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4-046. ヴェニンカーサ伯爵夫人

「いてて、痛いって! もう少し優しくしてくれよなぁっ!?」


 帝国兵に拘束されながらデュプーリクが叫ぶ。

 怪我人といえど、連中はお構いなしに手錠をかけてくるからたまらない。

 エル・ロワの通行証を見せても無視され、俺達は否応もなく駐屯所へ連行されようとしていた。


「俺達は怪しい者じゃない! まずは怪我人の治療を頼めないか!?」

「黙ってろ」

「俺は〈ジンカイト〉の冒険者だ! あんた達のリーダーと話をさせてくれ!」

「どこのどんなギルドだろうと、我が国土で好きにはさせん。黙って歩け!」


 ……取り付く島もない。

 やっぱり国をまたぐと〈ジンカイト〉の影響力は落ちるな。


 それより、いまだ意識を取り戻さないヘリオとキャッタンが心配だ。

 デュプーリクも背中にダガーが突き刺さったままだが、こいつは大丈夫だろう。


「もし。何があったのですか」


 路地裏から通りへと連れ出された直後、女性の声が聞こえた。

 その声が俺達に向けられたものだと認識した瞬間、周りの兵士達が足を止めて一斉に敬礼したので驚いた。

 何事かと思って声の主へと向き直ると――


「おやまぁ。怪我をしている方もいますのね」


 ――見目麗しい女性が目に映った。


 彼女は黒と赤を基調としたドレスを細い体にフィットするように着ており、両手には手袋、首元にはスカーフ、頭には羽毛のヘッドドレスをつけている。

 肌が見えている部分は顔だけで、徹底して露出を避けているようだ。

 その肌は雪のように白く、赤い衣装とは対照的。

 美しい顔のワンポイント――左目の下にある泣きぼくろは、特に印象に残る。


「これはヴェニンカーサ伯爵夫人。お見苦しいところをお見せしました」


 ヴェニンカーサ伯爵夫人だって!?

 まさか会いたかった人物の奥さんがこんなタイミングで現れるとは……。


「何事です?」

「この者達が街中で騒ぎを起こしまして。これから尋問を行うところです」

「……あら、あなた」


 伯爵夫人と目が合うと、彼女が俺の首元へと視線を下げた。


「我々はこの者達を駐屯所へと連行しますので、失礼します」

「それは不要です」

「は?」

「そちらの御仁――」


 伯爵夫人は俺を指さして言った。

 否。正確には、俺の首に掛かった冒険者タグの記章を指さしている。


「――かの高名な冒険者ギルド〈ジンカイト〉の方ではありませんか」

「で、ですが」

「彼らは世界を救うことに貢献した英雄ですよ。ドラゴグの民ならば、恩人には礼を失してはなりません。すぐにわたくしの屋敷へお連れなさい」

「……承知しました」

「ご不満?」

「とんでもありませんっ! 喜んでっ!!」


 ……帝国兵の声が裏返っている。

 このヴェニンカーサ伯爵夫人、軍部と何か繋がりがある偉い人なのだろうか。

 それとも彼女の夫がそうなのだろうか。

 とにもかくにも、拘束されずに済むなんて俺達にとってはありがたい存在だ。





 ◇





 手錠を外された俺達はヴェニンカーサ伯爵邸へと向かった。

 しかし、最初に連れ込まれたのは伯爵邸のすぐ隣にある医療院だった。


 その医療院は伯爵が近隣住民のために用意した施設で、伯爵の統治領内の者であれば立場に関わらず低額で治療してくれるのだという。

 帝都にもこんな良心的な貴族がいるのだと知って正直驚かされた。


 軽傷だった俺は簡単な治療を受けただけで済んだ。

 その一方で、ヘリオ、キャッタン、デュプーリクの三人は、医療院に運び込まれたまま外に出てくることはなかった。


「こんな傷大丈夫だって! 俺も外に出してくれよっ」

「何言ってんの、あんた背中に刃物が刺さってたんだよ!?」

「そんなことより俺もあの美女に迎えられたい~!!」


 俺とネフラが伯爵邸へと向かう際、医療院からデュプーリクの厚かましい声が聞こえてきた。

 ……しばらく医療院(そこ)で頭を冷やせ、エル・ロワの恥め!





 ◇





 俺とネフラはメイドの案内で屋敷の応接室へと通された。

 そこにはすでに、ヴェニンカーサ伯爵夫人と眼鏡をかけたそばかすの女性――付き人かな?――が待っていて、にこやかに俺達を迎えてくれた。

 

「ようこそヴェニンカーサ邸へ。どうぞおかけになって」


 伯爵夫人にうながされ、俺とネフラは対面のソファーへと腰かけた。


「ヴェニンカーサ伯爵家当主ドゥームの妻、イシュタと申します」

「俺は冒険者ギルド〈ジンカイト〉のジルコ・ブレドウィナーです」

「同じく、ネフラ・エヴァーグリンです」


 伯爵夫人はニコニコしながら俺達を見入っている。

 興味津々といった様子だ。


「お二人とも、お似合いの組み合わせですわね。素敵な夫婦(めおと)になれそうだわ」

「ちょ!? 俺達は別にそういうんじゃ!」

「あら、そうなの? わたくしはてっきり」


 俺が慌てて異議を唱える一方、隣に座るネフラは顔を真っ赤にしたままうつむいてしまっている。


「結婚は良いです――」


 そう言うや、伯爵夫人は左手を右手で撫で始めた。

 最初は何をしているのかと思ったが、よくよく見れば、彼女が撫でているのは左手の薬指らしい。

 手袋をしているので見えないが、きっとその下には結婚指輪があるのだろう。


「――愛する夫の傍で彼の人生を支える。成功すれば共に喜びを分かち合えるし、失敗すれば慰めて励まして共に立ち上がる。酸いも甘いも、夫と共に味わい尽くす人生。生きる上でその経験はかけがえのない宝物になりますもの」

「旦那様を愛しておられるのですね」

「もちろん。この世の何よりも、わたくしは夫を愛しています」

「素敵なことだと思います」


 ネフラと伯爵夫人が会話のさなか見つめ合っている。

 女性同士、互いに通ずるものがあるのだろうか。


 そう思った矢先、伯爵夫人が俺へと視線を変えた。


「可愛い相棒ですわね。大事になさって」

「……はい」


 その後、メイドが運んできた紅茶を飲みながら本題へと入った。


「突然お招きしてごめんなさいね。かねてより〈ジンカイト〉の冒険者とはお話したいと思っていましたの」

「こちらこそ帝国兵に捕まるところを助けられました」

「彼らも帝都を守るのに必死なのです。東には問題が山積みですから」

「魔物の件ですね」

「ええ。確か〈ジンカイト〉からも一名、高名な魔導士(ウィザード)様にご尽力いただいていると聞いておりますわ」


 クリスタのことか。

 やっぱりこの人、軍部から情報が下りてきているみたいだな。


「実は、俺達もヴェニンカーサ伯爵にお話があって屋敷を訪ねるつもりだったのです。その途中、賊に襲われてあんな事態に」

「まぁ、そうでしたの。何者の襲撃だったのかはわかって?」

「まだわかりません」

「私怨によるものかしら? ジルコ様もネフラ様も、恨みを買うようには見えませんけれど」

冒険者(こんな商売)をやっていれば逆恨みされることもあるでしょうね」

「そう。大変ですのね、冒険者というのは」


 俺は、海峡都市(ブリッジ)で〈ハイエナ〉に奪われた競売品を追ってドラゴグまでやってきたこと、そして〈ハイエナ〉の次の標的はヴェニンカーサ伯爵邸の可能性があることを伝えた。


「……なるほど。あなた方、〈ハイエナ〉を追って帝都までいらしたの」

「伯爵夫人も海峡都市(ブリッジ)の競売には参加されていましたよね」

「ええ。あの時は驚きましたわ。幸い、わたくしは早々にヴィジョンホールの外に出られたので難を逃れましたが、教皇様がお怪我をなされたとか」

「教皇様も無事に助け出すことができました。建物は壊され、競売品はすべて奪われてしまいましたが――」


 あの時のことを思い返すと、クチバシ男への苛立ちが募ってくる。


「――必ず、競売品は取り戻してみせます」


 ギルドのためにも。

 俺自身のためにも。

 若返りの秘薬は是が非でも取り戻さなければ。


「あんな危険な連中に挑もうだなんて、勇気のあるお方ですわね。わたくしの夫にそっくり」

「俺が……ヴェニンカーサ伯爵に?」

「ええ。身を粉にして悪と戦う姿勢が、あの人に似ています」

「買いかぶりです。俺が躍起になって〈ハイエナ〉を追うのは、個人的な事情からですよ」

「結果として〈ハイエナ〉が捕まれば、これから彼らの犠牲になるであろう多くの人々を救うことに繋がるのです。あなたは無意識に英雄としての定められたお仕事をこなしているのですよ。素晴らしいことではありませんか」


 面と向かってそんなことを言われると照れてしまう。

 しかも、年上の美女に……。


「そんなことを言ってもらえるなんて光栄です」

「そうだ。こうしましょう!」


 伯爵夫人が両の手のひらをポンと合わせた。


「わたくしも帝都の一市民としてあなた達の労に報いたいと思います」

「はぁ」

「あなた方が競売品を取り戻してくれた暁には、わたくしが落札した宝石をすべて差し上げますわ!」

「えぇっ!?」


 突然の申し出に驚いた。

 伯爵夫人は俺の求める宝石の他にもいくつも高額な宝石を落札していた。

 そのすべてを俺に譲るって言うのか!?


「そのくらいのことをして差し上げないと、わたくしの気が収まりません」

「し、しかし伯爵夫人。大変ありがたい申し出ではありますが、いくらなんでもそんな高価な物を受け取れませんよ」

「お気になさらず。競売なんて遊びですもの。あんなものでよければ、いくらでも差し上げたいくらいですわ」


 一品数十万グロウの競売が、遊び、と来たか。

 さすが帝国貴族は言うことが違うな。


「伯爵がいらっしゃらないのに、そんなことを決めてしまってよいのですか?」

「夫とわたくしは異体同心。わたくしの考えることはあの人も同じように考えますから、ご安心なさい」


 まさかここにきてこんな僥倖(ぎょうこう)が待ち構えていようとは。

 俺の運もまだまだ捨てたもんじゃないな。


 ……話題がだいぶ逸れてしまったので、話を戻そう。


「ご厚意ありがたく受け取らせていただきます」

「ええ。それが良くてよ」

「ところで話を戻したいのですが」

「ああ、そうでした。この屋敷に〈ハイエナ〉が目をつけている可能性があるのでしたね」

「はい。すぐに屋敷の警備を強化することをお勧めします。奴らの中には精霊奏者(エレメンタラー)魔導士(ウィザード)がいますから、帝都の魔法師団も呼び寄せた方がよろしいかと」

「そうですね。そうしましょう」


 伯爵夫人が後ろに立っている眼鏡の付き人に向き直ると、彼女はこくりと頷いて応接室を出て行った。

 口にしなくとも用件が伝わるとは、なかなか優秀な側近みたいだ。


「あなたの助言のおかげで今日にでも屋敷の警備は強固なものになりますわ。何かお礼をしなければ」

「いいえ、これ以上はもう!」


 ……俺達も警備に加えてほしい、と言うのは図々しいかな。

 ここで奴らを待ち伏せていた方が、帝国兵との摩擦や殺し屋の襲撃も気にせずに済んで都合がいいんだけど。

 まぁ、伯爵邸に必ず〈ハイエナ〉が襲撃に来るとも限らないか。


「あなた方、すでに宿は決まっていますの?」

「はい。西市街の方に宿を取っています」

「あんな小汚い場所に天下の〈ジンカイト〉の冒険者様が寝泊まりするなんて。悪いことは言いません、今夜からわたくしの屋敷を仮宿になさい」

「ええぇっ!? そんな迷惑はかけられません!」

「今、夫は屋敷を空けているし、昨今の魔物騒ぎで友人と気軽にお茶会も難しくなっているの。あなた方がお相手してくれると嬉しいわ」

「そ、それは……」


 俺は隣のネフラを見やった。

 すると彼女も俺を見上げていて、こくこくと首を縦に振っていた。

 ネフラも拠点にするなら伯爵邸がいいってことか。

 ……まぁ、客分扱いでかなりいい生活ができそうではある。


「ほら。相棒の子も我が家が気に入ってくれたようですわよ?」

「そ、そうですね。……お世話になります」

「うふふ。では、医療院のお三方の様子を見に行っておいでなさい。その間に五名分のお部屋を用意させておきますわ」


 伯爵夫人はとても楽しそうな顔をしている。

 思わぬ客人が現れたことで喜んでいるみたいだ。


「あの、このお屋敷に書庫はありますか?」

「もちろん。私が宝石コレクターなのに対して、夫は書物コレクターですもの」

「本当ですかっ!? わ、私に蔵書を見せていただくことはっ!?」

「うふふ。あとでご案内しますわ」


 ネフラは目をキラキラ輝かせながら伯爵夫人との会話を楽しんでいる。

 書物コレクターという言葉を聞いて、すっかり魅了されてしまったようだ。


 俺は帝国貴族に対して傲慢で高圧的な人物像を思い描いていた。

 だが、どうやらそれに当てはまらない綺麗な心を持っている人もいるらしい。

 ……ヴェニンカーサ伯爵夫人、か。

 彼女と出会えたことは俺にとって幸運だな。

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