4-075. 決着 ジルコ&ネフラVSクリスタ
俺は仰向けに倒れながら、青い空を眺めていた。
帝都の象徴の倒壊。
それに巻き込まれて五体満足でいるなんて……奇跡だ。
「うぅ……」
それでも全身の傷は死ぬほど痛い。
だが、死ぬほど痛いってことは生きている証だ。
俺は自分の悪運に感謝しながらも、瓦礫を頼りに身を起こした。
「あ~。我ながら、とんでもないことをしちまったな……」
俺の周り――時計塔前の広場には瓦礫の山が出来上がっていた。
立派な時計盤は無惨な姿となり果て、瓦礫に埋もれている。
瓦礫は積み上がって山となり、今にも崩れだしそうなほどアンバランス。
尖塔はおおむね形を残しており、広場の外の商店街にまで倒れ込んでいる始末だ。
帝都市民の大半は、東市街の大通りで行われている凱旋パレードに集まっているはず
広場に来る間に通った商店街も人気が少なかったし、広場にいた人達は逃げだした後だったから倒壊による人的被害は少ないと思うが……。
「クリスタは……?」
瓦礫に覆われた眺めの悪い広場で、俺はクリスタの姿を捜した。
だが、どこもかしこも瓦礫ばかり。
彼女の姿は見当たらない。
その時――
「おいっ! そこの男!」
――俺に声をかけてきたのは帝国兵だった。
彼らは瓦礫をかき分け、銃剣を構えながら向かってくる。
「この騒ぎを起こしたのは貴様か!?」
「一体何をした!? 爆弾でも使ったのか!!」
詰め寄ってきた帝国兵達に、俺は抵抗する間もなく組み伏せられた。
体はあちこちボロボロ。
試作宝飾銃も倒壊のどさくさで手放してしまった。
そんな状態で厄介な連中に捕まっちまったもんだ……。
「貴様、例の地下組織の構成員か!?」
「なんだって?」
「口を利けるなら洗いざらい吐いてもらうぞ! 凱旋パレードに合わせて、あちこちでめちゃくちゃやりやがって!!」
「あちこち? 一体何の話――」
「黙れ! 大罪人がっ」
何か誤解があるようだが、彼らはそんなことお構いなしに殴りつけてきた。
帝国兵の強引なやり方を忘れていたな。
「仲間はどこだ! 目的は!? どうやって時計塔を倒した!? 他にどこを襲う気だ!?」
「言っている意味が……」
「吐けっ! 吐かねば指を一本一本切り落とすっ」
……冗談じゃない。
兵士の様子から察するに時計塔以外でも何かが起きたようだが、俺にはまったく関係のない話だ。
だが、頭の固いドラゴグ兵にそんな言い訳が果たして通用するものか。
このままじゃ最悪、嬲り殺しに……。
その時、少し離れた瓦礫の山に異変が起こった。
突然、積もり積もった瓦礫が空中へと舞い上がったのだ。
その下から出てきたのは――
「やっぱり生きていたか……」
――全身血まみれになったクリスタだった。
……なんて姿。
彼女は魔法の力で地面から浮かび上がっているものの、衰弱も甚だしい。
時計塔の倒壊に巻き込まれて全身に手酷い傷を負ったようだ。
全身からは赤い血が流れ落ち、つま先から滴っている。
さらに苦悶の表情を浮かべて、息も絶え絶え。
すでにゾンビポーションの効果も切れかかっているに違いない。
兵士達も時計塔倒壊で冷静ではないのか、突如現れた血まみれの女に驚愕している。
「な、なんだこいつ!?」
「この女、普通じゃないぜ! 浮いてるし……」
「この男の仲間に違いない。捕らえろっ!」
銃口を向けながら帝国兵達が迫っていく。
一方、クリスタも杖を振って魔法陣を描きだした。
とっさに兵士の一人が引き金を引こうとした瞬間。
緑色の魔法陣が輝き、兵士が持つ銃剣を切り刻んだ。
「邪魔よ、あなた達。消えなさい」
クリスタに睨みつけられて兵士達は硬直した。
身も凍るような殺気……まるで伝説にあるメデューサの眼光だ。
「ひぃっ」
「うわああぁぁっ」
たったのひと睨みで、兵士達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。
武器まで放り出して逃げ出すとは、よほどビビったのだろう。
「デートの邪魔をするなんて無粋な輩ね」
瓦礫の上に浮かぶクリスタの体が俺へと近づいてくる。
かなりしんどい状況だろうに、彼女の目は俺への殺意を失ってはいない。
「まだ続ける気か!」
「当然でしょう。こんな屈辱的な目に遭わされて、矛を収めろだなんて冗談じゃないわ!!」
クリスタが再び魔法陣を描きだした。
だが、いつものキレがない。
杖を動かす指先は震えているし、エーテル光を引く速度も遅い。
……隙だらけだ。
俺は彼女が円を形作る前に足元の瓦礫を蹴り上げ、エーテル光へとぶつけた。
「きゃあっ!」
エーテル光は衝突した瓦礫を粉々に砕くと同時に、空中へ霧散していく。
俺はクリスタを押さえつけようと、急いで足を踏み出したものの――
「ぐっ!?」
――足首に激痛が走り、耐えきれずに膝をついてしまった。
足首を捻挫でもしたか。
「どこまでもっ、私を侮辱してっ!!」
クリスタが怨嗟の言葉を吐きながら、空中高くに浮遊していく。
……まずい。
ここでクリスタに空へ逃げられたら、反撃のしようがなくなる。
手元には試作宝飾銃はない。
ナイフを入れておいたリュックもだ。
今、俺に残されたただひとつの武器は――
「行けるかっ!?」
――左足のホルスターに収めていた改造コルク銃だけ。
コルク銃を抜き、浮かび上がるクリスタへと狙いを定める。
イチかバチか、俺はコルク銃の引き金を引いた。
……が、ダメ!
射出されたコルク栓は、クリスタの足下で弧を描いて、そのまま瓦礫の山へと落ちていってしまう。
クリスタに安全圏まで逃げられてしまった。
このままでは空から一方的に魔法攻撃を受けるはめになる。
「どこだ!? 試作宝飾銃!」
クリスタから地上へと視線を移した俺は、行方知れずの相棒を探した。
しかし、周囲を見渡しても、瓦礫をひっくり返しても、一向に見つからない。
「骨すら残らぬほどに焼き尽くしてあげる!」
俺の背中を空から白い光が照らしだした。
振り返ると、クリスタの手前には真っ白い光球が現れていた。
「あれは……!」
広範囲を滅却する火属性体系の大魔法だ。
その熱量は瓦礫の山すら造作もなく蒸発させるだろう。
どこに隠れても、俺に生存の余地はない。
「火輪より出でる神の熱!!」
クリスタが魔名を唱えるや、光球が弾けるように眩い閃光を放った。
閃光を浴びた瞬間、俺の体が一気に熱を帯びていく。
全身が焼けていく感覚。
死ぬ……。
そう確信した時、俺の脳裏に現れたのは――
「ジルコくん、しっかりっ!」
――ネフラの顔だった。
「しっかりして!!」
「……え?」
ネフラの声が聞こえた。
この声は走馬灯による幻聴じゃない。
目を開いてみると、俺の前には――
「クリスタの魔法は私が抑えたからっ」
――ミスリルカバーの本を広げたネフラが立っていた。
「ネフラ!?」
「そう、私! 大丈夫!?」
「お前、今までどこにいたんだ!?」
「ずっと医療院に」
「どうして!?」
「ど、どうしてって……」
ネフラが急に顔を赤くして、うつむいてしまった。
「湯屋でお酒を飲み過ぎたせいで、酔いが酷くて。だから薬をもらって、ずっと安静にしていたの」
「……医療院で?」
「そう」
「……ははっ」
思わず笑ってしまった。
俺はてっきり湯屋の件で嫌われてしまったものと思っていた。
あるいは、クリスタがどこかに監禁でもしているのかとも。
……見当違いもいいところだ。
「ありがとう、ネフラ。ごめんな」
「ジルコくん?」
「あとでちゃんと謝るから、今は……力を貸してくれ」
「もちろん。そのつもりでここまで来たから」
ネフラの顔を見た途端、どういうわけか力が戻ってきた。
俺はまだ戦える。
だが、クリスタ……お前はどうだ!?
俺がクリスタを見上げた時――
「不愉快よ! まったくもって不愉快だわ!!」
――彼女は下唇を噛みながら、忌々し気な目で俺達を見下ろしていた。
その一方で、まるで泣きそうな顔をしているようにも見えた。
「どきなさいネフラ! 死にたいの!?」
「クリスタもうやめて! これ以上、仲間同士で傷つけあってどうするの!」
「私のプライドを踏みにじったその男を殺さなければ、止まれないのよ!!」
「クリスタ……」
クリスタは滞空したまま、杖で小さな魔法陣を立て続けに描き始めた。
完成した魔法陣は赤い輝きを放ち、順次、熱殺火槍を俺達へと落としてくる。
否。それらは俺達からやや離れた場所へと落ちている。
「……まずい。逃げろネフラッ」
「え?」
「瓦礫が崩れる!」
クリスタの狙いは周囲に積もった瓦礫の山だった。
直接俺達を狙っても、魔法攻撃はネフラの事象抑留に無力化されてしまう。
だから、あえて周りの瓦礫を狙っているのだ。
しかも威力を抑えて大量に撃ち出してきている。
見上げれば、熱殺火槍が流星のように降りそそいでいるせいで、空が赤く見えるほどだ。
「あうっ!」
瓦礫の隙間を逃げ惑う中、破片がネフラの背中へとぶつかる。
巨大な時計塔の瓦礫である以上、ひとつひとつの瓦礫も巨大だ。
当たりどころが悪ければそれだけで致命傷を負いかねない。
ましてや、周囲は瓦礫の山だらけなのだ。
立て続けに熱殺火槍で衝撃を与えられれば――
「う、うわあああっ!!」
――瓦礫が崩れて、土石流のように迫ってくるのは必然。
俺はネフラを抱きかかえて、瓦礫の波から逃げ出した。
どこかに逃げ込むところはないか……!?
走っているさなか、倒れている尖塔に大きな亀裂を見つけた。
あわやのところで俺達はその亀裂に飛び込んで瓦礫に飲まれるのを免れた。
「だ、大丈夫か?」
「うん……」
ネフラが無事でよかった。
逆に、無理をさせた俺の体はもうガタガタだ。
「ごめんなさい。役に立てなくて……」
腕の中にいるネフラが弱気な言葉を漏らした。
彼女の小さな肩が震えている。
「言うなよネフラ。俺はお前が来てくれて、とても心強いんだから」
「本当?」
「ああ。俺が必ずクリスタを止める。あいつのためにも……止めなくちゃ」
「……」
その時、尖塔を凄まじい衝撃が襲った。
クリスタのやつ、熱殺火槍を雨あられのように尖塔へと集中させているな。
天井が崩れ落ちたら一巻の終わりだ。
「くそっ。せめて試作宝飾銃があれば……!」
「ジルコくん」
ネフラが尖塔の亀裂を指さす。
そこには銃剣が落ちているのが見えた。
さっきクリスタに追い払われた兵士が放り出していったものだ。
俺はすぐにそれを手に取って状態を確認した。
……撃てる。使えるぞ。
「試作宝飾銃がなくても銃剣なら」
「銃剣の性能で空にいるクリスタを狙撃できるかどうか……」
「私が囮になる」
「ダメだ! 今のあいつは普通じゃない。お前のことも平然と殺しかねない」
「でも、この場に留まっていても死ぬだけでしょう?」
「そうだけど……」
不意に、俺の視界にキラリと光るものが目に入った。
それは割れた鏡の破片だった。
「……鏡か」
その時、俺に妙案が閃いた。
今さら鏡の破片など何の役にも立たない。
しかし、それは使い方次第だ。
「ネフラ。最後の最後の賭け……付き合ってくれるか?」
「……」
ネフラは何も言わずに、俺に抱き着いてきた。
そして、息がかかりそうな距離まで顔を近づけるや、彼女は……。
「……キスして。そうすれば勇気が湧いてくるから」
「ネフラ?」
「ジルコくんの中にいるあの人も、いつかきっと私が追い出すから」
「……」
「これからずっとジルコくんの隣にいるのは、私だから」
ネフラは頬を赤らめながら、じっと俺を見つめている。
彼女の眼鏡の向こう側にある碧眼を見ていると、まるでこちらの心を見透かされているような不思議な気持ちになる。
この子が特別なのか、エルフという種族が特別なのか、いつも思っていた。
だが、今ならわかる。
俺にとって特別なのはこの子なのだと。
……俺は薄暗い尖塔の中で、彼女と唇を重ねた。
◇
尖塔が崩れ落ちる直前、俺達は別々の亀裂から外へ飛び出した。
どちらが先にクリスタに見つかるかは賭けだったが――
「止まりなさい、ネフラ!」
――幸いなことに、俺より先にネフラがクリスタの目に留まってくれた。
俺の閃いた作戦は、何ら特別なものじゃない。
クリスタの隙をついての狙撃。
ただのそれだけだ。
しかし、それだけのことが難しい。
クリスタを狙撃しようにも、銃剣の弾速は宝飾銃のそれとは比較にならないほど遅い。
しかも浮遊している上に、気を研ぎ澄ませて警戒しているクリスタに直撃させるのは至難の業だ。
だからこそ、ネフラがどれだけ彼女の意識を引けるかにかかっている。
「どうしても矛を収める気はないのね、クリスタ」
「……ジルコはどこ?」
ネフラに呼びかけながらもクリスタは警戒を緩めない。
必要以上に近づこうとしないし、それとなく周囲をうかがっている。
「クリスタ。ジルコくんの代わりに、あなたに伝えたいことがあるの」
「なんですって?」
「あなたは解雇よっ!!」
そう言うや、ネフラがクリスタへ向かって小さな物を放り投げた。
尖塔で別れる前に俺が預けた鏡の破片だ。
「!! ……二度も同じ手にっ!」
さすがクリスタ。
自分に向かって飛んできたそれが鏡であることを瞬時に見抜いた。
彼女は鏡の周囲を回るような軌跡を描きつつ、距離を置こうとしている。
俺の新技・鏡光反射撃を警戒しての動きだ。
だが――
「……来ないっ!?」
――来るとわかっていて来ない攻撃に、彼女は拍子抜けした様子。
そんな彼女を、俺は瓦礫の下に潜みながら待つのみだ。
「射程だぜ。クリスタ――」
彼女が空中を遊泳しながら、体勢を立て直そうとした時。
「――ブチ抜けっ!!」
俺が引き金を引いた後、響き渡る銃声にクリスタが振り向いた。
彼女の胸を銃剣の弾が貫いたのは、その直後だった。
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