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4-057. 凱旋、そして

 ……俺は自己嫌悪に陥っている。


「三匹とも完全に死んでいるわね。死骸が崩れ始めている」

「そうだな」


 あの一瞬。

 クリスタのあの妖艶(ようえん)な笑みを見て、流されそうになった。


「約束通り報酬は半々。それでいいわね?」

「いいよ」


 化け物との死闘直後だからか……?

 俺も気持ちが高揚していたのだろうが、危ないところだった。

 我ながらよく自制できたもんだ。


「ねぇジルコ」

「な、なんだよっ!?」


 俺が試作宝飾銃(リヒトカリヴァー)をホルスターに戻していると、クリスタが傍に寄り添ってきた。

 突然のキス(あんなこと)をされた直後だから警戒してしまう。


「馬車もない今、帝都に戻るには何日もかかるわね」

「あっ! そ、そうかっ」


 ……失態だ。

 俺は帰り道のことをすっかり失念していた。

 帝都からユービュラ付近まで馬車ですら二日ほどかかった。

 歩いて帰るとなると何日かかるか……。

 モタモタしていたら〈ハイエナ〉の伯爵邸襲撃に間に合わないかもしれない。


「急いで戻ろう!」

「ちょっと待って」


 駆けだした俺の手をクリスタが掴んだ。


「なんだよクリスタ!?」

「私をその名で呼ぶのはあなたくらいだわ。何度言っても直らない」

「あっ……。いや、悪かった。クリスタリオス」

「もういいわ。本名で呼ぶのを許してあげる」

「えっ。いいのか? 怒らない……?」

「怒らないわ」


 ……なんだか気味が悪いな。

 彼女はわずかに口元を緩めたまま、何とも言えない表情で俺を見入ってくる。


「と、とにかく、早く帝都に戻ろう! 俺のいない間に〈ハイエナ〉が現れたらとんだ笑い(ぐさ)だ!」

「安心なさい。帰りは行きより早く着くわ」

「早く着くって……馬車もないんだぞ」

「そんなことより――」


 クリスタはニコリと笑いながら、俺の首へと両手を回してきた。


「――続きはしないの? 周りには誰もいないわよ」


 クリスタは豊満な胸を俺に押しつけながら、おもむろに顔を近づけてくる。


「なんで俺にこんなことを……」

「運命、だからよ」

「は? 運命……?」

「私も女よ。魔法の研究一筋ではないの」

「よせ」

「あの子には黙っていてあげるから……ね?」

「よせって!」


 唇を近づけてくるクリスタから、俺は露骨に顔を背けてしまった。

 あまり女性に恥をかかせるのはよくないが……。

 否。俺がこのまま流される方がよくないだろう!


 クリスタは憤慨した面持ちで、ふんっと鼻を鳴らした。


「まだ彼女(・・)のことが忘れられないの?」

「何の話だか」

あの子(・・・)に失礼だと思わない?」

「やめてくれ」

彼女(・・)あの子(・・・)、どちらが今あなたに尽くしているか。端から見ても明らかよ」

「わかってるよ、そんなことっ!」


 俺は思わずクリスタを押し退けてしまった。

 図星を突かれるのは痛い。


もう(・・)いなくなって(・・・・・・)しまった(・・・・)人間にいつまでも囚われて……情けない人」

「わかっている」

「あの子も報われないわね」

「言うな!」

「まぁ、私にはそんなこと関係ないけれどね」

「さっきから何を言っているんだ。というか、最近変だぞ」


 俺は彼女を置いて、一足先に街道へ向かって歩きだした。


「あらあら。絶世の美女を抱けるチャンスなのに」

「自分で言うか? ……俺の性格はわかっているだろう。何年同じギルドで戦ってきたと思っているんだ!」

「そうね。でも――」


 不意に、クリスタが俺の背中に寄り添って耳打ちしてくる。


「――そんな仲間もギルドの都合(・・・・・・)で切るのよね?」


 ……返す言葉も無い。

 彼女はいつどうやって気づいたのか、俺がギルドの冒険者を解雇していることを知っている。

 そもそも鋭い観察眼を持つ彼女から隠し通すことに無理があったか。

 何にせよ、今はその話をすることはできない。


「今は何も言うことはない」

「あなた、本当に不器用ね?」


 クリスタがくるっと俺の前に回り込んできた。

 その顔はいつも彼女が浮かべている不敵な笑みに戻っている。


「帰りましょうか、帝都へ」

「ああ。ひとまずユービュラの町へ向かおう。もしかしたら馬と馬車が残っているかもしれない」

「その必要はないわ」


 クリスタが唐突に俺を抱きしめてきた。

 まだ俺を誘惑するのを諦めていないのか……。


「クリスタ。もうやめろって」

「私を抱きしめて」

「だから!」

「抱きしめなさい」


 突然、ギロリと殺気だった目を向けられた。

 さっきからコロコロ感情が変わりやがって……なんなんだこの女!


「わかったよ……っ」


 魔物を倒した直後、味方に殺されるなんて馬鹿げている。

 俺はやむなくクリスタの脅しに屈して、きゃしゃな彼女の体を抱きしめた。


「少しの間、何があっても私から離れてはダメよ」

「は?」

「振り落とされたら死ぬから」

「え……どういう……」

「すぐに帝都へ帰りたいのでしょう?」

「ま、まさか!!」


 クリスタの悪戯っぽい笑みを見て、俺は全身総毛だった。

 彼女は首から下げている虹色の冒険者タグで、宙に小さな魔法陣を描きだす。

 そのエーテル光が緑色だとわかり、彼女の企みを確信する。


「クリスタ、ちょっと待っ」


 俺が止めるのも聞かずに、彼女は魔法陣を完成させてしまい――


「う、わああああぁぁ~~~っ」


 ――俺達は空を飛んだ。





 ◇





 どのくらい空を飛んでいるのか……。


 目まぐるしく眼下の景色が変わっていくので、俺は鳥になった気分だった。

 同時に、クリスタから振り落とされたら確実に死ぬという確かな恐怖が俺の体を硬直させる。


「ジルコ、苦しいわ。強く抱きしめすぎ」


 耳元に届くクリスタの(ささや)き。

 そんなこと言われても、とても腕の力を弱める気にはなれない。


「見えてきたわ」


 俺が前方へ目を向けると、地平線の彼方に帝都の影が見えてきた。

 ……マジかよ。

 数十kmの距離をわずか一時間足らずで!?


「は、速い……!」

「言ったでしょう。帰りは行きより早く着くって」


 陸路と空路では移動時間にここまでの差があるのか……。

 伝書鳩やワイバーン便が重宝される理由が身に染みるな。

 しかも、上空から侵入すれば通行税も取られない。


「帝都上空をウロウロしていると帝国兵の監視に引っかかるわ。すぐにヴェニンカーサ邸に降りるわよ」

「ああ」


 俺達は立ち昇る煙突の煙を躱しながら、ヴェニンカーサ邸へと向かった。


 今、俺が見下ろしている帝都の街並みは生涯忘れられそうにない。

 西へ沈み始めた太陽の光が、町を一面赤く染め上げている。

 いつもはその夕焼けを浴びる側(・・・・)なのに、今はそれを見下ろしている。

 不思議な心地だった。





 ◇





 その後すぐ、俺達はヴェニンカーサ邸へ到着した。

 洗濯物を干すメイド達が唖然と見上げている中、軽やかに庭へと着地する。


「到着したわ。そろそろ離してくれないかしら、ジルコ?」


 ……言われるまでもない。

 地に足がついて早々、俺はクリスタを抱きしめていた腕を離した。

 直後、足に力が入らずにその場に尻もちをついてしまう。


「疲れた……」

「優雅な空中飛行を満喫できたのに、なぜ疲れるのかしら?」

「あんな高度をあんな速度で突っ切られたら、誰だって精神削れるって!」

「情けない人」


 俺を見下ろしながら、クリスタが長い髪を掻き上げる。

 しかも、また悪戯っぽい顔で……だ。


 俺が起き上がろうと躍起になっていると、屋敷からネフラ達が出てきた。


「ジルコ、やっと帰ったかこいつ!」

「お疲れさまでした、ジルコさん!」


 ようやく立ち上がったところを、デュプーリクとキャッタンの二人に肩を叩かれ、俺は再び尻もちをついてしまった。


「なんだよ、お疲れかぁっ!?」

「大丈夫ですか?」


 再度立ち上がったところにネフラが近づいてくる。

 ジト目で俺を見入る彼女は――


「……おかえり」


 ――明らかに怒っていた。


「ただいまネフラ」

「馬鹿っ」


 いきなりミスリルカバーの本で叩いてきた。

 いくら腕力のないネフラでも、ミスリル素材を武器にされたらたまらない。

 俺は肩口を殴りつけられ、三度(みたび)地面に尻もちをついた。


「な、何するんだよ!」

どういう状況(・・・・・・)で帰ってくるの!?」

「うっ」


 もしや、クリスタに抱きつきながら降りてきたのを見られたのか!?

 どうやって言い訳しようか考えていると、クリスタが俺とネフラの間に割って入ってきた。

 その瞬間、俺はとてつもなく嫌な予感がした。


「安心なさい。キスまでよ」


 ……聞こえてしまった。クリスタのネフラへの耳打ち。

 彼女はそのままネフラとすれ違って、屋敷へと向かって行く。


「お、おい! クリスタッ!?」

「あちこちベタベタ触られたし、汗も掻いたし、シャワーを借りるわ」


 おいおいおいおい!

 なんて誤解されるようなこと言うんだ!!


 去り行くクリスタの一方、ネフラが俺に詰め寄ってくる。


「どういうこと? どういうことっ!?」

「いや、あれは……」


 ネフラが、らしくなく(・・・・・)俺の胸倉を掴んでブンブンと揺すってくる。

 クリスタのやつ、最後の最後にとんでもない火種を巻いていきやがった!


「なんだよ。ジルコお前……ヤっちまったのか……」

「最低……不潔……」


 デュプーリクとキャッタンから冷めた眼差し。


「誤解だ! 誤解だーっ」

「馬鹿ぁーっ!!」


 俺はそれからしばらくネフラに本で叩かれ続けた。

 命懸けの戦いから凱旋したそばから、こんな歓迎はないぜ……。





 ◇





 夜になって、俺は伯爵邸の食堂で遅い夕食をとっていた。


 魔物との戦いで目立った怪我は負わなかったが、短時間で何度も死にかける目に遭ったせいで、精神的にかなり疲弊していたようだ。

 帰還後、部屋に戻った俺はすぐに寝入ってしまった。

 おかげで今は一人寂しく食事をしているというわけだ。


 クリスタはシャワーを浴びた後、ふらりと屋敷から出て行ってしまったらしい。

 やはり〈ハイエナ〉の件に協力はしてもらえそうにない。


「隣、いいですか?」


 俺が冷めた肉を頬張っていると、ヘリオがグラスを二杯持ってやってきた。

 俺が無言で頷くと、彼は椅子に座るや片方のグラスを俺へと差し出す。


「先ほど連絡がありました。東に現れた魔物の群れは全滅が確認されたそうです」

「そうか」

「あなた達が倒した〈双頭〉の魔物が最大の脅威で、他は並みの魔物と変わりなかったようですね」

「だろうよ。それより、お前もう体は大丈夫なのか?」

「ええ。この数日しっかり休養を取ったのでもう大丈夫です」


 血を抜かれてヘロヘロだったヘリオも、すっかり回復したか。

 これならいつ〈ハイエナ〉が襲ってきても大丈夫だな。


「……ところで〈ハイエナ〉に何か動きはあったのか?」

「その話をしに来たんです。連中、なかなか仕事熱心のようですよ」

「どういうことだ?」

「〈ハイエナ〉ですが、この数日間で帝国貴族の邸宅をいくつも襲撃しているんです」

「なんだって!?」


 驚いた俺は、口に含んでいた肉をこぼしそうになった。

 ……恥ずかしい。


「僕らが伯爵邸にお邪魔してから昨夜まで、すでに三件。どこも宝石収集家として有名な夫人がおられる名家です」

「つまり、奴らの次の標的はここ(・・)かもしれないわけだな」

「はい。そういう意味では、僕らが迎撃する機会はまだあると思います」


 〈ハイエナ〉は宝石狙いの盗賊団。

 ならば、宝石コレクターとして有名なヴェニンカーサ伯爵夫人を無視するわけがない。

 ここで待っていれば必ず出会える。


「すぐにでも宝石()を揃えないと」

「今晩くらいはゆっくり休んでください。体を休めないことには、勝てる戦いも勝てませんよ」

「ま、そうだな」


 俺はグラスを手に取り、ヘリオのグラスと合わせた。

 その直後――


「ジルコ! ヘリオ! どこだどこだっ!?」


 ――廊下からデュプーリクのやかましい声が聞こえてきた。


 食堂に俺達がいることに気づいたデュプーリクは、血相を変えた様子で中に駆け込んでくる。


「ここにいたのか!」

「夜だぞ。少しは静かにしろよ」

「そんなこと言ってる場合じゃねぇっ! 〈ハイエナ〉が出たっ!!」

「何ぃっ!? 襲撃か!」

「そうだ! けど、ここじゃない……コロムバ侯爵邸への襲撃だ!」

「コロムバ!? 別の貴族邸を襲ったのか」


 何ものんびり伯爵邸で〈ハイエナ〉の襲撃を待っている必要はない。

 奴らが出たと言うなら、こっちから打って出てもいいのだ。


「俺達も応援に行くか?」

「そのつもりだ! コロムバ邸では今、侯爵夫人がサロンを開いてるって話だ。貴族夫人が何人も招かれてる!」

「お前、女性のことになると本当に目の色変わるな……」

「そこにヴェニンカーサ伯爵夫人もいるんだよっ!!」

「なんだって!?」


 俺も目の色が変わった。

 伯爵夫人が巻き込まれているなら、尚更行かない選択肢はない。

 ……出撃だ!

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