4-064. 競売品を奪還せよ!②
帝国兵に抱えられたユージーンが、孤児院の前に停まった装甲馬車へと運ばれていく。
静かだった貧民区画も今では野次馬が現れて騒がしい。
「お疲れ様ですジルコさん」
「さすがですねジルコさんっ!」
孤児院の外に出ると、ヘリオとキャッタンが俺を労う言葉をかけてくれた。
「……近いよ、キャッタン」
「うふふふふ」
キャッタンが必要以上に顔を近づけてきたので、俺は思わず後ずさった。
「〈ハイエナ〉相手に立て続けの活躍。どこかのアホと違って、ジルコさんは頼りになる素敵な男性だと再認識しました」
目を輝かせながら彼女が囁いてきた。
耳がぴょこぴょこと動いていることから、本心からの言葉らしい。
俺への評価もずいぶん改まったものだ。
「競売品は無事でしたか?」
ヘリオが尋ねてきたので、俺はキャッタンを押し退けて彼の質問に答える。
「二階のクローゼットに押し込まれていたってさ。今は帝国兵が検閲してる」
「これで一安心ですね」
ヘリオが安堵した表情になる。
海峡都市で競売品を奪われてから半月ほど。
ようやく彼の肩の荷も下りたというわけだ。
「お前の働きは教皇様も喜ぶだろうよ」
「ええ。これもジルコさん達のおかげです」
ヘリオが握手を求めてくる。
俺は気恥ずかしながらもその握手に応じた。
……それから少しして。
孤児院から出てきた帝国兵が俺に声をかけてきた。
「おいっ」
「なんだ?」
「二階へ行ってお前の相棒を連れ出してくれ」
「ネフラがどうかしたのか?」
「検閲の邪魔になってる! いくら言ってもテコでも動かない!」
またネフラの悪い癖が出たのか。
好奇心をそそられると我を忘れるのは、今に始まったことじゃないが……。
帝国兵を困らせるのはいささか面倒なことになるな。
「わかったよ」
俺は兵士に連れられて孤児院へと再び足を踏み入れた。
一階には、保母さんと楽しそうに話すデュプーリクの姿がある。
それを一瞥して、俺は二階への階段を登っていった。
◇
孤児院の二階は、かび臭く窓もない薄暗い部屋だった。
天井から吊り下げられた古い型のランプに火が灯っており、かろうじて部屋全体を照らし出している。
「あそこだ。さっさと連れてってくれ」
兵士が指さした先には、床に敷かれた布の上に競売品が並べられていた。
隊長が紙を見ながら部下に指示を出し、部下はそれに従って競売品の仕分けを行っている。
隊長が持っているのはどうやら競売品の目録らしい。
問題のネフラは、隊長の持つ目録を興味深そうな顔で覗き込んでいた。
フルフェイスの兜のせいで隊長の表情はわからないが、明らかに迷惑がっているな……。
「ネフラ。何やっているんだ」
「ジルコくん」
「邪魔しちゃ悪いだろう」
「ちょっと探し物を……」
若返りの秘薬を探してくれているのか?
並べられた競売品を見る限り、それらしき物は見当たらないな。
まだクローゼットから出されていない分があるのだろうか。
「隊長。これで全部です」
「そうか。……本当にそれで全部か?」
「ええ。何か問題が?」
「一点だけ品が足りないな」
隊長と部下の話を聞いて、俺の胸に不安がよぎった。
「品目は何でしょうか?」
「マーメイド・エキスだ。一番の高額で落札された品だな」
「……ありませんね。競売から半月も経っていますし、すでに闇市に流されたのでは?」
「品の価値を考えると早すぎる。闇市でも扱いかねるだろう」
「となると紛失ですか? もしかしたら、さっき捕えた暗殺者が持って逃げようとしたのでは」
「暗殺者の持ち物を調べてこい!」
隊長の指示で、俺の隣にいた兵士が敬礼して一階へと降りて行った。
マーメイド・エキス。
それこそ俺が求めていた若返りの秘薬だ。
まさか紛失したなんて信じたくない。
「賊が意識を失っていなければ、この場で聞きだせたものを……」
「悪かったな!」
隊長が嫌味を言ってきたので、思わず声を荒げてしまった。
俺達のおかげでユージーンを逃がさずに済んだのに礼のひとつもない。
本当、ドラゴグの兵士って嫌な奴ばかりだ。
「ジルコくん……」
ネフラが不安げな表情で俺を見る。
「キャスやウッドが持ちだした可能性もあるな」
「監獄を訪ねてみる?」
「行ったところで、部外者の俺達は入れてもらえないだろうなぁ」
その時、ネフラが俺から視線を外した。
彼女が視線を移したのは、壁にあいた穴だった。
あれが保母さんが言っていた、煙突の修繕のために空けた穴か。
穴の先は煙突と繋がっていて、ユージーンはそこから一階へと落ちてきたのだ。
……今思えば妙な話だな。
なんで煙突から外へ出ず、暖炉に落ちてきたんだ?
いくら緊急時とは言え、足を滑らせて落ちるようなドジじゃなさそうだが。
俺が穴を見ていると、ネフラが駆け寄ってその中を覗き始めた。
「顔が煤まみれになるぞ」
「ジルコくん、来て」
ネフラに手招きされたので、穴の前まで行ってみると――
「奥の壁に足跡がある」
――彼女の言う通り、煤だらけの壁に足跡がついていた。
「ユージーンのものじゃないのか?」
「彼の足はもっと小柄だった。これは別人の足」
「ってことは……」
「ユージーンは囮。もう一人が煙突から外に出た」
そう言われて、俺は穴の中に首を突っ込んで上を見上げた。
暗い煙突の先に四角い青空が見える。
「なんだ、どうした!?」
部屋から隊長の声が聞こえてくる。
俺は穴から顔を出して早々、周辺の警戒を呼びかけた。
隊長はすぐに階下へ降りて行き、大声で部下に指示を出しているのが二階にも聞こえてくる。
「ネフラ。俺は煙突を登ってもう一人を追う!」
「きっと槍術士だと思う。ジルコくん大丈夫?」
「心配するな。戦士系クラスなら近づかせなきゃ怖い相手じゃないさ」
俺はネフラの頭を撫でた後、煙突に入った。
そして、煤だらけの煙道を青空へ向かって登っていく。
◇
煙突の暗がりから顔を出すと、貧民区画の街並みが目に入った。
通りを挟んで背の低い三角屋根がズラリと並んでおり、なかなか見晴らしがいい。
周辺を見渡すと、数軒先の建物を飛び移って行く影が見えた。
背中には布に包んだ槍らしき物を背負っている。
……槍術士に間違いない。
「逃がすかよ!」
俺はコートのポケットから屑石を取り出し、装填口へ込めた。
手持ちの屑石は今のを含めて四つしかない。
うかつに攻撃して外すことは許されない。
俺は屋根の上に出るや、煙突に腰を置いて試作宝飾銃の銃口を標的へと向ける。
槍術士との距離は目算で70mほど。
その上、相手は俺が追ってきたことに気づいていない無防備の状態だ。
狙撃には絶好のタイミングと言える。
「くらえ――」
照準の当たりをつけて、引き金を引く。
しかし、その瞬間。
「――!!」
運悪く、槍術士が俺に振り向いてしまった。
奴は光線が銃口から射出されるのと同時に身をひるがえしたため、光線は足をかすめる程度だった。
奴は着地するや、すぐに隣の建物へと飛び移っていく。
まさかの失態に俺は歯噛みした。
こちらの敵意に気づいたのか、それとも偶然か。
どちらにせよ、槍術士に追手がいることを覚られた。
俺はすぐさま奴を追って孤児院の屋根から隣へと飛び移った。
脆い屋根の瓦は着地した瞬間に崩れそうになる。
貧民区画だけあって建物の老朽化が著しいな。
「ジルコ殿、残りの賊はどこだ!?」
真下の通りから隊長の声が聞こえてきた。
俺は屋根から下を覗いて、槍術士が逃げた方角を指さして叫ぶ。
「北だ! 槍術士が一人! 俺は上から奴を追うっ!!」
「承知した!」
隊長の指示のもと、北へ向かって帝国兵が走っていく。
だが、通りからではとても追いつけないだろう。
……俺が上から奴を追い、捕らえるしかない!
◇
残りの宝石は三発。
実際には、クロードの形見――ってことにしてある――宝石と、俺の冒険者タグのルビーもあるが、使いたくはない。
それほどの宝石になると、出力の調整ができない試作宝飾銃では相手を殺してしまいかねないからだ。
俺は屋根の上を飛び移りながら、槍術士を追い続けた。
奴は俺の銃を警戒し、視界に入らないように努めて動いているため、なかなか狙い撃つ機会がない。
このまま貧民区画の外まで追いかけっこが続けば、大通りの人混みに潜り込まれてしまう。
そうなれば追跡は不可能だ。
「これ以上は……!」
槍術士が屋根に着地するタイミングを見計らって、俺は引き金を引いた。
だが、光線は奴が着地した手前の出っ張りに当たってしまう。
どうやらわざと凸凹した場所を選んで移動しているようだ。
「あと二発。もうミスれない!」
俺は屋根の上を走りながら、装填口の屑石を入れ替える。
槍術士は四軒先の建物を走っており、俺も奴も建物を乗り移るペースは変わらない。
これは追いつくのが骨だな……。
そう思った矢先、不意に槍術士の姿を見失った。
「……!? 馬鹿な、なんで!?」
俺は着地した民家の上で足を止めた。
周辺の建物は、屋根の上に煙突くらいしか障害物がない。
見失うはずがないのだ。
「と、言うことは――」
俺は試作宝飾銃を身構え、耳を澄ませた。
「――来るか!」
背後――建物の側面から物音が聞こえる。
三角屋根のわずかな傾斜に隠れて回り込まれた。
このまま追われるのは旨くないと判断し、俺に反撃を試みるつもりだろう。
この足場であの長物を相手するには骨が折れる。
近づかれたら危険だ。
俺は音のする方向へと振り返るや、屋根の端へと銃口を向けた。
ドンピシャでそこから槍術士が仮面を出した。
引き金を引いた直後、仮面は粉々に砕けて――
「しまった!?」
――俺は早まったことをしたと後悔した。
槍術士は俺に撃たせるため、仮面だけ屋根の上にさらしたのだ。
奴自身は俺が撃ち損じた直後を狙って――
「かかったなぁぁぁっ!!」
――屋根の上に登り、槍を突き出して突っ込んできた。
「くっ!」
間一髪、俺は槍術士の突きだしてきた槍を躱した。
だが、ここまで近づかれてしまえば銃士の利点は死んだも同然。
「詰めが甘いぜっ」
槍術士の目にも止まらぬ三段突き。
飛び退いてかろうじて躱すことができたが、この足場では今の技を何度も躱すのは無理だ。
それにこの間合いでは銃を使う余裕はない。
槍が相手ではナイフで反撃しようにも攻撃が届かないし、投擲しても躱されるだろう。
……どうするっ!?
「競売品の代わりにお前の銃をもらっていくぜ!」
「冗談!」
槍術士の突きが俺の体をかすめ始める。
俺が避ける方向を先読みされているのだ。
「さっさとおっ死ねぇーーっ!!」
「ぐっ」
俺に反撃の余裕がないと踏んだのか、攻撃が荒くなる一方でスピードが増した。
このままじゃやられる……!
俺は足元の瓦を槍術士へ向かって蹴り上げた。
奴はそれを槍で防御し、その死角をつくことでなんとか背後に回り込むことができた。
すかさず試作宝飾銃を鈍器代わりに、奴の頭へと振り下ろす。
当たった――
「ごっ!?」
――と思った瞬間、俺は腹を槍の石突で突かれていた。
わずかに仰け反ったことで、俺の渾身の一打は空を切る。
「バレバレだぜ」
次いで、槍術士は石突で喉を突いてきた。
喉が熱くなり、一瞬意識が飛びそうになる。
……ここで倒れるわけにはいかない。
「トドメだ!!」
槍術士が身をねじって槍の切っ先を俺へと向ける。
一方で、俺は奴の顔めがけて試作宝飾銃を放り投げるものの――
「イタチの最後っ屁かよ!」
――あっさり躱されてしまう。
奴が銃身をすり抜けた瞬間、槍の刃が俺の胸を突いた。
「がふっ」
「殺ったぁぁーー!!」
俺はよろめきながらも、槍から離れようと後ずさる。
そして、突かれた胸をかばうように奴へと背を向けて身を屈めた。
……すべて計算通りだ。
「ぁぁあ”っ!?」
直後。
槍術士の後頭部に試作宝飾銃の銃身が直撃した。
「な”……んだとぉっ!?」
槍術士は驚愕した顔のまま、煙突に頭をぶつけて白目を剥いた。
……際どい勝利だったな。
俺は背を向けて屈んだ時、右腕を力いっぱい引いていた。
結果、右手の指先からワイヤーで繋がっていた試作宝飾銃は、槍術士の背後から俺に向かって引っ張られ、奴の後頭部を殴りつけたのだ。
銃が躱されたのも計算。
槍の切っ先がちょうどコートの裏に仕込んだナイフに当たったのも計算。
とっさに思いついた作戦だったが、上手くいってホッとした。
「しかし、もっとスマートに勝てないもんかね。俺は」
その後、若返りの秘薬は槍術士から回収することができた。




