2-006. ユニコーンを追え!
いよいよ幻獣生け捕りゲームの幕が上がった。
参加者は庭園に一列に並ばされ、なみなみと水が注がれたグラスを片手に持たされている。
鐘男の説明によれば、鐘の音を合図に全員で一斉に駆け出し、逃げるユニコーンを最初に捕まえた者が勝者だと言う。
しかも、互いに妨害は禁止。
グラスは脚を三本の指で持ち、5cm分の水をこぼしてしまえば失格。
肝心のユニコーンは、俺達の50mほど前方で芝生をむしゃむしゃと食べている。
「温いなぁ。まさに競技ってわけか」
ルールを聞いた俺の率直な感想はそれだった。
「きみには負けない。グレイストーン子爵家長男の誇りにかけて必ず勝つ!!」
俺の隣ではウェイストが息巻いている。
悪いけど、俺はお前なんて眼中にないんだ。
「スタートォーーッ!!」
鐘の音が高らかに鳴る。
二十名余の人間が一斉に茶色いユニコーンへ向かって走り出した――
否。歩き出した。
「うおおっ。これは意外と……難しいですな」
「はは。まったくですなぁ」
しょせんはゲーム。参加者達は気楽なものだ。
早々に大量の水をこぼして失格する者。
道をふさぐお茶目をする者。
案外こんなゲームでも貴族は楽しんでいるんだな。
……ただ一人を除いて。
「ぬううっ! こぼしは、しないぞっ」
無駄に力みながらグラスのバランスを保とうと努めるウェイスト。
現状、彼が一位だった。
その一方で、俺は別段急ぐこともなく平然と芝生の上を歩いていく。
もちろん水は一滴もこぼしていない。
「ジルコくん、頑張って!」
ネフラの応援する声が聞こえてくる。
お前に応援されると、力が湧いてくるな。
ささっと数人抜き去ると、案外早くウェイストと並ぶことになった。
嫌がらせも兼ねて声をかけてみよう。
「おい、どうした。愛しのジャスファが応援してくれてるぞ」
「ぐぬぬ……! は、話しかけないでくれっ」
ウェイストはグラスをブルブルと震わせ、今にも中身がこぼれだしそうな無様をさらしている。
みんな不器用なんだなぁ。
「お先」
そう言い捨てて、俺は歩く速度を上げた。
俺が一気に集団を抜け出たので、見物人から歓声が上がった。
「器用さなら自信があるんだ」
茶色いユニコーンの姿が近づいてくる。
俺が距離を縮めても、呑気に芝生を食んだまま逃げようともしない。
「なんだよ。これじゃゲームにならないじゃないか」
ユニコーンまであと数mというところで、俺は近くに居た衛兵に視線が移った。
その衛兵は雷管式ライフル銃の銃口を空に向けていたのだ。
「まさか」
その、まさかだった。
衛兵が引き金を引くと、雷管式ライフル銃が空へ向かって火を吹いた。
その轟音で、呑気してたユニコーンは飛び跳ねるように驚き、猛スピードで庭園を駆け出した。
「そんなのありかよ!」
駆け出したユニコーンを追うも、思っていたより脚力がある。
今のペースではとても追いつけそうにない。
……仕方ない。
水がこぼれるリスクがあるが、駆け足で後を追うことにするか。
「えっ」
駆け足で追い始めて間もなく、走り去ったと思っていたユニコーンが数十m先で突然引き返し、俺に向かって突進してきた。
「危ねぇっ!」
横に飛び退いてユニコーンの突進を躱したのは良いが、危うくグラスの水をこぼすところだった。
後ろに振り返ると、ウェイストが顔面にユニコーンの頭突きを食らって吹き飛ばされていた。
さらに他の貴族達を追い回して軒並みグラスをこぼさせてしまう。
「なんてじゃじゃ馬だ」
ユニコーンの暴走はそれでは終わらず、勢い余って見物人達のもとにまで飛び出してしまった。
それには会場が騒然とする。
その時、俺は衛兵が雷管式ライフル銃をユニコーンへ向けたことに気づいた。
公爵邸の衛兵がどれだけの腕前か知らないが、下手したら見物人に当たるぞ!?
「よせ!」
即座に持っていたグラスを投擲し、衛兵の後頭部に叩きつける。
なんとかユニコーンを銃撃させるのは止めたものの、騒ぎはまだ治まらない。
だが、俺がユニコーンを取り押さえようと駆け出した時、すでに事態は収拾に向かっていた。
ネフラが興奮するユニコーンの鼻に手を置くと、あれだけ興奮していたのにあっさりとおとなしくなってしまったのだ。
「いい子、いい子」
自分の鼻を撫でるネフラに気を許したのか、ユニコーンは甘えるように彼女の体に頭をすり寄せ始めた。
ネフラも笑顔でそれを受け入れている。
「ネフラ、お前……」
「ジルコくん。もう大丈夫、この子は悪くない」
やっぱりネフラは不思議な子だ……。
俺が改めてそう思っていると、コイーズ侯爵が手のひらを叩き始めた。
次第に拍手の数が増えていき、いつの間にかその場の全員がネフラに喝采を博する事態となっていた。
「素晴らしい! まさに伝説の通り、気性の荒いユニコーンの怒りを静める純白の乙女だ」
コイーズ侯爵がネフラを誉めそやす。
「この輝きは、きみのような女性にこそ相応しい」
そう言って、コイーズ侯爵はゲームの賞品だったダイヤモンドをネフラへと贈呈した。
「あの、私……」
「きみがユニコーンを捕まえたのだ。勝者は栄光を受け取る義務がある」
「ありがとう……ございます、閣下」
ネフラは受け取ったダイヤを抱きしめながら、その場へひざまずいた。
なんとまぁ……。
まさかこんな結果になろうとは。
「ジャスファは!?」
俺がハッとしてジャスファの姿を捜すと、ネフラの後ろで唖然としていた。
あまりに想定外の事態に、さすがの彼女も逃げ出すことがすっぽり頭から抜け落ちていたのだろう。
無理もない。俺も同じだ。
ウェイストは鼻を押さえて唸っているし、ダイヤは見物人だったネフラの手に渡るし、幻獣生け捕りとはいったい何だったのか……。
まぁ、この茶番もネフラが笑ってくれたのなら良しとするか。