4-041. めぐり逢いカオス①
「お客さん、触らないでください!」
「えぇー? いいじゃん、ちょっとくらいさぁ」
「ダメです! 勇者様の残した貴重な武具なんですよ!」
「ケチー!」
黒ドレスの女――確か名前はキャス――が、鎧を触ろうとして警備員に追い出されてしまった。
やっぱり物事を深く考えないタイプみたいだな。
その後、俺は彼女を追って勇者装備の間を出た。
彼女は館内をうろうろしていた。
勇者展の展示物を見たり、グッズを買ったり、ずいぶんと楽しんでいる様子。
しばらくして、彼女は休憩所のベンチに腰を掛けてぼ~っとし始めた。
「探りを入れるなら今、か」
どうすれば彼女から〈ハイエナ〉の情報を聞き出せるだろう。
指名手配されているくせに、素顔が割れていないからとこんな場所にノコノコ出てくるようなお間抜けさんだ。
上手い具合に誘導すれば仲間達の情報を聞き出せるかもしれない。
……相手が勇者ファンなら、やることはひとつ。
俺はネフラから借りた眼鏡を掛け直し、キャスへと近づいていった。
「やぁ」
「? 何、あんた」
話しかけるや、キャスはキョトンとした顔で俺を見上げてきた。
初顔合わせの女性に話しかける時の作法は、ギルドマスターから教わっている。
今回はそれを参考にさせてもらうとするか。
「隣いい?」
「いいけど……何よ」
俺がベンチに座ると、彼女がやや距離を取った。
……警戒されているな。
見ず知らずの男――本当は会ったことあるけど――がいきなり話しかけてくれば、女性なら誰だって警戒するよな。
「さっき勇者装備の間から追い出されてたね」
「見てたの? はっず!」
「ずいぶん興奮していたようだから目を引いてさ」
「そりゃそうでしょ。勇者様の着てた装備なんて、ファンなら生唾ものじゃん!」
「俺も勇者の装備は気になっていたから気持ちはわかるよ」
「あんたも勇者ファンなの?」
会話の中で、さりげなく相手の好む言葉を使って興味を引く。
まんまと食いついてきたな。
次は確か……そう。共感を得る、だ!
「勇者ファンとしては、もっと間近で武具の隅々まで見たいよなぁ」
「だよねー。あんた、わかってんじゃん!」
「なんなら触ってみたいとも思うよ」
「わかるー! 着せてとまでは言わないから、少しくらい触らせてくれてもいいじゃんねぇ」
「あの警備員の態度もどうかと思ったよ、俺は」
「そうそう。それなー! オフじゃなかったら火ぃつけてたわよ!」
……物騒なこと言うなぁ。
それよりも、思いのほか簡単に警戒を解いてくれたぞ。
さらに一歩踏み込むには、相手の興味を煽り立てるべし、だ。
「でも、あの鎧が勇者展の目玉だってことには俺は怒りを禁じえないけどね」
「なんで?」
「あの鎧、偽物だよ」
「偽物?」
「厳密に言うなら、ただの豪華な宝飾鎧だね」
「どゆこと?」
キャスがベンチ伝いに俺の方へと尻を滑らせてきた。
思いっきり食いついたな。
「勇者は常に最前線で戦っていたっていうじゃないか。なのにあの鎧は綺麗過ぎる。戦場で使われたとは思えないよ」
「そ、それは確かに……。でも、勇者様が魔物の群れに斬り込んでいく時、恐れをなして群れが割れるように遁走したって武勇伝もあるじゃん」
「密度の高い〈エーテル〉を内包する宝石なら、それを嫌って避ける魔物もいるだろうさ。でも、勇者は積極的に魔王や魔人とも戦うような人だって知っているだろう?」
「……そっか。そうだねぇ。綺麗な外観ばかりに目がいっちゃって、そんなこと考えもしなかったわ」
「きっと勇者に所縁ある装備が見つからなかったから、それっぽいものを用意したんだろうと思う」
「なるほどなるほど。あんた、なかなか鋭いじゃん!」
キャスが屈託のない笑みを浮かべている。
クリスタと話した後だと、こういう純粋な子が可愛く思えてしまう。
……っと。普通にナンパするような目線はまずい。
目的を忘れるな、俺!
「〈ザ・ワン〉が展示されていたなら疑いようもないんだけどな」
「〈ザ・ワン〉って、勇者様が教皇庁に奉納したビッグ・ダイヤでしょ!?」
「きみ、〈ザ・ワン〉のこと知っているんだ。一般には存在が公表されてないはずだけど」
「これでも勇者ファンを公言してるからね」
「凄いね。関係者以外は、耳聡い商人や宝石コレクターくらいにしか知られていない情報なのに」
「ええ~? そんなに褒めても何も出ないよぉ~」
同好の士で盛り上がるのは知る人ぞ知る珍奇な話題。
その話の最中に誉めそやせば、心の距離はずいぶんと近づくだろう。
「あんたみたいな人と出会えるなんて、無理を押して勇者展に来たかいがあったわ~」
……お?
無理を押して、とは気になる言葉だな。
ちょっと拾ってみるか。
「それってどういうこと?」
「あたし、仕事仲間と一緒に帝都に来たんだけどさ。仲間内であたし以外に勇者様に興味ある奴がいなくてさぁ~」
……きた!
この子、想像以上に口が軽い。
上手くいけばこのまま〈ハイエナ〉の仲間について聞き出せるぞ!
「それは残念だね。闇の時代の救世主に興味を持たないなんて、どんな奴ら?」
「……あー。ごめん、それはちょっと話しにくいかな」
キャスが視線を泳がせて口ごもってしまった。
周りの目を気にしているのか。
変なところでガードが堅いな……。
「きみとはもうちょっと深い話をしたいな。外に出て、どこか静かなところにでも行かない?」
「えっ」
「実は、俺も勇者についてこんなに語れる相手は初めてなんだ。せっかくの出会いを大事にしないとね」
「そ、そうね。別に……いいけどっ」
急に顔を赤くしたな。
……今の俺って、はたから見たら完全にこの子を落としにかかっているよな。
〈ハイエナ〉の情報を聞き出すためとはいえ、なんだか罪悪感が……。
「じゃ、じゃあ行こうか」
「ねぇ」
「な、何!?」
「あんた、名前は?」
「名前……」
……しまった。
本名を名乗るわけにはいかないし、どうする!?
「俺は――」
不意に、ある男の名前を思いついてしまった。
自分の名前を言いよどむのは不自然だし、この際あいつの名前を借りることにしよう。
「――俺の名はウェイスト。ウェイスト・グレイストーンだ」
「ウェイストかぁ! あたしはキャスリーン。キャスリーン・シラカバ。キャスって呼んでね!」
キャスリーンでキャス、ね。
仲間内では愛称で呼ばれているのか。
◇
その後、俺とキャスはアムアシア歴史会館を出た。
少し通りを歩いていると人気のない小さな公園があったので、自然とそこに入ることに。
おあつらえ向きに、ちょうど二人並んで座れるくらいの狭いベンチがある。
「どうぞ」
「ありがと!」
レディファースト――という言葉がドラゴグにはある。
こういう些細な気遣いを忘れないのも、女性の気を引くための技だとギルドマスターが言っていたな。
……いや、別に俺はこの子を落としたいわけじゃないけども。
「ねぇ。ウェイストは勇者様に会ったことってある?」
「ないよ。半年ちょっと前に、エル・ロワの王都でやっていた凱旋パレードで遠くから見たのが最初で最後」
「あたしと同じじゃん! あんたもあの時、王都にいたんだねぇ」
この子、勇者ネタには何でも食いついてくるな。
しかも会話中に尖った言葉がないので気楽に話せて心地いい。
「それじゃウェイストはエル・ロワから来たんだね。出身もエル・ロワ?」
「そうだよ。きみは?」
「あたしもエル・ロワ。でも、アマクニの血も混じってんだけどね」
「へぇ――」
そういえば、キャスは髪の毛は金色だけど瞳は黒だ。
珍しい組み合わせだと思ったら、ハーフなのか。
「――道理で綺麗な瞳をしてると思ったよ」
「ちょ、何言ってんのっ」
キャスの顔が耳まで真っ赤になってしまった。
……さすがにちょっと露骨すぎたかな。
「宝飾杖を持っているところを見ると、きみは魔導士? 冒険者なの?」
「違うわ。魔法は使えるけど、仕事はぜんぜん別のことしてるの」
「魔法を使う仕事で冒険者じゃないってことは……学者とか?」
「あっはっは! なに、当てっこゲーム?」
「不快だったら謝るよ。一度気にし出すと、どうしても知りたくなるタチでさ」
「ぜんぜん気にしてないよ! むしろ久しぶりにまともなお友達ができて嬉しいくらいだし」
……まともなお友達、ね。
裏社会の人間の交友関係なんて、任務でもなければ知りたくもないが。
「ここだけの話、あたしの雇い主は某都のお偉いさんなの」
「某都……って、どこさ」
「それは秘密! とにかく、そいつが人使い荒くてさぁ! エル・ロワやらドラゴグやら、あっち行けこっち行け指示してくるわけよぉ~」
「それは大変だね」
「その髭抜いたろか! って思うくらいムカつく時あるわよ」
……どこかの都のお偉いさん。
……髭。
これは思いのほか重要なヒントをもらったかもしれないな。
「キャスの仲間もその人のこと――」
「おい、キャスッ!!」
突然でかい声で会話を遮られた。
誰だ、一体!?
「ずいぶん楽しそうにお話してるじゃないか」
「ウッド!」
公園の外から歩いてきたのは、細身だが長身の男。
腰の左右に吊るしてあるホルスターには、見覚えのある銃をさしている。
「よくもまぁ、他の男にそんな顔できるな?」
「何言ってんの? あんた、別にあたしの男じゃないじゃん」
「ぬぐっ。お前なぁ、そういうこと言うわけ!?」
「せっかくウェイストと勇者談義に花を咲かせてるってのに、邪魔しないでくれない?」
このウッドという男の声。
そしてホルスターに収められている銃――間違いなく回転式拳銃だ。
こいつ、黒銃士じゃないか!
まさか一日に二人も〈ハイエナ〉と接触できるとはな……。
「けっけっけ。二人とも落ち着きなぁ、痴話喧嘩は犬も食わねぇよ」
んん?
また新しい奴がやってきたぞ。
黒銃士の後ろから歩いてきたのは、背の低いヒョロヒョロの男だ。
というか、この声。
それに腰に巻かれたポーチから覗かせる見覚えのある武器――ヨーヨー!
黒暗殺者まで一緒かよ!
〈ハイエナ〉三人とのまさかの接触。
ミスリル銃がない今、この三人の前で正体がバレたら……どうなるんだ俺?
「ひっこんでろユージーン! これは俺とキャスの問題だっ」
「だーかーらー! あたしとあんたは別に付き合ってるわけじゃないっての! 任務でパートナー組んだくらいで勝手な誤解すんな!!」
「ぬぐぐ……!」
黒銃士ことウッドが言い負かされている。
ヴィジョンホールで見かけた時は上下関係は感じなかったが、どうやらウッドはキャスに頭が上がらないようだ。
さすがにこの状況でこれ以上の会話は危険だな。
適当な理由をつけていったんこの場を離れた方がいい。
「……ん~。旦那、どっかで会ったことありやせん?」
「えっ!?」
黒暗殺者ことユージーンが、俺の顔をじっと見入っている。
付け髭に眼鏡、オールバックでどこまで凌げる……!?
「嫌だな。あなたとは初めて会いましたよ。えぇと……ユージーンさん?」
「そ~ですかねぇ。どっかで……? それに声も……」
「急用を思い出したのでそろそろ帰ることにするよ、キャス」
強引だが、俺はユージーンとの会話を切り上げた。
この男は他の二人のように間抜けじゃない。
今エル・ロワからの追手がいることを知られるのはマズイ。
墓穴を掘る前にさっさと退散するのが吉だ。
「キャス、だぁ!?」
突然ウッドが俺の行く手を塞いだ。
「てめぇ、どこのどいつだか知らねぇが、キャスなんて馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇよ」
本人がそう呼べって言ったんだよ!
勝手に彼氏面して俺にまで絡んでくるな!!
「ちょっと、ウッド!?」
「キャスよう。俺とこの野郎、どっちがお前に相応しいか決めようじゃねぇか」
「はぁ!?」
「ウェイストとか言ったな。てめぇ勝負しろ!」
勝負だって?
話がおかしくなってきたぞ……。
「ちょっと待ってくれ。勝負ってなんだよ!?」
「その肩の布を巻いてるのは雷管式ライフル銃だろう? 生意気にも銃を扱えると見える」
「それは……そうだけど」
「一対一の銃試合だぁ!!」
ウッドが回転式拳銃の銃口を俺に向けて、猛りだした。
……こいつマジかよ。