4-045. 路地裏サプライズ②
一糸乱れぬ連携で、得物を振りかぶってくる二人の暗殺者。
黒い奴が左上から柳葉刀を。
赤い奴が右下からダガーを。
そして、背後は壁だ。
左右どちらに逃げようとも、どちらかに斬り裂かれる。
ならば――
「うおおおっ」
――迫りくる二人の間を突破する!
とっさに両腕を上げて防御姿勢を取り、暗殺者達の間へ飛び込むようにその隙間をくぐり抜けた。
二人の攻撃を間一髪のところで切り抜けた俺は、路地の中央へと転がる。
「ジルコくん!」
「そこにいろネフラ。すぐに終わらせてやるから」
俺は銃口を暗殺者達に向けながら、ネフラから離れるようにバックステップしていった。
二人の暗殺者は武器を構え直すや、俺を追いかけて走ってくる。
こいつら、完全にネフラをスルーしている。
ネフラを後回しにするってことは、彼女が攻撃能力を持っていないことを見越しているからだ。
それでいて、ヘリオは催眠薬(?)で労せず戦闘不能に追い込み、キャッタンは念入りに頭を攻撃して昏倒させている。
デュプーリクは背中を一突きしているにも関わらず、だ。
……俺達の戦力を事前に把握していたとしか思えない。
「わっ!」
赤い奴が走りながら両手のダガーを投擲してきた。
狙いは、俺が地面につけた瞬間の軸足と剥き出しの首だ。
足はとっさに跳ねて、首は雷管式ライフル銃を盾代わりにして凌ぐ。
気付くと、赤い奴はもう両手に新しいダガーを持っている。
こいつもローブの下に予備の武器を仕込んでいるのだろうが、なんて早業だ。
「ちぃっ! 今ので……」
二人に追いつかれた。
だが、もともと追いつかせるつもりだったんだ。
ネフラからも距離を取ったし、ここで決着をつけてやる!
「近づけば銃士は怖くないってか!?」
近距離での旧式銃がこいつら相手に役に立つとは思えないが――
「試してみな!」
――なんとか凌ぐしかない!
俺が弾を詰めようとした瞬間、黒い奴が斬りかかってきた。
スウェイして初撃の回避には成功。
しかし、すぐさま二撃目の斬撃が飛んでくる。
ギリギリそれを躱しても、今度はもう一人の暗殺者からの攻撃。
さすがに躱しきれるものじゃない。
「ぐあっ」
コート越しに胸元を斬り裂かれた。
毒はなく、傷も浅いが、これ以上攻撃を受けるのはよくない。
「くそっ!」
俺は肩に背負っていたもう一丁の銃――腔綫式・熱い吹き矢を暗殺者達へと投げ飛ばした。
こんな骨董品でも、ほんの一瞬どちらかの動きを止められればいい。
と、思ったそばから――
「げっ」
――黒も赤も、ひょいっと身を屈めて投げつけた銃を素通りした。
「ヤバいっ!」
……なんてな。
すでにお前達は罠にハマっているんだよ!
腔綫式・熱い吹き矢が二人の後方へ飛んで行ったのを待って、俺はありったけの力を込めて右腕を引いた。
右手袋からは細いワイヤーが伸びている。
投げ飛ばした腔綫式・熱い吹き矢の用心金には、ワイヤーを結びつけておいたのだ。
俺の指先に引かれて、銃身が水平に傾いて戻ってくる。
それは見事に二人の暗殺者の背中を叩いた。
「「!?」」
二人とも背後から攻撃を受けたと思って、同時に振り返った。
……好機!!
奴らが俺から目を離したのは時間にして二秒。
俺は即座に雷管式ライフル銃への装填を終えた。
「よしっ」
俺が狙いを定めたのはある一点。
奴らはローブの内側に柳葉刀やダガーを仕込んでいる。
まともに胴体に当てても致命傷は狙えないが――
「食らえ!!」
――今なら、黒い奴は一ヵ所だけ急所が露になっている。
小細工に気づいた赤い奴が、相棒よりも一足先に俺へと斬りかかってきた。
俺は転倒も辞さずに赤い奴のダガーを側面へ跳んで躱す。
傾く視界に、狙うべき標的――黒い奴の急所が映った。
黒い奴の脇腹には、さっき回転式拳銃を食らわせてやった穴が開いている。
つまり、そこだけローブの内側には柳葉刀がない。
「そこ、だぁーーーっ!」
俺が放った雷管式ライフル銃の弾丸は、黒い奴のローブの穴へと吸い込まれるように飛んでいき――
「がふっ!?」
――目論見通りにその体へと直撃した。
「馬鹿、なっ」
初めて耳にした暗殺者の声。
奴は銃撃の威力で後方へと吹っ飛び、背中を地面へと叩きつけた。
そして、脇腹を両手で押さえて身もだえ始める。
「弾は体を貫通したようだが、脇腹に食らうと地獄だろう?」
赤い奴は慌てた様子で黒い奴のもとへと駆け寄って行った。
さすがに相棒を撃たれては気が気ではないか。
「ありがたい」
流れが一気にこちらへと傾いた。
この機を逃すまいと、俺は急いで次の薬莢を装填する。
「うおっ!?」
薬莢を込めた直後、銃口にダガーが突き刺さった。
銃口が変形してしまって次弾を撃てない。
「くっそ、やりやがったな!」
雷管式ライフル銃はもう使えない。
こいつらが相手じゃ改造コルク銃も歯が立たないだろう。
分が悪いが、こうなればナイフを使って接近戦しかないか……!
その時、赤い奴は予想外の行動に出た。
倒れている相棒をおぶさり、遁走を始めたのだ。
「判断が早いな、おい!」
相手が殺し屋じゃなければ、ここで追いかける選択肢はない。
しかし、今あの二人を逃がせばまたいつ襲われるかわかったものじゃない。
なんとしてもこの場で仕留める!
「逃げるな、卑怯者っ」
コートの内側から取り出したナイフをすかさず赤い奴へと投擲する。
しかし、振り向きざまにダガーで弾かれてしまった。
さすがにナイフの達人にナイフを投げ当てるのは無理か……。
「待てっ」
「!?」
俺へと振り向いた一瞬の隙をついてネフラが奴の足へとしがみついた。
まさかの伏兵に驚いたのか、その足が止まる。
でかしたネフラッ!!
俺は剣を握る要領で雷管式ライフル銃の銃身を握りしめ、赤い奴に向かって走りだした。
こいつの銃床で脇の下をぶっ叩いて、胃液が出るくらい悶絶させてやる!
「うおおおーーーっ」
赤い奴に追いつくや、全力で雷管式ライフル銃をフルスイングする。
俺の渾身の一振りは――
「ああっ!?」
――宙を空振った。
……!?
どういうことだ!?
俺が雷管式ライフル銃を振り抜いた瞬間、赤い奴のローブがふたつに裂けた。
こんなもので人間の胴体が一刀両断できるわけがない。
そもそも触れてもいないのだ。
「まさか、嘘だろっ!?」
……つまりこういうことか。
赤いローブの内側には二人いた!
腕も足も自由が利かない状況で俺のフルスイングを躱すために、上の奴が下の奴を蹴って跳び上がったというわけだ。
なんとまぁ、曲芸師みたいなことをやってくれるものだ。
子供並みに背の低い人間が二人、肩車でもして一人を演じていたのか?
まったく普通の人間と変わらない動きをしていたぞ!?
「ぐあっ」
宙に舞った上半身の方が俺の顔面へと蹴りをくれた。
空中からの攻撃なんてくるとは思わないから、もろに食らって尻もちをついてしまった。
視線を戻すと、赤いローブがふたつ、相棒を担ぎながら路地を併走していく。
今から追っても追いつくことはできないだろう。
……逃がしたか。
「なんて連中だよ、まったく……!」
俺は唇から流れる血をぬぐいながら腰を上げた。
伯爵邸への近道のつもりが、とんだ災難を被ったものだ……。
「大丈夫かネフラ。蹴られた?」
「ううん。体が裂けたと思って、驚いて離しちゃった。ごめんなさい」
「気にするな。あんなの目の前で見たら驚かない方がおかしい」
ネフラのしゅんとする顔を見て、俺は申し訳ない気持ちになる。
俺が奴らをちゃんと仕留められていれば……。
「あの二人……じゃない、三人。何者だったのかな」
「さぁな。何にせよ、ドラゴグの旅は厄介事ばかりだ」
これで俺達は〈ハイエナ〉以外にも注意しなければならない相手ができてしまった。
奴らが俺達を狙ってきた理由は一体なんだったんだ?
見当もつかないが、とりあえず急いで伯爵邸に逃げ込んだ方が良さそうだ。
デュプーリク達の治療もしなきゃならないし――
「終わったか? ……よかったぁ」
――あれ?
デュプーリクが平然とした顔で起き上がっている。
「お、お前、無事なのか?」
「ああ。マジでびっくりしたわ、あいつら超コエー」
「いやいや。お前、背中刺されていたじゃないか!」
「斜めから刺されたおかげで、鎧を通る時に刃が折れたんだ。ちょっと刺さってるけど、幸いなことに骨も臓器も無事だ」
……なんて悪運の強い奴。
でも、だとしたらおかしいよな?
「お前、なんで助太刀もせずにずっと寝ていたんだ?」
「そりゃお前、あんな奴ら相手にできるわけねぇだろう!? 死んだふりをしてやり過ごすのが無難だろうがよ!」
そのせいで俺が一人であいつらを相手するはめになったわけか。
こいつ、つくづく……!
「いっ!? ぎゃあああああっ、痛い痛いっ!!」
俺はデュプーリクの背中に刺さっているダガーの柄頭を、釘を打つように雷管式ライフル銃で叩いてやった。
痛みに悶絶するこいつを見ても、まったく溜飲が下がらない。
「少しは反省しろ馬鹿野郎」
その時、俺の遥か後方から銃声が聞こえてきた。
びっくりして振り返ると、何人もの帝国兵が銃を構えながら路地を走ってきた。
「何の騒ぎか!?」
「動くな! 一歩でも動けば撃つっ!!」
「伯爵邸のそばで馬鹿騒ぎしおって、貴様ら何者だ!?」
「事情を説明しろっ!」
……帝国兵とは絡むまいと思っていたが、そうもいかないようだ。
俺は両手を上げて、自分の不運を嘆いた。
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