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4-065. 竜の湯場

 翌日、目を覚ますと――


「おはよう」


 ――ベッドに横たわる俺の顔をネフラが覗き込んでいた。


「お、おはよう……」

「ぐっすり寝ていたね」


 ネフラの顔が、息がかかるほどの距離にある。

 眼鏡越しに見える美しい碧眼(ブルーアイ)を目にして、俺は吸い込まれるような感覚に襲われた。

 ……だが、ネフラが顔を離したことで俺は我に返った。


「あ、ああ。昨日は孤児院から戻ってすぐ、夜まで祝宴だったからな。酒も入っていたしよく眠れたよ」

「ジルコくんが一番頑張っていたものね」

「そうかな?」

「そう」


 ネフラが屈託のない笑みを浮かべる。

 彼女の笑顔を見ると、なんだか元気が出てくるな。


「昨日の夜、王国軍の兵士長さんが訪ねてきたの」

「兵士長が? と言うことは、本隊が帝都に到着したのか」

「そう。昨日の夜にようやく」

「……今さら来られてもなぁ。もう〈ハイエナ〉はリーダー以外、俺達で捕まえたってのに」

「それを受けて、リーダーの追跡調査は本隊が引き継いでくれるって」

「となると先遣隊(俺達)はお払い箱か?」

「午後、兵士長さんから正式にその通達がある。報酬(・・)もその時にって」

「そうか」


 〈ハイエナ〉から若返りの秘薬は取り戻した。

 だが、秘薬はいったん制圧部隊へと提出してある。

 せっかく手に入れた目的の品ではあるが、一応は帝国兵を中心に組まれた制圧部隊だ。

 エル・ロワ(先遣隊)としても、彼らの顔を立てないわけにはいかない。

 秘薬については商人ギルドから軍に話が伝わっているはず。

 兵士長の報酬(・・)とは、若返りの秘薬のことだろう。


「先遣隊は解散。キャッタンとデュプーリクさんも、リーダー捜索に加わるって」

「……そうか」


 とうとう先遣隊も解散か。

 キャッタンとデュプーリクともお別れというわけだ。

 それにヘリオも教皇領へ帰ることだろう。


 最初から最後まで頼りないリーダーだったデュプーリク。

 最初はキツかったが、今ではその態度もずいぶん軟化したキャッタン。

 (えん)の下の力持ちに徹してくれたヘリオ。

 一時(いっとき)の急造パーティーとわかっていたが、いざ解散となると寂しいものだ。


「昼飯までもうひと眠りするかなぁ」

「それはダメ。今から出かけるんだから」

「え? どこへ?」

「午前中はヴェニンカーサ伯爵夫人からのご褒美がある」

「伯爵夫人からのご褒美?」

「今朝、彼女に言われたの。ジルコくんは寝ていたから知らないでしょう」

「ご褒美って宝石の件じゃないのか?」

「ある意味、もっと良いもの。ついてきて」


 そう言うと、ネフラは部屋から出て行ってしまった。

 もうひと眠りしたかったが、どうやらそうもいかないらしい。


 俺はホルスターを左右の脚に装着し、コートを羽織った。

 ……よく見ると、コートも衣服もこの半月の旅でずいぶん傷んでしまっている。

 おまけに汗とか垢とか、臭いも酷い。

 王都へ帰る前に服の新調でもしていくかな。





 ◇





 ヴェニンカーサ伯爵邸を出ると、空はまだ白んでいた。

 日が昇りきっていない帝都の街並みを見渡しながら、俺とネフラは隣り合って街路を歩く。


「どこへ行くんだ?」

「とても良いところ」

「教えてくれないのか?」

「着いてからのお楽しみ」


 ネフラがウキウキしているのを見て、俺は図書館にでも行くのかと思った。


「ジルコくん、なんだかんだ楽しそうだった」

「この半月のことを言っているのか?」

「そう。キャッタンとデュプーリクさんとヘリオさんと、久々のパーティー行動。ジルコくん、なんだか昔に戻ったみたいだった」

「そうかな。……そうかもな」


 昔、とは闇の時代のことだろう。

 戦力こそ当時とぜんぜん違うが、仲間と一緒に戦うのは心強い。

 俺自身が銃士(ガンナー)だからか、余計にそう思う。


「あいつらとの冒険も悪くなかったな」


 独り言ちた傍から、ネフラがくすりと笑った。





 ◇





 東市街をしばらく歩くと、背の高い(へい)で囲われた敷地に差し掛かった。

 通りの先に見える門の前には帝国兵らしき見張り番が立っている。


「ここが目的地か?」

「そう」


 門の前に着くや、ネフラが懐から銀色のメダルを取り出して門番に見せる。

 その表面には見覚えのある紋章が刻まれていた。


「ヴェニンカーサ家の紋章か。お前達がネフラとジルコだな」


 ネフラがこくりと頷く。

 すると門番が道を開けて、俺達に門をくぐるようにうながした。


「お前達で最後だ。武器は湯屋の者達に渡してもらう」


 ……ユヤ?

 もしかして、ここって湯屋――浴場施設なのか?


 門をくぐった先には、広い敷地に大理石の柱があつらえられた神殿のような建物が見えた。

 建物の隙間からは空へ向かって白い湯気が立ち昇っている。


「ここは上流階級の人達だけが利用できる、物凄く豪華な浴場施設。伯爵夫人からのご厚意で先遣隊(私達)が招かれたの」

「……そういうことか」


 ネフラがウキウキしていた理由がわかった。

 まさかこんな報酬を用意してくれるとは、とんだサプライズだ。

 伯爵夫人に感謝だな。


「〈竜の宿〉へようこそお越しくださいました」


 湯屋の玄関口で従業員らしき女性に声をかけられた。

 俺は彼女を見て少々驚いた。

 なぜなら、肌が透けそうなほど薄いドレスを着ていたからだ。


 屋内を見渡してみると、俺達の他には湯屋の従業員しかいない。

 しかも、全員揃って彼女と同じドレスを着ているから目のやり場に困る。

 ……本当にここ、湯屋なんだよな?

 遊郭(ゆうかく)の類なんじゃないかと心配になってしまう。


「この先でのお世話は、私ども巫女がさせていただきます」

「巫女?」

「大いなる竜のお世話係という意味を込めて、当施設の従業員は巫女と名乗っております」

「なるほど……」

「貴重品や武器の類はお預かりいたします。金庫にて厳重に保管いたしますので、ご安心ください」


 出迎えの巫女が言うなり、奥からカートを押した筋骨隆々の男がやってくる。

 まさかこの男も巫女ってことはないよな?

 ……きっと金庫番だよな。


 俺は冒険者タグや宝石の他、試作宝飾銃(リヒトカリヴァー)とコルク銃の入ったホルスター、そしてコートの内側からナイフを取り出して、カートへと入れた。

 ネフラも同様に、冒険者タグと抱きかかえていたミスリルカバーの本をカートへ。

 体が軽くなったところで、俺達は巫女に奥へと通された。


「脱衣所へご案内いたします」

「この建物、やたら広いけどいくつか浴場があるのかい?」

「はい。当施設には、赤竜の湯場、緑竜の湯場、白竜の湯場、黒竜の湯場の四つの浴場がございます。ジルコ様とネフラ様は、赤竜の湯場をご利用いただきます」


 廊下を進んでいくと、ネフラが鼻を嗅ぐしぐさを見せる。

 いつの間にか廊下には心地よい香りが漂っていた。


「……いい匂い」

「錬金術師が精製した特別なハーブでございます。美容や心身のリラックスに加えて、わずかながら抗老化の効果もございます」

「それは凄い。他にも、垢すりや洗髪もしてくれると聞きましたが?」

「その通りでございます。当施設では、お客様にご満足いただける環境が整っておりますゆえ、旅の疲れを洗い流していただくには絶好の場と自負しております」


 確かに上流階級向けの浴場と言うだけのことはある。

 俺が普段使うような公衆浴場とはサービスの質がまったく違う。


「こちらが赤竜の湯場です」


 廊下の突き当りで巫女が足を止める。

 そこには、竜の彫像が飾りつけられた赤い扉があった。


「……ん? 俺達が一緒に案内されるってことは――」


 ここにきて、俺は今さらながら当然の疑問を口にした。


「――もしかして混浴なのか?」

「はい」

「マジで?」

「はい。すでに他の四名様も浴場に入られております」

「……四名?」


 まさか混浴とは驚いたが、四名とはどういうことだろう。

 先遣隊のパーティーは俺とネフラ以外には三名しかいないはず。

 ヘリオに、デュプーリクに、キャッタン。

 四名というのは彼女の言い間違いか?


「それでは中へどうぞ」


 巫女が扉を開くと、ハーブの香りが一層強く鼻に届く。

 扉の先にはこれまた広い脱衣所があった。

 脱衣所の奥一面は()りガラスが張られており、浴場(向こう側)がわずかに透けて見えている。


「混浴か……」


 俺は独り言ちながら、隣にいるネフラの顔をうかがってみた。

 だが、彼女は澄ました顔のまま脱衣所へと入って行ってしまう。

 混浴と聞いて何とも思わないのか?

 俺が意識し過ぎなだけ?

 ……なんだか急に緊張してきたぞ。

 落ち着け、俺。

 ここは浴場だ、浴場!


「衣服は脱衣所の巫女達にお預けください。お客様が入浴中に、修繕と洗浄を行わせていただきます」

「えっ。脱衣所にも巫女がいるのか?」


 脱衣所に入って俺はまた驚いた。

 壁際に薄いドレスの女性が何人も並んでいたからだ。


「ヴェニンカーサ様のご要望で、浴場には冷たい飲み物も用意してございます。どうぞ、楽しい一時(ひととき)を」


 そう言って、案内役の巫女は扉を閉めてしまった。


「……」

「……」


 俺とネフラが扉の前に立ち尽くしていると、巫女達が寄ってきた。


「お召し物をお預かりいたします」

「え、えぇっ!?」


 突然、羽織っていたコートを巫女の一人に剥ぎ取られてしまう。

 コートだけじゃない。

 巫女達は俺に群がるようにして、一枚一枚衣服を剥いでいく。

 チュニックを引っ張られ。

 ブーツを脱がされ。

 ズボンのベルトを外され……。

 そこまでされるがままになったところで、さすがに俺は声を上げた。


「ま、待ってくれ! ……下は自分で脱ぐから」

「あら。よろしいので?」


 ……ズボンを引っ張っていた巫女に笑われてしまった。


 俺は半分以上も下ろされていたズボンを脱ぎ、さらに下着まで脱ぐ。

 その間ずっと若い女性達に囲まれていると思うと、どうにも落ち着かない。

 穴があったら入りたい気分だ。

 下着を巫女に差し出した時、彼女は一度視線を下に動かし――


「素敵ですわね」


 ――と言って、他の巫女達と脱衣所の隣にある部屋へ引っ込んでしまった。


 ……今のは褒められたのか?

 皮肉られたのか?

 どっちだ?

 どっちなんだっ!?


「こちらをお持ちください」


 困惑する俺の前に、その場に残った巫女が白いタオルを渡してきた。

 頬に当ててみるとふわっとするような心地のタオルだ。

 かなり良質な生地を使っているのだろう。

 不意に横を見てみると――


「お客様、お召し物を……」

「……っ」

「お客様!」

「……ダメッ」


 ――ネフラが、衣服を脱がされまいと必死に抵抗していた。

 巫女達は困った様子で俺に視線を送ってくる。


「どうした?」

「……先に入ってて」


 ネフラが顔を伏せながら言う。

 耳が赤らんでいるのを見て、俺は彼女の心情を察した。

 俺が居たら裸にはなれないよな……。


「先に入っているよ」


 ネフラに言い残し、俺は()りガラスの一角にあるガラス戸を開いた。

 瞬間、中から白い湯気がぶわっと溢れ出してくる。

 ハーブの匂いが鼻に香り、心地よい熱風が肌を撫でる。


「これは……凄いな……」


 浴場を覆う湯気。

 ガラス戸を閉めてその中を歩いていくと、大理石の浴槽が目に留まった。

 こんな広い浴槽は今まで見たことがない。


「ジルコ様、でございますね。お体を流しましょうか?」


 湯気の中から巫女達が現れ、素っ裸の俺に近づいてくる。

 やっぱり浴場でも彼女達が世話してくれるわけか。

 ……ちょっとサービスが過剰過ぎやしないか?


「よぉ、遅かったなぁ!」


 聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返ってみると、うつ伏せで寝具に寝そべっているデュプーリクを見つけた。

 タオルで尻だけを隠した状態で、その周りにひざまずく巫女達が、彼の手足に石鹸をこすって泡立てている。

 ……垢すりか。

 ……垢すりなんだよな?


「いやぁ~。この浴場は最高だな! こんな美女達に囲まれてまるで天国だ」

「あらやだ。デュー様ったら、お上手ですわぁ」


 デュプーリクの世辞(?)を聞いて、巫女達がくすくすと笑う。

 その光景を見てしまうと、本当に浴場なのか疑わしくなってしまう。


 その時――


「そう、天国。至高深淵の領域があれば、こんな心地よい場所なのかもね」


 ――もうひとつの声を聞いて、俺は固まった。

 その声は浴槽の方から聞こえてきた。

 恐る恐る振り返ると、湯気に覆われた浴槽の奥に人影が見えてくる。

 湯に浸かるその人影は、俺もよく知る人物。

 まさか彼女(・・)がこんなところにまで現れるなんて……。


「遅かったわね、ジルコ」

「クリスタ!?」

「さぁ。裸の付き合いをしましょうか」


 その妖艶(ようえん)な眼差しを受けて、暖かかった体が急に冷え込んだ気がした。

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