4-058. ジルコパーティーVSハイエナ①
夜の帝都。
街路を走る俺の横を軍の装甲馬車が追い抜いていく。
俺達と同じく、行き先はコロムバ邸のようだ。
「侯爵の屋敷が襲われたのに、馬車一両とは少ないな」
「〈ハイエナ〉の奴ら、東の魔物討伐で軍もギルドも主戦力が出払っている今を狙って、貴族邸を襲ってやがるんだ!」
「確かにタイミングが良すぎる」
「お前は魔法でさっさと帰ってきちまったけど、東に向かった連中が戻るのはまだ何日も先になる。帝都に戦力が揃った時には、〈ハイエナ〉は都からおさらばしてるって寸法だ!」
デュプーリクの考えには同意する。
そもそも〈ハイエナ〉が海峡都市から寄り道せずに帝都へ向かったのも、東の魔物騒動で帝都の守りががら空きになるのを見越してのことだろう。
〈ハイエナ〉のリーダーであるクチバシ男は頭が切れる。
きっとここまで計算していたに違いない。
ならば、俺がいち早く帝都に戻ってきたのは〈ハイエナ〉にとって誤算となるはず。
ヴィジョンホールでの借りは、コロムバ邸で返してやる!
◇
コロムバ邸の囲いが見えてきた頃には、屋敷からは煙が立ち昇っていた。
「派手にやってやがる!」
デュプーリクが言った直後、屋敷の壁が爆発した。
火だるまになった帝国兵達と一緒に、火のついた家具が庭へと落下していく。
「……言い直すぜ。無茶苦茶やりやがる!!」
今のは火属性体系の魔法によるものだろう。
つまり屋敷の襲撃にはキャスリーンが加わっているということ。
「待て! 貴様ら何者だ!?」
門扉に差し掛かると、武器を構えた帝国兵に呼び止められた。
「俺達は〈ジンカイト〉だ!」
詰め寄ってくる帝国兵にギルド記章を突きつける。
「冒険者か」
「応援にきた」
「助かる! 賊の拘束に協力してくれ」
事態が事態だけに俺達はあっさり門扉を通された。
しかし、玄関へ向かう途中、今度はデュプーリクに絡まれた。
「ジルコ! 一応、この先遣隊のリーダーは俺なんだぞ!?」
「わかっている。ただ先遣隊がどーのこーの説明するより、ギルドとして協力を申し出る方が早く済むと思ったんだ!」
「そ、そういうことなら……」
面倒臭いやり取りを終えた後、屋敷の中から銃声が聞こえてきた。
銃士のウッドまで来ているのか……。
俺達はそれぞれ武器を構えて、侯爵邸の玄関へと飛び込んだ。
◇
玄関先の一階ホールは酷い有り様だった。
落下したシャンデリアが絨毯に火をつけ、その煙は天井にまで達している。
壁や床はもちろん、天井にまで火属性魔法による破壊跡が見受けられる。
「ところかまわず魔法を放っているように見えますね……」
キャッタンが不思議そうに言った。
魔導士の魔法は屋内では力を発揮しにくい。
下手をすれば、自分や仲間を巻き込んでしまうからだ。
しかし、屋敷の荒れようから察するに、この魔導士はそんなことを考えていない。
「何も考えず、手あたり次第に敵を吹っ飛ばしている感じだな。キャスらしいっちゃらしいか」
ホールを中程まで進むと、帝国兵達がシャンデリアの下敷きになっている仲間を助けようとしていた。
よほどテンパっているようで、傍を通る俺達にも気づいていない。
ホールを見渡すと、玄関から向かって左手側と右奥には通路が、左奥には二階への階段があった。
階段は途中で焼け落ちており、登りハシゴが掛けられている。
……正面突破の上、ホールで派手に戦りあったらしい。
帝国兵と〈ハイエナ〉の立ち回りが目に浮かぶようだ。
「戦場は二階に移っているみたいですね」
「ああ。破壊音が聞こえてくるのも二階からだ。急ごう」
屋敷に突入してから、俺達は対〈ハイエナ〉用の陣形で動いている。
前衛は防御特化で、ヘリオとネフラ。
ヘリオには横幅の広い盾を利用して後衛を守る役割に集中してもらい、先陣を切って敵の銃撃を防いでもらう。
その後ろにはネフラを置き、魔法の対応はすべて彼女に任せる。
後衛は攻撃特化で、俺とデュプーリクとキャッタン。
前衛が敵の攻撃を防ぐのと入れ替わりに、俺とデュプーリクは銃で、キャッタンは魔法で反撃する。
前衛で敵の遠距離攻撃を封じ、後衛で仕留める――攻防一体の陣形だ。
ゆえに、二階へのハシゴを最初に登るのは先頭のヘリオになる。
彼がハシゴを登り終わって、次はネフラの番なのだが――
「……」
――なぜか、彼女はハシゴを登ろうとしない。
「周囲は俺とデュプーリクで警戒しているから、不意打ちを受ける心配はないぞ」
「そ、それはわかってるけど……」
「どうしたんだ?」
「……」
ネフラは顔を赤くして、うつむいてしまった。
……彼女の不自然な言動が理解できない。
一刻も早く二階で戦う帝国兵の応援に行かないといけないってのに。
「ジルコ。お前ってやつは……」
「ちょっと引きますよ、ジルコさん」
デュプーリクとキャッタンが呆れ顔で俺を見ている。
ど、どういうことだ……!?
「ジルコくん。私、スカート」
「はっ!」
ネフラがもじもじしながら言うのを聞いて、俺はようやく理解した。
女の子なら当然の反応だよな……。
「俺とデュプーリクが先に登る」
「ごめんなさい」
「俺の方こそ気が回らなくてすまない……」
う~む。
仲間の状況は、体調から服装に到るまでもっと気を配らないといけないな。
次期ギルドマスターとしては、それも大事な資質だろうから。
◇
二階へ上がると、最初に大時計が目に入った。
向かって左手と右手には、それぞれ通路が伸びている。
左側の通路からは、破壊音が聞こえる他、煙が勢いよく流れ出てくる。
敵がいるのはこの先だ。
「……厄介だな」
左の通路を進んでいくうち、俺は敵がもう一人いることを察した。
「賊はどうやら魔導士と銃士だけじゃない」
「なぜわかる?」
デュプーリクは納得がいかないといった様子で訊ねてくる。
……こいつ、やっぱり経験不足だな。
あちこちに手がかりがあるじゃないか。
「焼け跡や弾痕以外に、斬撃の痕跡が見られるだろう」
「斬撃?」
「壁や床、天井にまで荒々しい痕がな」
「た、確かに……」
天井にまで深々と傷が残っているということは、そいつはよほど大柄な人間だ。
しかも、障害物に引っかけながらも刃を振り抜く怪力。
十中八九、あの顔の崩れた剣闘士だろう。
あのやたらタフな大男が前衛を務めているとなると厄介だぞ。
「ヴィジョンホールで戦った隻腕の大男か……。奴が前衛を務めているとなると手強いですね」
さすがヘリオ。
俺と同じことを考えていた。
「〈ハイエナ〉が帝都に来てすぐ事に及ばなかったのは、大男の完治を待っていたからかもな」
「海峡都市での借りを返すいい機会です。やってやりましょう!」
因縁の相手がいるとわかって、ヘリオも気合が入ったようだ。
◇
通路では戦闘があったのか、破壊痕が酷い。
壁や天井には火がついたままだし、煙のせいで視界も悪く、銃士にとってはこの上なく不利な場所だ。
「うう……っ」
突如、白煙の中から聞こえてきたうめき声。
とっさに銃口を向けてしまったが、声の主は怪我をして倒れている帝国兵だった。
「大丈夫か?」
「な、なんとか……」
火属性体系の魔法で焼かれたようだ。
溶けた鎧が肌に張りついて、致命傷ではないものの酷い火傷を負っている。
「しっかり気を保てよ。時期に助けが――」
そう言いかけて、俺は廊下の惨状に気がついた。
通路には、賊にやられて身動きの取れなくなった兵達が何人もいたのだ。
彼らの負ったダメージは、おおよそ三つに分けられた。
高熱で鎧を溶かされている者。
銃弾を受けている者。
鎧を叩き割られている者。
それらから導き出される回答はひとつ。
「侯爵邸を襲撃してきた〈ハイエナ〉は、魔導士、銃士、剣闘士の三人で間違いないな」
◇
兵士達がいた場所からさらに奥へ進むと、煙が薄まってきた。
すでに〈ハイエナ〉と帝国兵の戦闘は決着したのか、この先で戦闘は行われていないらしい。
邪魔者を蹴散らした〈ハイエナ〉が、逃げもせず屋敷に留まる理由はなんだ?
「……声が聞こえてきます」
不意にヘリオがつぶやいた。
俺とデュプーリクはそれぞれ銃を構え、ネフラは本を開き、キャッタンは杖を構える
こちらの戦闘準備は万端だ。
「*****!」
「****、*****!?」
煙の向こうから、何やら口論する声が聞こえてきた。
俺達は気配を悟られないように、忍び足で声へと近づいていく。
次第に会話の内容が聞き取れるようになってきた。
「――観念しなよコロムバ侯爵夫人。さっさと宝物庫の場所を吐いちゃいな」
「老いさらばえたとは言え、私は誇り高き帝国貴族。お前達のような下賤な輩に屈してなるものかっ」
「やーれやれ。しわだらけの肌に、一生消えない火傷痕ができちゃうね!」
煙の向こうにうっすらと人影が見えてきた。
いくつかある人影の傍から、赤いエーテル光の輝きが現れる。
魔法陣――とくれば、あそこにいるのがキャスか。
「大火傷まで、あっと十秒~。考え直すなら今のうちだよ~?」
「あまりモタモタしてられねぇ。吐かないならこのババアさらっちまおう」
聞き覚えのある声がふたつ……間違いない。
魔法陣を描いている小柄な影がキャス。
その隣に見える大柄な影がウッド。
さらに二人の奥でたたずむ巨大な影が剣闘士の大男だ。
幸い、三人とも俺達には気づいていない。
この距離から撃ってもいいが――
「命乞いはしません! 好きになさい!」
「いけません、侯爵夫人。あなたが命を落とされては帝国の損失ですわ」
――どうやらキャス達の向こうに、何人か女性がいるようだ。
デュプーリクが言っていた、侯爵夫人のサロンに参加した貴族夫人達だろうか。
俺達と〈ハイエナ〉との距離はおよそ15m。
ここからでも撃つことは可能だが、奥にいる夫人達も射線に巻き込んでしまう恐れがある。
……今はまだ撃てない。
「あたっ!」
その時、背後からキャッタンの声が聞こえた。
振り向いてみると、彼女は盛大にすっ転んでいた。
この状況でそれはないぜ……。
「誰っ!?」
当然バレる。
〈ハイエナ〉の三人が揃って煙を払い、こちらへ振り向いた。
三人ともヴィジョンホールで見た時と同じ服装だ。
キャスは黒いヴェール、ウッドと大男は仮面で、それぞれ顔を隠している。
「新手かよ!」
「邪魔すんな失せろぉーーーっ」
キャスは完成した魔法陣を裏返し、標的を俺達へと切り替えた。
「熱殺火槍!!」
魔法陣から炎の槍が飛び出した瞬間――
「私に任せて!」
――ネフラがヘリオの盾から身を乗り出した。
炎の槍は盾にぶつかる直前に方向を変え、ネフラの抱えている本の中へと吸い込まれるように消えていく。
「な、何よそれぇっ!?」
キャスが魔法を無効化されたことに驚いて固まる。
「魔法が効かねぇ相手かよっ」
次いで、ウッドの回転式拳銃から銃弾が立て続けに飛んでくる。
ネフラの腕を引っ張り、盾の後ろへと隠した直後――
「銃なら僕がっ!」
――ヘリオが突き出した盾で銃弾を跳ね返した。
「んん!? こいつら、ヴィジョンホールで見た奴らじゃねぇか!」
「ジルコ・ブレドウィナーじゃん! まさか追ってきたの!?」
こっちの素性に気づかれたか。
だが、この場で捕まえちまえば何の支障もない。
キャスが慌てて新しい魔法陣を描き始める。
隙だらけ――だが、その隙を埋めるようにウッドが発砲してきた。
しかし、その弾丸もヘリオの盾によって弾かれる。
ウッドが弾切れを起こしたのを見計らい、俺とデュプーリクは盾の外へ飛びだして銃口を向けた。
「抵抗は無駄だ。観念して投降しろキャスリーン!」
「な、なんであたしの名前を!?」
「勇者展で会った俺のこと、忘れたのか?」
「え」
魔法陣を描く手を止めて、キャスが俺の顔をまじまじと見つめてくる。
……髪型も違うし、眼鏡も髭もないけどわかるかな?
「あっ……あああああっ!! あんた、ウェイスト! ウェイスト・グレイストーン!!」
キャスが驚愕の表情を浮かべたのも束の間。
次の瞬間には、顔を耳まで真っ赤にして怒りの形相へと早変わり。
「あんた、あたしを騙してたのかぁぁぁっ!!」
地団駄を踏むほど怒りを露にするキャス。
「裏切者! 同好の士だと思っていたのに、あたしの気持ちを踏みにじったな!!」
「あれは全部、お前達を追跡する過程での芝居だったんだ。俺は別に勇者のファンじゃない」
「ぐぬううぅっ……ジルコォ、あんたはっ! あたしの清らかな想いを! 聖なる願いを! 侮辱して凌辱した! 絶対に許さないっ!!」
キャスから殺意のこもった視線が飛んでくる。
その一方で、すぐ隣にいるネフラまで俺を睨みつけてきた。
「あの女性と何があったの?」
「え? 別に何も……」
「嘘」
「本当だよ! 何か勘違いしていないか!?」
俺がネフラに釈明しようとした時、キャスが大振りで巨大な魔法陣を描き始めた。
「ぶっ殺してやるっ! 〈ジンカイト〉ォォォッ!!」




