5-001. 新たな兆し
~これまでのあらすじ~
エル・ロワ王国の冒険者ギルドが軒並み解散の危機に晒される昨今。
次期ギルドマスターであるジルコのギルド〈ジンカイト〉も例外ではなく、存続のために所属冒険者の解雇通告を進めることになった。
これまでにジャスファ、クロード、クリスタのギルド主戦力&厄介者の解雇に成功したジルコだったが、その過程で、国をまたいで宝石強奪を行う盗賊団〈ハイエナ〉との因縁を持つことになる。
そして、その背後で暗躍する地下組織〈バロック〉の存在を知る。
ジルコは周囲に潜んでいるかもしれない〈バロック〉の間者を警戒しながらも、新たな解雇任務へと動き出す。
次なる解雇対象は、破天荒の闘神か、はたまた自称・博愛と慈愛の聖女か。
ジルコにとって、どちらも危険すぎる存在には違いない。
今日も胃の痛くなる仕事が始まった――
俺とネフラが王都に戻ってから四日が経った。
当初は〈バロック〉や〈ハイエナ〉の襲撃を警戒していたものの、意外にも連中からのアクションは何もなかった。
これからも警戒を怠ることはできないが、それでも比較的平和な日々を過ごせた数日間には喜びを禁じ得ない。
最近はずっとドタバタしていたからな……。
俺はネフラと共に次の解雇対象者への対応を協議しつつ、雑務をこなす日々を過ごしていた。
雑務というのは、先の旅の恩人達――教皇庁、海峡都市のプラチナム侯爵、商人ギルドのゴールドマン――への御礼状やら、裁判所との往復やら、だ。
それらが落ち着いた今日、ちょうどサルファー伯爵から連絡があって、彼に依頼されていた品物を渡しに行くことになったのだった。
サルファー伯爵からの依頼は、三つの宝石――タンザナイト、マスグラバイト、アレキサンドライト――の入手。
無事にそれを果たせたことで、伯爵からはお褒めの言葉をいただいた。
さらに預かり金を使うことなく目当ての宝石を入手したことが評価され、俺は10万グロウの臨時報酬までもらうことができた。
……これで当面は生活費の心配をしなくて済むな。
そして今、俺はサルファー伯爵邸からの帰り道。
さらに言うなら、占いの館〈シリマナイト〉の店先に突っ立っていた。
「いないのか……」
肝心の占い師シリマは留守のようだ。
入り口の扉にはクローズの掛札が掛かっているし、ドアノッカーを何度叩いても返事はない。
せっかく訪ねてきたと言うのに、タイミングの悪い婆さんだ。
仕方なく、俺は踵を返して〈シリマナイト〉を後にした。
「シリマに訊きたいことがあったんだけどな」
俺がシリマを訪ねた理由は、俺の自分史のことを問いただすためだった。
クリスタも俺と同様に自分史の未来を視ていた。
しかも彼女の未来は、俺との戦闘の末の敗北――死だった。
だが、俺の未来もまた彼女との交渉の末の死だったのだ。
俺とクリスタという異なる人間の未来が、ドラゴグのコーフィーハウスという場所で重なった。
しかし、その結末はそれぞれ異なっていた。
なぜそんな齟齬が発生したのか、それを聞き出したかったのだが……。
「クリスタは俺より何ヵ月も前に自分史を視たようだった。単純に自分史を視たタイミングの違いなのか?」
頭に浮かび上がる疑問がひとりでに口から出て行く。
本人に聞くしか答えなど出ないのだから、考えるだけ無駄か。
そう思ったところで、シリマの行方を知っていそうな人物の顔が思い浮かんだ。
正確には顔ではなく仮面だが。
「ゴブリン仮面。あいつならシリマの行方を知っているかな」
俺は急遽、ギルドへ向かっていた足を王立公園へと向け直した。
シリマ捜しにゴブリン仮面の力を借りよう。
あいつの無事を確かめて、ペンティに手紙を出す約束もしていることだしな。
◇
王都の西門が遠目に見えてきた頃、奇異な光景が俺の目に映った。
川沿いに張られていた鉄柵が、ある一定範囲だけ根こそぎへし折られているのだ。
その手前では、一人の大工が新しい柵を張り直している。
気になって川を見下ろしてみると、橋げたや橋脚も著しく損傷していた。
まるで何か重い物がぶつかったかのような痕跡だ。
「ここで何があった?」
「んん? あんた、王国兵か」
「いや。冒険者だが……ちょっと気になってね」
「暴走した郵便馬車が柵を突き破って川に落ちたんだと。今はその修繕作業中さ」
暴走した馬車が川に……。
なるほど。それで柵やら橋げたやらが破損していたわけか。
「そんな事故があったなんてな」
「事故じゃなくて事件かもって話だぞ」
「事件?」
「その馬車、川に落ちる直前に人を引きずってたとかどうとか」
「そりゃ……事件だな」
「王国兵も何があったのかずっと調べてたみたいだが、御者も意識不明の重体らしくてなぁ」
今時、街中で馬車の暴走なんて珍しいな。
よっぽどの駄馬だったのか、それとも馬が驚くような事態があったのか。
まぁ、俺には関係のないことか。
「邪魔したね」
俺は大工に別れを告げて、王立公園へと向かった。
そこから先では、路面の亀裂やら車輪のこすれた跡やらがあちこちに見られた。
しかもその痕跡は王立公園の方から続いていて、車道からいったん歩道にまで乗り上げている始末だ。
……なんとも言えない胸騒ぎを感じる。
王立公園を覗いてみると、そこも以前と様子が違っていた。
公園で遊んでいる子供の姿がまったく見られず、代わりに王国兵が数名ほど巡回していたのだ。
「これは血か?」
公園に入って早々、俺は血の拭き取られた跡があるベンチに目を留めた。
これが血痕なら間違いなく致死量だ。
『一昨日を最後に、定時連絡が無くなりました。おそらく〈バロック〉の刺客に殺されたのでしょう』
不意にペンティの言葉が思い出された。
加えてゴブリン仮面の姿も。
その時――
「何者だ?」
――公園を巡回していた王国兵から声を掛けられた。
「冒険者ギルドの者だ。たまたま近くを通りかかったんだが、公園で一体何があったんだ?」
「その記章、〈ジンカイト〉か。この件は王国軍で片付ける。手出しは無用だ」
「しないよ、そんなこと。ただ視界に入ったから見ていただけだ」
根拠はないが、このベンチの血痕は暴走馬車と関連がありそうな気がする。
王国兵が何を調べているのかはわからないが、ただの事故でも並みの事件でもないように感じるのだ。
「で、何があったかは教えてくれないのか?」
「……三週間ほど前、このベンチで女の遺体が見つかった」
「事故じゃない、よな?」
「ああ。その時に公園で遊んでいた子供達が賊に襲われたんだが、その女も一味らしい」
「子供達を襲った賊が死んだって? 殺されたのか? 誰に?」
「それを調べている。襲われた子供達は恐怖のせいか記憶が混濁していて、証言も要領を得なくてな」
「子供を襲うなんて、ぞっとしないな」
「教皇庁のお偉方からも何があったのか徹底的に調べろとの通達があって、我々も必死なんだ。そろそろ出て行ってくれないか」
王国兵に睨まれ、俺は追い出されるように公園を後にした。
◇
ギルドへの帰路に着く前、俺は王立公園の周辺で住人に聞き込みを行った。
結果、わかったことがふたつある。
ひとつは、公園で戦闘行為があったらしいこと。
子供達がそれに巻き込まれ、賊は郵便馬車を奪って街路を逃走。
馬車は暴走して川へと落ちた――というのが顛末だ。
賊は二、三人いたそうだが、ベンチで発見された女以外は性別もわからない。
今から三週間前のことだ。
もうひとつは、その事件が起きた日以降、公園にゴブリン仮面が現れなくなったということ。
今から三週間前となると、ペンティがゴブリン仮面からの定時連絡がなかったと言っていた時期とおおよそ一致する。
「……間違いないな」
ゴブリン仮面が〈バロック〉に殺された。
恐らくは、〈バロック〉と敵対する情報屋グループ排除の一環として。
いつぞや耳にした枢機卿の事故死偽装といい、エル・ロワはとっくに〈バロック〉が幅を利かせているようだ。
ペンティの言う通り、本当に奴らの本拠はエル・ロワにあるのかもしれない。
このままじゃギルドも危険だ。
かと言って、こちらから仕掛けようにも連中の所在はわからないし、逆に俺達の所在は奴らに割れている。
闇の時代と違って、今はギルドに何人も冒険者が詰めていることはない。
俺やネフラだけの時に襲われでもしたら、厄介なことになる。
当面は非戦闘員だけでもギルドから遠ざけるのが無難だな。
そんなことを考えながらギルドのある通りを歩いていると――
「あっ。帰ってきましたね」
「よかった。あやうく行き違いになるところでしたな」
「まったく! 私にも連絡くらいくれよなっ」
――聞き知った声がみっつ、俺の耳に届いた。
「あ、あんた達っ!?」
ギルドの入り口で輪になっていたのは、彼の地での恩人達――ジニアス、リッソコーラ、ザナイトの三人だった。
~補足情報~
王立公園事件については、幕間〈あの人は今Ⅰ〉で語られています。