4-040. 身勝手の極み
「きみが俺に魔物退治を手伝えって!?」
クリスタからの意外な頼みごとに驚いた。
彼女が魔物討伐でパーティーを組むのは、大物や軍勢と戦う時だけだ。
すべての魔王と魔人が駆逐された今、彼女が他人の手を借りるほどの魔物がいるとは思えないが……。
「なぜそんなに驚くの?」
「だって……きみらしくないじゃないか」
「そうね。しかも、あなたに頼むなんてよっぽどだと思うでしょう」
「……よっぽどなのか?」
くすり、とクリスタが笑う。
彼女は煙管の火を消すと、話を続けた。
「第四副都の付近にまで魔物の群れが達したことは知っている?」
「聞いたよ。魔導甲兵隊が全滅するほどの勢力だってな」
「そのせいであの辺りでは今、ドラゴグの冒険者ギルド連合と魔物の群れが乱戦の真っ只中よ。幸い大海嘯は押し戻せたようで、副都は無事みたいだけれど」
「本当にそんな数の魔物が現れたんだな。でも、どうして今頃……?」
魔物が溢れるほどいた頃は奴らの増殖を止める手段がなかった。
しかし、司令塔の魔人がいなくなり、分流のほとんどが消滅した今、魔物がそこまで増える理由がわからない。
「さぁてね。それよりも問題なのは、第四副都付近で迎撃されたことで群れが二手に分かれてしまったことよ」
「そのうちの一波が帝都へ近づいてきていると?」
「ええ。もう一波はさらに東――第五副都へ向かったそうよ」
「きみはもう討伐に参戦したのか?」
「もちろんよ。不本意ながら、帝都へ近づく一波を他の冒険者達と迎え撃ったわ。その中にどうしても始末しきれない奴がいたの」
「倒しきれなかった!? 嘘だろ!?」
クリスタが魔物を仕留め損なうなんて信じられない。
魔王でも魔人でもない、ただの魔物を?
「二匹ほど異常に再生能力の高い個体がいてね。私の大魔法を以てしてもトドメを刺すには至らなかったのよ。屈辱だわ」
クリスタが唇を噛みしめて悔しそうな顔をしている。
これはまた珍しいものを見れたものだ。
世界最強の魔導士と呼ばれるクリスタも、徹頭徹尾無敵なわけじゃない。
魔導士は自然界に循環しているエーテルを消費することで魔法陣を描き、魔法を行使する。
逆に言えば、周囲のエーテルが尽きてしまえば魔法の行使が不可能になる。
異常にタフな敵、または無尽蔵に湧いてくる軍勢であれば、クリスタがどれだけ強力な魔法を操っても敵の掃討より先に周囲のエーテルが枯渇してしまう。
そうなれば彼女であっても討ち漏らしが起こりえるのだ。
しかし、そんな事態は闇の時代にもほとんど無いことだった。
「で、対策を立てるために帝都に戻ってきたわけか」
「そうよ。その対策であるあなたをずっと待っていたの」
「え? 俺?」
「いつまでも寄り道ばかりしているからヤキモキしたわ」
なんで俺が帝都に来ることがわかったんだ?
しかも、街道の途中で町々に寄ってきたことも把握されているようだし。
「あなたのミスリル銃が私の助けになる。宝石のエーテルを撃ち出すその銃は、まさに光属性とでも言うべき力。魔物相手にはこれ以上ないほど心強いわ」
確かにミスリル銃の撃ち出す光は魔物に効果てきめんだ。
闇の時代に俺が活躍できたのも、武器と魔物との相性に恵まれたことが大きい。
まさか復興の時代になってクリスタに助けを乞われるとは、思いがけないことが起こるものだ。
「何、気分良くなっているの?」
「え!?」
「口元がにやけているわよ」
「あっ。いや、別に……」
「勘違いしないで。私が助けを乞うのではなく、あなたに助けさせてあげるのよ」
……それの何が違うんだ?
素直に協力してって言えないだけじゃないか。
とにもかくにも、クリスタの狙いはわかった。
枯渇したエーテルは時と共に再循環する。空気と同じだ。
つまり――
「エーテルの循環を待つ間、俺に働かせる気か」
「わかっているじゃない。闇の時代、魔王の眷属どもと戦った時と同じよ」
「でも、きみが考えているのは俺との二人掛かりだろ? 前衛もなしに勝機はあるのか?」
「問題ないわ。どうせ遠距離からの攻撃に終始するわけだし、あなたが間を持たせてくれれば十分勝つ算段が整うわ」
――というわけだな。
しかし、少し軽く考えているんじゃないか?
以前は盾衛士のリドットや拳闘士のゾイサイトが前衛で踏ん張ってくれた。
相手がたった二匹とはいえ、クリスタの攻撃を生き残る相手に前衛なしで凌ぎきれるのか?
俺が訝しんでいると、クリスタが身を乗り出して睨んでくる。
「まさか私の誘いを断るなんて言わないでしょうね?」
……クリスタの顔より胸元に目が行ってしまう。
なんというか、凄い……谷間だな……。
「今すぐ答えなさい。すぐにでもあの憎たらしい化け物を始末しに行きたいの」
「これから行くのかよ!?」
「そうよ。モタモタしていれば、あれにいくつも町を滅ぼされるわよ?」
そんなこと言って、さっさと始末をつけて留飲を下げたいだけだろう。
本当に身勝手の極まった女だなぁ。
「ど、う、す、る、の?」
クリスタがずいっと顔を近づけてきた。
息がかかるほどの距離間に、俺は不本意ながらドギマギしてしまう。
「……わかった」
「そ。良い答えだわ」
ニコリとほほ笑むや、彼女は身を引いて背もたれへと寄りかかる。
……くそっ。
いつもの脅しに加えて、色香に惑わされてつい承諾しちまった。
「今回は特等席でミスリル銃の活躍を見せてもらうわ」
「そ、それなんだけど……」
肝心のミスリル銃が壊れて手元にない、なんて言ったら……クリスタに殺されるかな?
「あなた、ミスリル銃はどうしたの?」
「あっ。いや、えぇと……」
「顔色が悪いわね」
「壊れちまって、今は持っていないんだ」
瞬間、ホールの空気が冷え込んだ気がした。
この感じは……ヤバいぞ。
「あなた、私が冗談を好まないことを知っているわよね?」
クリスタが刺すような視線と共に、ささやかな殺意を向けてくる。
煙管の先端にある宝石がゆっくりとエーテル光を輝かせ始めた。
……マジでヤバい!!
「待った! すでに代わりの宝飾銃を取り寄せているんだ! そろそろこっちに届く頃だと思う!!」
「この世にミスリル銃が二丁あるとでも言う気?」
依然、クリスタの瞳には憤怒の色が燃えたぎっている。
せめて釈明する時間をくれっ!
「親方が昔使っていた宝飾銃があるだろう!? あれだよ! ミスリル銃の試作品だけど、今でも使える状態で倉庫に残っているんだっ」
「それは初耳ね。材料として解体されたとばかり思っていたわ」
「こだわりの鬼才ブラドだぜ!? 新しい素材でイチから組み上げられたのがミスリル銃なんだよ!」
「……そう」
すぅっとクリスタの殺意が消えていくのを感じる。
俺の全身には、いつの間にか冷たい汗が流れていた。
「それじゃ銃が届いたら駅逓館の連絡掲示板に言伝を書いておいてちょうだい。決行できる日時をね」
「了解……」
「それまでは帝都の名所や〈暁の勇者展〉でも観て回って時間を潰しておくわ」
クリスタは灰皿に吸殻を捨てるや、煙管を胸の谷間へと押し込んでいく。
それ全部入るの!?
「早い連絡を待っているわ。この国の人達のためにもね」
……煙管は胸元に消えてしまった。
クリスタは不敵な笑みを浮かべながら、席を立って扉へと向かった。
と思いきや、足を止めて俺へと向き直る。
「そうだ。ひとつ褒めたいことがあるのだったわ」
「褒めたいこと?」
「あなた、紳士なのね。少し見直したわ」
「は?」
意味のわからないことを言ったかと思うと、クリスタはさっさとギルドから出て行ってしまった。
最後のは一体何のことを言っているんだ?
「……変な女」
彼女の色っぽい背中が視界から消えた後、俺は独り言ちた。
同じく性格が苛烈な女でも、面と向かって意見を言い合えたあいつに比べてどうしてもクリスタを前にすると委縮してしまう。
過去に散々いびられたせいとはいえ、なんだか自分が情けなくなってくるな。
「ん? 〈暁の勇者展〉だって?」
クリスタが残していった言葉で、俺は思い出したことがあった。
〈ハイエナ〉の一人、黒ドレスの女の発言――
『勇者様ってどんな人だった!? 口癖とか、趣味とか、特技とか、どんなだった!? 聞かせてよ!』
――そうだ。彼女は勇者ファンだった。
あいつが帝都にいるなら、もしかしたらその〈暁の勇者展〉とやらにやってくるかもしれない。
普通なら裏社会の人間はそんな場所に姿を現すような真似はしない。
でも、あの女はそういうことを気にしなさそうだ。
「なぁ! 〈暁の勇者展〉について何か知らないか!?」
受付カウンターへと声をかけてみると、すでに誰の姿もなかった。
と思いきや、カウンターの奥から職員がひょこっと顔を出した。
……もしや俺がクリスタと話している間ずっと隠れていたのか?
「あ、アムアシア歴史会館で、今日の正午から催されるイベントですっ」
「どんなイベントなんだ?」
「闇の時代の勇者様の足取りや、帝都に残していった装備品の展示会ですぅ!」
「へぇ。それは面白そうだな」
それを聞いて俺もちょっと興味が湧いてきた。
あいつの装備って勇者の聖剣以外にも残っていたんだな。
時計を見ると、ちょうど正午も近い。
望み薄かもしれないが、ちょっと覗いてみることにするか。
◇
俺はギルドから出るや、地図を頼りにアムアシア歴史会館へと向かおうとした。
しかし、その会館とやらは最近できたものらしく地図には載っていない。
「参ったな。誰かに場所を尋ねるか」
クロウマーク・ストリートの噴水広場まで戻ってきた俺は、そこで昨日の浮浪児達を見かけた。
彼らなら会館の場所も知っているかもしれない。
「やぁ。昨日は助かったよ」
俺が話しかけても、彼らは一言もしゃべらない。
ただじっと俺の顔を見つめているだけだ。
「アムアシア歴史会館に行きたいんだけど、どの通りを行けばいいかわかるかな」
尋ねたそばから、浮浪児の一人が俺に手のひらを差し出した。
……そうくると思っていたよ。
俺は浮浪児の手に銀貨二枚を置いた。
「……」
何も言ってくれない。
「こ、これで足りるか?」
さらに小金貨一枚をその手に置くと、一番背の高い少年が広場の北を指さした。
足元を見られたな、こりゃ……。
「ありがとう」
俺は礼を言って早々、北側の通りへと歩きだした。
その時――
「お兄さん。あまりここに長居しないで」
――と聞こえた。
振り向くと、浮浪児達が広場の外へ走って行くのが見えた。
今の言葉は彼らだったのか?
……確かめる相手は雑踏に消えてしまった。
◇
しばらく通りを歩いていると、人混みでごった返す一角が目に留まった。
長い行列ができており、その列はひと際大きな建物の入り口へと繋がっている。
建物のアーチには〈暁の勇者展〉と書かれた看板が。
「ここがアムアシア歴史会館か。凄い人だな」
想像以上に混雑していて驚いた。
まさか勇者にこんな集客効果があるとは思わないよ。
列に並ぶのは正直うんざりするが、これも調査の一環だ。
俺は覚悟を決めて列に並んだ――
◇
――そして二時間後。
ようやく館内に入ることができた。
長時間、人の列に並ぶ精神的苦痛ときたら……。
正直、銃を片手に半日獲物を待っている方がずっと楽だった。
しかも入場料を120グロウも取られたし。
主催者は大儲けだろうな。
「勇者の足取り、ねぇ」
展示物にある勇者の旅の軌跡は、おおむね事実に即して書かれていた。
〈ジンカイト〉とのことも割と正確に書いてある。
思いのほか気合の入った展示会だ。
人の波につられて会場を進んでいくと、展示会の目玉である勇者装備の間へとたどり着いた。
厳重な警備の中、台座の上に安置されているそれを見て――
「偽物じゃねぇか」
――と、思わずつぶやいてしまった。
そこにあったのは、各部に宝石を埋め込まれた色鮮やかな全身甲冑。
あいつはこんなもの身につけたことなんて一度もない。
こんな詐欺まがいの集客、ありなのか?
「これが勇者様の着ていた聖なる鎧!? 綺麗! 素敵じゃん!!」
あ~あ。
さっそく偽物に騙されて感激している女の子がいるじゃないか。
教えてやりたいけど、騒ぎを起こしたくは――
「推定価値は……うわっ。すっごー!」
――って、この声……聞き覚えがあるぞ。
小柄で、顔に小さな火傷の痕、腰には宝飾杖を吊り下げている。
……見つかるの早すぎるだろ。
こいつ、〈ハイエナ〉の一人だ!