4-042. めぐり逢いカオス②
「ウッド! まさか街中で銃試合おっ始める気!?」
「な、なんだよ」
「あんた、あたし達の立場わかってんの!?」
ウッドがキャスに詰め寄られている。
そりゃ身内からすれば騒ぎを起こされたら困るだろう。
「立場って?」
「な、なな、なんでもないわっ」
俺が突っ込むや、キャスが慌てた様子で口ごもった。
「男に二言はねぇ! 勝負はするっ!!」
「銃勝負なんて絶対許さないよ! あたしの友達を殺す気!?」
「ちっ。……もちろん回転式拳銃は使わねぇ!」
「じゃあどうやって勝負すんのさ!?」
「そ、それは……。う~ん……」
ウッドは俺に向けていた回転式拳銃をホルスターに戻すや、考え込んだ。
そして、公園の外を見回すと何かを閃いたように指先を鳴らす。
「そうだ。あれで勝負しようじゃねぇか」
「あれって何よ?」
「ちょっと待ってろ!」
そう言うと、ウッドは唐突に公園の外へと走って行った。
できればそのまま帰ってこないでほしいが……。
「いやぁ、すみませんね旦那。あいつ馬鹿だけど、根はいい奴なんでさぁ」
「根がよくても馬鹿は馬鹿だから!」
……仲間から酷い言われようだな。
◇
しばらくすると、ウッドが公園へと戻ってきた。
手にはふたつほど小さな袋が握られている。
「おい、ウェイスト。これなら公園でも勝負できるだろう!」
「俺はまだ勝負するなんて――」
「受け取れ!」
俺が言い終えるのも待たずにウッドが袋を投げてよこした。
袋を開けてみると――
「……マジかよ」
――俺は驚いた。
なんと、中にはコルク銃が入っていたのだ。
「雑貨商があったんで買ってきたぜ!」
「これ、子供のオモチャ銃だけど」
「空気圧で弾を撃ち出す銃だ。使う弾は小さなコルク栓! これなら死ぬことも怪我することもなく楽しめるな!?」
意気揚々と言っているが、こいつ何もわかっていないな。
コルク銃は俺にとって副兵装だぞ。
銃口は小さいが、握り手や銃身は普段使っているコルク銃とサイズも同じ。
コルク栓は小さいが跳弾も可能だろう。
俺にとってはいつもの調子で十分扱えそうな代物だ。
「勝負しろ! 逃げるなウェイスト!」
「そうは言うけど、俺が勝負を受けるメリットってなんだ?」
「ああ!? 男を見せる勝負だろうがっ」
「それはお前が彼女に見せたいだけだろう。俺を巻き込むな」
「勝負から逃げるってのか!?」
「応じる理由がない」
得物が俺に有利なコルク銃とはいえ、勝負なんて受けていられるか。
キャスやユージーンに俺の正体がバレたら、それこそ命の危険がある。
この場はさっさと引き上げるのが無難だ。
「だったら、こいつを賭けようじゃないか!!」
「えっ」
あろうことか……こいつ!
回転式拳銃を手に取って俺の前に突き出した。
まさか本気か?
本気で回転式拳銃を賭けて勝負する気なのか!?
「見たことのない型だな。ドラゴグで新開発された銃……なのか?」
「そうだ! 回転式拳銃ってんだ。知らねぇだろう!?」
「もし俺が勝ったら……それをもらえるのか?」
「もちろんだ! だが、俺が勝ったらてめぇは頭を下げて二度とキャスには近づきませんと誓え!!」
「わかった。やろう!」
回転式拳銃が手に入るのなら、この勝負受けてやろうじゃないか。
初めて見た時から興味を引かれていたんだ。
絶対に手に入れてやる!
「ちょっとちょっと! ウェイスト、早まっちゃダメ。あいつ馬鹿だけど、銃の腕は相当なもんよ!?」
「大丈夫さ。オモチャの空気銃じゃ撃たれても死にはしないよ」
「いや、でもぉ~」
俺はキャスを押し退けて、コルク銃を右手に構えた。
「ふふん。いい度胸だぜ――」
ウッドは俺に小さなコルク栓を五つ、投げ渡してきた。
「――ほらよ、弾は五発ずつだ。撃ち方は、銃口に栓を詰めて引き金を引く!」
「わかるよ。馬鹿にするな」
俺は受け取ったコルク栓のひとつを銃口へと詰め込んだ後、試射してみた。
コルク栓は勢いよく公園の中を飛んでいく。
……飛距離は7mほどか。
無改造の空気銃じゃこんなもんだろうな。
「今から五分後に銃試合開始だ! よぉく試射しておけよ!?」
「ああ。お前もな」
キャスは呆れた顔をしながらベンチへと腰かけた。
一方、ユージーンは楽しそうな笑みを浮かべて彼女の隣に腰を下ろす。
この勝負、もちろん勝つつもりで戦る。
だが、勝負の最中に俺の正体が露見する可能性もゼロじゃない。
……頼むから気づかないでくれよ。
◇
「五分経ったぜ! 公園の中央に来い、ウェイスト!」
ウッドに呼ばれて、俺はコルク銃を片手に規定の場所へと向かった。
公園の中央――お互い10m離れた距離で向かい合い、スタートコールがかかったら勝負開始。
勝敗の判定は簡単。
相手より先に、コルク銃から発射したコルク栓を相手の体に当てれば決着。
服や肌をかすめるのはセーフとする。
頭でも胴体でも四肢でも、どこかしらにクリーンヒットさせればよし。
制限時間はなし。
移動は公園の敷地内のみ。
直接、相手の体に触ったら反則負け。
手持ちのコルク栓を五つすべて撃ち損じても負けとなる。
「ルールはわかったな?」
「ああ。いつでもいいよ」
「キャス、スタートコールを頼んだぜ!」
ウッドに言われるや、キャスが大きな溜め息をついた。
そして――
「は~じめぇ~」
――彼女のやる気のない掛け声で、銃試合が始まった。
「俺の実力を見せてやらぁっ!!」
開始早々、ウッドはコルク栓を銃口に詰めながら軽やかにバックステップしていく。
どこへ行くのかと思いきや、茂みに身を隠そうとしているらしい。
俺は銃口にコルク栓を詰めながら、真正面からウッドを追った。
公園はあちこちに昨日の暴風雨による水溜まりが残っているが、問題はない。
「お、おいっ! 銃の勝負で真正面から向かってくる奴がいるか!」
「オモチャの銃の撃ち合いで何を言っているんだお前は!?」
走りながらコルク銃の引き金を引く。
空気圧によって射出されたコルク栓は、真っすぐにウッドめがけて飛んでいった。
「おっとぉ!」
ウッドがとっさに引き金を引くと、奴の銃から放たれたコルク栓と俺の弾が空中で衝突してお互い跳ね返った。
銃士だけあって、そこそこ動体視力はいいようだな。
俺はすぐに二発目のコルク栓を銃口に詰め、ウッドを追いかけた。
一方、ウッドは俺の戦法が想定外だったのか、コルク栓を銃口に詰めるのに手間取っている様子。
「銃士なら装填くらいで敵から視線をそらすな!」
「うおっ!?」
俺はウッドの鼻先にコルク銃を突きつけた。
これで引き金を引いて終わりだ!
「ぺっ!」
「うわっ!?」
……なんて奴!
俺が引き金を引くより早く、ウッドが唾を飛ばしてきやがった!!
危うく顔に当たるところだったが、ギリギリで躱すことができた。
できたが――
「ふざけんな! 今のは反則じゃないのか!?」
――全力で逃げていくウッドの背中を見届けるはめになった。
「あひゃひゃひゃひゃ! 直接触っちゃいねぇだろ!? しかも避けられたしな!」
「あの野郎~!!」
ルールの裏をかいたつもりか!?
自分から銃試合を提案しておいて……!
「待てっ!」
「待てと言われて待つ馬鹿いるかってんだ!」
それからしばらく、公園の中で追いかけっこをすることになった。
途中、俺は思い直して足を止めた。
このコルク銃の飛距離は7m前後。
焦って追いかけなくても、この小さな公園ならすぐ射程距離に収まる。
とはいえ、この銃の弾速じゃ至近距離でもないと簡単に避けられちまう。
……やっぱり相手に近づく必要があるな。
「追ってこないのか!?」
「今度はそっちから来るか?」
「その必要はねぇ! 食らえ!!」
ウッドがコルク銃の引き金を引いた。
俺との距離は10m以上開いているのに、なぜだ!?
……そう思った瞬間、ウッドが発射した弾を追って走ってきた。
しかも、すでに銃口へと次のコルク栓を詰め終わっている。
「甘く見るなよウェイストォッ!!」
走りながらウッドが第二射を放つ。
狙いは俺――ではなく、目の前を飛んでいくコルク栓だった。
……ウッドの狙いがわかった。
一発目のコルク栓に、後ろから二発目のコルク栓を撃ち当てる。
尻を叩かれた一発目のコルク栓は再び加速し、10m以上の距離を俺めがけて飛んでくるというわけだ。
「考えたなっ」
少しウッドを見直した。
でも、この程度の弾速なら避けるのは造作もない。
俺がひょいっと飛んできたコルク栓を躱すと――
「わぷっ!?」
――顔に何かがかかった。
これは……水か!?
「昨日の雨に感謝だぜ!」
ウッドは二発目を撃った直後、地面の水溜まりを俺に向かって蹴り上げたのだ。
それが顔にかかったせいで、一瞬だが奴を見失った。
「……っ」
足音で位置関係はわかるが、反射的に水を躱そうとしてしまったせいで体勢が悪い。
すでにウッドは次の一発を銃口に詰めているだろう。
となると、この体勢で奴の近距離射撃を躱さなければならない。
……正直それはキツイな。
「ならっ!」
俺は体勢を立て直すことを諦めた。
しかし、倒れながらでもウッドを狙い撃つことはできる。
この一発で終わりにしてやる!
「馬鹿がっ! その角度じゃ当たらねぇよ!!」
俺のコルク銃の銃口は走ってくるウッドの足元に向いていた。
否。足元ではなく、そのさらに手前だ。
「今だ!」
体が地面につく直前に引き金を引いた。
銃口から発射されたコルク栓は、ウッドの手前の地面を跳ねて――
「なっ!?」
――奴の股間へとぶち当たった。
……あらら。
よりによってそんなところに当たらんでも。
「ぎっ……」
ウッドは――
「ぎゃああああっ」
――悲鳴を上げながら、内股に地面へと転倒した。
◇
「……こりゃ脳震盪を起こしてんなぁ」
「最低。マジでダサいんだけど、こいつ」
ウッドは仰向けになったまま、公園の中央で伸びていた。
それを覗き込むキャスとユージーンが呆れた顔をしている。
「勝負あり、だな」
俺は持っていたコルク銃をウッドの胸の上へと投げ置いた。
「そだね、ウェイストの勝ち。なかなかやるじゃん!」
キャスの屈託のない笑顔で褒められて、俺はまんざらでもなかった。
こういう素直な女の子に褒められるのは心地いい。
こんな風に思うのも、刺々しい言葉ばかり投げかけてくる女どもが俺の周りに多いせいだろうか。
「まぐれだよ、最後のは」
「まぐれでも凄いじゃん! 運も実力のうちって言うしさ」
「……だな」
「ほら。約束の品だよ」
キャスが倒れているウッドのベルトからホルスターを外して、それごと回転式拳銃を差し出してきた。
思いもよらぬ収穫を前に、なかなか手が出ない。
「……いいのか?」
「あんたが勝ったら回転式拳銃って話だったじゃん。どんな約束でも約束は約束! きちんと守らなきゃ」
「そうだな。ありがたく受け取っておくよ」
「おけ!」
親指を立てながら、キャスがウインクしてみせた。
天真爛漫と言うか……本当に明るい子だな。
どうしてこんな子が〈ハイエナ〉なんて殺伐とした集団にいるんだろうか。
そう感じ入る一方で、俺は受け取った回転式拳銃を手にして感無量の極み。
見たところ、銃弾は七発全部入っているようだ。
すぐにでも試射してみたい!
だけどまずはこの場から離れる方が先決だな……。
「いやぁ、お見事でしたよ旦那。とっさの跳弾、狙ったでしょ?」
「まさか! まぐれだって」
「けっけっけ。謙遜なさる!」
ユージーンは俺の背中をバンバン叩くと、倒れているウッドの足を取って、公園の外へと引きずって行った。
「旦那、縁があったらまた会いましょうや!」
「うぐぐ……。ウェイストォ……覚えてやがれぇぇ」
引きずられながらもウッドから恨み節が聞こえてくる。
そっちから仕掛けてきた勝負で負けたくせに、別れ際のセリフがそれかよ。
「あたしも、もう行くよ」
「ああ。楽しかったよ」
「……あたしも」
キャスがうつむきながらパタパタと俺に駆け寄ってきた。
そして――
「かっこよかった!」
――俺の頬に口づけした。
「えっ」
「ふふふ。また会えたら、今度はちゃんとしたデートしようねっ」
そう言うや、キャスはスキップするようにして公園の出口へと向かう。
最後、彼女は俺に振り向き――
「あんたとはまた会える気がするんだぁっ!」
――手を振りながら、仲間を追って公園から出て行ってしまった。
「……なんだったんだ」
一人公園に残された俺はしばらく唖然としていた。
本日の成果は――
〈ハイエナ〉三名の帝都滞在を確認。
特殊武装・回転式拳銃の入手。
――かなり上々だ。