2-004. 園遊会へ
土曜。いよいよコイーズ侯爵家の園遊会の日だ。
俺とネフラは準備を終えた後、ギルドの前でフローラの迎えを待っていた。
「ジルコくん、似合ってる」
「ネフラこそ」
俺は襟元に蝶ネクタイをあしらったテールコートの装いで、目立つミスリル銃は手提げ鞄に収めていた。
着慣れていない礼服の類は動きにくくてストレスが溜まる。
ネフラは貴族令嬢と見紛うような、ふわりと裾の広がった煌びやかなドレスを着ている。
ミスリルカバーの本はさすがに悪目立ちしてしまうため、本人が嫌がるのをなんとかなだめて置いてこさせた。
二人してこんな格好をしているのも、園遊会への参加にあたってフローラが俺とネフラにひとつだけ条件を課したからだ。
すなわちドレスコードである。
俺としてはこういう堅苦しい恰好は嫌なのだが、貴族達の社交場に邪魔する以上は礼を失するわけにはいかない。
「二人とも、なかなかお似合いですわよ」
突然聞こえてくるフローラの声。
俺が声の方向に向き直ると、いつの間にかフローラの姿があった。
彼女もまた貴族令嬢と何ら遜色のない豪勢なドレスを着ており、容姿も相まって美しいと認めざるをえない。
この顔から人を罵倒する言葉が平然と出てくるなんて、世の中間違っている。
「貸衣装屋に高い金払ったからな」
「それでよろしくてよ。さ、行きましょう」
◇
俺達は停留所から馬車に乗って、コイーズ侯爵の屋敷へと向かった。
途中、関所で王国兵の検問を受けたものの、フローラの持っていた手形であっさりと通され、侯爵邸のあるゴールドヴィアへと入る。
「うわぁ。すごい眺め」
ゴールドヴィアの街並みを見てネフラが唸った。
右を向いても左を向いても、広い庭と豪勢な屋敷のある土地ばかり目に入る。
貴族というのは、平民とは住む世界が違うのだとつくづく思わされる。
「見えてきましたわよ」
フローラが馬車の前方を指さしたので、その方向へ視線を送ると大きな屋敷が見えてきた。
それは尖塔すら備わっている、ウチのギルドの何倍もありそうな建物だった。
「屋敷って言うより、城だなありゃ」
さすが侯爵と言うべきか……。
街路沿いに高い柵がずーっと続いているが、その中の土地はすべて侯爵家の所有ってわけだ。
巡回する衛兵や仕事中の庭師の姿がちらほら見えるが、ご苦労様としか言いようがない。
地平線の彼方まで続くかのように思えた柵も、しばらく街路を走ってようやく終わりが近づいてきた。
100mほど先に侯爵邸の門扉が見えてきたのだ。
「お二人とも。庭内では優雅に振る舞ってくださいますよう」
「言われなくてもわかってるよ」
「本当かしら?」
俺に対するフローラの疑いの視線が痛い。
◇
すでに園遊会は始まっているようで、庭内にはキラキラとした礼装をまとう貴族達があちこちに見られた。
壮年の男性から年若い令嬢までが入り乱れているせいで、人を捜すのにはずいぶんと骨が折れそうだ。
「キョロキョロしないでくださる? みっともない」
フローラに釘を刺された。
ジャスファを捜して周囲を見渡していたのだが、フローラが傍にいる間はおとなしくしていた方が良さそうだ。
「さて。私はこれからジエル教徒の方々にご挨拶をしてきますわ」
おっ。さっそく別行動できるチャンスだ。
フローラには悪いが、もう一緒にいる意味はないので早くどこかに行ってほしい。
「それと。あなた達は私が連れてきたのですから、絶対に私に恥をかかせるような真似だけはしないでくださる?」
「ああ。しないしない」
「……心配だわ」
怪訝な顔のまま、フローラは男性貴族達の談笑の輪へと入って行った。
重ね重ね悪いなフローラ。
ジャスファの犯行を押さえるのが目的でここまで来たんだ。
ちょっとした騒ぎくらいは許してくれよ。
「ネフラ、手分けして捜そう」
「もしジャスファを見つけたら?」
「俺に知らせてくれ。気づかれないようにな」
「わかった」
俺はネフラと分かれて、庭園を歩き始めた。
「しかしジャスファのやつ、どんな格好で園遊会に入り込んでいるんだ?」
すっかり失念していたが、あいつが今どんな格好なのかわからなければ捜しようがない。
庭師? それともメイド?
男装して執事のふりなんてことも。
だが、貴族令嬢に近づいて物を盗むならそんな恰好じゃとても――
「おい、きみ!」
――突然、誰かに後ろから呼び止められた。
振り向くと、そこには俺と同じようにテールコートに身を包んだ壮年の紳士が立っていた。
「こんなところで休んでいないで、テーブルに葡萄酒を持って行ってくれ!」
「え?」
「ん。誰だ、きみは。コイーズ家の従者ではないな」
ああ。この人、この家の執事か。
俺をサボっている部下とでも勘違いしたんだな。
「失礼。俺は〈ジンカイト〉の冒険者ジルコです。縁あってこの場に招待いただきました」
「……証明できますかな」
疑いの目を向けてきた執事に、俺は首から下げていた冒険者タグを見せた。
タグには〈ジンカイト〉の記章もついているので、この国の人間ならばひと目で俺の素性がわかるだろう。
「これは失礼しました。まさか〈ジンカイト〉の方が、そのような装いでご来場いただいていたとは露とも知らず」
執事が急に口調を改めて、顎を引いた。
さすが〈ジンカイト〉の名前は誰に対しても強烈に働くな。
「こちらこそ、紛らわしい恰好で申し訳ない」
「何かをお探しでしたか?」
「え? いや、そういうわけでは……」
「もしお手隙であれば、ユニコーンを捕まえるゲームに参加なされてはいかがでしょう」
「ユニコーン? ゲーム?」
その時、カンカン、と鐘を鳴らす音が聞こえた。
俺が音のした方に振り向くと、鐘を手にした小柄な執事の後ろから、衛兵らしき男が小さな馬を引っ張ってくるのが見えた。
その馬は狼くらいのサイズなのだが、あんな小さな馬は初めて見た。
しかも、額には角のような突起物をつけられている。
「あれはミニチュアホースというものです。しかし茶色いユニコーンとは映えませんなぁ」
「茶色だと問題があるんですか?」
「……いえ、そんなことは」
俺の質問に執事が困った顔をしている。
ユニコーンというのが何なのかわからないが、小さな馬に角をつけるのが貴族の流行りの遊びなのだろうか。
一方で貴族達の注目は、茶色いユニコーンを撫でている初老の男性へと向けられていた。
その男性は首からターコイズの施された首飾りを下げており、身にまとう礼装も周りの貴族達より金銀の刺繍が豪勢な印象を受けた。
あの人がコイーズ侯爵なのだろう。
「ここに来るは、伝説の一角獣! この幻獣を捕まえた勇者には、この宝石を贈ろう!」
コイーズ侯爵は全員に見えるように、手元の宝石を頭上高くへとかざした。
透き通った透明感の強い宝石――ダイヤモンドだ。
しかも、あのサイズからして2カラットはある。
「紳士諸君は妻に、あるいは意中の女性への贈り物として使うのもよかろう! もちろん勇気ある女性の参加も拒まない!」
……欲しい。
あの輝きの強さ、弾として十分な威力を発揮しそうだ。
「幻獣生け捕りゲームの参加希望者はこちらへ!」
コイーズ侯爵の合図で、テーブルを囲っていた男性貴族が我先にと動き出す。
中には女性の姿もあった。
「〈ジンカイト〉の冒険者ならば宝石の獲得も容易でしょうな」
「俺はああいう競技みたいなことはちょっと……」
「ははは。ご謙遜なさる」
そう言うと、執事は一礼してテーブルの方へと戻って行った。
「ったく。俺はゲームなんぞしてる暇はないんだ」
とは言ったものの、男達がゲームに夢中になってくれたおかげでいくつかテーブルが空いた。
せっかくだし、何杯か酒を飲んでいこう。
俺はテーブルに着くや、残されていたワインボトルを取って空いているグラスへと注いでいく。
ガラス製の食器で酒が飲めるなんて、俺にはめったにないことだ。
しかもこの葡萄酒なんて超高級ブランドのヴェルフェゴールじゃないか。
くそっ。
俺が金に困っている時に、貴族連中はなんて良いものを飲んでやがるんだ!
俺は葡萄酒をグラスの縁ギリギリまで注ぐと、グラスを取った。
だが、グラスの脚を掴んだ時に中身がこぼれて――
「きゃっ!」
――いつの間にか隣に居た女性のドレスにかかってしまった。
「ちょっときみ! なんてことをするんだっ」
女性の横から貴族の青年がしゃしゃり出てきた。
テーブルの上にあったナプキンを取り、急ぎ女性のドレスを拭う。
が、葡萄酒の汚れが落ちるわけがない。
「まったく。なんてことをしてくれたんだ!」
青年が丸めたナプキンを俺へと投げつけてくる。
「コイーズ侯爵のところの執事か!? この落とし前をどうつけるつもりだっ」
うわぁ。これは面倒なことになりそうだ。
こちらの不手際とは言え、ずいぶん尊大に振る舞ってくる。
女性の前で良い恰好でもしようってのか。
「私が悪かったのよ。怒らないでウェイスト様」
「そんなわけにはいかない。このテーブルにきみを誘ったのは僕だ。僕が責任を取らねばならないっ」
なんだと、この野郎。
さては女を口説くために人気のないテーブルを選んだな?
だったら俺の存在に気づけよ!
「彼も困っているし、このことは水に流しましょう?」
「しかし、それでは僕の沽券に関わるのだよジャスファ」
……ん?
今なんて言った?
「ウェイスト様、私は別に――あっ」
俺はその女性と目が合った。
レッドブラウンの短髪に、褐色の肌。
血のような赤いドレスに身を包みながら、首元には冒険者タグの代わりにルビーが装飾された襟当て、そして胸元には白い百合の花。
ジャスファ。
俺の知っているお前はどこに行ったんだ?
……もうめちゃくちゃだよ。
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