4-044. 路地裏サプライズ①
翌日、太陽が顔を出した頃。
俺達は戦闘準備を整えた上でヴェニンカーサ伯爵邸へと向かった。
燕尾服からいつもの仕事着に着替えると体が軽くなった気がする。
それに、左足のホルスターに入れたコルク銃がないと寂しくていけない。
今回は新たに回転式拳銃も装備しているし、早く戦闘でこいつをぶっ放したい気持ちに駆られてしまう。
「それが例の回転式拳銃か。最大七発まで再装填なしで連射できるのはいいなぁ」
「しかも雷管式ライフル銃よりもずっと小型だ。コートの下にだって隠せる」
「ジルコ。お前三丁も銃を持ってるんだから、こいつを俺によこせよ」
「冗談じゃない! 腔綫式・熱い吹き矢ならくれてやる」
「そんな骨董品いるかよ!」
伯爵邸へ向かう途中、ずっとデュプーリクが回転式拳銃のことで絡んできて鬱陶しいったらない。
俺がリスクを押してまで手に入れた銃を他人に譲るわけがないだろう。
「キャッタン。こいつ、なんとかしてくれよ」
先頭を歩くキャッタンに助け船を頼むと――
「むむぅ~」
――地図と睨めっこしていて俺の声が聞こえていないようだった。
「どうした?」
「きゃっ!」
キャッタンの肩を叩いたら大げさに驚くので、逆にこっちが驚かされた。
地図を睨みながら唸っているところを見れば、考え込む理由もおおよそ想像がつく。
「……道に迷ったな?」
「えっ! いや、そんなことはっ」
顔を引きつらせながら必死に取り繕おうとしている。
嘘がバレバレだな。
「その地図ちょっと古いみたいだ。アムアシア歴史会館も載っていなかったし、当てにし過ぎるのはよくない」
「そ、そのようですね……」
普段は真っすぐに立っている彼女の耳が、珍しく伏せている。
ライカンスロープのネコ族は耳に気持ちが表れるから反応がわかりやすい。
「どうやら通りを一本曲がり損ねたみたいです」
「それじゃ戻るか」
「いいえ。怪我の功名と言うべきか、この先の路地を曲がれば伯爵邸への近道になります」
「そりゃいいや。その路地を通ることにしよう」
しゅんとしているキャッタンの背中を押してやると、彼女は顔を明るくして早足に歩いていった。
俺もあの子とだいぶ打ち解けることができたみたいだ。
……その時、俺の腕に何かが当たった。
振り返ってみて、ネフラが俺を小突いたのだとわかった。
「どうした?」
「……別に」
「お、おいっ」
ネフラがツンとした顔をしてキャッタンの後を追いかけていってしまう。
またネフラのご機嫌を損ねたっぽいな……。
「お前、女の扱い下手だなぁ」
「は?」
「もう少しネフラちゃんの気持ちを汲んでやれって」
「お前に何がわかる!」
肩をすくめながら、デュプーリクが俺の背中を叩いて彼女達を追いかけていく。
何も知らない奴にいいかげんなことは言われたくない。
……そう単純じゃないんだよ、いろいろとな。
◇
路地に入ってみると、思いのほかじめじめしていて薄暗い。
それでいて人気がないので不気味な感じだ。
「おいおい。この道、大丈夫なのかぁ? お化けでも出てきそうだぞキャッタン」
「そ、そういう冗談言うのやめてもらえます!?」
「毎年、万聖節の時期は内勤希望するもんなぁ!」
「ちょ! 変なこと言わないでください! それじゃまるで、私がお化けを怖がってるみたいじゃないですかっ」
……怖がっているんだな。
魔導士はそういった類のものを恐れない印象があるけど、そうでもないのか。
その一方で、ネフラは平然としている。
この子、昆虫やら幽霊やらぜんぜん大丈夫なタイプなんだよな……。
繊細そうな見た目に反して、実は結構タフだ。
「あれ、どちら様でしょう?」
先頭のキャッタンが足を止めたので、後に続く俺達も立ち止まった。
見れば、路地裏の先に人影がたたずんでいる。
明らかに俺達を意識している様子だ。
「まさか〈ハイエナ〉か!?」
「いや。あいつ――」
その人物は、つま先まで覆い隠すほどに丈の長い黒衣をまとっていた。
顔は儀式用の不気味な仮面で隠した上に、フードを深々とかぶっている。
まるで死神を思わせる姿だ。
しかも、仮面越しでも伝わってくるこの強烈な殺気は……!
「――盗賊なんてレベルの殺気じゃない」
肌がひりつくようなこの殺気。
プロの殺し屋でもない限り出せるものじゃない。
「気をつけろデュプーリク。あいつ、暗殺者だ」
「や、やっぱりそうだよな!?」
デュプーリクは背負っていた雷管式ライフル銃を構えて、慌てて弾を込め始めた。
一方で、俺はホルスターに収まる回転式拳銃のグリップを握る。
「ジルコくん、後ろにもっ!」
ネフラの声に振り返ると、俺達が来た道にも同じ姿の人物がたたずんでいた。
こっちは血のように真っ赤な色のローブを着ており、左右の手にはダガーが握られている。
前方に視線を戻すと、先の暗殺者がいつの間にか柳葉刀を構えていた。
やはり左右の手に一本ずつだ。
「前門の黒い死神、後門の赤い死神……。とんでもないのに挟まれたな」
「冗談言ってる場合じゃないぜ、ジルコ!」
得体の知れない暗殺者達に、前後からの挟み撃ち。
しかも俺達には前衛が一人。
ヘリオを俺とデュプーリクのどちらにつけるかで、戦況が変わってくるな。
「よぉし撃つか! やってやるぞ、くそったれ!」
「待て。奴らが駆け寄ってくるところを狙うんだ!」
「かぁ~! 走ってる獲物を狙うのは得意じゃねぇんだよ俺は」
「頼りないこと言うな!」
……ヘリオには、デュプーリクについてもらおう。
「ヘリオ。お前はデュプーリクのフォローに回ってくれ」
「わかりました!」
「キャッタン。きみは攻撃魔法で赤い奴を撃て!」
「や、やってみます!」
「ネフラは……敵が近づいてきたら本をぶん回せ!」
「了解」
「ジルコ、俺は!?」
「赤い奴を撃て! 俺は黒い奴を撃つ!!」
俺がホルスターから回転式拳銃を抜くと同時に、黒衣の暗殺者が動きだした。
背後からも走り寄ってくる足音が聞こえてきたことから、赤い奴も同時に動き始めたようだ。
「初撃が勝負だ。外すなよデュー!」
「言うなっ! 外れるっ!!」
黒い奴が素早く距離を縮めてくる。
俺は奴に向けて回転式拳銃の撃鉄を起こすや――
「食らえっ!」
――引き金を引いた。
瞬間、火花が爆ぜると共に弾倉が回転し、弾が敵めがけて発射された。
背後でもやや遅れて銃声が鳴り響く。
さすが帝国最新の銃だけあって、凄まじい弾速。
これなら初見で躱すことなど無理――
「げっ!」
――と思ったそばから、黒い奴は柳葉刀を振り抜き、その刀身を犠牲にして弾を叩き落してしまった。
走りながら折れた刀を捨て、速度を落とすことなく距離を詰めてくる。
「この弾速を見切るかよ!?」
呆れながらも間を置かずに二発目を発砲。
しかし、黒い奴は二発目の弾も軽々と躱してしまう。
さらに三発目、四発目と発砲するも、相手は壁を走りながらそれらをすべて躱してのけた。
こいつ、身体能力は言うまでもなく、動体視力も半端じゃない!
俺が新たに撃鉄を起こした直後――
「うあっ」
――突然、背中に誰かがぶつかってきた。
振り向きざま俺の視界に入ったのは、デュプーリクが雷管式ライフル銃の銃身で赤い奴のダガーを受け止めているところだった。
しかも、すぐ先ではヘリオが倒れているじゃないか。
「ヘリオはどうした!?」
「妙な粉を浴びせられて、いきなり倒れちまったよ!」
……粉!?
催眠薬の類か?
何にせよ、ヘリオが早々に戦線離脱したのは想定外だ。
「なんとしても赤い奴を押さえろ、デュー!」
俺は前方から近づいてくる黒い奴へと意識を戻した。
俺との距離は10mもない。
次の一発で仕留めないと後がないぞ!
「当たれぇーっ!」
黒い奴が地面を蹴った瞬間に合わせて、五発目を発砲した。
今度こそ命中するかと思いきや、残った柳葉刀を盾にされて、再び弾を叩き落されてしまう。
だが、武器を左右とも破壊できたのは十分な成果だ。
「今度は避けられねぇだろ!!」
必中の確信を得て、仮面に向けて六発目の引き金を引いた。
……しかし。
どこから取り出したのか、奴は左右の手に新しい柳葉刀を構えていた。
「どんな魔法だ!?」
奴は左右の柳葉刀を交差させ、器用にもその交差点で六発目の弾をはじく。
すでに俺との距離は2mにも満たない。
しかも、回転式拳銃に残された弾は残り一発。
「速い!」
七発目は間に合わない。
すぐ隣にいたネフラを突き飛ばし、俺は壁側へと逃れた。
黒い奴はネフラを無視して俺の後を追随してくる。
かろうじて初撃こそ避けたものの、二撃、三撃と、避けきれずに俺のコートを刃が打ちつけていく。
しかしこちらは防刃コートだ。
痛みこそあるが、肉に刃が食い込むことはない。
「うわっ!?」
……そう思ったのも束の間。
俺が防刃コートを着ていることを知るや、黒い奴はコートに覆われていない箇所へと狙いを絞ってきた。
首から上を狙いつつも、隙あらば手首を切断する腹積もりらしい。
手慣れてやがる!
「させるかよっ!」
黒い奴の柳葉刀が空を斬った際、俺は体をぶつけるように懐へと密着した。
これだけ密着すればうかつに攻撃できないだろう。
「ちっ」
耳元に黒い奴の舌打ちが聞こえた。
この状態に持ち込んだのは、何もお前の攻撃を避けるためじゃない。
本当の狙いはこっちだ――
「最後の一撃を受け取れ!!」
――回転式拳銃の銃口を脇の下へと突きつけ、ゼロ距離から心臓めがけて撃ち込んでやった。
目の前で薬莢が爆ぜ、俺の頬を焦がす。
同時に銃弾が奴の体をブチ抜き、衝撃でその体が宙に浮いた。
「んんっ!?」
……妙だと思った。
銃声のほかに、金属が砕けるような音が聞こえてきたのだ。
その答えは黒い奴が地面に着地した時にわかった。
「……そういうことかよ」
ローブの裾から、砕けた刀の欠片がガチャガチャと落ちてくる。
どうやら服の内側にいくつも柳葉刀を仕込んでいたらしい。
新しい柳葉刀をどこから出したのかと思ったが、まさか予備が何本も服の内側に隠されているとは……。
しかも、それが鎖帷子のような役割を果たし、外からの衝撃に対しての防御力まで上げていたときたもんだ。
「危なぁいっ!!」
背後から悲鳴のようなネフラの声が聞こえた。
……刹那の違和感。
彼女の声に耳を傾けた瞬間、その声と俺の間に音を遮る何かがあるのを感じる。
それが何なのか、俺はすぐに察することができた。
「うおわっ」
間一髪!
振り向きざまに回転式拳銃の銃身を盾にしたことで、ギリギリその不意打ちを凌ぐことができた。
赤い奴が俺の背中から斬りかかってきていたのだ。
際どいところで攻撃を防いだものの、とっさの衝撃を受け流すことができず、俺は壁に背中を叩きつけられた。
「……!?」
気づけば、路地の左右から黒い奴と赤い奴が俺へと迫ってくる。
デュプーリクは……キャッタンはどうした!?
周囲を見渡して、俺の視界に入ってきた光景は実に刺激的だった。
「……マジかよ」
背中にダガーが突き刺さって倒れているデュプーリク。
頭から血を流して昏倒しているキャッタン。
彼女を抱きかかえながら、不安の眼差しを向けてくるネフラ。
そして、しばらく前からダウンしたままのヘリオ。
……俺以外に戦える奴は全員倒れてしまっていた。
「まったく痺れる展開だな」
この切迫した状況に、苦笑せずにはいられない。
勝負を急いでいるように見えた暗殺者達もこの状況で勝ちを確信したのか、ペースを落としてゆっくりと俺に近づいてくる。
……大ピンチか。
銃身が裂けてしまった回転式拳銃は捨てて、背負っていた雷管式ライフル銃で切り抜けるしかない。
「〈ジンカイト〉を舐めるなよ!!」
二人の暗殺者が襲いかかってきたのは、俺が叫ぶのと同時だった。