4-035. 不穏の大地
~これまでのあらすじ~
次期ギルドマスターを指名されたジルコは、ギルド〈ジンカイト〉存続のために所属冒険者の解雇任務に就く。
苦心の末に二人の冒険者を解雇したジルコは、新たに最強の女魔導士クリスタの解雇に臨むことになった。
しかし、彼女はあまりにも強く、横暴で、冷酷。
うかつに解雇通告しようものなら、怒りを買って殺されることは明白だった。
そこでジルコは、クリスタに解雇を受け入れてもらう交渉材料として、彼女が欲しているであろう〈若返りの秘薬〉を探し求めた。
だが、ようやく見つかった〈若返りの秘薬〉も、あと一歩のところで謎の盗賊〈ハイエナ〉に奪われてしまう。
ジルコは奪われた〈秘薬〉を取り戻すために、エル・ロワ王国軍の協力を得て、盗賊を追ってドラゴグ帝国へと渡る。
湖上横断橋を渡るうちに、塩湖を照らしていた夕日は水平線の彼方へと顔を隠してしまった。
周りが暗くなるにつれ、左右の欄干がほんのりと光を放つ。
月明かりを受けて、欄干に埋め込まれた月蛍石が道なりに輝き始めたのだ。
「ジャイアントモアの乗り心地はどうだい!?」
先頭を駆けるデュプーリクが振り向きざま俺に尋ねてきた。
さすが軍用に調教されただけあって、ジャイアントモアの脚力と安定感は大したものだと思う。
ウチのギルドにもぜひ欲しいくらいだ。
「悪くない!」
素直に褒めちぎるのも抵抗があるので、ほどほどで答えておこう。
「すっかり日も落ちたけど、モアは夜目も利く! 走行ルートはこいつらに任せておいて大丈夫だぜ!!」
デュプーリクが自慢げに言う。
この鳥、さらに夜目も利くのか。
王国軍の兵士はずいぶん贅沢なものに乗っているんだな。
「ジルコくん、向こうに帆船が見える」
後ろに乗るネフラが塩湖を指さしながら声をかけてきた。
彼女が指さした方向に目を向けてみると、確かに塩湖には帆船が何隻も浮いている。
船の帆には商人ギルドの紋章が見られた。
「商人ギルドがせっせと塩田を拡げてるんだ」
「凄いね。さすが大いなる塩の都」
ネフラは感心しているが、俺は素直にそうは思えない。
グランソルト海は、海ではなくしょせんは巨大な塩湖だ。
あの帆船に乗っているのは商人ギルドに雇われた塩湖付近の農民達だろう。
船の扱いなんて専門外だろうに、わずかな報酬で慣れない仕事をやらされているに違いない。
きっと事故も多く、それに泣く家族も多いのだろう。
商人ギルドにはゴールドマン親子のように好感を持てる奴らもいるが、ギルドの本質は利益優先主義だ。
……結果を出せなければ、にべもない。
「ジルコくん、どうしたの?」
「なんでもない!」
昔のことを思い出して暗い顔になっていたかな。
そう思った時、橋の彼方にようやく東側の海峡門が見えてきた。
「……あれがドラゴグ帝国の入り口」
「そうだ。エル・ロワ側とは一風変わった意匠が出迎えてくれる」
海峡門が近づいてくると、門の威容が嫌でも目に入った。
夜間でも月蛍石に照らされて見える扉の表面には、巨大な竜が天に向かって火を吐く姿が彫刻として施されている。
門の手前にはいくつか人影があった。
彼らは銃剣を構えながら静止を呼びかけてくる。
「帝国兵だ! 俺に任せろ」
先頭を走るデュプーリクが速度を落としたのを合図に、後ろに続く俺とヘリオのジャイアントモアも減速した。
「お前達がエル・ロワから派遣された先遣隊だな!?」
「そうだ」
「すでに連絡は受けている。通行証を見せろ!」
「はいよ」
足を止めたモアからデュプーリクが降りて、銀色の板を帝国兵へと渡した。
鉄板にはエル・ロワ王国の紋章と、長ったらしい文章が刻まれている。
「相変わらずの重装備だな」
俺は帝国兵の武装を目にして、思わず独り言ちた。
フルフェイスの兜に、全身を覆う甲冑を身に着けた物々しい出で立ち。
彼らが顔を隠しているのは軍国主義ゆえの兵の在り方だろうか。
「通っていいってさ」
デュプーリクが戻ってきてモアへとまたがった。
リーダーらしき帝国兵が手を挙げると、歯車の回転音と共に巨大な黒い扉が左右に開かれていく。
「何か問題が起きた時は、帝国兵の詰め所に立ち寄れ。無事に国に戻りたければ、条約に反するような行動は慎むように!」
「あいよ! ご苦労様っ」
帝国兵から脅しに近い警告を受けて、俺達はドラゴグ帝国へと入国した。
◇
東方領域に入るなり、俺は著しい空気の変化を感じた。
エル・ロワ側の西方領域と比べて、街路樹が少なく、ゴツゴツした建物が多いのが原因だろうか。
「ここから先はもうドラゴグ帝国」
「ああ。同じ海峡都市でも、ドラゴグの法が支配する帝国領土だ」
「街並みがぜんぜん違う。建築様式も住人の服装もガラリと変わったね」
「人間の価値基準も変わるから気をつけろよ」
「そうなの?」
ネフラはよくわかっていない様子だ。
まぁ、この国の異様さは言葉ではうまく伝わらないだろうな……。
俺も初めてドラゴグに訪れた時は、ずいぶんと驚かされたからな。
「この先によろず屋がある。そこへ寄って食料を揃えよう」
「予定通りに帝都までの町をひとつひとつ当たって行くのか?」
「ああ。とりあえず今夜はこの街に留まって情報収集だ。〈ハイエナ〉の手がかりが何もなければ、夜明けを待って次の町に向かう」
〈ハイエナ〉のリーダーであるクチバシ男は、どうも底が知れない。
素直に帝都まで街道に沿って移動してくれていればいいけどな……。
◇
海峡門からしばらく東に進んだ先で、俺達はよろず屋へと立ち寄った。
よろず屋というだけあって、食料から武器から火薬まで、いろいろ取り揃えられている。
俺は今、手元に銃がないから助かった。
プラチナム侯爵からもらった資金が9000グロウほどあるし、型落ちの雷管式ライフル銃を一丁くらい買えるだろう。
「親父さん。雷管式ライフル銃を9000グロウで買えるかい?」
「いらっしゃい。そんな旧式で良ければ軍からの払い下げの品があるから、弾も含めて6000でいいよ」
「じゃあ、もっと良いのがあるのか」
「あるけど、9000ぽっちじゃ買えないよ」
「……そりゃそうだよな」
俺は素直に雷管式ライフル銃を注文した。
触れたことのない新型よりも、使い慣れた銃の方が安心できるからな。
店主が品物を準備する傍ら、俺は壁に飾られている銃を眺めていて思い出したことがあった。
ヴィジョンホールで戦った黒銃士の持っていた連発式の銃のことだ。
この店には置いていないようだが、新しい銃器を開発できるのは、今の時代ドラゴグしかない。
「聞きたいことがあるんだけどさ」
「何だい。まさか銃の撃ち方を教えてなんて言わないよな?」
「言わないよ! 実は――」
俺は店の店主に、黒銃士の持っていた銃の形状とその機能を説明し、そんな銃に心当たりがないかどうか尋ねてみた。
「……そりゃたぶん回転式拳銃じゃねぇかな」
「リボルバー?」
「銃身に取りつけられた回転式の弾倉に薬莢をあらかじめ詰めておいて、再装填なして数発撃てる銃だよ」
「そ、それは凄い技術だな……! もう軍に配備されてるのか?」
「さぁてねぇ。一時期、銃士隊に配備されるって聞いたけど、不備が見つかって採用見送りになって以来音沙汰ないなぁ」
「じゃあ軍でも使われていないのか?」
「帝都に仕入れに行った時も兵士が持ってるのを見たことねぇな。あそこの連中が使ってなきゃ、どこにも出回ってないと思うよ」
「そうか……。ありがとう」
ということは、黒銃士も真っ当なルートから手に入れた代物じゃないな。
〈ハイエナ〉の持つ独自のルートから開発中の試作品を手に入れたのか?
あいつら、まさか裏でドラゴグの軍に通じてるんじゃ……。
「ジルコさん!」
考えている途中で声をかけられたので思考が霧散してしまった。
……声の主は、キャッタンだった。
「何味がいいか、こっちきて選んでくれませんか!」
「味?」
「このお店、ショートブレッドの種類がいっぱいあって。どうせなら、皆さん好みの味を買った方が旅先でストレスが少ないでしょう?」
「甘すぎなければ俺はなんでもいいよ」
「なんでもいいって最低の言葉ですよ」
「えっ」
キャッタンにいきなり毒づかれたかと思うと、そっぽを向かれてしまった。
あの子、初めて会った時から俺に当たりがきついんだよな……。
「いいねぇ。カップル同士で旅行かい」
「そういうんじゃないから!」
礼儀知らずなオッサンだな!
初めて立ち寄った客にそんな態度あるかよ。
そもそも、店の外には荷物番をしているヘリオだっているのに。
「いいから銃くれよっ」
俺はカウンターに6000グロウ分の金貨を置いて、店主の手から雷管式ライフル銃を取り上げた。
一緒に購入できた弾は12発。
もう少し欲しかったが、帝都でも弾が不足していて流通数が制限されているらしい。
「銃士二人に、魔導士二人? あまりバランスの良くないパーティーだねぇ」
「外にもう一人、盾衛士がいるんだよ」
「それでもバランス悪いでしょ」
「放っといてくれ」
「今はあまり東への旅行はおすすめできないんだけどねぇ」
「なぜだ?」
店主が気になることを言ったので、とっさに問いただしてしまった。
彼は少し考えた後、とつとつと口を開いた。
「ここだけの話にしてくれよ……」
俺は店主の言葉に頷いた。
ずいぶん言いづらそうだけど何があったんだ?
「実はドラゴグで今、魔物の群れが湧いて出てるって話だ」
「魔物の群れ?」
「ああ。弾不足も軍が魔物との戦いで使いまくってるからだそうで」
「なんで銃士隊がそんな前線に出ているんだ? 帝国軍の主力は魔導甲兵隊だったはずだろう」
「……そ、それが」
店主が押し黙ってしまった。
青い顔をしてどうしたんだ急に……!?
「何かあったのか?」
「ぜ……」
「ぜ?」
「全滅した、らしい……」
言われた瞬間、俺も言葉が詰まってしまった。
「ま、マジでか!?」
「マジでよ」
ドラゴグ帝国は今や世界最大の兵器製造国だ。
元から高かった兵器技術に、闇の時代末期に高名な魔導士や錬金術師が合流して魔法技術を組み合わせたことで、魔導兵装なんて代物まで生み出したほど。
その魔導兵装の粋を集めた魔導甲兵隊が……。
「……本当に全滅したのか?」
「大海嘯が発生したって噂だ」
「東アムアシアにそんな規模の魔物が生き残っているのか!?」
「あくまで噂さ。詳しいことはわからねぇ」
「西方領域じゃそんな話聞かなかったぞ」
「そりゃあ、帝国のお偉いさんが他国に自国の恥部をさらすかよ!」
……そうか。だからか。
クリスタがドラゴグの国営ギルドから名指しで魔物討伐の依頼を受けたのは、魔物の群れに対抗する戦力として招へいされたからなんだ。
きっと魔導甲兵隊の全滅を受けての事後対策だろう。
となると、魔物の群れの侵蝕は、ずいぶん進んでいるんじゃないのか?
「ジルコくん。どうしたのさっきから?」
ネフラがキョトンとした顔で俺に歩み寄ってくる。
「ジルコくんは甘いのはあまり好きじゃないよね。ショートブレッドの味はこれでいい?」
「あ……。ああ、なんでもいいよ」
「なんでもいいって言うのは、失礼」
ネフラが口を尖らせて言った。
さっきのキャッタンと同じことを……。
「はい。ジルコくんにはナトウ味をあげる」
「ナトウ味? ナトウってなんだ?」
「ナトウはアマクニの食べ物。とても臭いんだって」
「臭い? そんな臭うものを原料にして問題ないのか」
「ルリ姫は美味しいって言ってた」
ネフラはナトウ味のショートブレッドを半ば強引に手渡してきて、キャッタン達の元へと戻ってしまった。
デュプーリクとキャッタンと一緒に楽しそうに食料を選んでいる。
……青ざめているのは、仲間内では俺だけか。
「親父さん。残り3000グロウで買える銃、なんでもいいから売ってくれ」
「3000……となると、ずいぶん古くなるが腔綫式・熱い吹き矢でいいか?」
「マジで古いなっ! 覚悟を決めた客への餞別にもう少し良い銃を出してくれてもいいだろう!?」
「それとこれとは話は別だ。絶対に損はしないのがウチの家訓よ!」
「あそう……」
最悪の場合、型落ちの銃二丁で魔物の群れを相手に?
冗談じゃないぜ!!