4-059. ジルコパーティーVSハイエナ②
キャスが半径30cmほどの魔法陣を描きだす。
彼女の魔法陣の描画速度は魔導士としては並々だ。
魔法陣を完成させる前に潰したいところだが――
「なんで〈ジンカイト〉がここにいるんだぁっ!?」
――回転式拳銃に弾を再装填し終わったウッドが発砲してくるため、隙を突くことが難しい。
発砲を受けて、雷管式ライフル銃で狙いを定めていたデュプーリクがたまらず盾の内側に引っ込む。
「あの野郎、一体何発連続で撃てるんだ!?」
「七発だ! しかも薬莢の再装填も早い!」
「ドラゴグはいいなぁ、重火器に金をかけられて」
「言っている場合か!」
魔法陣描画中に銃撃、銃弾の再装填中に魔法攻撃、か。
屋内通路戦闘では、なかなかに厄介なコンビだな。
銃声が鳴り止むのを待っていると、盾の向こう側から赤く輝く光が見えてくる。
どうやら魔法陣が完成してしまったらしい。
「ここは私が!」
「待て、ネフラ……ッ」
銃声はまだ六発しか聞こえていない。
俺は直感的に、これはネフラを誘いだすための罠だと察した。
しかし、ネフラは俺の静止を聞かずに盾の外へ身を乗り出して――
「きゃっ!」
――七発目の発砲を受けて、倒れてしまった。
「ネフラッ!!」
「あうぅ……」
幸いなことにネフラは無傷だった。
彼女が抱えていたミスリルカバーの本が盾となってくれたおかげで、銃弾を直接浴びることを免れたのだ。
しかし、本は衝撃で背後へと弾き飛ばされてしまっていた。
……もしや、ウッドの狙いはそれだったのか!?
「その本がなきゃ魔法は防げねぇんだろ!?」
盾越しにウッドの声が聞こえてくる。
やはり罠だったか……。
「軽い火傷じゃ済まないよ! 熱殺火槍・連舞!!」
キャスが叫んだ瞬間、俺は尻もちをついているネフラを盾の後ろに引っ張り込んだ。
直後、ヘリオの盾に炎の槍が連続で衝突してくる。
「ぐうっ!」
ヘリオは吹き飛ばされないように盾を床に押しつけ、なんとか炎の槍の連撃を耐え抜いてくれた。
しかし、魔法攻撃を防げても、こちらから攻撃することはままならない。
キャスの魔法攻撃が止むと、それに代わってウッドが回転式拳銃でけん制してくるからだ。
「ここでもたつくわけにはいかねぇ! プランBで行くぞ!!」
「わかったよ、仕方ないなぁ!」
そんな会話が聞こえると共に、再度、熱殺火槍が飛んでくる。
だが、炎の槍は盾をかすめて壁や床にぶつかっていく。
「へっ、暴投かよ! コントロールができてねぇな」
デュプーリクはそう言うが、この期に及んでキャスが標的を外すようなミスを犯すとは思えない。
周囲にくすぶる火勢が強まるのを見た俺は、彼女の狙いを察した。
「狙いは俺達じゃなく、通路に火をつけることだ!」
時すでに遅し。
床や壁を焼く炎は、瞬く間に天井にまで延焼していく。
気づけば、俺達は炎と煙に囲まれてしまっていた。
「馬ァ鹿! そのまま焼け死ぬか、倒壊に巻き込まれてくたばれ!!」
キャスの憎しみのこもった声が届いてくる。
……思った通りだ。
直接俺達を倒すのは困難だと考えて、間接的に葬る方法に切り替えたらしい。
しかも、俺達と〈ハイエナ〉の間には大きな炎が燃え盛っている。
この状態では、奴らを追いかけることもままならない。
「離しなさい! 無礼者ぉっ!!」
廊下の奥から、貴族夫人の叫び声が聞こえる。
盾の端から覗いてみると、炎の向こうでは抵抗する二人の貴族夫人を取り押さえているキャスとウッドの姿が見えた。
どうやら夫人達をさらうつもりらしい。
「キャッタン! なんとかしろっ」
「了解!」
デュプーリクの声が響くや、キャッタンが青色の魔法陣を描き始めた。
青色――ということは、水属性体系の魔法か。
「水霧静寂!!」
魔法陣が青く光り輝き、周囲に水気が充満していく。
床や壁に燃え盛っていた火が徐々に小さくなり、煙も引いていく。
次第に通路は静やかになっていった。
火が消えて初めてわかったが、通路のすぐ先は行き止まりになっていた。
それぞれ貴族夫人を取り押さえているキャスとウッドは、炎が消されたことに驚いた様子。
「なんだよキャス! 火が消されちまってるぞ!?」
「だから任務中に名前で呼ぶな、馬鹿っ」
キャスは魔法陣を描こうと杖を動かし始める。
だが、それよりも早くデュプーリクが動いた。
「させるかよっ」
デュプーリクが雷管式ライフル銃より放った弾が、キャスの宝飾杖を撃ち砕く。
「ぎゃっ!」
それによって魔法陣は崩壊し、描画途中のエーテル光は霧散していった。
キャスは杖を失い、ウッドは夫人達を取り押さえるために回転式拳銃をホルスターへと戻している。
奴らを制圧するチャンスだ!
「ナイスシュートだ、デュプーリクッ!」
「当然! 俺を誰だと思ってやがる!!」
俺は試作宝飾銃を構えて、盾の外へ出た。
反撃のできない状況にキャスもウッドも顔を青くしている。
その時、俺は違和感を覚えた。
「……!?」
いつの間にか、二人と一緒にいたはずの剣闘士の大男が姿をくらませている。
「おい。あの大男はどこに消えた?」
突き当たりの通路であんな大男が姿を隠せるわけがない。
そう考えて俺は通路を見渡した。
すると、俺達から向かって右側にドアがあることに気がついた。
そのドアはわずかに開いている。
「まさか!?」
そう思った瞬間、壁の奥――部屋の内側から破壊音が聞こえた。
「なんだなんだ? 今の音、どっから聞こえた?」
「デュプーリク構えろっ!」
「構えろって……どこに」
「ドアだっ!!」
通路沿いには一定間隔でドアが並んでいる。
それは俺達の傍も例外じゃない。
俺は最寄りのドアへと銃口を向けた。
その先にある部屋こそ、突き当たりのドアから入れる部屋の隣室だと考えられるためだ。
剣闘士の大男は、おそらく壁をぶち破って部屋を回り込み、俺達の真横から不意打ちする魂胆なのだろう。
「ニンム、ジャマ、コロセッ!!」
その勘は当たっていた。
しかし、大男が姿を現したのはドアからではなく、通路の壁をぶち破ってだった。
「こいつ、少しは行儀よくしろ!」
飛んでくる瓦礫を避けながら、大男へと試作宝飾銃の光線を見舞う。
しかし、間に合わせで伯爵邸から拝借してきた屑石の出力では、奴を止めるにはまったく足りない。
「シィネッ」
大男は天井を斬り刻みながら、大剣を振り下ろしてきた。
「ヘリオ!」
俺の呼びかけに応じて、ヘリオが大男に盾を突き出す。
刹那、凄まじい衝突音が通路へと響き渡った。
「ぐううっ!!」
ヘリオは大男の渾身の一撃を、見事に盾で防いでくれた。
「ジャマモノ、コロセ! ジャマモノ、コロセ!」
大男は盾に押しつける大剣へと体重を掛けてきた。
相当な重量が圧し掛かっているからか、ヘリオの持つ盾が少しずつ傾斜してくる。
「ヘリオさん、もう少しだけがんばって!」
キャッタンはそう言うや、青色の魔法陣を描き始めた。
しかし、彼女は何か大きな魔法を使おうとしているようで、魔法陣の描画に手間取っている。
その一方、今度は通路の奥から赤い光が見えてきた。
キャスは予備の宝飾杖を隠し持っていたらしく、それで新たな魔法陣を描いていたのだ。
「……まずい」
ヘリオは大男の攻撃を防ぐために、盾を真横に向けている。
ネフラが事象抑留を使うための本は、後方に飛ばされたまま。
キャッタンも魔法陣を描画していて、キャスの魔法に対応できない。
「策士策に溺れるってか? くたばれジルコ!」
キャスが俺に向かって熱殺火槍を飛ばしてくる。
これは……避けられない……!
「てやあぁぁっ!」
その時、俺の前にネフラが飛び出した。
彼女は首周りに巻いていたストールを剥ぎ取って、飛んでくる炎の槍へと身構える。
「ネフラ、何を!?」
「任せて!」
なんとネフラは、飛んでくる炎の槍をストールで打ち払ってしまった。
「な、なんでよぉぉっ!?」
キャスの悲鳴にも似た叫び声が通路に響く。
俺も驚いたのは同じだが、ネフラの持っているストールを見て思いだす。
「それって……」
「教皇様からいただいたストール。おかげで助かったね」
すっかり忘れていた。
海峡都市を発つ際、俺が教皇様からもらって、ネフラに譲ったストールだ。
確か、教皇様は害意のある魔法を軽減する効能があると言っていたが、火属性魔法を払い除けるほどの魔法防御が備わっているとは思わなかった。
その時、青い光が俺の目をくらませた。
キャッタンの魔法陣が完成したのだ。
「ちょっと外に出ていてもらいます!」
キャッタンが言うと、魔法陣からいくつもの水の球が現れ、ヘリオの脇を通って一斉に大男へとぶつかっていく。
「爆裂禍水!!」
水の球は、猛烈な勢いで大男へと衝突を繰り返す。
それらは破裂するとともに、凄まじい衝撃波を起こして大男の体を部屋の奥へと押し戻していった。
「アガ……ガッ」
必死に抵抗しようとする大男だったが、焼け石に水。
その勢いは魔法陣が消え去るまで静まることはなく、とうとう屋敷の壁をブチ抜いて、大男を外へと叩き落してしまった。
「ど、どんなもんですっ」
「大したもんだ」
胸を張るキャッタンに称賛を贈る。
正直、キャッタンのことは戦力としては不安視していたが、十分に〈ハイエナ〉と渡り合える魔法を習得しているじゃないか。
さすがは先遣隊に選ばれるだけのことはある。
「くそがっ!」
ウッドが貴族夫人達を突き飛ばして、再び回転式拳銃を抜いた。
だが、俺の方もすでに試作宝飾銃への宝石の再装填は済ませてある。
「上等だ。この場でてめぇら全員ぶっ殺してやらぁっ!!」
ウッドが引き金を引くより早く、ヘリオがその射線に立ち塞がった。
弾は俺達に届く前に盾によって弾き飛ばされる。
「ぐぬぬっ! こうなりゃヤケよ!!」
キャスがまたも大振りで魔法陣を描き始めた。
一方、ウッドは無駄弾を承知で引き金を引き続けている。
「デュプーリク、七発目の銃声が合図だ」
「応よ!」
七発目の銃声が聞こえた直後。
俺は左から、デュプーリクは右から転がり出て、それぞれ銃を構えた。
俺の的は、弾を再装填しようと銃身を下げたウッド。
デュプーリクの的は、魔法陣を描き途中のキャス。
俺達は、ほぼ同時に引き金を引き――
「ぐあっ」「ぎゃっ」
――二人の武装をそれぞれ撃ち抜いた。
「今だ!」
俺とデュプーリクは武器を失って動揺した二人へと即座に駆け寄る。
そして、それぞれ相手を組み伏せて床へと押さえつけた。
「あぐぐっ。ちくしょうっ!!」
「じ、ジルコォ、覚えてろっ! 絶対にぶっ殺してやるっ」
組み伏せられながらも、キャスは俺に対する恨み節をやめない。
「女性はもう少しおしとやかな方が好きだな。しばらくは監獄で頭を冷やせ」
「ぐっ。ぢくしょお~!」
屋敷の外に叩き落された大男。
組み伏せられたキャスとウッド。
これで侯爵邸を襲撃した三人の〈ハイエナ〉の制圧は完了だ。
「見事な立ち回りでした」
その時、控えめな配色のドレスを着た老齢の女性が話しかけてきた。
〈ハイエナ〉に襲われていた夫人達の一人――おそらくはコロムバ侯爵夫人。
そして、その隣に居たのは――
「さすがはわたくしが見込んだ殿方ですわ。ジルコ様」
「あ……! ヴェニンカーサ伯爵夫人!?」
視界には入っていたはずだが、〈ハイエナ〉や火の手に気を取られていて今まで気がつかなかった。
「知り合いなのイシュタ?」
「先日よりわたくしの屋敷で食客として招いている方々です」
「あなたが……? 大丈夫なの?」
「ご心配には及びませんわ」
……ん?
何か気にかかる言い回しだな。
「勝った気になってんなよ、ババアども! 直にあたしらの仲間がピギッ」
「お黙りなさい。薄汚いドブネズミの出番は終わりよ」
ひえぇ……。
キャスの顔面にヴェニンカーサ伯爵夫人の蹴りが炸裂した。
「うぐぐっ。あ、厚化粧ババアァ~!」
「ほほほほほ! まだまだ元気ねぇ。それだけ元気なら、監獄の獄卒も喜びそう」
伯爵夫人はまるで虫けらを見るかのような冷たい眼差しを向けながら、キャスの頭を踏みつけている。
「帝国の監獄で行われる拷問はキツイわよ? 若い身空でそこへ収監されることを幸せに思うといいわ」
この人、どうやら性根はドSっぽいな……。
クリスタと気が合いそう。