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4-069. 運命の日

 クリスタが俺に尋ねてきた。


「ネフラは一緒じゃないの?」


 その答えに俺は言いよどんでしまった。

 ネフラがいなくなった理由。

 それはきっと、湯屋での出来事に起因している。

 俺とクリスタの不本意な行為(・・・・・・)のことだ。


「キャッタン達と別れを惜しんでるよ」

「ふぅん」


 思わず嘘をついてしまった。

 だが、クリスタはどうでもよさげだ。


「用件はそれだけか?」

「さっき言ったこと、復唱しなさい」

「午後三時、時計塔近くのコーフィーハウス……だな」

「必ず来て」

「行くよ」

「約束よ。もしも破るようなことがあれば……」

「約束は守る」


 クリスタがニコリと笑った。

 心なしかその表情は嬉しげだ。


「……」

「……」


 用件は済んだはずなのに、クリスタがその場から動こうとしない。

 おかげでクリスタと見つめ合う状態になってしまった。

 ……なんだか気まずい。


「まだ何かあるのか?」

「……まぁね」


 そう言うや、クリスタが胸元へと指を突っ込んだ。

 俺が目を丸くしていると、胸の谷間から手のひらに収まるくらいの小さな箱が出てきた。

 ……本当、そこには何でも入るんだな。


「これを」


 クリスタがその箱を俺に投げ渡してきた。

 受け取った箱にはドラゴグの紋章が焼きつけられている。

 蓋を開けてみると、中には二つのくぼみがあった。

 片方は何も収まっていないが、もう片方には――


「赤い……宝石」


 ――深紅の輝きを放つ宝石が収まっていた。

 ルビー。否。レッドダイヤモンドだ。

 主色相が赤のダイヤモンドは非常に希少だと言われている。

 しかも、大きさも1カラットほど。

 一体いくらの価値になるのか想像もつかない。

 こんな物をポイっと投げ渡すなよ……。


「レッドダイヤモンドじゃないか。どうしてこれを俺に?」

「報酬の片割れとして差し上げるわ」

「片割れ? 報酬ってことは魔物討伐の件か?」

「そう。報酬は半々と約束したでしょう」


 クリスタの言い方から察するに、もう片方のくぼみにはこのレッドダイヤモンドの片割れが入っていたのだろう。

 こんな希少ダイヤが二つも揃って報酬に設定されているとは驚きだ。

 あの三匹の魔物の討伐には、それだけの価値があったということか。


「……そうだったな」

「約束は守ったわ」

「確かに受け取ったよ」

「それと――」


 クリスタは腰に巻いているベルトポーチから、今度は皮の袋を取り出した。

 それを再び俺へと投げ渡してくる。


「――私のために浪費した分を返すわ」


 袋を開けてみると、中には宝石が大量に入っていた。

 いずれも輝きはレッドダイヤモンドに遠く及ばないが、それでも普段俺が間に合わせで揃える屑石(くずいし)よりもずっと良い。

 それが数にして10~20。

 当面の戦力を無償で手に入れられたことは俺にとって大きい。


「もしかして、魔物と戦っていた時に俺が踏み砕いた宝石の補填か?」

「ええ。借りを作ったままにするのは嫌いなの」


 クリスタは長い髪を掻き上げながら、気恥ずかしそうな表情を浮かべた。

 なんだか彼女らしくない態度だな。


「ありがたく受け取っておくよ、クリスタ」

「忘れているようだから言っておくけれど、別の機会に17万グロウは返してもらうわよ」

「えっ!」


 クリスタに言われて、俺はイエローダイヤモンドのことを思い出した。

 魔物との戦いの土壇場でクリスタから譲られた宝石だ。

 すっかり忘れていた……。


「それだけの大金、すぐに用意するのは無理でしょう。しばらく待ってあげるから感謝しなさい」

「そ、そりゃどうも……」

「以上よ。では、約束の場所で」


 クリスタは(きびす)を返し、雑踏の中へと消えていった。


 彼女の背中を見失った後、視線を上げて遠くの時計塔を見やる。

 文字盤の針は12時12分を指していた。

 約束の時間まで、あと三時間弱。


 俺は改めて手元のレッドダイヤモンドを見下ろす。

 そのダイヤに俺は見覚えがあった。

 自分史の館で視た俺の未来。

 その時に、俺がクリスタへと渡した宝石と大きさも輝きもそっくりなのだ。


自分史(あの時)に視た未来と、これから俺が歩む未来。どうやらずいぶんズレているみたいだな」


 それが幸か不幸か、今の俺にはわからないが……。

 俺が(・・)この宝石を(・・・・・)クリスタに(・・・・・)渡す(・・)最悪の未来だけは変えられたようだ。 

 だが、別の形で未来が最悪になる可能性は否めない。

 何せ相手はあのクリスタなのだから。


 そう考えると、俺はどうしてもネフラに会いたくなった。

 あの子と不本意な別れ方をしたきり、二度と会えないかもしれないなんて絶対に嫌だ。

 ……もう居ても立ってもいられない。

 俺はネフラを捜すことにした。





 ◇





 時間というものはあっという間に過ぎてしまう。

 時計塔を見上げると、すでに2時30分を回っていた。


「くそっ。どこにいるんだ……!?」


 あれから思いつく限りの場所を捜した。

 宿屋〈くつろぎ亭〉。

 ヴェニンカーサ伯爵邸。

 コロムバ侯爵邸。

 グラトニーオペラ会館。

 帝国兵の屯所。

 貧民街の孤児院。

 湯屋〈竜の宿〉。

 しかし、結局ネフラは見つからなかった。


 帝都を訪れて九日。

 その短い間に、実にいろいろなところを巡り巡った。

 どこへ行くにも俺の隣にはネフラがいてくれた。

 しかし、今は違う。

 俺の運命を分けるであろう場所へ行くに当たって、俺の隣に彼女はいない。

 それがこんなにも俺の不安を掻き立てるなんて。


「もう約束の時間だ……」


 このままネフラの捜索を続けたいのが本心だが、一度交わした約束を違えるわけにもいかない。

 俺はクリスタの対策に意識を切り替えることにした。


 呼び出された先のコーフィーハウスで、俺はクリスタに解雇通告を行う。

 若返りの秘薬を条件にすればきっとクリスタは乗ってくる。

 彼女に解雇を納得してもらい、穏便にギルドから去ってもらうという当初の計画を、いよいよ実行する時が来たのだ。


「そうだ。その前に」


 俺は駅逓館(えきていかん)に立ち寄る必要があることを思い出した。

 王都の親方に頼んでおいた品が届いているかもしれない。

 もともとは、クロードやクチバシ男のように宝飾銃(ジュエルガン)を無効化できる連中への対策だった。

 だが、万が一クリスタと揉めた時、あの新武装は切り札になりうる。


 ……もう時間がない。

 俺は駅逓館(えきていかん)へと急いだ。





 ◇





 駅逓館(えきていかん)に行くと、エル・ロワの冒険者ギルドから俺宛てに小振りの木箱が届いていた。

 さっそく中身を確認したところ、布に包まれた短剣が二振り入っていた。


「これが頼んでいた新武装か」


 布を巻きとってみると、露わになった刀身にくっきりと俺の顔が映し出された。

 まるで鏡を覗いているかのようだ。

 試しに窓から差し込んでいる日の光に当ててみたところ、刀身そのものに綺麗に光を反射する細工まで施されていた。

 見事に発注通りだ。


「良い出来だぜ。さすが親方!」


 さっそく防刃コートの裏側に仕込んである鞘へと、二振りの短剣を収める。

 材質の違いか、以前のナイフに比べて重さが増した気がする。


 リュックを背負い直したところで、木箱の底に手紙があることに気がついた。

 また親方の説教でも書かれているのかと思いつつ、便箋(びんせん)を開いてみると……。


 ――武運を――


 とだけ書かれていた。


 間違いなく親方の筆跡。

 俺はそのメッセージを見て、自然と口元が緩んでしまった。

 今の俺にとっては心強い励ましだ。


 壁に掛かっている時計を見ると、時刻はすでに2時50分を指していた。

 クリスタとの約束の時間までもう10分しかない。

 約束のコーフィーハウスの場所は事前に調べておいたが、駅逓館(ここ)からだと全力で走っても10分以内にはとても着けない。

 約束の時間に遅れたら、クリスタの機嫌を損ねること必至だ!


「間に合うか!?」


 駅逓館(えきていかん)を出た俺が目にしたのは、停車したばかりの送迎用箱馬車(キャリッジ)だった。

 なんたる偶然。

 俺はわき目もふらず飛び乗った。





 ◇





 街路を走る馬車の窓から、巨大な時計塔が通りの先に見えてきた。

 客車の中からではとても天辺(てっぺん)まで仰ぎ見ることができない。

 いつだったか、帝都の時計塔は尖塔の先まで含めると90mほどの高さがあるとネフラが言っていた。

 彼女は時計塔をいつか見てみたいと言っていたし、こんな間近で見上げる機会があるのなら、あの子も一緒であればどれほどよかったか……。


 その時計塔がちょうど三時の時刻を指し示した時。

 ちょうど馬車は目的のコーフィーハウスの前へと停車した。


「ギリギリ間に合った……」





 ◇





 コーフィーハウスに入ると、入り口のドアに備えられた呼び鈴が鳴った。

 絢爛豪華な内装。

 美しい竜の意匠が施された扉や窓。

 どこからともなく漂ってくる香ばしい匂い。

 エル・ロワにあったコーフィーハウスと同じ様式だ。

 建築者、もしくはオーナーが同じなのだろうか。


 店内を見渡すと、厳かな装いの紳士淑女ばかり。

 ひと目で冒険者とわかる出で立ちをした俺には、明らかに場違いな場所だ。

 しかも、クリスタの姿はどこにもない。


「まだ来ていないのか?」


 俺が出直そうか考えていると、褐色の肌をしたウェイトレスが声をかけてきた。


「ジルコ様、でございましょうか?」

「……そうだ」

「ご来店を承っております。クリスタリオス様はテラス席にてお待ちです」

「テラス席?」

「はい。ご案内いたします」


 俺はウェイトレスに連れられて、テラス席へと案内された。

 そこは、背の高い茂みに囲われた小さな庭だった。

 茂みの向こうは街路のようだが、覗かれるような隙間もないので、天井のない個室のような空間になっている。

 花壇の飾りつけも美しく、この場所が特別な客のために用意されたVIPルームの類であることは容易に想像できた。


 そんなテラスの一角に、真っ白いテーブルが置かれている。

 テーブルにはふたつの椅子が用意されており、そのうちのひとつにはすでに先客が腰掛けていた。

 背中を惜しげもなく開いた衣装。

 紫色の(なま)めかしい髪。

 先客(それ)が誰なのか、俺にはひと目でわかった。


「クリスタ」


 運命の日。約束の時間。

 次期ギルドマスターである俺にとって勝負の時だ。


 俺は逸る気持ちを落ち着かせながらテーブルへと向かう。

 彼女の隣を通って、対面の椅子へと腰を掛けると――


「時間通りね」


 ――向かいに座るクリスタが、ご機嫌そうな笑顔で迎えてくれた。


「ご注文はいかがいたしますか?」


 ウェイトレスがテーブルの前に立ち、注文を聞いてきた。

 クリスタはメニューも見ずに慣れた様子で返答する。


「リンドヴルフレイムを。砂糖を多めに」

「かしこまりました」


 次に、ウェイトレスの視線が俺へと向いた。


「えぇと……エルロワンヒールで」

「申し訳ございません。当店では、エル・ロワで提供しているメニューとはいささか違いがございまして」

「あっ。そ、それなら……彼女と同じもので」

「リンドヴルフレイムでございますね。お砂糖は?」

「いらない……です」

「かしこまりました」


 ウェイトレスは一礼した後、店内へと戻って行った。

 ……こういう上流階級向けの店はやっぱり性に合わない。


「ふふふっ」


 クリスタにも笑われる始末だ。

 この流れで話を始めるのはバツが悪いが、仕方がない。


「話って何だ?」

「あなたの用件から聞かせてちょうだい。私にずっと話したいことがあったのでしょう?」

「……わかった」


 俺が先攻か……。

 いざ解雇通告となると、どうしても緊張してしまう。

 相手がクリスタだからだろうか。


 俺は覚悟を決めて、話を切り出した。


「重要な話だ」

「あら。何かしら」

「ギルドは今、財政難なんだ。このままだと、借金を抱えたまま解散せざるをえなくなる」

「でしょうね。闇の時代が終わった今、後援組織(パトロン)が資金を出し渋るのはわかるわ」

「その通り。だから当面の間ギルドを縮小することになる」

「縮小というのは建前で、問題ばかり起こす所属冒険者を切り捨てることを条件に、ギルド管理局に借金の担保をしてもらう、というのが本音ではなくて?」

「……そ、そうだ。だから管理職以外は全員解雇することになる」


 クリスタは押し黙ったまま、無表情でじっと俺の目を見据えている。

 その目には怒りも悲しみも感じられない。


「クリスタ。きみには〈ジンカイト〉を辞めてもらいたい」


 俺の解雇通告に、彼女は――


「ふっ」


 ――心底、不気味な笑みを浮かべた。

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