4-063. 競売品を奪還せよ!①
扉が開くと同時に、孤児院へと残党制圧部隊が乗り込んだ。
突入後、最初に俺の目に映ったのは突然の来訪者に怯える子供達だった。
「なんだい、あんた達っ!」
子供達をかばいながら女性が声を荒げた。
しかし、兵士に銃剣の銃口を突きつけられてすぐに押し黙ってしまう。
俺はざっと一階の内装を見渡した。
一階は広い部屋で、天井からぶら下がったカーテンが仕切りとなって部屋分けされている。
奥には古びた暖炉に台所、その手前には二階への階段。
一階に居たのは、まだ幼い子供が十人。
そして大人は一人――ふくよかな壮年の女性だけだった。
「あんた達、何の用があって来たのさ!?」
「二階には誰がいる?」
「何さ、急に……」
「この孤児院で賊を匿っているという情報があった。速やかに真実のみを話せ」
「ちょっと待ってよ。賊って何?」
隊長の態度に怯えたのか、子供達が女性の周りに集まっていく。
どうやら彼女はこの孤児院の保母さんらしい。
「二度言わせるな」
隊長は古い絨毯の上をズカズカと歩いていき、保母さんの胸倉を掴み上げた。
「質問されたことにだけ答えろ。賊を匿っているな? どこにいる? 何人だ? 貴様も仲間か?」
恫喝にも等しい尋問に、保母さんは顔を引きつらせた。
「何するんだいっ!? 話が飲み込めないよ!」
「税金も払わぬ貧民区画のゴミの分際で、帝国兵に文句を言える立場か? さっさと賊のことを吐け」
「し、知らないよっ。なんなの賊って!?」
「しらばっくれるな。こんな孤児院など今日にでも潰せるのだぞ?」
あくまで隊長は高圧的な態度を崩さない。
むしろ必要以上に彼女を脅している。
「う、う、上の階に、一週間ほど前から男が住んで……」
「何者だ?」
隊長は保母さんの尋問を続けながら、空いている手で二階への階段を指さす。
それを受けて、部下達が階段の前へと移っていく。
彼らが鞘から剣を抜刀したのを見て子供達が騒然となった。
「顔を仮面で隠した小柄な男だよっ。突然現れて二階を間借りしたいって……なんだかわからないけど、大きな荷物を運び入れてずっと引きこもってんのさ!」
「それだけか?」
「たまに同じ仮面をかぶった他の男が来ることもあったよっ」
……小柄な男。
暗殺者のユージーンのことかな。
保母さんの話から察するに、〈ハイエナ〉は孤児院の二階に奪った競売品を隠しているようだ。
ユージーンが見張り番で、時折様子を見に仲間達がやってくる感じか。
孤児院を隠れ蓑に使うとは考えたものだ。
「よくそんな怪しい男の頼みを聞き入れたな」
「怪しいと思ったさ。思ったけど大金を支援してくれたから……」
「金で賊に隠れ家を提供したか。逮捕拘束するには十分だな」
「孤児院って言ったって、あたし達には後ろ盾なんてないんだ。子供達のためにも金がいるのよっ。それに賊だなんて知らなかった!」
隊長はこれ以上の尋問は不要と判断したのか、彼女を突き飛ばした。
そして、俺達に向き直ると――
「お前達は念のため一階の見張りを頼む」
――とだけ言い残し、部下達を追って階段へと向かった。
一階の見張り。
つまり保母さんや子供達の監視をしろってことか。
俺達には雑用を押しつけて、〈ハイエナ〉の拘束はあくまで自分達が持っていくってわけだ。
俺が兵士達を睨みつける一方で、デュプーリクが床に尻もちをついている保母さんを抱き起こした。
「大丈夫かい、マダム?」
「あ、ああ」
……意外や意外。
デュプーリクのやつ、ずいぶん紳士的だな。
若い女性にしか興味ないと思っていたけどそうでもないらしい。
ちょっと見直したぞ。
「女性を乱暴に扱うなんてろくでもない奴らだね。帝国の兵士ってのは」
「……あんた達、帝国兵じゃないの?」
「わけあってエル・ロワから応援にね。俺達はあいつらとは違うから安心して」
「そうかい」
デュプーリクが優しく言い聞かせたことで、保母さんも安堵したようだ。
彼女に寄り添う子供達も落ち着いてきた。
一方、兵士達は隊長を先頭にして階段を登り始めていた。
甲冑をつけた男達を乗せて、木造の階段はギシギシと悲鳴を上げている。
鎧のこすり合う音も聞こえるし、二階に〈ハイエナ〉の残党が潜んでいるのならすでにその音を聞いて逃げ出していそうだが……大丈夫か?
「上にいるのは一人だけなのかな」
ネフラが訝しむ顔で話しかけてきた。
「どうだろうな」
「〈ハイエナ〉は六人。今までの情報から、それは間違いないと思う」
「ああ」
「侯爵邸での戦闘で、魔導士、銃士、剣闘士の三人は捕まえた。リーダーの精霊奏者は帝都にいない。残りは、槍術士と暗殺者だけ」
「その二人が揃っていれば都合はいいが……」
「なんだか嫌な予感がする」
ネフラがそわそわした様子で、俺と階段を交互に見入っている。
……その気持ちはわかる。
何せ、競売品を隠しているのがこの場所なら、長かった俺達の目的がようやく果たされることになるからだ。
「海峡都市で競売品が奪われてからずいぶん経つな」
「あれから16日。闇市にツテがあるなら、すでに流れてしまった品があるかも」
「そいつは困る。特に若返りの秘薬がそんなことになっていたら俺の任務は詰みだよ」
俺が競売品の無事に気を揉んでいると――
「可愛いなぁ、きみ。きみも。きみもだ。将来有望!」
――デュプーリクが怪しい言葉を発するのが聞こえてきた。
何をしているのかと思えば、女の子達の頭を順々に撫でて回っている。
こいつ、相手が女性であれば年齢なんて関係ないのか……。
呆れた目でデュプーリクを見ていると、俺の周りにも男の子達が集まってきた。
否。ネフラの周りに、だった。
「お姉ちゃん、もしかしてエルフ?」
「え」
「エルフ? エルフだ!」
「え、待って」
男の子達がネフラへと群がっていく。
よほどエルフが珍しいのか、我先にと彼女の耳へと手を伸ばしている。
しかも、どさくさにまぎれて尻を触ったり、胸に顔をうずめたり。
このガキども、許せん……!
「女性に気安く触れるのは失礼」
ネフラはそう言いながら、まとわりついてくる男の子達を引き剥がしていく。
顔は怒っているが、心なしか楽しそうにも見えるな。
兵士達の方は、一人、また一人と天井の陰に消えていく。
……この際、割り切って二階は帝国兵に任せよう。
俺は保母さんに向き直って、気になったことを尋ねてみた。
「この孤児院は、あなた一人で切り盛りされているんですか?」
「孤児院とは名ばかりの養護施設だけどね……。少し前まで夫と二人だったよ」
「旦那さんはどこに?」
「あの人は元冒険者でね。東の魔物退治に駆り出されて、それっきり帰ってきやしないのさ」
「東の……」
「報奨金目当てに魔物と戦いに行くなんて、馬鹿だよね」
東の魔物退治には国の要請で多くの冒険者ギルドが参戦した。
それ以外にも、個人の冒険者だってたくさん参加したはず。
彼女の夫はそんな冒険者の一人だったわけか。
「まだ戻っていないんですか」
「ああ。東の魔物は全部やっつけたって風の噂で聞いたけど、まだね。あの人が無事かどうかはわからないんだ……」
家族が、戦いに出た夫や兄弟の安否を心配する。
そんな嫌な時代はすでに過ぎ去ったはずなのに……。
魔物の脅威が消えていない今、闇の時代は終わっていないということなのか?
「大丈夫ですよ。きっと戻ってきますから」
「ありがとう」
保母さんはニコリと俺に笑いかけた。
……気休めでもこう言わないと、あまりにやるせない。
その時――
「?」
――視界の隅に映る暖炉の中で、何かが動く気配を感じた。
目を凝らしてみると、暖炉の内側にある煙道から、塵のようなものがパラパラと落ちてきている。
俺はそれを見て違和感を覚えた。
今は暖炉が使われる季節じゃない。
しばらく使っていない煙道から、煤やら埃やらがひとりでに落ちてくるものだろうか?
「この暖炉の真上――二階には何があります?」
「何って……昔、煙突の修繕のために空けた穴があるよ。今は粘土を詰めて塞いであるけど」
「……壁の穴ですか」
俺はネフラと顔を見合わせた。
彼女はすぐに俺の懸念を察してくれたようで、子供達を暖炉から離れさせる。
「デュプーリク。暖炉に銃を向けろ」
「は? なんで?」
デュプーリクは女の子達に囲われながら、まったく警戒する素振りを見せない。
なんでそんなに呑気なんだ、こいつは……。
俺は溜め息をついた後、ホルスターから試作宝飾銃を抜いて暖炉へと構えた。
それを見て男の子達が群がってくる。
「お兄ちゃん、もしかして銃士?」
「おい」
「銃士? 銃士だ!」
「おい、邪魔だって!」
ペタペタと銃を触ってくるので、俺はたまらず銃身を頭上に持ち上げた。
うっかり引き金に触れられたりしたら、たまったものじゃない。
「何やってんだジルコ」
「いいから、お前も銃を構えろ!」
「構えろって……どこにだよ」
「暖炉に!」
「可憐な少女達の前で、そんな物騒なもの構えられるかよ」
「お前なぁ」
いつまで気取っているんだ、こいつ!
俺が憤慨していると、暖炉の底に突然何かが落ちてきた。
「なんだぁ!?」
暖炉の異常に気がついて、デュプーリクが背中に背負った雷管式ライフル銃を手に取る。
間を置いて、暖炉の中から小柄な男が咳き込みながら這い出てきた。
……ユージーンだ。
煤で真っ黒にしているが、つい数日前に帝都の公園で見た顔だ。
「げほっ、げほっ」
「聖誕祭には半年ほど早いぜ。ホリィクルスさんよ」
「オイラァ、ジエル教じゃねぇ!」
ユージーンが懐からヨーヨーを取り出すや、俺は即座に引き金を引いた。
ヨーヨーは光線に貫かれ、奴の手元で粉々に砕け散る。
「ぐっ!」
「観念するんだなユージーン」
「オイラの名前までよくご存じで。ってこたぁ、仲間がしくったってことかい」
「キャスもウッドも大男も、すでに監獄の中だよ」
「……そいつぁ困った」
その時、俺を睨みつけていたユージーンがハッとして目を丸くした。
「旦那、あんたまさか……ウェイストさんかい?」
「……」
「ウェイスト・グレイストーンだろ? なんで帝国兵と一緒にぃ!?」
「本当の名はジルコ・ブレドウィナーだ。こう言えば、もうひとつの俺との面識も思いだすだろう」
「ジルコ……? 〈ジンカイト〉のジルコ・ブレドウィナー!?」
「海峡都市から遥々お前達を追ってきたんだよ!」
ユージーンは苦虫を噛み潰したような顔に変わっていく。
「こいつぁ、してやられたってことですなぁ。まさかずっとオイラ達を内偵していたんで?」
「そういうことだ」
「ちぃっ……」
「外にも帝国兵が張っている。絶対に逃げられないよ」
「こりゃどうやら――」
ユージーンがゆっくりと立ち上がりながら、両手を上げる。
「――オイラの負けでさぁ」
……やけに素直だな。
〈ハイエナ〉の一味である以上、もっと抵抗すると思ったが。
「立たなくていい。床へ両膝をつけ」
「そんな惨めな格好、させなくてもいいんじゃないですかねぇ~」
「さっさとしろ。俺が手伝ってやろうか?」
「怖いなぁ、旦那」
床へと膝を折るユージーン。
周りから見れば完全に降伏しているように見えるが――
「……」
――奴の目を見て、俺にはひとつの確信があった。
こいつは諦めていない。
「動くなよ」
「へい」
俺が一歩足を踏み出した瞬間。
「プッ」
ユージーンが口から唾――否。含み針を飛ばしてきた。
その不意打ちに、並みの冒険者なら避けようもないが――
「ふっ!」
――俺は飛んできた針を銃身で弾くや、ユージーンの懐まで踏み込んで後頭部を殴りつけた。
床に倒れ伏した後、ユージーンが俺を見上げながら言う。
「な、なん、で……」
「油断を誘って何か仕掛けてくると思ったよ」
「勘が……良すぎですぜ、旦那……」
「〈ハイエナ〉には煮え湯を飲まされているからな。俺もギルドの看板を背負う以上、同じ相手に二度も後れを取るわけにはいかないんだ」
「へへ……。そりゃあ、言う相手が……違いますぜ……」
そう言い残して、ユージーンは意識を失った。
「本命にはまた別の機会に言わせてもらうさ」
その直後、慌てた様子で階段を降りてくる帝国兵を見上げながら、俺はホルスターへ銃身を収めた。