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4-072. ジルコVSクリスタ②

「なんだこの魔法は!?」


 辺りがまるで黒い霧にでも包まれたかのように薄暗くなっていく。

 どうやらクリスタを中心に暗闇(それ)は街の中を広がっているようだ。

 彼女の周りは特に真っ暗で、夜目の利く俺でも見通せないほどに深い闇が覆っている。


「深淵の闇に光は飲み込まれる――」


 その闇の中からクリスタの声が聞こえてくる。


「――あなたにとっての希望と同義ね」


 暗闇からクリスタが姿を現した。

 と同時に、杖で魔法陣を描き始める。


「闇の中でこそ光が映えるってもんだ!」


 攻撃に転じるのはこちらの方が早い。

 俺はクリスタに向けて試作宝飾銃(リヒトカリヴァー)の引き金を引いた。

 銃口から橙黄色の光線が射出され――


「!?」


 ――ない。

 一瞬だけ銃口から光が発したように見えたが、光線が伸びない。

 まさかの不発?

 こんなこと初めてだ……。


「も、もう一度っ」


 改めて引き金を引く。

 だが、今度は何も起きない。

 まさかと思って装填口を開くと、中から崩れた宝石が落ちてきた。


 試作宝飾銃(リヒトカリヴァー)は正常に機能していた。

 光線は正常に発射(・・・・・)されていた(・・・・・)のだ。

 にも関わらず、光線が標的へ飛ばないということは……。


「この闇のせいかっ!?」

「ご名答」


 その時、クリスタはすでに魔法陣を完成させていた。


「刹那の光源など、瞬く間に闇に飲まれて消えてしまうわ」


 魔法陣が赤い輝きを放った。

 金色に煌めく炎の槍が俺に向かって飛んでくる。


熱殺火槍(ファイア・ランス)――」


 闇の中を迫ってくる金色の槍。

 直撃を食らえば即死は免れないだろうが、なんとか躱せる。

 とっさに横に駆けだし、炎の槍の軌道から逃れた。


「――追跡(チェイサー)


 と思った矢先。

 なんと躱したはずの炎の槍が空中でねじ曲がり、俺の背中を追いかけてくる。


「何ぃっ!?」


 まさか炎が追いかけてくるとは思いもしなかった。

 俺の進行方向には壁が立ち塞がっている。

 足を止めれば、瞬く間に追いつかれて背中を焼かれてしまう。

 否。むしろ体を貫かれて全身バラバラになりかねない。


「冗談じゃねぇ!!」


 俺は床を蹴って、壁の側面にある凹凸を頼りにそのまま壁上へと駆け上った。

 直後、俺の足元で炎の槍が壁へと激突。

 金色の火花を散らしながら、壁が爆裂して吹っ飛んでいく。

 ……想像通り、直撃したら即死だ。


 すぐさま俺は破砕された壁の向こう側へと飛び降りた。

 そこはコーフィーハウスの隣にあるパン屋の中庭だった。


「……っ」

「……!?」


 パン屋の従業員であろう女性達が、俺を奇異な目で見つめている。

 この突然の闇の中、壁を吹っ飛ばして敷地に入ってきた人間がいれば、誰だって怪しく思うよな。

 女性の一人が悲鳴を上げそうになったので、俺は慌てて呼びかける。


「ちょっと待った! 俺は怪しい者じゃないっ」


 ……間抜けか俺は。

 この状態でこんなこと言って、落ち着かせられるわけがない。


 その時、唐突に強い眠気が俺を襲った。

 さらに目の前の女性達がバタバタと倒れていく。


「邪魔者には眠ってもらうのが一番よ」


 クリスタが崩れた壁の隙間から敷地内へと入ってきた。

 彼女が持つ杖の先端には、エーテル光の残滓(ざんし)がわずかに残っている。

 きっと眠りの魔法で彼女達を眠らせたのだろう。


「街の人達を巻き込むなんて、何を考えているんだ!」

「あなたが悪いのよ。あなたが私を幻滅させなければ、こんなことにはならなかった」

「ふざけるなっ!」

「ふざけているのはどっちよ」


 クリスタに殺意のこもった眼差しを向けられ、全身に寒気が走る。

 試作宝飾銃(リヒトカリヴァー)が使えない今、クリスタと真っ向勝負するなんて自殺行為に等しい。

 しかし、これ以上逃げ回って被害を拡げるわけにもいかない。


「お前だ!」


 試作宝飾銃(リヒトカリヴァー)をホルスターへと戻すや、俺は別の武器を取った。

 右手に改造コルク銃。

 左手に親方に送ってもらったばかりの新武装(鏡の短剣)の片割れ。


「ふふふふっ。笑わせないでジルコ。銃士(ガンナー)のあなたが、そんなオモチャとナイフで私に挑むの?」

「笑うなよ。あとで恥をかくぞ?」

「恥ならもうかかされたわ。私の心を抉るような恥を、ね」


 クリスタがくるりと杖を振って魔法陣を描き始める。

 その描画速度はクロードよりも上。

 俺が近づく間もなく、またもや赤い魔法陣が輝きを放った。


九つ頭の炎蛇の鞭舌フレイム・タンズ・ヒュードラ!!」


 魔法陣から出てきたのは、九つの炎の鞭。

 それがまるで意思を持ったかのように、上下左右から俺へと迫ってくる。

 後ろに飛び退いて初撃を避けたものの、芝生を打ちつけた炎の鞭から一気に炎が燃え上がり、周囲に延焼していく。

 さらに燃え上がる炎の奥から、別の鞭がまるで槍のように直進してきた。


「うわあっ!」


 地面を飛び跳ね、空中で身をひねりながら、かろうじて追撃を躱す。

 着地して早々、俺は不本意ながらもパン屋の中へと飛び込んだ。

 店内には唖然としている店員や客が何人もいる。

 そんな中、入り口目指して突っ走った。


「ギャー!」

「わぁっ」

「な、なんだぁーっ!?」


 入り口から表通りに転げ出た時には、建物を破壊しながら俺を追いかけてくる炎が目に入った。

 まるで燃えてのたうつ蛇のような動きで気味が悪い。

 立派なパン屋が内側から炎に焼かれているのを見て、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ごめん、パン屋さん……」


 しばらくして、炎の鞭が店内へと引っ込んでいく。

 直後、緑色の輝きが見えたと思ったら、店内から突風が発生した。

 燃え広がっていた炎を一瞬にして吹き消しながら、中に残っていた店員や客を(あお)いで外へ押し飛ばしたのだ。


「まったく。凡夫は世話が焼けるわね」


 白煙をかき分けながら、クリスタがパン屋から出てきた。

 罪なき一般市民に被害を出しておきながら、その顔は平然としている。


「クリスタ、お前……やりすぎだっ」

「あとで弁償しておいてくれる?」

「なんだとぉ!?」

「ギルドメンバーの責任を取るのが、ギルドマスターの仕事でしょう」


 クリスタが首の冒険者タグを撫でた時、俺はタグにギルドの記章が戻っていることに気がついた。

 おかしい。

 さっきコーフィーハウスで回収したはずなのに……。


「ま、まさか……っ」


 ズボンのポケットに手を突っ込むと、入れたはずの記章がない。

 いつの間にか、ポケット部分の布が焼け落ちて穴が開いてしまっている。

 炎の槍や鞭から逃げ回る際に、ズボンを焼かれていたのだ。

 なんてうかつな……!

 否。もしや、それを計算して炎の魔法を多用していたのか?

 狡猾なクリスタなら有り得る話だ。


「き、記章を返せっ!」

「お断りするわ。今はもう、あなたよりギルドの方に価値があるもの」

「だったら、若返りの秘薬を返してもらう!」

「迷惑料としてもらっておくわ。不愉快な茶番を演じさせられたのだし」

「身勝手過ぎる!!」

「女の我儘(わがまま)を許すのは男の甲斐性というものよ」


 クリスタがまたも杖を空中に振るう。


 即座にコルク銃を彼女に向けて撃ったものの、もはや焼け石に水。

 飛んで行ったコルク栓は魔法陣のエーテル光に阻まれ、燃えカスになって俺の足元まで転がり戻ってきた。

 しかも、コルクの中身の鉛はドロドロに溶けてしまっている。

 この程度の質量では、魔法陣の描画を遮ることもできないか……。


「打つ手なし? 得意の投擲も試してみたらどう?」


 魔法陣の奥で、クリスタの嫌味な笑い顔が見える。

 手元の短剣を投擲すれば魔法陣を突き破れるかもしれないが、刀身を(・・・)痛めて(・・・)しまう(・・・)ような真似はできない。

 やむなく短剣をコート裏の鞘へ戻すや、この場を凌ぐ手段を思案した。


「どうしたの? 諦めたのなら、楽に逝かせてあげるけれど」

「諦めないさ」

「今のあなたに何ができるの」


 ……何もできない。

 この闇の中にいる限りは。

 だから、俺は――


「逃げる!!」


 ――クリスタに背を向けて遁走した。


「なっ! ……恥を知りなさい、ジルコ・ブレドウィナーッ!!」


 暗闇に包まれて混乱する人々をかき分けながら、街路を突っ走る。

 いくら傍若無人の〈身儘(みまま)の魔女〉でも、関わりのない人達もろとも俺を焼き殺そうとはしないだろう。

 ……しないよな?


 なんにせよ、試作宝飾銃(リヒトカリヴァー)が使えなければ一矢報いることすらできない。

 俺は街中を走って走って走りまくった。


「! 思った通りだっ」


 コーフィーハウスから数百mほど走ると、暗闇に包まれた街の先に青い空が見えてきた。

 闇が覆っているのは、あの場所から半径数百mの距離だけなのだ。

 外に出れば試作宝飾銃(リヒトカリヴァー)も使えるようになるはず。


「あなたの行き先は、この先ではないでしょう?」


 突然、背後からクリスタの声が聞こえた。

 なんで!? と思って振り返ると――


「天国か地獄か、好きな方に逝きなさい」


 ――クリスタが空中を滑空しながら、俺の真後ろにピタリとついてきていた。


「うわあああっ!!」


 俺にできるのは、前を向いてひたすらに全力疾走することだけだった。


「我が慈悲に耳を貸さぬ愚かなる愚者への裁き――」


 クリスタの歌うような声が聞こえてくる。

 お得意の詠唱パフォーマンスだ。

 彼女が高速移動しながら魔法陣を描くことができるのを忘れていた。

 このままじゃ暗闇の外に出る前に黒焦げにされちまう!


「くそっ! くそっ! くそぉぉ~っ!!」


 走りながらなんとか打開策がないか考えるも、妙案浮かばず。

 よりによって俺が走っている通りは、曲がり角もなければ、停車している馬車もない。

 選んだ道が悪すぎた。

 選択を誤った。


「――かの者の魂を地獄の業火で焼き尽くし、積年の恨みを晴らしたまえ」


 なんて身勝手な詠唱。

 積年の恨みがあるのは、むしろ俺の方だぜ!


 前を向いて走る俺の視界に、後方から赤い輝きが照りつけ始める。

 ダメか……!

 そう思った時、見覚えのある連中の姿が前方に見えてきた。


「!? あれは……」


 いつぞやの浮浪児達だった。

 彼らはわざわざ雑踏から少し離れた位置に立ち、そのうち一番背の高い少年が街路の隅を指さしている。

 逃げ道を指示してくれているのか?

 だが、彼の指さす方向には細い路地すらない。

 高い壁が続いているのみで、この状況では乗り越えることも難しい。

 どういう意図なんだ……!?


「哀れな子羊に清めの魂葬(こんそう)を――赫灼招来(バーン・ブリンガー)!!」


 クリスタが魔名を叫び、背中に熱を感じた瞬間。

 俺は、薄暗い街路の隅に()が開いていることに気がついた。

 暗さのせいで今の今まで気づかなかった。

 あれは側溝だ。

 排水のために街路の脇に設けられている溝。

 しかもそれは、下水道へと繋がっているはず。


「うおおおっ」


 背中を焼く熱が高まっていくのを感じながら、俺は側溝へと走った。

 そして、コート越しに熱が痛みに変わろうとした瞬間。


「……だぁっ!!」


 間一髪、俺は側溝の中へと飛び降りることができた。

 暗い穴の中を落ちていく合間に、俺は目にした。

 穴の外――地上を金色の炎が走っていく様子を。

 危ないところだった……。


 ところで、俺はどこまで落ちていくんだ?


 そんな思いを巡らせた直後、背中から床に激突した。

 不幸中の幸いだったのは、水の上に落ちたことだろうか。

 下に流れる水がクッションになってくれたおかげで、高いところから落ちたトマトのようになることは免れた。


「がはっ。げほっ、げほっ」


 背中を強く打ったせいで息ができない。

 さらに、周囲に漂う下水の悪臭。

 おまけに、何かが焼け焦げた嫌な臭い。 


「……うわぁ。マジかよ」


 仰向けのままうなじに触れてみると、首筋から後頭部にかけての毛がチリチリに焼け焦げていた。

 起き上がって気づいたが、コートの背中部分もボロボロに焼け焦げている。

 どうやら俺は、背中を燃やしながら落ちてきたらしい。

 下水に落ちたことがつくづく救いだった。


「九死に一生を得たか……」


 あの浮浪児達のおかげだ。

 この礼はいつか必ずしないとな。


 服はあちこちボロボロだけど、幸い体はまだ元気。

 このまま下水道から暗闇の外に出さえすれば、反撃の目はある。

 クリスタにギルドの記章を奪われた以上、解雇通告も今や何の意味もなさない。

 なんとしても、クリスタから記章を取り戻さなければ。


「もうどうあっても戦いは避けられない。なら……勝つしかない!」


 あの怪物と本気で()り合わないといけないなんて、ゲンナリする。

 だが、ネフラの行方もあの女が知っているようだし、俺には逃げる選択肢なんてない。

 クリスタ(あいつ)の視た未来が正しいか。

 それとも俺の視た未来が正しいか。

 あやふやな未来を、この戦いで決定してやろうじゃないか!

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