が首を縦に振るとは思えないが」
「ええ。交渉にはてこずりましたが、商人ギルドとあなたとの契約をお話ししたところ、渋々ながらも承諾していただけましたよ」
……ごめん親方。俺のせいだった。
「ジルコ殿。ご活躍は聞き及んでおりますぞ」
「リッソコーラ卿。ご無沙汰しています」
最後に話しかけてきたのはリッソコーラ卿。
俺が軽く会釈をすると、彼はこくりと頷いた後に口を開いた。
「この度、教皇聖下に代わって激励に参りました。ジルコ殿のドラゴグでの功績に少しでも報いたい所存」
「枢機卿にお越しいただけるなんて恐縮です。立ち話もなんですし、ギルドへお入りください」
リッソコーラ卿に言った後、ジニアスとザナイト教授にも目配せする。
「僕はさっきウェイトレスのお嬢さんに追い出されたばかりですが、次期ギルドマスターからの申し出ならば受けないわけにはいきませんね」
「最初からそのつもりだったけどね。せっかく縁ができたんだし、この四人で飲もうじゃないか!」
……宴会なんてやっている場合じゃないんだけどなぁ。
◇
ギルドに入ってすぐ、俺は三人を酒場の真ん中のテーブルへと案内した。
彼らにはそれぞれ護衛が付き添っており、主の後についてギルドへ入ってきた。
そのせいで、いつもはガランとしている酒場がどうにもせせこましい。
ジニアスには、傭兵と思わしき強面の男が三名。
リッソコーラ卿には、神聖騎士団の騎士が二名。両方とも俺の知らない新顔だ。
ザナイト教授には、女性エルフの護衛が二名。前に海峡都市で見た人達だな。
「アン! 悪いんだけど酒を出してくれないか?」
俺が声を掛けるや、アンが厨房から顔を出した。
「ジルコさん。お父さん、怒って出てっちゃいましたよ」
「そ、そうか」
「当面、自宅の鍛冶場で仕事するからそのツラ見せるな、ですって」
ジニアスと不本意な契約を結ばされたこと、親方はやっぱり怒っているんだな。
王都に帰ってきて早々、ミスリル銃の修理やら、試作宝飾銃の遺失やらで、親方には散々怒られたしなぁ……。
その上、ジニアスからあんな話をされた日には愛想を尽かせるってもんだ。
「親方には申し訳ないと思っているよ。あの人の機嫌を良くする方法を知っていたら教えてくれ」
「素直に謝るしかないんじゃないかなぁ。なんだかんだ、ジルコさんが本気で謝れば許してくれますよ」
「だといいけど……」
俺は〈バロック〉や〈ハイエナ〉の襲撃を見越して、海峡都市からの帰りがてら貸金庫に預けていたミスリル銃を回収していた。
それをこの数日、親方に頼んで最優先で修理してもらったのだ。
おかげで、今朝からはもうミスリル銃が俺の右足のホルスターに収まっているのだから感謝しかない。
あとでフルーツでも持って謝りに行こう。
「う~ん。どうしようかなぁ」
「どうかしたのか?」
「お酒を出すにも、ゾイサイトのせいでもう安物しか残ってないんですよ。お客様に出すにはちょっと……」
「ゾイサイトの奴!」
アンが困る気持ちもわかる。
今回の客人は一般人とはわけが違う。
教皇庁の準トップに、商人ギルドの有力者、さらにエルフ族の権威だ。
安い酒を出すには地位も名前も大き過ぎる。
「仕方ない。あたし、ちょっと近くの店まで買ってきますね」
アンはエプロンを解きながら床を駆けだした。
〈ジンカイト〉が狙われている今、非戦闘員の彼女を一人で出歩かせるわけにはいかないので、俺はすぐに彼女を呼び止めた。
「アン。ネフラはまだ応接室にいるか?」
「え? いますけど……」
「ネフラを連れて行ってやってくれ」
「えー。なんでぇ?」
「なんでって――」
護衛だなんて言ったらアンを怖がらせちゃうよな。
「――ネフラがいれば、無難な酒を選んでくれるからさ」
「ああ、そういうことなら。ついでにこれも自慢してやりますっ」
言いながら、アンは首飾りを手に取ってウインクしてみせた。
それは先日俺のあげた――と言うか、取り上げられた――レッドダイヤモンドをあつらったペンダントだった。
彼女はそれを当日のうちに作ってしまったのだ。
さすが親方の娘だけあって手先は器用だな。
パタパタと廊下へと走っていくアンを見届けた後、俺も客人の座るテーブルに着いた。
すると、ザナイト教授がニコニコしながら話しかけてくる。
「可愛いねぇ。ドワーフの子だよね?」
「ええ」
「恋人?」
「違います!」
「でも、あのダイヤはきみがあげたっぽかったけど」
「事情があるんです」
「ふぅん。……ところで、今話に出たゾイサイトっていうのは何者?」
「ギルド主戦力の一翼を担う男ですよ。クマ族の拳闘士で、今は依頼で出払っています」
ゾイサイトの話をしていると、横からジニアスが割って入ってきた。
「ゾイサイト・ピズリィさんは商人ギルドでもよく話題に上がる方ですよ」
「もしかして、あいつが何か迷惑をかけたのか?」
「いいえ。ルス方面の商人ギルド支部から、豪快にお金を使ってくれるクマ族の大男がいると話を聞いていまして。ヴェルフェゴールを何ダースもご注文されたとかで、ルスの酒屋では上客扱いですよ」
おいおいおい!
ヴェルフェゴールって、超高級の葡萄酒じゃないか!!
それを何ダースもだって? 一度にか?
俺だって口にする機会はほとんどない上等な酒なのに……。
ゴブリン仮面の報告書でもゾイサイトの金遣いの荒さが際立っていた。
ギルドの懐事情を鑑みて、次に解雇にしなけりゃならないのはやっぱりゾイサイトだな……。
「ゾイサイト殿ですか。魔物も素手で倒す苛烈な御仁と聞き及んでいますが、ぜひ私もお目にかかりたいものですな――」
リッソコーラ卿まで話に加わってきたぞ。
「――凱旋パレードにも参加されておりませんでしたが、あまり公の場には出たがらない方なのですかな?」
「はは。でかい図体の割に恥ずかしがり屋なもので……」
当時、ゾイサイトは一人で魔物の残党を追いかけ回していて忙しかったから。
……とは言えない。
「皆さん、この場にいない人間の話題もつまらないでしょう。別の話を――」
俺が話題を変えようとした傍から、唐突にギルドの扉が開かれた。
その場の全員が入り口へ顔を向けると――
「帰ったぞぉ! 酒はあるかぁっ!?」
――ゾイサイトの姿があった。
噂をすれば何とやら。
客人の前でこの男にどう対処するべきか、俺は頭を抱えた。