4-054. ジルコ&クリスタVS双頭の魔物③
「ジルコ! あなた、本当にやるべきことをわかっているの!?」
クリスタが口を尖らせて、俺に突っかかってくる。
「わかっているよ! 不測の事態だったんだ!!」
「彼らを助けなければ、あなたの位置が特定されることもなかった。私が仕掛けた後、あなたが魔物にトドメを刺せたのよ!」
「だからって見捨てるわけにはいかないだろう!?」
「絶好の機会を棒に振ったわね!」
「自分だって彼らを巻き込んで魔法を撃つのを躊躇ったくせに!」
「誤解しないで。魔物の動きが想定より速かっただけよ!」
ああ言えばこう言う!
絶対に自分の失敗を認めたがらないんだ、この女は!!
……いかん、落ち着け。
こんなところで味方と口論していても始まらない。
「あ、あのぅ」
その時、横からジョンガラが割り込んできた。
この男、セリアンのイヌ族らしい。
尖った黒い耳に、三白眼の凛々しい顔立ち。
白い体毛の上からアマクニの戦装束を身に着けている。
彼が手にしているのは、今では希少な武装――アマクニ刀だ。
「先ほど、我々を〈双頭〉から守っていただいた魔導士の方ですな。まさかこのような美しい女傑とは――」
「黙りなさい」
ギロリとクリスタがひと睨みすると、ジョンガラは押し黙ってしまった。
「察するに、今の〈双頭〉というのはあの二匹の魔物のことね。魔物に対して、個体名を特定できるような名前をつけるのはやめなさい!」
「どういうことだよ」
気になることを聞いて、つい訊ねてしまった。
直後、クリスタの鋭い視線が俺へと移る。
「名前無きものはこの世に非ず――名前には力が宿る。脅威ではなかったものが、名前を得ることで脅威にすらなりえるの。それが名前の魔力」
「名前の魔力……」
「ただでさえ危険な魔物に名前を与えてしまえば、さらなる脅威になりかねない。それを避けるために、先人達は決して魔物に個体名を与えなかったのよ」
「でも、それって迷信だろう?」
「迷信とはいえ、魔導士は縁起を担ぐものなの」
……そうか。
クリスタが名前にこだわるのはそういう事情があったのか。
魔導士は魔法を放つ時、魔名を唱えるのが慣習になっている。
それは、自分の魔法に確固たる力を与える意味合いも込められていたわけだ。
クリスタが自身を仰々しい通り名で名乗るのも、同じ理由からだろう。
名前についてはクロードも同じようなことを言っていたことを思い出した。
「二度と魔物の名前を口にしないでちょうだい」
「わ、わかり申した」
クリスタの迫力に圧倒されたのか、ジョンガラは怖けながら答えた。
次いで、彼女の怒りの矛先は俺へと向けられた。
「あなたが協力してくれないと私の仕事は終わらないの。わかるわよね?」
「わかるよ」
「二度と私をガッカリさせないで!」
「次こそ合わせる。信用しろよ」
「よく言うわ!」
「たぶん次が最後だ。銃士の意地で決めてみせるさ」
「最後ですって?」
俺は地面に落ちていたダイヤモンドを拾いあげた。
「あいつを倒せる上等な宝石は、もうこのダイヤモンドしかないんでね」
「その形状、冒険者タグに使われていたダイヤ?」
「ああ。クロードの……形見だ」
「ふぅん」
クリスタは突然、胸の谷間に指を突っ込み、まさぐり始めた。
俺がじっと見入っていると、彼女は谷間から小さな袋を取り出してみせた。
「これを譲ってあげるわ」
袋を投げ渡された俺は中に入っているものを見て驚いた。
イエローダイヤモンド……!
冒険者タグに使われるダイヤに勝るとも劣らない輝きだ。
「どうしてこれを俺に?」
「クロードの形見……とやらを使うのも気が引けるでしょう。今回はそれを使うといいわ」
「わかった。ありがたく受け取っておく」
俺は手元のダイヤモンドをポケットにしまう代わりに、イエローダイヤモンドを試作宝飾銃の装填口へと収めた。
これほどの輝きを放つダイヤなら、当たれば確実に魔物を倒せるはず。
問題は、ダイヤモンドのフルパワーに試作宝飾銃の銃身が耐えられるかだ。
ミスリル銃と違って、試作宝飾銃の銃身はミスリルほど頑丈じゃない。
エーテル光を撃ちだす出力に耐え切れなければ銃身が破裂する恐れもある。
……ぶっつけ本番でやるしかないな。
「あのぅ」
俺が気持ちを切り替えようとした矢先、ジョンガラが話しかけてきた。
「何か我々にできることはなかろうか?」
「俺達が何を言っても、ドラゴグ人は魔物に向かって行くんだろう?」
「あいや、我々はエイラの民だ。ドラゴグにはギルドの応援要請を受けて参った次第。この地の民のように、死なばもろとも精神は持ち合わせてはおらぬ」
「……そうか」
エイラ人ということなら話は通じるだろう。
彼らには早々にこの場から逃げてもらった方がいい。
どちらにしろ、あの二匹の魔物は戦士系クラスではどうしようもない。
「我ら〈ソードダンサー〉は総勢14名で任務に臨んだ。しかし、今は私を含めて五名しか生き残っていない。あの魔物を討たねば国には戻れぬ!」
ジョンガラが拳を震わせている。
ギルドの仲間を殺され、町を守る任務も叶わず、ギルドマスターとして責任を感じているのだろう。
「なればこそ! 我々にも協力させてくれまいか!!」
「その気持ちはありがたいけど……」
ジョンガラ、あんたは後ろにいる冒険者の気持ちを慮ってやれよ。
全員、戦々恐々としているじゃないか。
その時、冒険者の一人が炎の壁を指さして叫んだ。
「ま、マスター! あの化け物が起き上がってこっちへ……!」
振り返ってみれば、確かに先ほどまで横転していた二匹の魔物が起き上がり、炎の壁へと向かってきていた。
「ぬうぅ。しかし、炎の壁がある以上は我々に手出しはできぬはず」
ジョンガラの言う通り。
魔物達は炎の壁の前で足を止め、周囲をキョロキョロしている。
「何をしているんだ?」
「炎の壁が消えるのを待っているのでしょうね」
「クリスタリオス、炎の壁はあとどのくらいもつ?」
「せいぜい二分といったところかしら」
俺はジョンガラ達に向き直った。
「ジョンガラ! あんた達はすぐにこの場を離れろ!」
「何を申す! 我々も力になるぞ!!」
頑として聞き入れてくれそうにないな。
戦力外の人間に残ってもらっても困るんだが……。
どうやってジョンガラを説得しようか悩んでいると、肉が焼けるような異臭が鼻まで届いてきた。
振り返ると、魔物が二匹揃って炎の壁へと突っ込むのが見える。
「火力が強くて突破できないようだな」
「それも時間の問題よ」
クリスタが新たな魔法陣を描き始める。
土色に煌めいているところを見ると、土属性体系の魔法のようだ。
「刺突磔刑で、一匹この場に繋ぎ止めるわ。そうすれば、もう一匹もこの場から離れられない。それがこの二匹の唯一の弱点よ」
「動きを封じた後、きみが叩き、俺がトドメってわけだな」
「次ぬかったら、あなたを丸焼きにするわ」
「そういうことなら絶対に失敗できないな」
魔法陣の描画が進むうち、俺はジョンガラ達に今一度警告する。
「この場は俺達に任せて、あんた達は逃げろ!」
「そうはいかん。私とて侍の端くれ。このまま仇も討てぬうちに退散するわけにはいくまいよ」
ジョンガラは退くどころか、アマクニ刀を抜いて俺の隣へと並んだ。
ギルドマスターにしてはあまりにも自分本位じゃないか。
「あのなぁ! あんたの仲間はすでに――」
「ジルコッ!」
俺が言いかけた時、クリスタの声が聞こえた。
彼女の方に振り向くと――
「な、何ぃっ!?」
――炎の壁を突き抜け、魔物の一匹がこちら側へ足を踏み入れるのが見えた。
「炎の壁を越えてきた!? どうやって……」
「狡猾、そして実に大胆ね。炎に顔を突っ込んでいた一匹を、もう一匹が後ろから押し飛ばした。それによって、手前の一匹が炎を突き破ってきたのよ」
魔物が炎の壁を越えてきたことで、一気に焦げ臭いにおいが祠の中にまで立ち込めてくる。
奴は炎に焼かれたダメージが残っているようで、足をつまづかせて地面へと倒れ込んだ。
……撃つか!?
しかし今の位置関係では、目の前の魔物を撃ち抜いたとして、炎の壁の向こうにいるもう一匹を同時に殺すことはできない。
「好機ぞっ!」
俺が止める間もなく、ジョンガラが倒れた魔物へと斬りかかっていく。
「馬鹿っ!」
とっさにコート裏のナイフを取って、ジョンガラの足元へと投げつけた。
ワイヤーの繋がったナイフは彼の軸足の周りをぐるぐると旋回し、その自由を奪って転倒させる。
「ぐばっ!?」
「うかつに突っ込むのは危険だっての!」
その瞬間。
倒れ伏した魔物の背中から、祠の中へ向かって数本の触手が伸びてきた。
その触手は、あわや地面に倒れるジョンガラの頭上を通り過ぎ、祠の壁を突き砕いてしまった。
「こいつ……転んだのはわざとかよ!」
俺は触手が主の元へ戻るのを待ち、ジョンガラの足に絡みついたワイヤーを引っ張って彼の体を祠の中へと引きずり込んだ。
「ぐっ。ぺっペッ! なんてことをするっ!?」
「罠にかかるのを助けてやったんだ!」
直後、魔物が起き上がって全身から無数の触手を放ってきた。
ハリネズミの棘のように、何十本もの触手が同時に祠の中へとなだれ込んでくる。
「避けろクリスタッ!」
俺が地面を蹴って触手を躱した一方で、クリスタは描き途中だった魔法陣を盾にして触手を防いだ。
エーテル光に触れた触手は、瞬く間に焼け落ちていく。
「無事かっ!?」
俺が祠の中を見渡すと――
「ディーン! ジョン! エドガー!」
――触手によって貫かれた三人の冒険者と、それを目の当たりにして絶叫するジョンガラの姿を見た。
触手に貫かれた彼らは、黒い炎が瞬く間に全身へと燃え移っていく。
装備している兜や鎧には亀裂が走り、露出した肌はどす黒く変色し、たちまちミイラのように干からびて崩れ落ちた。
……犠牲者には幸いだった。
ミイラからは黒い炎が消え去り、真っ黒い死体のまま動くことはなかったから。
「うおおおっ! なんということだぁぁぁっ!!」
ジョンガラが死体に駆け寄ろうとしたので、俺は慌てて彼を羽交い絞めにした。
「侵蝕された死体に触れるな!」
「うおおおっ!!」
暴れるジョンガラに俺は突き飛ばされた。
……なんて力だ。
さすがはセリアン、しかも戦士系クラスなら尚更腕力は俺より上だ。
ジョンガラはアマクニ刀を振るい、祠の中へと入り込んだ触手を一本残らず切り落とした。
本体から切り離された触手は、火の粉を散らすように宙へと霧散してしまう。
その時、クリスタが新たに描き出した魔法陣より、突風が発生。
祠を押し潰そうと迫ってきた魔物を吹き飛ばし、炎の壁へと叩きつけた。
それを尻目に、ジョンガラが生き残った二人の冒険者へと喝を入れる。
「立て、お前達! ここで臆しては倒れた仲間に笑われるぞ!!」
……無駄だジョンガラ。
生き残った二人は完全に戦意を失っているよ。
「何をやっとるか!!」
「ジョンガラ、もうよせ。せっかく生き残った彼らまで殺す気か」
「ここまで来て敵前逃亡などっ」
「ギルドマスターなら戦況を見極めて正しい判断をしろ! 仲間をこれ以上失いたくないのなら!!」
俺はジョンガラの胸倉を掴み上げ、彼に叫んでいた。
「……承知した」
ジョンガラは静かにアマクニ刀を鞘へと収めた。
彼は意気消沈した様子で俺へと告げる。
「我々は邪魔なようだ。あとはおぬしらに任せよう」
言いながら、ジョンガラは首から下げていた紐から冒険者タグを引き千切り、俺へと渡してきた。
「私の魂として、これを残していく」
「どうして……?」
「その銃、宝石を触媒としているとお見受けする。私のタグは等級Aに過ぎぬが、無いよりはマシだと思う」
「……わかった。ありがとう」
「頼んだ」
「任せろ!」
俺はジョンガラから差し出されたタグを受け取り、ポケットへと押し込んだ。
「さぁ、この場を離れるぞお前達!」
ジョンガラは仲間を連れて祠を出る際――
「銃の方。お名前は何と申す?」
――俺の名前を尋ねてきた。
「ジルコ・ブレドウィナー。〈ジンカイト〉のギルドマスターだ」
「〈ジンカイト〉……!?」
「炎陣衝壁が消えるまで一分も無い! 死ぬ気で街道を走れ!!」
「おぬしらならば信じられる。あの方が身を置くギルドなら……!」
……あの方?
気になることを言い残して、ジョンガラは街道を走って行ってしまった。
その時、炎の壁が消えた。
想定していたより数十秒も早い!
「ジルコ、行くわよ!!」
「応さ!!」
二匹の魔物が迫りくる。
クリスタは宙に杖を走らせ。
俺は試作宝飾銃の照準を定めた。




