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4-051. ジルコとクリスタ、共同戦線

「どういたしますか、クリスタリオス殿!?」


 御者台の帝国兵が動揺した様子で指示をあおいでくる。


「このまま突っ込みなさい」

「えっ!?」


 クリスタから返ってきた指示に困惑しつつも、彼は真っすぐに軍馬を走らせた。


「思いのほか接触が早かったわね」


 クリスタは窓を開けるや、窓枠に尻を乗せて外へと身を乗り出した。

 風を受けて、彼女の長い髪が後ろに流れる。

 彼女は杖で魔法陣を描く傍ら、車内の俺を一瞥して言う。


「先制はあなたに譲るわ」

「そりゃどうも!」


 俺はクリスタとは逆方向の窓から身を乗り出し、窓枠を蹴って屋根へと上った。


 改めて標的(ターゲット)へ目を凝らすと、その正体は真っ黒な羊だとわかった。

 羊毛は黒く変色し、枯れたように(しぼ)んでいる。

 全身から沸き立つ黒い炎はゆらゆらと煌めいていて、不気味だ。


「ずいぶん可愛くない羊がいたもんだな!」

「羊? あの黒い影は羊だと言うの?」

「俺にはそう見える!」


 試作宝飾銃(リヒトカリヴァー)の装填口へと宝石を押し込み、照準を定める。

 二匹同時に仕留めることもできるが、とりあえず狙いは片方の黒羊――便宜上、今はこう呼ぶ――だ。


 引き金を引いた直後、200mほど先まで橙黄色の光線が届いた。

 黒羊は光線を受けた瞬間に爆発四散。

 全身を覆っていた黒い炎が、火の粉のように周囲へと飛び散って消えていく。


「もう一匹の方もあなたに任せるわ」

「えっ」


 クリスタから思いがけない言葉が聞こえてきた。

 同時に、彼女が描いていたはずの魔法陣のエーテル光までも消えてしまう。


「どうかしたのか?」


 屋根の上から覗き込んでみると、クリスタはすでに車内へと引っ込んでしまっていた。


「ちぇっ。なんだってんだ」


 ……こんな時にも身勝手な女だな。


 俺は気を取り直して、試作宝飾銃(リヒトカリヴァー)の装填口を開いた。

 中から砕けた宝石がこぼれ出てくる。

 この宝飾銃(ジュエルガン)はあくまで試作品。

 そのためミスリル銃(完成品)のようなエーテル光の強弱操作が行えない。

 つまり一射撃ごとにフルパワーのエーテル光が射出され、ほぼ確実に宝石ひとつを潰してしまう。

 そんな欠点もあって少々扱いづらいのだ。


 俺はすぐに新しい宝石――ただし安物の屑石(くずいし)――を装填口へとセットし、対象へと銃口を向けた。

 もう一匹の黒羊までの距離は100mといったところか。


「くらえ!」


 銃口から二発目の光線が射出され、瞬く間に対象を爆発四散させる。

 ずいぶん楽勝だったな。


「仕留めたぞ!」


 ……返事がない。


「クリスタ?」


 彼女の名前を呼ぶと、屋根の裏側をドンと叩かれた。

 俺の呼びかけは無視するくせに、本名で呼ぶと怒るんだもんな……。





 ◇





 俺達は馬車を停め、黒羊の遺骸を調べていた。


 遺骸にはまだわずかに黒い炎が残っている。

 炎は徐々に勢いを弱めていき、消えたそばから遺骸を崩して灰にしていく。


「さっきからどうしたんだよ」

「確認しているの」


 さっきからクリスタが遺骸の前に屈んだまま、道端で拾った棒切れでつついている。

 何の確認だよ、と尋ねようとした矢先――


「あったわ」


 ――崩れた遺骸から何かの固形物が転がり出てきた。

 それは螺旋状に巻かれた角だった。


「この辺りで螺旋角の羊を扱っているのはメエメイ牧場だけね」

「牧場? そこの羊が侵蝕されてそうなったって言うのか」

「それ以外に考えられないわ」

「待てよ。だとしたら、こいつらは何から侵蝕を受けたんだ?」


 ……沈黙。

 何も答えてくれないクリスタを見て、俺は察した。


「まさかこの二匹、きみの言っていた魔物じゃないのか!?」

「当然でしょう。この程度のカスだったら、あなたなんて必要としないわ」

「それじゃこいつらはその魔物から侵蝕を受けたのか!」

「メエメイ牧場には400頭ほどの螺旋羊(スパイラルシープ)がいたわ。牧場があれ(・・)に襲われたのであれば、魔物化(・・・)したのがたったの二頭だけとは思えない」


 羊の魔物がまだ残っている可能性があるわけか。

 しかも、それらは完全に帝国が把握できていない分流(・・)で、今も野放し状態。


「それはヤバイな」

「残りも見つけて始末しないと、手がつけられなくなるわ」


 俗に侵蝕(・・)と呼ばれる現象がある。

 魔物の全身を覆う黒い炎が接触した対象にまで燃え移り、肉体を侵しながら魔物へと変貌させてしまう症状だ。

 それは病のように人知れず拡がっていき、結果として百年以上の闇の時代を招いてしまった。

 そして、魔物が一匹でも存在していれば、再び闇の時代をもたらす可能性は残り続ける。


「その牧場、知っているところなのか?」

「少し前に狩りの拠点として世話になっていたわ」

「そうか……」

「大家族の羊飼いが切り盛りしている牧場でね。まだ小さな子供がたくさんいたわ。頼んでもいないのに、独りでいる私にわざわざ食事を持ってくる鬱陶(うっとう)しい子供達だったわ」


 背を向けているクリスタの表情はうかがい知れない。

 しかし、言葉とは裏腹に彼女の心情はなんとなく読み取ることができた。


「クリスタリオス殿。メエメイ牧場は、ここから北へおよそ20kmほど進んだ先にあります。向かいますか?」


 帝国兵が地図を見ながらクリスタへうかがいを立ててきた。

 それに対する彼女の返事は実に素っ気ないもの。


「行っても無駄よ。牧場が襲われたのなら生存者はいないわ」

「そ、そうですね……」

「帝都の本陣にこのことを伝えるべきね。また大海嘯(グリムス・ヴァース)が発生するほどに勢力を拡げられては厄介よ」

「すぐに連絡しますっ」


 帝国兵は馬車に駆け戻ると、おそらくは今の情報を記述した書簡を伝書鳩の足に結びつけ、空へと放った。

 俺は飛んでいく鳩を見送った後、クリスタへと声をかける。


「大丈夫か?」

「実に不愉快な気分だわ――」


 振り向いたクリスタは、普段通りの澄ました表情をしている。


「――こんな気分は今日限りで終わりにしたいものね」

「そうだな。終わらせよう」


 今だけは、彼女の気持ちが手に取るようにわかる。





 ◇





 その後も、俺達は真っすぐに街道を東へと進んだ。

 黒羊と遭遇した場所からおよそ10kmほど進んだところで、俺は東の空に赤い光がチラつくのが目に入った。


「……今のは魔法の光か?」

「ええ。火属性体系魔法のエーテル光ね。冒険者が魔物と戦っているのでしょう」


 俺は手元の地図を見ながら、街道沿いにある町の存在に気がついた。

 その町はちょうど赤い光が見える辺りにあるはずだ。

 つまり……。


「町を襲撃した魔物と、派遣された冒険者ギルドが交戦しているのか!」


 赤い光は続けざまに明滅している。

 あの光の下ではかなり激しい戦闘に発展しているようだ。


「ひぃっ!?」


 突然、御者台の帝国兵が悲鳴を上げた。

 その原因は街道の先を見ることですぐに理解できた。

 地平線の先から黒い波が近づいてくる。

 先ほどと同じ黒羊が、砂煙を巻き上げながら十数匹ほど併走しているのだ。


「う、うわあぁぁっ!」


 帝国兵が手綱を引いて馬車を急停止させた。

 異形の羊の群れを目にして、恐怖のあまり心が折れたか。


「ここは俺達に任せて、あんたはすぐに副都へ戻れ!」

「わ、わかった……! 後は頼んだぞっ」


 俺とクリスタが馬車から降りるや、帝国兵は軍馬を方向転換させて、元来た道を脇目も振らずに走って行ってしまった。

 フルフェイスの兜のせいで表情はわからないが、よほど焦っていたのだろう。


「探す手間が省けたわね。さっさと片付けましょう」


 クリスタは胸の谷間から宝飾杖(ジュエルワンド)を引き抜くと、赤い魔法陣を描き始めた。

 前から思っていたけど、そこにはなんでも入るのか?

 ……とは聞けない。


「ジルコ。あなたは万が一の討ち漏らしを片付けて」

「いいや! ここは俺にやらせてもらう」

「ちょっと。私の言うことが聞けないの」

「俺は要請されて協力するんだ。立場は対等だろう?」

「……わかったわ。たまにはあなたの顔を立ててあげる」


 不満を露にしながらも、クリスタが退いてくれた。

 強気に出れば彼女も話を聞いてくれるんだな。


「よぅし、任せろ!」


 俺は迫りくる黒羊の群れを前に、片膝をついて銃を構えた。

 距離は目算で150mほど。

 一列に並んで向かってきてくれているので、俺としては狙いやすくて助かる。

 斬り撃ちで一気に決めてやる。


 装填口に新しい宝石を入れるや、銃口を向かって左端の羊へと向け――


「斬り撃ち・火平線(かへいせん)!!」


 ――引き金を引いたまま、銃身を左から右へと振り抜く。

 長大な光の剣が黒羊の群れを横へ一薙ぎし、黒い炎をまとめて四散させた。

 ……討ち漏らしは無い。


「よし!」


 遮蔽物のない平野なら、数百匹の魔物もまとめて斬り捨てられる大技だ。

 本来なら高価な宝石を犠牲にして放つ技だが、たった十数匹の魔物なら屑石(くずいし)でも十分だろう。

 現に、すべての黒羊は全滅している。


「見たかクリスタリオス。俺に任せた方が効率的速やかに運ぶだろう?」


 彼女はムスッとした表情で俺を見つめている。

 俺に活躍の場を奪われたことがそんなに気に入らないのか?


「お前の言う二匹の魔物も先制は俺に任せてくれよ。久々の共同戦線なんだし、俺でもやれるってところを見せてやるからさ!」

「……よくそんな口が利けたものね」

「冗談だよ。機嫌を悪くするなって」

「勘違いしないで。討ち漏らしがいるのよ」

「えぇっ!?」


 クリスタに言われて街道の先へと視線を戻す。

 黒羊の遺骸が転がっている場所よりずっと手前から、舗装された軍道を何かが亀裂を作りながら迫ってくるのが見えた。

 その亀裂からは黒い炎が漏れ出している。


 ……モグラの魔物か!?

 もしや、黒羊の群れと一緒に土の中を並走していたのか!


「攻撃を!」


 装填口から砕けた宝石を投棄し、すぐさま新しい宝石を――


「……っ!」


 ――間に合わない。

 懐の宝石を装填口へ押し込み、銃口を構えて引き金を引くまで数秒かかる。

 その数秒の間に、モグラは俺にまで到達してしまうだろう。


「クリスタッ!」


 俺は傍にいるクリスタへと向き直り、その名を叫んだ。

 彼女はすでに魔法陣を描き始めていたので、攻撃は十分間に合う。


「我が名は、クリスタリオス・ルーナリア・パープルオーブ――」


 ……と思ったら、クリスタは胸をそびやかせて口を動かし始めた。

 どうして今、そんな呪文詠唱(パフォーマンス)をするんだ!?


「――愚かなる闇の獣よ。至高深淵なる我が前に(ひざまず)き、頭を垂れよ――」

「何やってるんだ、早く撃てっ!!」

「――さすれば汝に戒めの(くさび)を刺し与えん」

「クリスタァァァッ!!」

「……うるさい人ね」


 彼女がぼそりとつぶやくと、半径30cmほどの魔法陣が完成し、まばゆく輝き始める。

 直後、魔法陣から黄色い炎の矢が飛び出した。


穿(うが)て、金色(こんじき)熱殺火槍(ファイア・ランス)!!」


 炎の矢は、地面から這い出して俺に飛びかかろうとしていたモグラに直撃。

 モグラは衝撃で宙を舞いながら、黄色い炎に焼き尽くされて地面に落ちる時には炭となっていた。


「あなたの慌てる顔、実に滑稽(こっけい)だったわ。半年前、共に命を賭けて最強の魔王(クラウン)と戦った男とは思えない」


 無様にも尻もちをついていた俺は、クリスタの辛辣な発言に返す言葉もなかった。


「死ぬと思ったでしょう」

「うっ」

「王都でぬくぬくと過ごしてきて、魔物の恐怖を忘れてしまったみたいね」

「……!」


 クリスタに憐れみの目を向けられて、俺はハッとした。

 魔物の黒い炎には触れただけでも死を免れない恐るべき力がある。

 さらに、その身を侵蝕されてしまえば最悪の場合、魔物の仲間入りもあり得る。

 そんな本物の化け物を相手に一瞬でも油断するなど、愚の骨頂。

 そのことを人間ばかり(・・・・・)相手に(・・・)していた(・・・・)この数ヵ月で失念していた。


「ここはもう戦場なのよ。仮にも〈ジンカイト〉のギルドマスターを名乗るなら、私をガッカリさせないで」


 ……自分が恥ずかしい。

 最初の魔物をあっさり倒せたことで、すっかり気が緩んでいた。


 俺は両手で自分の頬を叩いた。

 何度も何度も叩き……そして目を覚ました。


「すまなかったクリスタリオス。俺が間違っていた……でも、もう大丈夫」

「時には荒療治もよいものでしょう?」


 言いながら、クリスタが口元を緩めた。

 俺の覚悟が甘いことを感じて、わざと死ぬ思いをさせたってわけか。

 ……確かに荒療治だが、これ以上ないほどに効いたよ。


 クリスタが歩きだしたのを見て、俺は早足で彼女の隣へと並んだ。


「忠告しておくけれど、あの赤い光の下にいる魔物は羊やモグラの比ではないわ」

「今度こそ覚悟はできた。もう足は引っ張らない」


 恥も油断もこの場に置いていこう。

 およそ半年ぶりの人外との戦いを前に、俺は思いだす必要がある。

 いつ死ぬともしれない緊迫感と不安感を、生きようとする熱意で塗り替えていたあの頃のことを。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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