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C-009. 毒鼠、暗殺す!②

 王立公園での戦いを初めてから、ほんの一、二分か……。

 もう数分もすれば、通報を受けて王国兵が駆けつけてきそうだね。

 ゴブリン仮面も本気になったようだし、さっさと決着(ケリ)をつけちまおうか。


「ジェミニ、これを使いな」

「いいの?」


 あたしは宝飾短剣(ジュエルダガー)をジェミニへと投げ渡した。

 武器がなきゃ戦力にならないんだから仕方ない。


「いいさ! あたしはこれを使う」


 あたしは腰に吊るしていた鉄線ロープを手に取った。

 このロープの先端には分銅が結びつけられている。

 遠心力をくわえて分銅をぶん回せば、人間の頭部を砕き割るくらいの攻撃力は余裕で得られる。

 そこにあたしの器用さが加われば変幻自在の攻撃だって可能。

 勝負を懸けるなら、奴が冷静さを欠いている今をおいて他にない!


「突っ込めジェミニ!」

「りょ!」


 ジェミニが宝飾短剣(ジュエルダガー)を構えてゴブリン仮面へ突撃した。

 あたしはその後ろに重なるように移動し、奴の視界から姿を隠す。

 ジェミニの突きをゴブリン仮面が躱した。

 ……今だっ!


「くらえっ」


 遠心力で勢いづけた分銅を、ジェミニの後方から弧を描くようにゴブリン仮面へと投擲する。

 ジェミニに注意が向いていた奴は、死角から飛んでくる分銅に反応が遅れた。


「ぬっ!」


 ……惜しい!

 分銅は仮面の顎元をかすめただけに留まった。

 でも、その結果だけで十分な収穫だ。

 いくら体術に優れたゴブリン仮面も、死角からの攻撃には反応しきれないことが証明されたんだから。


「どんどん突っかかれ!」

「よしきたっ!」


 ジェミニが斬りかかり、その後ろからあたしが分銅を投げ飛ばす。

 ぶっつけ本番の戦術だったが、思ったよりジェミニとの連携がハマったおかげで分銅はことごとくゴブリン仮面の体の芯を捉えた。


「ちぃっ! タフな野郎っ」


 ジェミニの短剣(ダガー)が当たれば、傷が浅くても麻痺毒で動きを封じられる。

 あたしの分銅を受け続ければ、どれだけタフでもいつかは壊れる。

 これならばゴブリン仮面を倒すのも時間の問題――


「……てめぇ、不死身か!?」


 ――とはいかないらしい。


 喉元、脇腹、みぞおち。

 どこも分銅の一撃を受ければ悶絶はまぬがれないはずなのに、痛がる素振りも見せない。

 ジェミニの双剣も体に刺さったままだし、人間の耐久力を超えてやがる。

 このままじゃ(らち)が明かないね……。

 少し攻め方を変えるか。


 あたしは分銅を操る傍ら、ポーチに手を突っ込んでいくつかまきびし(・・・・)を握った。

 そして、ジェミニとの連携攻撃と同時に、まきびしをそっとゴブリン仮面の後方へと放り投げた。

 奴がバックステップでジェミニの突きを躱した時――


「何っ!?」


 ――まんまと足元に巻かれたまきびしを踏み抜いた。

 その一瞬、奴の意識が足元へ向かったのをあたしは見逃さない。


「隙ありぃぃっ!!」


 投げつけた分銅が今度こそ変態野郎の仮面をブチ抜いた。


「がはっ!」


 ゴブリン仮面――もう仮面はバラバラだけど――は衝撃で大きくふらつき、その反動で顔も空を仰いでいる。

 今この瞬間、奴にあたし達の動きは一切見えていない。


「斬り裂けっ!!」

「応よぉぉーーーっ!!」


 ジェミニが一足飛びでゴブリン仮面へ近づき、砕かれた仮面の上から宝飾短剣(ジュエルダガー)を振り下ろした。

 短剣(ダガー)が顔面を斜めに走り、赤い血が宙へ飛散する。


「勝った!」


 勝利を確信して、あたしは思わず口走っていた。

 宝飾短剣(ジュエルダガー)の麻痺毒を受ければ、ゴブリン仮面がどれだけタフだろうと無力化できる。

 あとは喉元でも掻っ切ってやれば失血死であの世行きだ。


「キャハハッ! とっどめぇぇぇぇっ!!」


 ジェミニが短剣(ダガー)を喉元へと突き出す。

 ゴブリン仮面は動かない――否。動けない。

 何度かヒヤリとさせられたけど、これで終いだね!


「愚か者め」

「えっ!?」


 一瞬のことだった。

 麻痺毒を食らって動けなくなったはずの――少なくとも動きが鈍るはずの――ゴブリン仮面が、変わらぬ速さでジェミニの手首を押さえて手前に引き倒した。

 さらに、地面に落ちる寸前に顔面めがけてもろ(・・)に膝蹴りを浴びせた。


「ぶぎゃっ」


 盛大に鼻血を吹き出しながらジェミニが地面に倒れ伏した。

 もうこれで何度目だよ!


 あたしは手元に戻ってきた分銅を即座にゴブリン仮面へと投擲する。

 だが――


「仮面が割られたおかげでよく見える」


 ――あっさりと分銅を掴み取られてしまった。

 なんて反射神経。

 でも、それ以上に――


「……っ!」


 ――ゴブリン仮面の顔を見てあたしは面食らった。

 ジェミニの負わせた傷が、光を放ちながら見る見るうちに塞がっていくじゃないか!


癒しの奇跡(ヒアルス・ペイン)……か!?」

「正解だ」

「あんた、ジエル教徒……聖職者(クレリック)なのか!」

「昔のことだ」


 ゴブリン仮面の不死身っぷりにようやく合点がいった。

 こいつ、あたし達からダメージを受けるたびに癒しの奇跡(ヒアルス・ペイン)で即座に傷を治癒していたわけか。

 しかも毒まで分解しちまう精度の高さとはね。


 見れば、ゴブリン仮面の手には宝石の飾られた指輪があり、ぼんやりと光り輝いている。

 戦闘中あたし達の目に光が映らないように巧みに隠してやがったんだ。


「あたしとしたことが、うかつだったね……」


 相手がこれだけ精度の高い奇跡の使い手となると、倒す方法は即死させるくらいしかない。

 情報伝達者(エージェント)から渡された暗殺用の銃を脳天にぶち込めばいけるか……?

 でも、銃口を頭に突きつけて引き金を引くなんて、こいつ相手にできるのか?

 あまりにもリスクが高過ぎる……!


「この顔は誰にも見られたくなかったが……」


 顔の光が止むと同時にゴブリン仮面が言った。

 光が止んだということは、顔の傷が完治したということだ。

 その時、あたしはようやくゴブリン仮面の素顔を認識することになった。


「……っ!?」


 あたしはその素顔を目の当たりにして、あまりにも強い衝撃を受けた。

 思わず訊ねなければいられないほどに。


「それ、生まれつきじゃないよな?」

「……少し前にちょっと、な」


 わずかな怒気がゴブリン仮面の声に表れている。

 仮面が砕かれて(あらわ)になった奴の素顔は、とても見られたものじゃなかった。

 額から両頬にかけて削り取ったかのような深い傷痕があり、鼻は削げ落ち、頬肉は破れて口内が丸見えだった。

 真っ黒だと思った右目には眼球がなく、残った左目も真っ赤に充血している。

 どうやら何か重くて硬いもので頭から潰されたようだ。

 あれほどの奇跡を使えるくせにこの有り様ってことは、瀕死の重症だったんだろう。

 首から下にも派手な傷痕が残っていそうだ。


「……まぁ、いいや。あんたの過去なんか興味ない。どうせここで死ぬんだし」

「強気だな。きみの相棒は虫の息だぞ。一人で何ができる?」

「確かにあんたの奇跡は凄いよ。あたしの知り合いにも規格外の聖職者(クレリック)がいるけど、そいつに勝るとも劣らない実力なんだろうね」

「誉めそやしたところできみを許すつもりはない」

「許さなくていいよ。今までのことも、これからすることも」

「なんだと?」


 気づかなかったようだね。

 とっくのとうにあたしが罠を仕掛けていたこと。


「あんたには聞こえない? あたしの後ろから小さなうめき声がするのをさ」

「……まさか!」


 ゴブリン仮面があたしの後方――地面にペタリと座り込んでいる子供へと視線を移した。

 あんたを公園に呼び戻す際、脅しで短剣(ダガー)を突きつけた子だよ。


「あたしが汚い手で(・・・・)触れちまったから、ちょっと問題が起きたみたいだ」

「まさか貴様……」

「種明かしするとね、あんたが戻ってくる前に、あの子の指先にかる~く傷をつけておいたんだ。毒の回りが遅くなるくらいにね」

「この外道がっ!!」


 あたしの意図を理解したゴブリン仮面が怒声を上げる。


「助けてやりな!」


 あたしはロープを引っ張ってゴブリン仮面の手元から分銅を奪い取った。

 同時に、奴は子供のもとへと走りだす。


「どけぇっ!」

「言われなくても!」


 ゴブリン仮面の正面から飛び退き、あえて道を譲った。

 あたしの狙いはあんたが治療を始めるその時だからね!


「大丈夫かっ!?」


 痙攣(けいれん)する子供のもとへたどり着くなり、ゴブリン仮面は子供を抱きかかえて指輪を光らせた。

 そう。それを待ってた。

 治癒中はうかつに子供の体は動かせないだろ?


「狙いは指輪さ!」


 あたしは狙いを定めて分銅を投擲した。

 分銅は真っすぐゴブリン仮面の手元へと飛んでいき――


「ぐあっ!」


 ――指の骨ごと、指輪の宝石を砕いた。


「これでもう奇跡は使えない」

「ぐううっ……! 貴様、正気か……っ!?」


 手元に戻ってきた分銅を回転させながら、あたしはゴブリン仮面へと向かう。

 トドメの一撃を脳天にぶち込んでやるためだ。


「半端なんだよ、てめぇは。守りたいものがあるなら、きっちり死ぬ気で守りやがれってんだ」

「黙れ外道が! 貴様に人の心はないのかっ」

「心で飯は食っていけねぇ」

「エル・ロワのダニがぁぁっ!!」

「ダニで結構! ダニに食われて地獄へ落ちろ!!」


 これが最後の一投!

 最大回転で分銅をゴブリン仮面の頭に向けて投擲した。

 分銅は数mの距離を瞬く間に縮め、標的の頭を撃ち抜いた。


「……っ!!」


 脳天を爆裂させながら、ゴブリン仮面は抱いている子供と一緒に倒れた。


「ふう……。なんとか()れたか」


 あたしは安堵すると同時に、全身の力が抜ける思いだった。

 もしも子供の命なんてどうでもいいと考えるような奴なら、こっちが()られていただろうね。

 まぁ、その子を医療院に連れてくくらいはしてやるさ。


「ジェミニ! いつまで寝てんだよ、さっさと起きろ!」


 ジェミニはあたしの呼びかけにフラフラと立ち上がった。

 顔はより一層血まみれになっていて、酷いざまだ。


「ううぅ……。顔が痛い……」

「これから医療院に行くから医者に看てもらいな」

「ポーション持ってない?」

「そんな高いもん、持ってるわけないだろ」


 ジェミニから宝飾短剣(ジュエルダガー)を受け取ったあたしは、それを腰の鞘へと戻す。

 そして、子供を連れて行くためにゴブリン仮面の死体に近づいて行った。


「あん?」


 ……それが間違いだった。


 頭部が半分砕けたゴブリン仮面の顔を覗き込んだ時、充血した目がギョロリとあたしを睨んだのだ。

 全身に悪寒が走った瞬間――


「ごはぁっ!!」


 ――ゴブリン仮面から、起き上がりざま強烈な掌底を腹に食らった。


 胃の中のものを逆流させながら、あたしの体が公園を転がっていく。

 天地が何度も逆転して、わけがわからなくなったところであたしは仰向けに止まった。

 ……目に映った空は、今にも雨が降りそうなほど暗く曇っていた。


「ジャスファーっ!」


 ジェミニが血相を変えて、あたしのもとに駆け寄ってくる。


「うぐっ。ぐふっ!」


 ヤバイな……。

 激痛でまともに体が動かせない。

 臓器は無事なようだけど、アバラが何本か折れたみたいだ。


「くっそ、あの野郎……マジで不死身なのかよ!?」


 ジェミニに引き起こされた時、あたしは全身が粟立った。

 ゴブリン仮面が抱きかかえている子供の全身を光が覆っていたのだ。


「まだ宝石を隠し持ってやがったのか!」


 子供の体から光が止むと、今度は入れ替わりにゴブリン仮面の半分崩れかけた頭が光り始める。

 子供を優先的に治癒するのは聖職者(クレリック)(かがみ)と言えるけど、あの不死身っぷりは常軌を逸している。


「ジャスファ、どうすんの。あいつどうやったって死なないよ!?」

「宝石を壊すか手元から離すかしないと……!」


 頭を覆う光が収まってきた頃、ゴブリン仮面がこちらへと歩き始めた。

 その表情はあたしに対する憎しみしか感じられない。


「ジャスファ・アンダーマイン。きみにはかつてないほどの怒りを覚えている。これほど他人に殺意を向けたいと思ったのは久々だ」


 こいつはあたしに暗殺用の銃(最後の切り札)が残ってることを知らない。

 今使うか? でもどうやって!?

 ゼロ距離からの発砲でないと効果を期待できない欠陥品だ。

 今のブチギレてるあいつに使おうものなら、引き金を引く前に頭を吹っ飛ばされかねない。


 横にいるジェミニの様子をうかがうと、青ざめて震えていた。

 こりゃこのまま()り合っても勝ち目はないね。

 かと言って、ごめんなさいして許してもらえるような相手じゃない。

 ……逃げるしかない!

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