4-039. 再会、身儘の魔女
薄暗い中、ステンドグラスの煌めきが目に入る。
それを通して手前の竜の彫像には七色の光が照らし出されている。
左右非対称に七枚の翼を広げた大きな竜の彫像は、今にも動き出しそうなほど生々しい造形に仕上がっていて、俺は思わず息を呑んだ。
「竜神バハムス・ルティヤの彫像です。我が国の優秀な彫刻士数名が、七年の歳月をかけて生み出した傑作だそうです」
ご丁寧に解説してくれたのは像の前にたたずんでいる神父だ。
真っ白な髪に、青白く痩せ細った顔、唇の両端には牙のような古傷がある。
顔こそそんなだが、首から下はご立派な司祭装束。
薄緑の衣服に、首回りには赤と黒が織り込まれたストールを巻いている。
「改めまして竜聖教会へようこそ。私は司祭を務めるゲイリーと申します。本日はどのようなご用向きでしょうか」
「お邪魔しますゲイリーさん。……神父様と呼んだ方がいいかな?」
「どちらでも構いませんよ」
「ちょっと聞きたいことがあって訪ねたのですが」
「なんなりとお尋ねください。ただ冒険者とはいえ、銃の持ち込みはご遠慮いただきたかったですがね」
……布に包んで持ち込んだのに中身が銃だとわかったのか。
今は燕尾服だし、冒険者タグは服の内側に隠している。
見た目から冒険者だとは思わないよな、普通?
「なぜ俺が冒険者だと?」
「鼻が利くもので、鉄と火薬の臭いでわかりました。今の時期、個人で薬莢を持ち歩いているとなると冒険者の方くらいかと」
「なるほど。必要なことを聞いたらすぐに立ち去るので、このままでも?」
「ええ。かまいませんよ」
身廊を歩いていくと、翼廊から箒をたずさえた少女達が俺を睨んでいるのが見えた。
二人とも桃色の髪の毛で、そっくりな顔立ちをしていることから双子だろう。
年は成人前――十四、十五といったところか。
どちらも薄緑色の助祭服を着ていて、髪の毛の長さ以外はまったく差異がない。
「臭い……異教徒臭い……」
「光の悪魔の崇拝者……死ね……汚らわしい下僕め……」
……へ?
今この二人、俺に対して明らかな誹謗中傷を投げかけてこなかったか?
「ハクトウ、ハクオウ。お客様に失礼ですよ」
神父が注意すると、双子は翼廊の奥へと引っ込んでしまった。
……なんだったんだ。
「まことに失礼いたしました。あの二人はこの教会の助祭でしてね」
「口が悪くてびっくりだ」
「なかなか治らなくて私も困っているのです。宝石を崇める異教徒を見ると発作的にああいった暴言を吐いてしまいまして。まぁ竜の民の宿敵ゆえ、それも仕方ありません」
「はは……」
困ったね、どうも。
どうやら俺が訪ねたのは、竜信仰の教会の中でも相当過激な連中のところだったみたいだ。
しかも、なぜか俺がジエル教徒だと看破されているし。
質問だけしてさっさと立ち去るのがよさそうだ。
「〈ハイエナ〉という宝石狙いの盗賊団について知っていることがあれば、教えてくれませんか」
「ほう。あなたはその盗賊団を追っているのですか」
「事情があって連中の情報を集めています」
「ここ最近、その名の盗賊団の手配書が出回り始めたことくらいしか存じません。力になれず申し訳ありませんが……」
勘が外れたか……。
教会なら何かしら新しい情報が掴めると思ったんだけどな。
「ありがとう。話はそれだけです」
ゲイリー司祭に一礼して出口へ戻ると――
「お待ちなさい」
――背中から俺を呼び止める声が聞こえた。
振り返ると、ゲイリー司祭が俺を凝視している。
「竜の門戸は常に開いております。物質主義を捨て去る覚悟ができたら、いつでもここにおいでなさい」
物質主義……とは、きっとジエル教を揶揄しているのだろう。
そもそも俺は真っ当なジエル教徒じゃない。
そんな誘い文句を言われても何とも思いやしないよ。
「遠慮しときます。石と竜、そのどちらよりも信仰しているものがあるもので」
「ほう。それはいかような?」
「勇者」
最後にそう告げた後、俺は教会を出た。
◇
次に地図を頼りに立ち寄ったのは冒険者ギルド〈ジークフリーズ〉。
帝都にも冒険者ギルドは数あるが、ここは国営でかなりの規模らしい。
外観からしてそれが伝わってくる様相だ。
なんたってガラスの扉の入り口が三つも四つもあるくらいだ。
王都の役所だってこんな贅沢な玄関はついていない。
「凄いな帝都のギルドは……」
さっそく扉を開いて中に入ると、その広さに愕然とした。
コーフィーハウスと見紛うような綺麗なテーブルや椅子、大きな暖炉に立派な置き時計まで備えられたエレガントなホール。
壁に掛けられたクエストボードも大きくて、ざっと見たところ何百という依頼が張り出されている。
奥には受付カウンターとは別に、コーフィーを提供するための喫茶施設まで用意されているなど、〈ジンカイト〉と違って小洒落ている。
……その反面、ホールに冒険者の姿は数えるほどしかない。
さっそく俺は受付カウンターに向かった。
受付には職員の姿がなかったので、とりあえずカウンターに置かれた呼び鈴を鳴らしてみる。
「は~い」
間もなく、奥の控え室からコーフィーカップを片手に女性の職員が現れた。
ずいぶんゆっくりしていたようだが仕事はないのか?
「ご依頼でしょうか?」
「いや。このギルドの公開情報を共有してほしいんだ」
「……あなた、冒険者なんですか?」
職員からあからさまに訝しむような視線を向けられてしまった。
やっぱりこの格好、普通は冒険者だとは思わないよなぁ。
「今は事情があってこんな格好をしているけど、本業は冒険者だ」
「ギルドには所属を?」
「ああ。よその国のだけどね」
「どちらのギルド?」
「〈ジンカイト〉だ。それにしても、なんでこんなに冒険者が少ないんだ?」
言いながら、俺は服の内側に隠していた冒険者タグをつまんで見せた。
彼女がタグについている記章に目を向けるや――
「……じじ、〈ジンカイト〉の方でしたかっ」
――突然、手にしているカップをカタカタと震えさせ始めた。
「し、失礼しました。たた、ただいま、ウチの冒険者達はほとんどが東の魔物討伐に狩り出されていまして……」
「それでこんなに人が少ないのか」
「は、はい。そ、そそ、それで、情報共有……でしたねっ!?」
さっきから職員の様子がおかしい。
なんで俺をそんな怯えた目で見るんだ?
「〈ハイエナ〉についての情報を知りたい」
「〈ハイエナ〉……最近、国から懸賞金が懸けられた盗賊団……ですよねっ!?」
「そうだ。何か情報はあるかい?」
「現在、私どものもとにある情報というと――」
彼女が手元の書類の束をパラパラとめくり始める。
ある書類で手を止めた彼女は、それをカウンター越しに俺へと差し出してきた。
「――この程度のものしかございません」
その書類に書かれていた〈ハイエナ〉の情報は以下の通り――
主に高価な宝石を狙う六人組の盗賊団。
活動範囲は、エル・ロワ東域からドラゴグ西域まで。
容疑は、貴族邸宅への押し入り強盗17件、街道の郵便馬車襲撃6件、宝石商店への襲撃3件、海峡都市の競売会場襲撃、他多数。
男性五人、女性一人の構成。
リーダーはクチバシ状の黒蝕病よけマスクを装着。
他は、男性四人が共通の黒塗り仮面、女性はヴェールで顔を隠している。
六人とも共通するのは、黒ずくめの装束に身を包んでいること。
リーダーは風の精霊と契約した精霊奏者。
他は、剣闘士、槍術士、暗殺者、銃士、魔導士。
各々の戦力を冒険者等級に換算した場合、リーダーは等級A、他は等級B以下と推察される。
六人の肖像は、仮面とそのシルエットのみ。
訛りがないことから、いずれも都市部の出身だと思われる。
個人を特定できるような情報は現状なし。
――情報量はそれなりだが、俺の持っている情報と大差ない。
むしろリーダーの強さを等級Aと甘く見積もっているところや、剣闘士の大男の素顔に触れられていないところを見ると、俺の持っている情報の方が多いくらいだ。
「これだけ?」
「は、はい。申し訳ありません、ごめんなさいっ」
……なんでそんなに謝るの?
「〈ハイエナ〉については帝国軍の諜報部隊が調査継続中です。新しい情報があれば随時こちらに下りてくるはずです」
「そうか」
ドラゴグ側も連中の動向を調べあぐねているわけか。
俺達が帝都に来るまでの道中、いくつも立ち寄ってきた町の情報を整理すれば、〈ハイエナ〉が帝都に向かったことは間違いない。
奴らは必ずこの帝都のどこかにいるはず。
帝国軍もそれを想定した上で、水面下で内偵を進めているに違いない。
「ありがとう」
礼を言った後、俺は踵を返して出口へと向かった。
他のギルドを巡っても同じだろうし、宿に戻って今後の方針を練るとするか。
駅逓館にも寄っておきたいし……。
「……ん?」
そんなことを考えながら扉を押し開こうとした時。
すぐ傍にあるテーブルからコーフィーの強い匂いが俺の鼻に香ってきた。
「帝都くんだりまで来て珍獣狩りだなんて、ずいぶん仕事熱心なのね」
その声を聞いて俺は背筋が凍った。
振り向きたくない。
このまま気付かないふりをして外に出られたらどれほど良いか。
……俺は恐る恐る声の主へと向き直った。
「親愛なるギルドマスター様。お久しぶりね」
……クリスタ。
まさかこんなところで出くわすとは。
目が合うなり、彼女は不敵な笑みをたたえながら挨拶してきた。
テーブルへと優雅に肘を突き、その手には湯気立つコーフィーカップを持って。
スリットから覗かせる脚線美は相変わらず悩ましい。
しかも、俺が顔を向けるやわざとらしく足を組み直す始末……。
いつ見ても息を呑むほど妖艶な――否。恐ろしい女だと思った。
「や、やぁ。偶然だなクリスタ――」
「誰ですって?」
「――リオス」
本名で呼ぼうとすると、毎度のことながら鋭い眼差しで突き刺される。
まったく生きた心地がしないな。
「このタイミングで再会するなんて運命かしらね?」
クリスタはカップを置くと、代わりに火のついた煙管を口に運んだ。
挑発的な眼差しを俺へと向けながら、瑞々しい唇からヒュウ、と煙を吐き出す。
今度は芳醇な香りが俺の鼻に届いてきた。
……いちいち艶めかしいしぐさで反応に困ってしまう。
「まさかこんなところで会うなんてな」
「私は冒険者よ。ギルドにいることがそんなにおかしいことかしら?」
「別にそういうわけじゃ……。それより、よく俺だとわかったな」
「真面目に変装したいなら目元を隠しなさい」
「そ、そうか……」
「その髭と髪型、似合ってないわよ」
……なんで俺の会う女はどいつもこいつも毒舌なんだ?
こんなのばかりじゃ、ネフラが天使に思えて当然だ。
「あなたが追っている〈ハイエナ〉とやら、ずいぶん世間を賑わせているようね」
「海峡都市で開かれた競売を潰した連中だからな。エル・ロワにもドラゴグにも奴らを恨んでる連中はごまんといるだろう」
「ふぅん。懸賞金はリーダーが70000グロウ、他の五人がそれぞれ15000グロウ、だったわね。人間のお尋ね者にしては高い方ね」
俺は計らずともクリスタの魔法があれば剣鬼に聖剣だ、と思ってしまった。
〈ハイエナ〉との戦闘もありうる現状、頼めば先遣隊の調査に加わってくれたりしないかな、と考えていた矢先――
「興味が湧いたのか?」
――うっかり口に出してしまった。
クリスタはニコリとほほ笑むと、腰を浮かせて俺に寄り添ってきた。
突然のことに戸惑っていると――
「うあちちっ!!」
――持っていた煙管を胸に押しつけられた。
なんてことしやがるっ!
「私を簡単になびく女だと思わないで」
「なんだよいきなり!?」
「どうせ私を珍獣狩りに引っ張り出そうとでも思ったのでしょう? そんなつまらない仕事なんてごめんだわ」
「べ、別にそんなつもりは……!」
「悪い人。女を奉仕させたがる男は、最後には炊事場で死体になるわよ」
……なんだそれ!
何かの慣用句か!?
「でも、こちらの条件を飲むのなら考えてあげてもいいけれど」
「条件?」
「東の魔物退治に手を貸しなさい――」
言いながら、クリスタが俺の顎を指先ですくい上げる。
「――私をあなたに頼らせてあげる」
……この女、身儘過ぎるっ!!
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