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4-062. 秘密の話

 薄暗い応接室。

 テーブルの上には火のついた燭台。

 俺はヴェニンカーサ伯爵夫人とテーブルを境に向かい合っていた。


 伯爵夫人は胸元の開いた黒いドレスを着ている。

 服を着て応接室へ入ってきた時には、彼女の白い肌からすり傷は綺麗さっぱり消えてしまっていた。

 それだけでも彼女が普通の人間でないことはわかった。


「失礼します」


 部屋に入ってきたメイドが、俺と彼女の前にグラスを置いていく。

 グラスには血のように真っ赤なワインが注がれている。

 その後、メイドは部屋の隅に立つと置き物のように黙り込んだ。


「……どうぞ」


 伯爵夫人がワインを飲むようにうながしてくる。

 だが、彼女の前では血のような色(・・・・・・)のワインはちょっと飲みにくい。

 俺がグラスを手に取りかねていると、彼女は率先して自分のグラスを取り、ワインを口に含んだ。

 それに続いて俺もグラスをあおぐ。

 ……渋い味だが、さっぱりとしていて飲みやすい。


「本題に入りたいのですが」

「そういたしましょう」


 伯爵夫人はグラスに残る赤いワインを見つめながら、ゆっくりと話し始めた。


「……わたくしの正体。わたくしの力を見て、すでに薄々お気づきなのでは?」

「血を操る力ですか」

「ええ。わたくしの生まれついての能力――血液操作とでも申しましょうか」

「あれは魔法の類か何かで?」

「詳しいことは存じません。ただ、幼い頃よりあの力がわたくしを守ってきてくれたのです」

「あなたはヴァンパイアなのですか?」


 ヴァンパイア。

 見た目はヒトと変わりないが、血を吸うことで生き永らえる夜の眷属(ナイト・ゴーント)

 夜闇に潜み、血や影を自在に操り、不死の肉体を持つと伝わる。

 人里から離れた場所に集落を持つとも、ヒト社会に混じって暮らしているとも、その生態は定かではない。

 半ば伝説化している存在で、とっくに絶滅したと聞いたこともあるが……。

 まさかその実物と顔を合わせることになろうとは。


「ええ。生物学的には、わたくしはヴァンパイアに分類される個体です」

「し、失礼ですが……おいくつです?」

「今年で132になりますわ」

「ひゃく……」


 ヴァンパイアは血を吸い続ける限り、若い肉体を保ち続けるという。

 つまり、定まった寿命がないということだ。


「世間に流布しているヴァンパイアの話は、多くが尾ひれがついた眉唾物です。しかし、半不死の肉体、長寿、日光に弱い、といった情報は正しいですわ」

「……他人の血を吸って生き続ける、ということも?」


 その質問をした時、伯爵夫人の目がギラリと光った気がした。

 テーブルの下の手が思わずホルスターに収めてある銃へと伸びそうになる。


「うふふっ」


 彼女は笑うと、グラスに入った残りのワインを口へと含んだ。

 再び俺を見る彼女の顔は、敵意を一片も感じさせない穏やかな笑みをたたえている。


「そう警戒なさらないで。今のわたくしは、ジルコ様を心より信頼しております。あなたには決して危害を加えるようなことはございません」

「そうしてもらえると……」


 安堵した俺は、グラスのワインを一気にあおいだ。


「わたくしの正体を知っているのは、夫のドゥーム。そして、大恩あるコロムバ侯爵夫人。加えて、この屋敷の使用人と衛兵。それだけですわ」

「伯爵と侯爵夫人との仲はこの際聞きません。でも、使用人達が……その、あなたを崇拝しているような様子だったのは一体?」


 俺は忘れることができない。

 あの悪魔教の夜宴(サバト)染みた地下室での光景。

 伯爵夫人の正体がヴァンパイアである以上、あの儀式の秘密を明かしてもらわないことには納得がいかない。


「今から300年以上昔。ドラゴグがまだ公国だった頃、この地には多くの国々が混在しておりました。そのうちのひとつに、ドラクルなる国家があります」

「……ドラクルか。聞いたことないですね」

「その国では、血を神聖視する特異な土着宗教が信仰されておりました。夫はその国の王家血筋で、使用人達も故郷(ふるさと)を同じくする者の子孫です」

「と言うことは、伯爵邸ではその国の信仰を引き継いでいると」

「表向きは竜信仰(ドラゴン・ロウ)ですけれどね。何せ、竜帝様が徹底されておりますから」

「竜帝、ね……」


 竜帝の名を聞いて、過去に()とひと悶着あったことを思い出す。

 できればもう二度と会いたくない人間の一人だ。


「ドラクルの信仰は血を神聖視します。ゆえに、夫はヴァンパイアであるわたくしを妻とする時、わたくしに祭司を務めるように言いつけました」

「それがあの血生臭い儀式ですか……」

「あの血も、屋敷の隣にある医療院で瀉血(しゃけつ)によって得たものです。物騒な方法で得たわけではありませんわ」

「なるほど。患者から少しずつ血を集めているわけですね」

「夫の発案ですの。おかげで、この十年余りは人様から分けてもらう必要もなくなりました」


 言い換えれば、それまでは誰かの血を吸っていたってことか……。

 命を奪うまではしないのだろうが、本人から聞くと怖いな。


「儀式を見た俺を本気で殺す気でした?」

「ええ。ドラクルの信仰は今のドラゴグでは禁じられております。そのことが外部に漏れようものなら、夫は爵位の剥奪はもちろん、処刑されかねませんから」

あの竜帝(・・・・)ならそのくらいやるでしょうね」

「ゆえに、あなた様へと矛を向けました。申し訳ございません」


 そう言うと、伯爵夫人が俺に向かって深く頭を下げた。


「〈ハイエナ〉から競売品を取り戻した時には、わたくしの競り落とした宝石をお譲りすると約束しましたが、それ以外にもお詫びの品を――」

「結構です。地下で俺は何も見なかった。あなたとも何もなかった。だから俺の口から漏れることは何もありません」

「見逃していただけるの?」

「俺がこの国に来た目的は、〈ハイエナ〉を見つけだして奪われた競売品を取り戻すこと。それ以外のことは……興味ありません」

「左様で」


 話もひと段落ついたので俺は席を立った。

 体の疲労もあるし、酒も入ったし、そろそろ眠りたい。


「時に、ジルコ様――」


 俺がドアノブを握った時、伯爵夫人が声をかけてきた。


「――クロード様がお亡くなりになったというのは本当ですか?」

「クロードのことを知っているんですか」

「直接面識はございません。ですが、西方にいるわたくしの同胞がお世話になったと聞き及んでおります」

「西方の同胞? ……あっ!」


 不意に、俺はクロードが言っていたことを思いだした。


『西方を旅していた時、ある土地でヴァンパイアの共同体(コミューン)を見つけたのです』

『彼らは古代の風土病によって突然変異しただけのれっきとした人間です。その病の治療法を研究するために、人間の血液が必要だったのですよ』

『ヴァンパイアには様々な伝説がありますからね。人間に狙われることを恐れて、今では人里離れたところで隠遁(いんとん)している者ばかり。このままでは絶滅ですよ』


 いつぞやに聞かされた話は作り話じゃなかったのか。

 クロードのやつ、本当にヴァンパイアの共同体(コミューン)と接触していたんだな……。


「クロードは死にました」

「そうですか。……残念です」

「もしかして、あなたが俺達によくしてくれたのはクロードの所属するギルドだったからですか?」

「さぁ、どうでしょう」


 伯爵夫人が寂しそうな顔を浮かべながら、俺から目を逸らした。

 きっと本人に会って礼をしたいと考えていたのだろう。

 それが察せられるだけに、嘘をつかないといけないのは心苦しい限りだ。


「おやすみなさいジルコ様。新しい部屋はメイドに案内させます」

「はい」


 ドアノブをひねった時、俺はふと思い立った。

 ……伯爵夫人は132歳と言っていた。

 ならば、百年以上昔――闇の時代の始まる前の世界を知っているということだ。

 一体それがどんな世界だったのか、冒険者としては興味が尽きない。


「伯爵夫人。俺からもひとつよろしいですか」

「なんでしょう」

「闇の時代が訪れる前って、どんな世界でした?」

魔物(グリムス)のいなかった時代のことですか」

「この百年ですっかり姿を消してしまった幻獣、魔獣、神獣の類。そういった存在は総じてモンスターと呼ばれていたと聞きます。冒険者が世界を股にかけて冒険をしていた時代をあなたは知っているんですよね?」

「ええ。今も昔も、冒険者はヴァンパイアを追いかけ回すのがお好きなようで」


 ……あ。

 やっぱりそういう過去があるんだ。

 ヴァンパイアの心臓を食べれば不死身になるとか、そんな眉唾物の伝承も聞くこともあるからなぁ。


「でも、あの時代の冒険者は闇の時代よりも生き生きとしていましたわ」

「生き生きと……」

「当時の冒険者にとって、世界は大きなおもちゃ箱のようなもの。猫も杓子も冒険者を求める活気のある時代でした」

「そうですか」


 俺はいつの間にか口元が緩んでいた。

 闇の時代は終わり、復興の時代が訪れた今。

 また百年前のその世界(・・・・)が戻ってくるかもしれない。

 そう思うと、期待せずにはいられない。

 俺の望みは、そんな世界を〈ジンカイト〉の仲間達と冒険することだった。

 そうだったはずなのに、今の俺は……。


「もうよろしいの?」

「ええ。秘密の話はここまで。おやすみなさい伯爵夫人」


 ドアを開いた先――屋敷の廊下は、明かりのない真っ暗闇に包まれていた。





 ◇





 翌日、早朝。

 先遣隊(俺達)は帝国兵と共に、〈ハイエナ〉のアジトと目される建物の前に集まっていた。

 それは東市街の貧民区画(スラム)にあり、廃墟と見紛うほどに小汚い二階建ての民家。

 驚くべきことに、そこは貧民区画(スラム)の子供達が寄り添って暮らす孤児院だった。


「〈ハイエナ〉は義賊を気取っているのかね。まさか孤児院の運営資金のために、元孤児達が泥棒稼業に身をやつしているなんてことはないよなぁ」


 そんなことを独り言ちながら建物を見上げていると、ネフラが寄ってきた。


「ジルコくん。昨日の夜、伯爵邸で何があったの?」

「またその話か」

「だって、ジルコくんの部屋があんなことになっているんだもの。心配」

「建付けが悪くて、壁が崩れただけだよ」

「あの部屋だけ都合よく?」

「そう。あの部屋だけ都合よく、な」


 ……正直、苦しい言い訳だよな。

 ネフラは口も固いし信頼できる。

 だけど伯爵夫人に宣言した以上、彼女と伯爵家の秘密は俺の胸にだけ留めておくのが筋というものだ。

 なので、あの部屋で起きた戦闘(こと)も明かせない。


「むぅ……」

「そんな顔するなよ。可愛い顔が台無しだぞ?」


 俺がネフラの頭を撫でると、腕を払われてそっぽを向かれてしまった。

 ……さてはこいつ、クリスタとのことを根に持っているな。


 その時、俺とネフラの間に帝国兵が割って入ってきた。

 兜に角が生えているので、この男が今回の残党制圧部隊(・・・・・・)の隊長だろう。


「先遣隊の諸君。そろそろ突入するが、準備はできているか?」

「俺達はいつでもいいが、裏口の確認なんかも済んでいるんだろうな」

「抜かりはない。きみ達は我々の足を引っ張らないでくれればそれでよい」

「言ってくれるね。これでも〈ハイエナ〉の件では貢献しているんだぜ」

「言い方が悪かった。お客様の手を煩わせるわけにもいかぬから、安全なところで見届けてくれ」


 ……ムカつくことこの上ない。

 本当にドラゴグ兵(こいつら)他国(よそ)の人間が嫌いなんだな。


 俺との問答を終えるや、隊長は片手を上げて部下達へと指示を出す。

 今回、残党制圧部隊に選ばれたのは――


 ネフラ、ヘリオ、デュプーリク、キャッタン、俺。

 そして、帝国軍から選りすぐられた六名の兵士。


 ――以上の11名だ。


「突入は、兵士(我々)四名とデュプーリク殿、ジルコ殿、ネフラ殿の七名で行う。他の者は出入り口の監視だ」

兵士四名(あんた達)が前衛で、俺とデュプーリクが後衛だな。ネフラの役割は?」

「実態は不明だが、仮にも孤児院だ。子供がいたなら彼女に避難を任せる」

「わかった」


 俺がネフラに目を向けると、彼女はこくりと頷いた。


「ここに潜んでいると目される〈ハイエナ〉の残党は、槍術士(ランサー)暗殺者(アサシン)の二名だ。リーダーの精霊奏者(エレメンタラー)は帝都にはいないそうだが、心してかかれ!」


 貧民区画(スラム)の孤児院が〈ハイエナ〉のアジトだとわかったのは、捕らえたキャス達から軍が聞きだしたためだ。

 尋問には竜信仰(ドラゴン・ロウ)聖職者(クレリック)も同席したそうだからデマカセの情報じゃない。


「行くぞ。総員、武器を構えろ」


 隊長が剣を抜くと、周りの兵士達も同じく抜刀する。

 そして――


「突入!」


 ――号令と共に、先頭の帝国兵が孤児院の扉を押し開けた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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