C-008. 毒鼠、暗殺す!①
馬車に揺られて四日、あたしは王都へと帰還した。
久々の王都だけど懐かしんでなどいられない。
時計塔には人気の多い道を通らないといけないから、あたしを知る人物と鉢合わせないように細心の注意を払った。
そうやってたどり着いた時計塔では、やはり黒ずくめで顔を隠した〈バロック〉の情報伝達者があたし達を待っていた。
「あんたが情報伝達者だね」
「……話は聞いてる。こいつを受け取れ」
情報伝達者が渡してきたのは、初めてお目にかかる短筒の銃だった。
子供でも握れる小ぶりな銃に、重火器の技術もここまで来たかと感心する。
「暗殺用だ。……とは言え、開発段階の処分品を横流しされたものだから一発限りでまともに弾も飛ばん。ほぼゼロ距離でしか使えん代物だ」
「そんな不良品を使えってのか? そもそもあたしは銃なんて使わねぇぞ」
「腹部に押しつけて引き金を引けば殺傷力はナイフを遥かに上回る。知恵を絞ってトドメにでも使いな」
他人事だと思っていいかげんなこと言いやがって。
……だがまぁ、無いよりはマシだね。
「一応もらっとく。で、標的の居場所は?」
「西門近くの王立公園だ。週に数度、昼過ぎから夕方頃まで現れる」
「今日もいるのか?」
「知るか。そこまでは俺の仕事じゃねぇ」
「報酬は?」
「組織から30万グロウの褒賞が出る」
「30万ねぇ」
「俺の仕事はここまでだ。じゃあな」
そう言い捨てるや、情報伝達者はさっさと行ってしまった。
「30万ももらえるなんてボロい仕事だな、ジャスファ!」
「馬鹿。そんな甘いもんじゃないだろうよ」
はしゃぐジェミニを尻目に、あたしは受け取った暗殺銃をじっと見つめていた。
◇
さらに三日が経過し、標的の暗殺期日となった。
事前に現場の下調べは済ませたし、当人の存在も確認した。
本当にゴブリンの仮面を被ってガキどもと戯れている変態野郎だった。
「ジャスファ、雰囲気変わったね」
「元に戻ったんだよ。これがあたし本来の仕事着さ!」
あたしは暗殺準備を進めるうちに、服装も元に戻した。
ホットパンツに、胸元の開いた革の鎧。
腰には、麻痺毒を塗った宝飾短剣と、急遽闇市で手に入れた鉄線ロープを吊るし、支給された暗殺銃はまきびしと一緒にポーチに収めてある。
これであたしの準備は万全さ。
「よぉし。どんな奴か知らないけどぶっ殺してやろうぜぇ~」
……ジェミニはいつもの装備のまま。
「標的が今日も王立公園にいることは確認済み。不意打ちで死角から攻めて、速攻で決着をつけるよ!」
「応っ!!」
◇
時計塔の針が午後五時を指す頃。
あたしとジェミニは、王立公園からやや離れた橋の上で待機していた。
標的のゴブリン仮面が公園のベンチに座っているのが見える。
呑気にガキどもを眺めてられるのも今のうちだよ。
「ジェミニ。いつでも飛び出せる用意しときな」
「え? 公園にはまだ子供が残ってるよ」
「それがいいのさ。今までの刺客は、不意打ちは不意打ちでもあいつが一人きりの時を狙ったんだろう。だから返り討ちにあったのさ」
「どういうこと? 相手が一人の時の方が都合よくない?」
「標的の弱点は子供好きって点だ。いくら強かろうと何かを守りながら戦うってのはキツイもんだよ。それを利用しない手はない」
公園の中で動きがあった。
玉を蹴って遊んでいた子供の一人が転んで、そいつにゴブリン仮面が近づいて行ったのだ。
……チャンスは今だ!
「行くよっ」
あたしが駆けだすと、わずかに遅れてジェミニが後に続く。
街路を横切り、茂みを飛び越え、公園に踏み入るのはあっという間――
「死ねっ」
――腰から抜いた宝飾短剣を、子供に気を取られている変態野郎の首へと振り下ろした。
「!?」
だが、手ごたえがない。
あたしの短剣は空しく空を斬っていた。
「また新手ですか」
「!!」
ゴブリン仮面がいつの間にか背後からあたしを見入っている。
こいつ……速い!
でも、こっちは一人じゃないんだよ!
「死ぃねぇぇぇっ!」
ゴブリン仮面のさらに背後から、ジェミニが双剣を構えて飛びかかる。
躱して反撃するも、受けて反撃するも、どっちも想定済み。
さぁ、どう動くっ!?
「野蛮な人達だ」
ぼそりと仮面の下からつぶやくのが聞こえた。
奴は振り返るなりジェミニの攻撃を正面から受けた。
……いや、受けちゃいない。
ジェミニの双剣を避けようともせず、両手を広げて自ら突かれにいった!
「はぁっ!? なんだよこいつ!」
ジェミニが驚くのも無理ないね。
振り下ろされた双剣の刃にわざと突っ込むなんて、とんだ自殺志願者だ。
こんな奴がどうして今まで〈バロック〉の刺客を――
「ジャスファ!」
――突然ジェミニが叫んだ。
「こいつ、死なない!!」
ジェミニの双剣は確実にゴブリン仮面の首と肺を貫いている。
なのに、なぜ倒れないんだ!?
「子供の聖域を犯す者達は――」
ゴブリン仮面が手刀でジェミニの両手首を打った。
ジェミニはたまらず双剣を手離し、次いで腹に強烈な蹴りを受けて芝生の上を転がっていく。
「――この私が許さない」
あたしに振り向いた瞬間、仮面の小さな穴からギラリと暗い瞳が輝くのが見えた。
「ふえぇぇん、ゴブリンさぁぁんっ」
「逃げなさい。すぐに」
泣きだす子供達に告げるや、ゴブリン仮面はあたしの方へと歩きだした。
「おいおい。どうなってんだい、あんたの体」
ゴブリン仮面には、ジェミニの双剣が深々と突き刺さったままだ。
服の上からにわかに血が滲んでいるだけで、まったく痛がる様子もない。
人間なのか疑わしいね……。
「刃物で私は倒せませんよ」
あたしに無手で真正面から向かってきやがる。
格闘術を修めているのか?
それとも暗器持ちか?
どちらにせよ、真っ向勝負ってんなら受けてやる!!
「舐めんなっ!!」
あたしは殺意を込めて、宝飾短剣をゴブリン仮面の首筋へと走らせた。
初撃はスウェイで躱された――けど、それは想定内だ。
続いて第二撃!
これが躱されても、第三撃、第四撃と攻撃の手は緩めない!
……だけど、短剣はことごとく何もないところを払うだけだった。
「ちぃっ!」
こいつ、体さばきがズバ抜けてやがる。
まるで事前に攻撃の軌跡がわかっているかのように、攻撃が一向に当たらない!
斬撃の五月雨が止んだ一瞬。
ゴブリン仮面は掌底を突き出してあたしの顔面を狙った。
「!!」
……危なかった。
後ろへとわずかに体を逸らしていなかったら顔面が潰されていた。
「うおっ」
間を置いて鼻血が一気に吹き出す。
かすっていたのか!
でも、そんなことに注意を払ってはいられない。
ゴブリン仮面が再びあたしに向かって直進してくる。
ただ歩いて向かってきているだけなのに、この重苦しいプレッシャーはなんなんだ!?
「うおおおっ!」
宝飾短剣を乱舞のごとく振るうも、やはり当たらない。
……クソがっ!
いつも間近であたしの技を見ていたジルコならまだしも、初顔わせの変態野郎にどうしてここまで斬撃が躱されるんだ!?
その時――
「ナイフ返せぇぇっっ!!」
――ゴブリン仮面の背後からジェミニが飛びかかった。
けど、裏拳で顔面を一撃。
即座にノックアウトされやがった。使えねぇっ!
でも、ほんのわずかだけど隙ができた。
それを見逃すほどあたしは鈍臭くない!
刹那の斬撃――
「くっ」
――手応えありっ!
今の一振りも躱されたけど、仮面の表面をわずかにかすめてやった。
「やりますね……。さすがはジャスファ嬢。腐っても〈ジンカイト〉の冒険者か」
「あたしのこと知ってたのか」
「ええ。まさかあなたに命を狙われるとは思いもしませんでしたよ」
「人間どこで恨みを買うかわからねぇからなぁ」
「そのようで。しかしあなたの場合、誰かからの依頼なのでは……?」
あたしが〈バロック〉からの刺客ってことはお見通しかい。
けど、そんな事実は些末なことさ。
こいつを殺すことには変わりないんだからねっ!
あたしは地面を蹴って、三度ゴブリン仮面へと襲いかかった。
「おい馬鹿! いつまでお寝んねしてやがるっ」
ゴブリン仮面を連撃で追い立てながら、倒れているジェミニへと呼びかける。
まさか本当に意識が飛んでるわけじゃないだろうね?
幾度かの剣戟を躱された後、よろよろとジェミニが立ち上がるのが見えた。
……いいぞ。
挟み撃ちで攻勢をかければなんとかなる!
「ジェミニ、飛びかかれぇぇっ!」
「うおおおっ」
あたしの合図で、顔面血まみれのジェミニがゴブリン仮面へと飛びかかる。
さすがにあたしの連撃に対応しながらじゃ、そいつの特攻は止められないだろ!
ジェミニがゴブリン仮面の肩口を掴んだ瞬間――
「えっ」
――ぐるん、とジェミニの体が空中で一回転した。
「投げっ!?」
そして、弧を描くようにしてあたしに向かって落ちてくる。
とっさに飛び退いてジェミニを躱したものの、その影からゴブリン仮面の貫手があたしの首に伸びてきた。
「うぐっ!」
……間一髪!
とっさに片膝を落としたことで、あたしの首は貫手の狙いから外れた。
首をかすめて、わずかに肉を抉られちまったけどね。
「くそっ。てめぇっ」
こいつ、徒手空拳の達人だ。
近接戦闘じゃ二人掛かりでも分が悪い!
「起きろジェミニ!」
あたしが叫んだ直後、地面に仰向けに倒れているジェミニの首にめがけてゴブリン仮面が足刀を打ち落とした。
あわやのところで、ジェミニは地面を転がってそれを回避。
「はぁっ、はぁっ。ジャスファ、こいつヤバイよ」
「知ってるよ!」
ジェミニがふらつく足取りであたしの隣までやってくる。
でも、武器のないジェミニは戦力になりやしない。
暗殺銃を渡したところで、こいつに使えるわけはないし……。
「……潮時ですね」
「何?」
「これ以上、この場で血生臭い争いを続ける気にはなれません――」
ゴブリン仮面が周囲を見回す。
あたしもつられて視線だけ動かしてみると、公園には怯えて縮こまっている子供達がそこかしこにいた。
「――私は逃げます。続きをしたいなら、追いかけてきてください」
そう言うや、ゴブリン仮面は脱兎のごとく駆けだした。
「お、おいっ!」
「あー。逃げたぁ……」
あたしとジェミニが気を張る中、ゴブリン仮面は颯爽と逃げていきやがった。
続きをしたいなら追ってこいだと?
ふざけやがって……!
「ジャスファ、どうする? 追う?」
「あの野郎を逃がすわけないだろう!」
「でも、あたい鼻血が……。ジャスファもだけど。それに得物が――」
「誰があの変態野郎を追うって言ったよ!?」
あたしはジェミニを睨みつけた後、踵を返して歩き始めた。
向かう先は決まってる――
「怖がるなよ、お嬢ちゃん。あたしは別に悪い女じゃないんだよ?」
――腰を抜かして怯えているガキのもとへ、だ。
「ひっ……ひいぃっ」
「そんなビビんなよ。殺しはしないよ? ただし――」
あたしは宝飾短剣をガキの首筋へとピタリと当てた。
「――あの変態野郎が戻ってくればねぇ?」
舐めやがって、あの野郎……っ!
続きがやりたきゃ追ってこいだなんて何様だ。
誰がてめぇを追いかけるかよ。
てめぇが戻ってくるんだよ。
あたしが選んだ王立公園で決着をつけるんだ。
選ぶのはてめぇじゃねぇよ、変態野郎!!
「ジャスファ! あいつが戻ってくるよ」
「ハッ! だっせぇなぁ、おい」
ゴブリン仮面は去って行った時と同じ速さで、同じ場所まで戻ってきた。
足を止めた後、ゴブリン仮面はどうやら怒りで身震いしているらしい。
「貴様……! その子から汚い手をどけろっ」
……いいねぇ。
さっきまで朧げだった殺気が、今は鮮明にあたしへと突き刺さってくる。
「ハッ! 本性現したね、変態野郎」
「こんな卑怯な真似をするほど腐っていたとは、幻滅したぞ! ジャスファ・アンダーマインッ!!」
「あたしをてめぇの物差しで測れると思うなよ。その腐った情報、今すぐまるごと書き換えなっ!!」
あたしは刃を突きつけているガキの頬をさすった。
あ~あ、可哀そうに。
このガキ、極寒の土地にいるかのようにガタガタ震えてるじゃないか。
「やめろぉっ!!」
ゴブリン仮面が叫んだ。
いいぞ。明らかに動揺しているね。
その一方で抜け目なくあたしの隙を探っていやがる。
互いの距離は3mほどか……。
油断すれば一瞬で顔面を叩き潰されそうだね。
「外道は生かしてはおけん!」
「上等! 返り討ちだっ!!」
大量に血が出て、あたしも気持ちが昂ってきたよ。
あたしの野望のために死ね!
変態野郎!!